「お疲れさん。ほれ、ジュース」
「どーもです」
大観山てっぺんの駐車場に着き、巧たちは那智の奢りで自販機の飲み物を受け取る。
上ってくる途中から予想はしていたが、それよりも遥かに数が多い台数の車とギャラリーに那智以外の3人は軽く気圧された。中古車市の会場かと思うぐらいには、大小様々なクルマが止まっている。
缶ジュースの蓋を開け中身を半分ほど喉に流すと、巧は早速これを寄越した彼女から尋ねられた。
「で、どうだった。なんか攻略のヒントとかさ」
「とにかくミゾが多いなって。落としたら脱輪しそうで怖いですよ」
「そう思うか。漫画の真似事をして事故った奴も居るらしいぜ」
「怖っ……気を付けないと」
ぼやきみたいな会話を交わしながら、受付を済ませて、4人は少しだけ上ってきた道を降り、ギャラリーに混じって観戦に入る。なんといっても、今日見られるヒルクライムなんていうのは、普通はなかなか開かれないし見れないイベントなので、夕張と巧はウキウキしていた。
が、ただ一人。加賀だけはイマイチ今回の催しの内容にピンと来てなかった。ということで、彼女はその筋のオタクな夕張に聞いてみることにする。
「夕張、聞いてもいいかしら」
「なんでしょう」
「ひるくらいむ、って何かしら? 普通のレースとは違うの」
「タイムアタックですよ。加賀さんラリーは見たことあります? こう、貸し切った道を1台だけが走ってやるんです。名前の通り、山道を凄い速さで駆け上がってくからヒルクライムです」
ふふん、とちょっと得意気な顔で夕張が言う。いつもなら加賀はこんな態度の相手は鬱陶しそうに見つめたりするが、最近はまりつつある車の話と言うことで興味津々だ。が、そんな彼女に応対していた夕張にも気になることがあった。天下の往来である公道が貸し切りになっていた点だ。
「でもこんな規模のがこんな場所で……普通は北海道とか群馬みたいな田舎でやるんですけどね。一体誰がお金だして道止めたのか……」
「自分は知ってるよ。有志が募って金を集めてるんだ。で、その集まった金で道を貸し切って1日中遊んだりテクニックを磨いたり。ちょっとした町起こしにもなってるんだとさ」
「へぇ。クラウドファンディングみたいな?」
「少し違うがそんな所だろうな」
那智の説明になるほどと夕張と巧は頷く。追加で補足する彼女によれば、ここ最近は山を上る道も増えたり、高速道路も増えたので特にこういった催しがやりやすいそう。
車バカ達の行動力に感心していると。もっと道を下った場所で観戦していた連中の叫び声に混じって、タイヤの鳴く音が聞こえてきた。早速何台かがゴール近くまで上ってきたようだ。
爆弾が弾けるようなマフラーサウンドを山中に響かせ、1台の黒いシビックが弾丸染みた突っ込みでコーナーに消えていく。続いてスターレットやランサーみたいな走り屋にメジャーな車種、ラリーペイント付きの現行型のノートe-powerやタクシーでお馴染みのコンフォートみたいな笑いを誘いそうな車が。しかしどれもがかなり真剣なドライブで4人の横を駆け抜けていった。
「おぉおぉ、豪快だな。みんな張り切ってる」
「少し怖いわ……こっちに飛び込んできそうで」
「ここは登りきった所だからまだ安全な方だよ。あっちのコーナー出口なんて立ってみろ、いつ突っ込まれて怪我してもおかしくない」
ひえっ、と那智の発言に加賀は背中を冷やした、そんな時。巧が横を向くと、2人ほど引き連れてこちらに近付いてくる人物がある。何かと思っていると。
銀髪で赤い服を着ていたその女性はいきなり那智に軽く殴りかかった。
「
「痛ってぇ!? なんだおま……うわ、お前か」
咄嗟に巧は相手の胸ぐらでも掴んで止めようかとしたが、那智の反応を見て自分の行動に急ブレーキを掛ける。応対からして知り合いらしい。
「久しぶりだな貴様ァ! 忘れたとは言わさんぞ!」
「なんで居るのが解ったんだ?」
「あんなに程度のいいシルバーのRX-7に乗ってるのは貴様だけだ那智。で、こいつらはなんだ?」
「今のトコで出来た友達。右2人は2個下でコイツは4つ下だな」
「ほう」と一言、息を吐くように呟き。女性がこちらをジロジロと舐め回すように見てくる。なんというか、目もとを横切る傷跡や雰囲気からカタギっぽく無さそうな人だ、なんて失礼な感想を巧は勝手に思う。
「戦艦ガングートだ。さん付けで呼べ」
「な、南條です」
「巧、そいつの本名鈴木だぞ」
「ッ!! 那智貴様ァ!」
「前の鎮守府の同僚なんだがな。外国大好きなのに、
「ふふっ……w」
「なっ! そこの貴様、今笑ったなァ!」
加賀が笑ったのを見逃さなかったガングート……もとい鈴木サンが癇癪を起こす。が、那智の茶化しのせいでその場の雰囲気はほんわかしていた。見ていた巧と加賀も、見た目に合わない可愛い人だな、なんて考えていた。
