南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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エイプリルフールネタ? そんなものはない。(関羽
総合評価500越え ヒャッホイ


スティル・アライヴ

 朝方の箱根を尋常ではない速度で駆け抜けていく車がいる。

 

 もう現在では町中でもなかなか見られない、クラシックカーに片足を突っ込んでいるような車種……白のAA63カリーナの運転席で、巧は四苦八苦していた。

 

 今日限定のある理由で乗っていたが、ざっと計算して30年も昔のこの車、当たり前のようにパワーステアリングは無いのでハンドルは重いし、ブレーキを補助してくれるABSも無い。機械制御がないないづくしで、曲がらない・止まらない・速度だけ出るという、危険極まりない車だった。

 

 きつめの左に曲がる道に差し掛かる。ゴン、と鈍い音が車内に響いた。

 

「………ッ(いつ)ぅ…」

 

「あら~♪」

 

 あんまりにもハンドルが効かないため、サイドブレーキを引いて無理矢理車の姿勢を変えた瞬間、横に振られた頭をガラスにぶつける。軽く巧はボヤいたが、隣に乗せていた龍田は他人事のように余裕だ。

 

 乗りづらい。しっかりと加減速の基本を抑え、優しくステアリングを握らなければどこかに吹き飛びそうな挙動だ。自分の作った86もこんな動きを見せるのだろうか?

 

 勝手に86の改造をしておいたと朝言っていた摩耶の顔を思い出す。ふと、同時に巧は、自分の隣に初めて乗って、まだ叫び声1つ挙げない龍田に、額の汗を拭いながら話し掛けてみた。

 

「怖くないんですか? 龍田さん」

 

「大丈夫よ~乗ってたら少し慣れたみたい」

 

「へぇ、変な人!」

 

「心外だわ~♪」

 

 肝が据わっているというか、変わった人というか……なんだか天龍の性格を逆にしたらこんな人間になるのだろうか?

 

 にこにこ笑顔を崩さず、御殿場までの道を教えてくれる龍田の誘導に従って車を走らせる。彼女と深く接するのは、よく考えればこれが初めてかなんて事と、今まで会ったことが無いタイプの人間だ、なんて思いながら、ペダルを踏む。

 

 

 

 

 昼真っ盛り、といって差し支えない時間帯に、車は御殿場市に入る。目的地だった、前に86を譲ってくれた城島のオジサンが経営するカーディーラーの敷地にカリーナを停め、2人は車から降りた。

 

 ずっと待っていた。そんな雰囲気を携えた城島が近くに寄って来ると、2人に向けて口を開く。

 

「少しかかったな? 約束通り、次の車が来るまで手伝ってもらうぜ……しかしこんな近いうちにまた会うたぁね」

 

「お久し振り……でもないぐらいですね。城島さん」

 

「こんにちわ~初めましてですね」

 

「おう、嬢ちゃんにも仕事はやってもらうからな。じゃ、早速こっちまで来てくれや」

 

 はい、と声をハモらせて返事をし、男の後を女子2人は着いて行く。3人の目線の先には、車検場と繋がった、何台かのカスタムカーが並ぶ立派なガレージが見えていた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 巧と龍田のこの2人、一体何をしにわざわざ御殿場まで、それも平日の仕事のある日に来ていたのか。それは、1日前に86の改造を手伝った島風たちのちょっとした罠に嵌められたのが原因だった。

 

 摩耶と那智の疑問の通り、実は用意されていた部品諸々は定価で購入されていたものではなかったのだ。どれもが店の宣伝、軽い手伝いなど、売り上げに貢献するならば、という好意で譲って貰った物らしく。多くはチームメンバーがこなしたそうだが、残った「軽い手伝い」のシワ寄せを2人がやることになったのである。

 

 鎮守府の抜けた埋め合わせは、現役で艦娘稼業もできるメンバー数人が助っ人に。独自行動の特別免許なる物を持ち、実力まで折り紙つきの艦娘が代わりに入るなら……と、緒方は許可を出し。2人は手始めに、御殿場までカリーナの納車に、次に城島の店の手伝いに入るところだった。

 

