自動車モノが読みたい読者様、もう少しお待ちください。
少しばかりの波乱が巻き起こった一日を終え、午前7時頃に巧は割り当てられた部屋の、自分が敷いた布団の上で目を覚ました。
枕の横に置いておいたスマートフォンのアラームを切り、寝ぼけと近眼の両方でにじむ視界を、いつも肌身はなさず着けている赤いフレームの眼鏡をかけて矯正し周囲を見渡す。
網膜に映るのは何の家具も置いていない殺風景な景色。部屋の隅には大きなスポーツバッグが2つと、自分の服が何着かが綺麗に畳まれて積まれてある以外には物が見当たらない。そして極めつけは、寒いには寒いが12月にしては暖かい気温に、彼女の脳は混乱する……が、数秒してから落ち着きを取り戻した。
思い出した。自分は神奈川に来てたんだった。心のなかでそう言いながら、彼女は布団から起き上がり、顔でも洗おうかと、ビジネスホテルの一室のように、ユニットバスや洗面台が中に入っているこの部屋をうろつく。
昨日は、緒方から「旅を疲れを癒すといい」だなんて言われて何も無かったが、今日はこれからについて話があるとあらかじめ聞いていて、柄は違うが、チャック付きのパーカーにジーンズという昨日からあまり代わり映えのしない楽な格好に着替えて部屋を出る。女所帯とはいえ軍隊なので朝は早いのかと思っていたがそうではなかったらしく、こうやって今、巧が廊下を歩いても、誰一人として艦娘の姿が見当たらない。
どんな話かな、なんてぼうっと考えていると、来るように説明を受けた部屋の前に着く。三回ノックをすると、「どうぞ」と声が聞こえてきたので、二枚あわせで観音開きと思われる大きな木製の扉のトアノブの一つを手に取り、ひねってぐいっと押し出す。
「失礼します」の一言と一緒に体を中にねじ込む。仕事机と思われる一式の隣に、急いで用意したような配置の来客を迎えるためと思われるテーブルとソファのセットを見ながら、礼儀作法なんてやるのは数年ぶりなので間違いはないか、なんて、格好はラフなクセに、一応は社会人らしくそんな事を考えていると。入るように促した、テーブル一式のほうの椅子に座っていた緒方の隣に立っている、弓道部員のような格好の女性に声をかけられた。
「どうぞ、おかけください」
「はい」
「初めまして、加賀と申します。書類は見ました。また承諾を得てから貴女の戸籍等も調べさせてもらいましたが、いくつか質問があります。礼儀などはいいので楽に構えて、お答えください」
「質問ですか」
「ええ。まず、南条 明さんの長女とは戸籍に載っていたのですが、家族構成の項目に「養父」とだけあったのは?」
「ずっと父子家庭で育ってきましたから……あと、私は本当の子供じゃないので」
「…………はぁ」
「あの、私、養子なんです。本当の両親は知らなくて、ちっちゃいころから養護施設に居たので。時期的に、捨て子か戦災孤児か判別が難しいって言われて……」
「地雷を踏んでしまった」との言葉が顔面に浮き出たような、間抜けな顔で黙ってしまった二人に、あわてて巧は「気にしていないので大丈夫です」と捕捉しておく。今までの人生で幾度となく経験した相手の対応だったので、こんな空気には慣れていた。
本当になんとも思っていないとの意思表示で、巧は机に用意されていた羊羮を口にし、それをお茶で流し込んだ……のだが。どうやらお相手も動揺していたらしく、打ち合わせしたかのように3人が全く同時に同じ行動をとってしまい。謀らずも全員が変な苦笑いを浮かべることになる。
「では次の質問です。漢字、英語、運転免許は解るのですが、「色彩検定2級」とは?」
「服飾とか、カラーデザイン……あの、家やら何やらの塗装工さんなんかが取る資格です」
「ではこちらの「2級自動車整備士資格」についても」
「国家資格です。今は整備士が安定してるって言われて、専門通って取ったんですが」
「なのに職種は飲食店勤務なんですね?」
「家が山みたいなとこにあるのでディーラーまで遠かったんです。でも近い職場が見つかって、後は親戚のツテもあったので、転職したんです」
「「…………」」
…………。なんでこの人たちまた黙ったんだろ。まさか失態でも晒したかな!?
