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明日も
例の86が積載車に載って鎮守府に届けられたのは、あのバトルから3日後ほどになった。が、そこから巧の忙しい毎日が始まることになる。
降ろされた車のレスポンスを把握し、助手席にあった使用書に目を通して、最後に名義変更の手続きを経て……と行程を積み重ねると、結局自分の物になるようにするだけで1週間もかかった。勿論コレだけで終わりではなく、今度は終わりの見えないセッティングの作業が待っていた。
某日の昼頃。巧は休憩を返上して86の運転席に腰掛け、説明書に目を通していると。仕事場が違う筈の明石が寄ってきて、話題を振ってくる。
「た~く~みさん! 何してるんですか?」
「説明書読んでただけですよ」
「へー。でも、本当に買ったんですねこの86。凄く綺麗な後期型ですけど、新車ですか?」
「中古です。Gグレードをベースに、軽く軽量化されてたみたいですが」
ほら、アレ、と座っていた席の後ろを指差す。言われて明石が奥に目をやると、確かに、本来は後部座席がある筈の場所に椅子がなく、代わりに穴を塞ぐ綿張りの蓋がされていた。が、それ以外はなんの変鉄もない。
ダッシュボードは綺麗に埃1つなく拭かれ、カーナビやメーター類が整然と並ぶ機能的なコクピットは加工した跡こそあれ、非常に整っていて。前のオーナーが丁寧に扱っていたのが滲み出ているカンジだ。
「でもなんだってこんな時期に買ったんです? もっとこう、セカンドカーなら、ヴィッツとかN-ONEとか……」
「あ、まだ言ってなかったっけ。GTRと勝負するんですよ。この車で」
「え!?」
「言いたいこと当てましょうか。勝てるわけないって言うつもりでしょう」
「だって……」
「馬力の差なんてカンケー無いですヨ。あんなヘタクソに負けるものか」
自分に言い聞かせるような言い草で、眉間にシワを寄せる巧に、軽く明石は気圧されたそのとき。運送屋のトラックが1台敷地に入ってくる。
誰か通信販売でもやったのかな? なんて彼女が思っていると、巧が車から降り、運転していた人に声を掛ける。そしてトラックの運ちゃんから、何やらかなり大きな箱を受け取り、こちらに戻ってきた。
「なんですかその大荷物」
「車の部品です。流石にドが付く純正じゃあ勝てないでしょうし」
「へぇ」
改造用の部品、ということは、やっぱり手っ取り早く馬力があげられるターボだろうか? とまた明石は勝手な予測を立てるが、またまたそれは崩れ去る。
箱から出てきた物に彼女はギョッとした。カーボン製のドアとボンネットに、クロモリのタワーバーが2本。そして水色の鉄パイプ……ロールバーといった物が出てきたのだ。考えなくとも「これ幾らしたのか」という疑問が沸いてくる。
「わ~……これ全部で幾らでしょう?」
「50万はしました」
「ごじゅっ!?」
『てめえら! 休憩終わりださっさと戻って仕事しろォ!』
「っと、スイマセン。明石さんそれ戻しておいてくれないですか」
「へっ? いや、いいですけど……」
妖精に呼ばれてランニングで建物に戻っていく巧に言われて、明石は空箱に中身を押し込んでいく。
ポンと50万を投げ捨てる程の力の入れようって……めっさガチやんけ!