「ごほん」と今どきドラマでもやらないような、わざとらしい咳払いで、ガングートが強引に話題を切り替える。
「で? 何故貴様らがここにいる? 仕事はどうした?」
「休みだから遊びに来たんだよ。こっちこそ聞きたいぜ、なんでお前が」
「ふん! 私は誉れあるRake a RRのメンバーだからな! 仕切りに来ただけよ!」
彼女が口にした単語に4人が顔を見合わせ、巧は助言をくれた方の島風の顔を思い出す。
なるほど、それなりに権力と資金力がありそうなチームだし、車関係のイベントにも関わってて当然か。巧が思っていると、サインくださいと叫びそうな夕張の口に蓋をして、那智が何か企んでいそうな顔で1つの提案を相手に持ちかけた。
「へ~え、お前も入ったのか、あんなボロい車で」
「ふん、見たければ今の車を見せてやってもいいぞ? 腰を抜かすだろうがな!」
「いや別に」
「なんだと!?」
「そんな事はどうでもいいが、少し隣の彼女と走ってみないか? なぁ巧、良いよな?」
「……え」
嫌だ!と条件反射的に口走りそうになったところで、提案を撒いた彼女が耳打ちしてくる。彼女なりの考えがあって振った話題だったようだ。
「いい機会だ。少しここを攻めてみろよ。今日みたいな交通止めてくれてて、走り回れる日なんてそうそう無いんだし」
「はぁ……」
「それに結構こいつ上手いからな。競争相手に最適だとおもうが?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トントン拍子に話が進んでしまう。結局巧はガングートとレースをすることになり、一通りエントリーした選手がほとんど上りきったタイミングで、全員は頂上に戻った。
終わりと同時にそのまま直帰しようという結論で固まったので、巧は86のナビシートに夕張を乗せて、スタートラインに指定された場所で待機する。助手席に乗っていた彼女は何故か楽しそうだ。
「どうしたのソワソワして」
「いやぁ、やっと巧さんの全開ドライブが見られると思って!」
「うーん……あんまり速くないよ私?」
近くに摩耶か加賀がいれば「嘘つき!」と声高に叫ばれそうな事を言っていると、怪しい雲に覆われていた空から雨がちらつき始める。数分してから後方に、来たときと同じく加賀を乗せて那智が自分の車を付けてくる。ガングートはまだ来ないようだ。
「巧、アイツから伝言だ。もう少し待っててくれとさ」
「はーい」
会話を遮り、もう1台の車のマフラーの排気音が聞こえてくる。伝言を貰う暇もなく、もう彼女が来たようだ。
うるさすぎない程度にイイ音を響かせてやって来たのは白の外車……前に会った城島のMR2並みに車高が低い、ロータス・エリーゼだった。これはまた凄い車が来たなと巧の顔がひきつる。だがそんな彼女の気を緩める目的か、ただの弄りか。車を出してきた相手をまた那智が茶化す。
「待たせたな。いつでもいいぞ」
「うわぁ、ロータスか……勝てるのかな」
「ガングート、なんでロータスだ? お前にゃボロいカプチーノがお似合いだったろ」
「ふざけるな、ずっと憧れてたんだよ! あんな狭い車に一生乗っていろと言うのか!」
「でも本当はラーダニーヴァかパトリオットに乗りたかったそうです」
「うぅわ趣味悪ッ」
「海風貴様ァ!?」
カウント役で傘を差して立っていた艦娘にも茶化されて、ガングートが顔を赤くする。どうも周りから弄られる方向で愛されている人らしい。恥ずかしさで顔面を紅潮させたまま、彼女は隣に車を着けていた巧に声を掛ける。
「貴様のは86か。いい車だが、ちと非力じゃないか? 見たところ外装に手を加えているのは解るが」
「多分勝てないけど……頑張ります。雨も降ってるからそんに速度出せないけど……」
「なぁに、遊びよ遊び。事故ったら骨は拾ってやるよ」
「鈴木! 縁起でもないこと言うなこの!」
「那智は黙っとれィ!」
「取り敢えず安全運転には努めますよ」
スタートラインに全車が並んだので、カウントダウンが始まる。これからの巧の運転に夕張がドキドキしていると、彼女は艦娘の声を無視して、何やらリラックスしながらオーディオを触り始めた。気になったので何をやっているのか軽く聞いてみる。
「じゃあ、カウント始めますよ!」
「音楽よし、と……」
「何の曲ですかこれ?」
「ゲームのサントラですよ。すぐにカーナビ外しちゃうから、聞けるうちに聞いとかないと」
パラパラだかユーロビートだか、夕張はその方面には詳しくはないが、そんな雰囲気のアップテンポな曲が車内に鳴り響く。
「GO!!」
住んでいた場所からのクセで、サイドブレーキを使わずにブレーキで車を止めていた巧が、踏むペダルを替えて発進する。