目の前の男とファミレスで初めて出会った時並に、冷や汗でシャツの背中を濡らしながら、巧は内心で緊張と不安とこれからどうなるかの感情でドキドキしていた。
「……わかりました。ではこれで」
「はい……え?」
たった2つの質問で終わり?? そんなワケが、と思った彼女は二人に突っ込んでみる。
「もう終わりなんですか?」
「ええ。逆に、何か聞かれたいこともないでしょう?」
「この見た目とか」
「先天性白皮症、ですよね?」
「あっはい」
「別に、貴女は犯罪歴も無ければ、これといった問題を起こした事もないとわかりましたので。巻いて次に行こうかと」
「…………次??」
次って何さ? と彼女が疑問に思うと。昨日と同じ「提督、居る?」という声と同時に、部屋に摩耶が入ってきた。
「おっす巧、おはようさん」
「マコリン?」
「巧さん、摩耶とは知り合いだと聞きましたが」
「へ? あ、はい」
「わかった。じゃ、摩耶、案内頼む」
「へーい」
気の抜けた返事で応対した摩耶が「ついてこいヨ」と言ってきたので、言われるままに巧は部屋から出て、どこかに案内される。一連の流れが意味的に理解できなかった彼女は前を歩く親友に質問を入れてみた。
「マコリンちょっと」
「ん?」
「案内ってどこに? っていうか私何するの」
「自己紹介だな。ここの艦娘40人の前で。そのあとは血液検査だと。」
「え゙」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食時のこの鎮守府の食堂はまるで戦場の様相を見せる。
朝起きて腹をすかせた女共は、給仕係があらかじめテーブルに並べておいて湯気がたっている飯を喉に押し込みながら、寝ぼけから覚醒する。数少ない少食の者はこれだけで足りるが、運動量とそれに比例する飯の消費量が多いものは3分としないうちに全部自分の胃袋にぶち込み、調理の者が立っているカウンターにずかずかと向かっていっておかわりを所望する。
ムシャムシャムシャ、ぐぁつぐぁつぐぁつと、男共の目を気にしなくていいこの場所で、女の尊厳を無視したような品の無い仕草で飯を食べる。ひたすら食う。もうめっちゃ食う。ここが高級料亭かホテルバイキングなら、ウェイターに「あーお客さま!?」とか言われちゃいそうなレベルである。
そんな、朝番の出撃のためのエネルギー補給目的で、おかわりの取り合いな朝メシ戦争勃発中の食堂に、摩耶、緒方、そして巧は入るのだった。
魚、味噌汁、小さなサラダに白米と普通の和食を食べている者もいれば、朝からそんな物食べて胃もたれしないの? と心配したくなるようなカロリーを摂っている者とを交互に見ながら。巧は、なんだか賑やかな場所だな程度に軽く考える。食事中の何人かはこちらを見ていたが、大多数は気づいていないのか、顔と目線を机のメシに向けたままだった。……その、「こちらを見ていた何人か」は鳩が豆鉄砲を食らったように呆然とした表情なのが気になったが、見なかったことにする。
そんな朝飯に夢中の彼女たちへ、緒方が声を張って一言、「はい注目!」と言うと。全員の視線が3人に集まる。
「今日から新しくここで働く用務員の方だ。自己紹介と顔合わせすっから、こっち向け」
「「「…………」」」
緒方の言葉に待ったをかけようとしたところ、巧は摩耶にそれを止められた。耳打ちしてきた彼女によると、表向きはそういう理由で巧が来たことになっているらしい。アバウトな説明によれば、今後もこの鎮守府の雑用を担当してもらい、給金も出るとのこと。
「じゃ、自己紹介」
「……北海道から来ました。南条 巧、27歳です。これから、よろしくお願いします。」
朝起きて早々にとんでもない、無茶ぶりもいいところな話だったが、そこはちゃんと柔軟に大人らしく。学生の頃を思い出して、とりあえずはと無難な挨拶でお茶を濁す。多少はっちゃけようかとも思ったが、チャオ! アタシアルビノっ娘のたくちゃん! なんて言ったらどうなるかたまったものではない。
すると、セーラー服を着た小柄な艦娘? たちから質問が飛んでくる。「前はどこで働いていたんですか?」「彼氏さんは居るの?」「なんか白いですね」「担当する役職は?」だのと繰り出されるそれらに。落ち着いて一つずつ対処することにする。
「ご飯屋さんで働いてました」、「居ない歴=年齢です……」、「持病です」、「洗車からトイレ掃除まで、雑用はなんでもやらさせて頂きます」。最後は何と答えればいいか困ったのを緒方から耳打ちしてもらって言ったが、子供が大人にしてくるような質問に適当に答える。おおかた返事を返し終わると、机に座っていた大多数はまた興味の対象を朝飯に戻し、いつも通りの行動に戻るのだった。もっとガッついて質問してくるのでは? と考えていた巧は軽い肩透かしを食らう。