 手伝ってくれるのはいいけれども、身内が勝手に変なことして、自分が変な仕事を押し付けられるとは……恨むぞマコリン……。

 

 愛憎……は流石に言い過ぎだが、似たようなそうでもないような愚痴を巧は内心で垂れていると。整備工場内の車列の前に立った城島から、今日やることの説明を、龍田と仲良く聞くことになる。

 

「従業員が有休を取ったもんでな。人手が足りてねーから、洗車を手伝ってくれや」

 

「「はーい」」

 

「譲った部品代分は仕事してもらうがな……が、小遣い程度は金も出す。まぁ気楽にやってくれ」

 

 じゃあな、とショップのほうに行った彼を見送り、2人は早速仕事に入る……前に、巧は龍田からこんな事を言われた。洗車のやり方である。

 

「さっ。ちゃっちゃと終わらせましょうか」

 

「あの、南条さん……」

 

「ん?」

 

「車の洗い方、教えてね?」

 

「はい。大丈夫、簡単ですよ」

 

 そっか。女の人だし、普通は洗車とかやらないもんな。

 

 自分の性別を棚に上げそんなことを考えながら。何かちょうどいい車は無いかと周りを見て、巧は最適な生け贄(!)を発見した。持ち主には失礼だが、比較的新しい乗用車ということで乱暴な仕事がまだ許されそうな、水色の日産のノートe-power(イー パワー)だ。

 

 普段から鎮守府でもやっている業務ということで、淡々と仕事道具を揃え。たっぷりと水を含ませた大きなタオルを片手に、手を動かしながら彼女は龍田に洗車の仕方を教える。

 

「とにかくまずは車体を濡らすところからですね。こう、テキトーにこれで拭いていってください」

 

「そんなに大雑把で良いのかしら?」

 

「いいのいいの、キチンと仕上げればわかんないんだから。濡らした後はカーシャンプーの泡を、こっちは全体にまぶすんじゃなくて、定点的にポトポト落としていって……」

 

 なんの事はない。手順さえ抑えればそれこそ学生でもこなせる業務内容を教えていく。流石に社会人なので、そこは要領よく龍田は飲み込み。ノートの洗車が完了したあと、2人は別々になって仕事を続けた。

 

 それにせよ、とにかくこの建物はデカイ。車両用リフトなんて4基有るし、今作業中の車も5台ほど並んでいる。これ、下手をすれば本当に並のディーラーなんかメじゃない設備だよな……。

 

 弁当屋から連れ出されて鎮守府暮らしになった巧だが、その前は2件ほど車屋で働いていたのだ。過去の記憶にある店とは規模が違う設備たちに、城島の個人経営ながらすごい店だな、なんて思う。

 

 考え事と平行して手も止めずにしっかりと作業はこなす。そもそもこの仕事、元は自分の為に周りがやってくれた事の恩返し。手は抜けぬ、そんな風に思っていたとき、また龍田に声をかけられた。

 

「南条さ~ん。助けてくださいな」

 

「どうかしました?」

 

「この車も同じように洗って良いのかしら……なんだか怖いわ」

 

「どのクルマ……うわっ」

 

 少し離れた場所にいた龍田の近くに来て、視界に入った車両を見、巧の表情がひきつる。これまた、なかなかにスゴい車が止まっていた。

 

 S54B型スカイラインGTーBの2型(?)と思われる、白い、見るからにクラシックカーチックな外見の物だ。泥を被っていて小汚いが、確かに、龍田のような、そこまで車に興味が無さそうな人間もたじろがせるような妙なオーラが漂っている。

 

「そんなにスゴい車なのかしら~? 古そうとは思うけど、キタナイわね~」

 

「天龍の乗っていた車、あるじゃないですか? アレの遠いご先祖様ってところの車でしょうか……でも実物は初めて見たかも」

 

「あら~……具体的には何年前の車なの~?」

 

「私のおミソが正しければ、ざっと70年ぐらいは昔かと」

 

「あら~あらあら……」

 

 流石に度肝を抜かれたか。いつもは掴み所の無いような態度の龍田の表情が、心なしか少し蒼くなった。

 