この時の夕張はまだ、後々になってこの体験がトラウマになるだなんて思ってもいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
溶けた氷と雨でズルズルとタイヤが滑るコンディションの中、巧は綺麗にクラッチを繋いでロケットスタートに成功する。夕張はというと、彼女の発進の上手さに多少は感心したが、「まだ」それだけだった。
いくら上手にスタートを決めたとはいえ、乗車は200馬力ぽっちの車。普段から倍のパワーがある車で遊んでいる彼女には何とも無いのは当たり前か。
楽しいのはコーナーに差し掛かってからかな? 背後に着いたロータスのフロントバンパーを見ながら、呑気にそんな余裕をかましていると。ハンドルを握っている運転手から話し掛けられる。
「夕張。ずっと隣乗りたかったって言ってたよね?」
「え? あ、はい」
「何かやってほしいこととかある? 乗り慣れてない車だから、あまり無茶はできないけど……」
「ん~…あ、じゃあ、ブレーキングドリフトを!」
「はい」
リクエストに答えた瞬間を見計らったかのように、巧は4→1→2の順にシフトノブを操作し、長めのストレートを使って車をフル加速させる。「え」と夕張の口から漏れたが、全く気にしないで巧はアクセル踏みっぱなしで、迫りくる崖めがけて突っ走る。
「い、いきなり行くんですか? この雨の中1個目のコーナーで……」
「喋ってるとベロ噛みますヨ」
「えっ? ちょっと……え?」
拳一つ分ぐらいだけ右に、そしてすぐに、大袈裟な位に逆にぐるぐると巧がハンドルを回した。車体が道路に対して真横を向き、夕張が居る助手席側が、考えるのも恐ろしい早さで壁のある方に滑っていく。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!??」
加賀と全く同じリアクションを取って、泣き叫びながら夕張が目をつぶる。が、86は壁にぶつかることなく、ゲンコツ一個ぐらいの隙間を残して前へ前へと進んでいく。
何が起こったか解らないとはこの事か。ルーフのサポートグリップを両手で握りながら、夕張は顔を動かして外を見る。タイヤが溝に落ちるか落ちないかをギリギリで走っていて、隣のオンナの技量に感心どころか恐怖心を抱いた。
「そ~れ、ジグザグ振りッ返し」
「―――――――ッ!!」
こ、これは本当に200馬力ぽっちの車の加速とコーナリングなの……? 速いとか遅いとか、もう根本的に違う乗り物がぶっ飛んでくよーな……。
左に揺れた体が右に揺られ、間髪入れずにブレーキングのGが斜め後ろから。哀れな助手席の彼女の内蔵に着々とダメージが蓄積していく。既にこの時、ガングートと那智は遥か後方までぶっちぎられていたが、そんな事を確認する余裕は勿論無かった。
「けっこー滑りますね~安全運転じゃないと」
「ひぃぃ………!!」
「FRで滑らせるのいいですね。あ、楽しんでます?」
「た、巧゙さん!! 私゙はま゙だ死゙に゙たくないです!!」
両隣の巧や外を見ていた目を、1度正面に向けてみる。いつの間にか、小降りだった雨は知らないうちに本降りになっていたようで、箱根名物の霧が軽く立ち込めている。しかも今の夕張には全く意味不明だったが、巧はこの状況でワイパーのスイッチを入れていなかった。言うまでもなく視界は絶望的だ。
無茶しないとか……これがこの人の「普通」なの……? 真っ白でどこに道路があるかすら解らない……! 化け物だぁ……人間じゃないよこの人ォ!
「なんでワイパーつけないんですかぁ!!」
「気が散るじゃないですか」
「ひぃぃ!!」
「ブラ・ザ・ビリティ♪ ユア・リアリティー♪」
「歌わないで運転に集中してよぉぉぉぉ!!」
ニコニコ笑顔の彼女がステアを切れば、対照的な絶望で頬がこけた方のオンナはドアガラスに熱いキスをかますことになる。数秒ほど夕張が泣き顔をドアに擦り付けていると、コツン! と何かの音が車内に響く。
「あ、どこか擦ったかな。」 巧の発言に昇天しかけるが、それは彼女が続けて発した言葉で上書きされた。
「慣れてきたかな。飛ばしますよ~!」
「――――――!!」
ドライバーの言葉に載って、車内にレッドゾーンまでエンジンが更け上がる、あの独特なカン高い機械の駆動音と、タコメーターのシフトタイミングを知らせるアラームの音が夕張の耳に入った。
レブを当てないでええええええ!! 正気の沙汰じゃないよこのスピードぉぉぉォォォ!!
上手く声を出せなかった夕張の魂の叫びは、内心で空しく木霊して終わった。当たり前だがこの日の彼女は山を降りるまで生きた心地がしなかったとか。
笑わせられるうちに読者様に笑いを。ここから先はちょっと真面目な話になってしまうので……