朝の海上警備、遠征、今日のノルマの出撃任務に出張る艦娘たちが食堂から出ていった後。すっかり静かになったこの場所で、非番にしてもらったという摩耶と、巧は遅れて朝食を摂ることにする。
選べるメニューはかなり豊富で、ごく普通の和食から、今のご時世じゃなかなか見ない本格的な洋食まで取り揃えてある。尤も巧に朝からカツ丼やドカ盛りのカレーを食べる習慣なんてないので、ここもまた無難に和食を頼むことにした。
隣に摩耶、自分の向かいに緒方、そして斜め向かいに遅れてやって来た、先程執務室で見た弓道着の女性、名前を加賀というらしい彼女の4人で朝メシの時間に入る。魚に手をつけ、ワカメの味噌汁をすすった後、今後についてと、気になったこと幾つかを、巧は横の親友や対面していた男に聞いてみる。
「あの、緒方さん」
「なんでしょう?」
「仕事って……いつまで続きますかね。期間によっては親類に連絡もしたいし、持ってこれなかった家具とか用意しようかななんて思ってるんですが……」
「それが、私にはわからないんです」
「え゙」
「実は貴女の身柄を確保するように、なんて言われたのが貴女に会った日に突然上から言われた命令でして……それ以外何も。何回か上層部に質問の連絡も入れたのですが、面倒を見ながら監視しろとしか言われず……」
「つかさ、なんで巧ここに連れてこられたんだ? 昨日聞くの忘れたから今聞くけど?」
「ナンポーセーキってのに似てるからだってさ」
「はぁ!? ……言われてみれば確かに似てる気がするな」
「でも人間じゃないんでしょ?」
「おう、キャノン砲の弾を素手で弾き返せるらしいぜ。ハエ叩きみたいに」
「………………はい!?」
友人の口から、初めて聞いた情報が漏れてきて。彼女は机を挟んだ2人に視線を向ける。ヤバいと口走りそうな顔になっていた彼、彼女に巧は少し言葉に怒気を含んで言う。
「どういうことですか、緒方さん。出来るわけ無いじゃないですかそんなこと!」
「いやぁ、あははは」
「あははじゃないですよ!」
「落ち着けよ巧。提督だって仕事でやっただけだし。工事現場で足場組んでる奴らに、建築会社の社長の考えなんてわかんないだろ?」
「……すいませんでした」
貯まったストレスがほんの少しばかり爆発した彼女を、摩耶が宥める。流石に言い過ぎたな、なんて思って落ち着いた巧が、朝食の続きに戻ろうとしたときだった。
「はい、どーん」という棒読みな声と同時に、彼女の目の前が真っ暗になった。一瞬意味がわからず、巧は混乱する。そして段々と視界が晴れてくると、3人が自分の後ろを見て唖然としているのが見えた。
そして巧も数秒してからやっと自分の状態を把握した。どうやら背後から近付いてきた誰かに茶碗を顔に押しつけられ、味噌汁を頭から被ってしまったようだ。
「テメッ……」
「天龍、何をしているの!」
「あぁ? 見てわかんねぇかよ、知らねー奴が居たから脅かした」
巧は味噌汁濡れになった顔の向きを変えて、背後に立っていた、今まで黙っていた加賀から「天龍」と呼ばれた女性を見る。着崩した服に顔に眼帯と、見るからにチンピラっぽい格好で、表情もなんだかスレている感じだ。
腹が立つよりも先に、初対面の人間にこんなことができるなんて凄い神経だなとどこかずれた感想を抱いていると、その天龍とやらに摩耶が突っ掛かる。
「やって良いことと悪いことがあるだろうが!!」
「マコリン、それより何か拭くものないかな……」
「……キレねぇのかよ、府抜けてんな?」
「え? いや、別に……」
怒鳴る親友を止めて、先にタオルを所望したところ。場を嫌な空気にした張本人に、興味がなさそうに巧は返す。そんな彼女の様子を見て失望したような顔を見せる天龍に、当たり前だが緒方が凄む。
「天龍、今すぐその人に謝れ」
「ンだよ、ただのアイサツだよアイサツ。じゃぁなモヤシ女」
「天龍!!」
「あの野郎……大丈夫か巧?」
「…………いや、ちょっと感動してる」
「はぁ?」
「自分の中の軍人のイメージだな~って。良い子ちゃんばっかでなんか変な感じだったもの。これ、絶対一人ぐらいスレてる人居るよな、みたいな?」
「………変わってんな。お前」
こいつ頭大丈夫か的な顔で摩耶に言われた後に、緒方と加賀から「すいません!」と謝罪を受けて。実のところ見た目でいじめを受けるだなんて昔は日常だった彼女は何とも思わなかったので、大丈夫です、と言っておく。
退屈はしなさそうだな。服を汚されるのはちょっと嫌だけど。濡れたパーカーを脱いで半袖姿になり、内心はそんなすごくどうでもいいことを考える巧だった。
シリアスはありません。最初から最後までゆる~いネタ方向に走り抜けます。