脳内で明石はこっそりシャウトしたが、そんな心境は口に出さないでおいた。
仕事が終わり、あっという間に時刻は午後の7時になる。が、ここから巧にとって一番大事なもう一つの仕事が始まる。
暇をしていた明石に運んでおいて貰った箱から部品一式を出し、86をガレージに入れると、彼女は軽く頬を叩いて気付けとし、早速作業に取り掛かった。
まずは両側のドアを開けっぱなしにした車の中に座り、片っ端から車内の内張りを剥がしていく。どうせ今後はもう使わないし、とここは適当にドライバーやら千枚通しやらで、こじこじほじくって無理矢理引っ剥がす。
そして顔を覗かせたボルトを手当たり次第に緩めて内装を取り、先にドアを2枚外してガラスを取り除く。用意したカーボン製の物に交換して行程一つ目は完了だ。ここまで一時間も掛からなかったが、一人でやるとなるとなかなか肉体的にキツ~い事には変わりない。
「重っ………」
似たような手順でボンネットを外して持ち上げる。重量が4kg近くあるコレを持って動くのは、流石にいくら巧が馬鹿力とはいえ厳しいものがあり。同じくドライカーボンの物に交換が終わった辺りで、彼女は軽い腰痛を覚えて顔をしかめる。
すぐに一休み終えてまた手を動かす。今度は車内に組むロールケージの組み立てだ。パワーを上げるよりも軽量化を主体に車を仕上げる予定だったので、重量がかさむこれを入れるのに始めは抵抗があったが、大前提として相手は地元の走り屋達を震撼させる当たり屋ということを思い出し、購入に踏み切ったのだ。
車検に通るように、また万が一に体がぶつかっても大丈夫なようにとパイプフレームに、テーブルの角に巻くカバーみたいな材質の安全クッションを巻いていく……が、ここで問題が発生する。
「……………」
ギュギュギュギュム……と耳障りな音が鳴る。かなりギチギチに入る設定らしく、なかなかすっきりパイプが入らないのだ。
「ふんっ!」と思いっきり力んで入れてみるが、案の定ブチッ!と勢い余って物が千切れる。どうしたものかと思ったとき、巧の目にあるものが写る。機械油の手洗い用に置いてある石鹸水だ。
コレでヌメらせれば、ぬるぬる入っていくんじゃないだろうか? 思い付いたと同時に霧吹きを手にとってパイプに吹き付けて同じ行動を取ってみる。目論み通り、バーと合わせた水色のパッドは簡単に潜らせることが出来た。
「…………」
が。また今度は違う問題が頭を覗かせる。ロールバーというものには必ず、組み付けたパイプ同士を固定するジョイント部分があるのだが、コレが出っ張っているせいでまたパッドが入らないのだ。
これどーすんだろ? 疲れ目を擦りながら、近視でボヤボヤする瞳を説明書に向ける。なんでも、エアーツールをパイプとパッドの間に差し込んでクッション材を風船のように膨らませ、それを利用して入れていくらしい。
そんな簡単に上手くいくのだろうか。とりあえずやってみるが……
「熱っ……!」
説明通りにパイプとパッドの間に差し込んで空気を注入してみたまでは良かった。のだが、空気が漏れないようにと抑えていた手のひらに、謎の発熱を起こし、条件反射的に巧は手を離してしまう。
もう一度。今度は上手くいくか……そんな甘い考えで同じ行動を取るが。
「あ゙ぁ゙っ゙ぢっぢいぃ!!」
ガランガラン…ゴンッ! 手から落とした物が発した金属音と、巧の叫び声に、夜勤中の作業員たちの目が向く。咄嗟に彼女はヘラヘラしながら会釈しておいた。
これ、どうしたものか。悩みがまた増えた、なんて思っていると。ちょうどよく助っ人してくれそうな人が顔を覗かせてくる。那智だ。
「ビックリしたぁ、何してるんだ?」
「ロールケージの組み立てです。那智さんこそ何してるんですか?」
「仕事終わりでね、暇潰しに来た。見ろよコレ、海でコケちまってさ、服がビチャビチャだ」
「それはまた……あっ、あの少しお願いが」
「どうした?」
「パッドが入らないんです。手伝って貰えないでしょうか? こう、こーやったらなんかスッゴク中がホカホカに……」
「あぁ、そんなやり方は駄目だ、空気とパイプの間に摩擦が出来て暖まるんだ。無理矢理やったら火傷するよ。ここ持っておくから、反対側から空気入れてみろ」
先程まで巧が持っていた場所を那智が掴む。他に策も無いので、言われた通りの行動を取ることにする。そうすれば、那智は出来て当然と言わんばかりに、パッドでさっと突起部を越し、巻きの作業をこなした。
「わぁ~! 那智さんすごい!」
「ほら、さっさと終わらせよう。2人がかりじゃないと出来ないぞ?」
一端足止めを食らっても、そこからトントン拍子に行程は終わっていき、遂に車内に組み付ける所まで来る。
買ったばかりの優良個体の車の骨格に穴を開けるのは少々抵抗はあったが、そこは心を鬼にして。これまた車内にギッチリと収まる作りになっているバーを固定し、全ての作業が終わる。
出来上がった車を見て、那智が溢す。ドアとボンネットがカーボン製とくると、なかなかレーシーな雰囲気だ。
「見た目はかなり速そうだな。中身は普通って聞いてるけど……」
「…………」
「どうした巧? 浮かない顔して」
「へっ? いや……今更な事、言っても良いでしょうか」
「なんだい?」
「この期に及んで少しチキってんですよ。本当に、この車でGTRに勝てるのかなっ、て」
巧の言葉を聞き、「前の威勢はどうした」とは言えなかった。彼女の言うことも理解できたし、心中を汲んだのだ。
一つ。何かを閃いた那智は、こんなことを相手に言ってみた。
「よし、巧。明日椿ラインに行くぞ」
「え」
「お前さんの上司の妖精に、巧が有給になるよう言っとく。大丈夫、こう見えても私は偉いんでね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ、楽しみですね、ヒルクライムの観戦!」
「そーですねー」
「なんでダウナーなんですか巧さん!? もっとこう、アゲアゲで行かないと!」
…………。なんでコイツが居るんだ。助手席ではしゃぐ夕張に、巧は軽い目眩を覚える。
平日の真っ昼間、鉛色の空の下を、巧は86で椿ラインに向けて走っていた。前には那智と加賀が乗る白のSA22C型RX-7が居る。いつもと車が違うのは、定期的に動かしてやらないと車がビョーキしてしまうからだそう。
那智から無理矢理誘われて今日出発することになったが、なんでも今時期の椿ラインで自動車のイベントが開かれているらしく。巧のモチベーションのために連れていきたかったのが彼女の本心だったらしい。
道なりに曲がってトンネルを抜ける。もうすぐ峠に入るぞ、という所でなかなかお目にかかれないような景色が飛び込んできた。
「うわっ」
「すごい数の車だ……」
道路の入り口に、モーターショウがどーたらと書かれた暖簾付きの看板や旗が立ち、道の両脇にある待避所に所狭しとそれっぽい車両がすし詰め状態になっている。
スターレットやシルビアといった昔の走り屋が好みそうな車に、ステップワゴンやエスティマみたいなファミリーカーまで。そういう車達を尻目に進んでいくと、前の那智がハザードを点けて停車し、巧もストップする。そして窓から顔を出して振り返ってきた相手に、彼女も同じく一端椅子から体を乗り出す。
「どうかしました?」
「頂上が会の受付だからそこまで行くぞ」
「はーい」
「ゆっくり上ってく途中。よくコース見極めろよ巧、ここの攻め方を。じゃ、行こうか」
ランプを消して発進した那智に着いていく。発言通りに、相手が法廷速度のプラスアルファ程度にスピードを緩めてくれていたお陰で、巧には道の状態を把握したりする余裕が多分にあった。
「結構雪残ってますね」
「道民の巧さんなら余裕なのでは?」
「4駆ならそりゃ楽ですよ。でもFRなんてろくに乗ったことがないし……」
夕張と話しながらも、忙しなくきょろきょろ首や目を動かして道を見る。小旅行の時にはぼうっとしてただ走っただけだったが、今度はここで大パワーの怪物マシン相手に競争しなければならないのだ。いくらスーパーチャージャーが付いていて軽量化に取り組んだとはいえ、普通なら振り切られて終わりな相手に、少しでも有利な材料を用意しなければ、と巧も必死だ。
「……………」
中央分離帯を通ってある区間まではグネグネとワインディング、それを過ぎれば直線が長い区間に入り、また特定の場所からクネクネ道。そんなメリハリのついたレイアウトの道を登っていき、早くも中間地点を通過する。
なんとなく、巧は今一度じっくりとここを眺めて、この峠の大体の全貌を把握し始める。一つ大きな特徴とあるのは、「雨水を流して冠水を防ぐための側溝が多い」という事だろうか。
某漫画よろしく、わざとタイヤを落としてショートカットが望めそうな区間が数えるほど、残りはそんな行動を取れば車輪が脱輪するような深い落とし穴が幾つもあるのが目立つ。利用するのはこれらか、と当日の事を少しばかり巧はシミュレートしてみる。
「あっ、もう頂上みたいですよ!」
「………」
勝負どころは「あそこ」かな。観光気分の夕張の声でウインカーのスイッチに手を伸ばし。巧は抜きどころの検討を付けたりしていた。
エアーツール→ガン型で銃口にあたる部分から空気を噴射する機械。エアーガンとも言うがモデルガンと混同されるのでこちらの名前で呼ばれるのが一般的。
ヒルクライム→舗装路面の山道を車や2輪車で駆け登り、速さを競い会うタイムアタック。モータースポーツに消極的なせいか、ラリー競技と同じく日本ではあまりメジャーではない。
活動報告のアンケートですが、まさかまさかの大量に解答を頂き、感謝しか無い状態です。が、誠に申し訳ありませんが締め切りとさせていただきます。
理由としては、これ以上の解答が来てしまうと、どうしても内容に支障が出ると判断した上でこの判断に至りました。また、複数の車両の案を出して頂いた方に申し上げたいのですが、話の都合から1人1台までが本編に出す限界になってしまいました。本当にすいません。