「……そーですね。じゃ、また一緒に洗いましょうか」

 

「そうして貰えると嬉しいな~……傷をつけたら幾らで弁償なのかしら……」

 

「さぁ。考えたくもないですね」

 

 恐る恐る、といった表現が適切な動きで、2人はこのクラシックカーの洗車を始めた。

 

 

 こういった車の磨きや洗車に必要なのは意外や意外、傷物に触るような慎重さ、ではなく、大胆さと勢いだったりする。

 

 今の車と違って車体が軽いコレを、一先ず風当たりのいい施設の外まで2人が押し出し、周りに何もないことを確認してから、作業開始だ。

 

 先程までは水で濡らしたタオルで吹く工程から始まっていたが、巧はまず初めに高圧洗浄機を持ってきて、遠慮なく水を車体にかけていく。水圧で窓や外装がギシギシ言う車を、隣で龍田が白い顔で観ていたがお構いなしだ。

 

 自動洗車機にぶちこまれた後みたいな状態になったのを見て機械を止め、次に2人は先程まで使っていた濡れタオルで拭く。ここまではまぁ他の車でもやるであろうが、旧車の場合、更にここからもう一歩踏み込む。

 

 車内の掃除なども想定されているのか。巧はドアロックのかかっていなかったスカイラインのドアとラゲッジを開けて、次にドライバーを持ってきてサイドスカートとフェンダーを外した。息をするように部品を外していく彼女から、取り払ったパーツを受け取りながら、龍田はこれは何をしているのか聞いてみる。

 

「南条さ~ん? これに意味は有るのかしら~? 珍しい車なんでしょう?」

 

「アリです。もう大アリですよ。昔の車は今の車とちがって、コレぐらいやらないとダメだったりするんです」

 

「どういうことかしら?」

 

「今の車はガッチリと溶接されているから、ドアの中に水が溜まったりはしないんです。でも、昔の車は部品がモナカ割みたいな構造なんですよね」

 

「……あぁ、つまり錆びないように割って中の水を抜くのね?」

 

「ご名答です。少し違うんですが似たようなものかな?」

 

 巧が指を指した場所を見る。ついさっき部品を外した場所から雨漏りのように水が溢れている。彼女の言う通り、また自分でも察した通り。部品を外さなかった場合、ここに水を吸ったゴミやホコリがたまって錆びるのだろうな、ぐらいは流石に理解できた。

 

「後はコレも外しますね。で、ここを拭くんです」

 

「雨漏り防止用のパッキン? それってそんなに簡単に外れるんですか?」

 

「ふふふ……まあ見ていてください」

 

 そう言った直後。巧は車内とドアの境目にあるシリコン製のレール状の部品をとっ掴み、思いきり引っ張った。すると、裂けるチーズ並に気持ちよく部品がすっぽぬけて外れる。力任せに引きちぎったのかと思った龍田の顔から表情がなくなる。

 

「あっ……あ……」

 

「こんな感じですね。簡単に取れちゃうんですよ」

 

「な、なんて事を……」

 

「そして簡単にくっつけれるんです。ホラ」

 

「………へ?」

 

「ウェザーストリップってんですけどね。今はボルト留めなので簡単には取れないんですけど、昔は手作業で嵌め込んだりしてたから、結構簡単に取れるんですよね」

 

「へ、へぇ~……力任せに引きちぎったのかと……」

 

「ははは、流石にこんな車にそんなとこはできないです。さ、次はワックスかけましょうか」

 

 

 

 

 手伝い2人の頑張りが30分ほど成された後。そこにはさっきまで泥を被っていたのから、見違えるように綺麗になったスカイラインの姿があった。

 

 綺麗な真っ白ではない、陶磁器やなんかを連想させるクリーム色っぽいホワイトのこの車両を見ながら。巧は最後にやらなければならないことを思い付き、若干表情が怪しくなる。

 

「綺麗になったね~」

 

「…………」

 

「……南条さん、険しい顔してどうしたの~?」

 

「最後にこの車で町内一周ぐらいはしたいんですよね」

 

「あら~憧れのクラシックカー体験かしら~?」

 

「そういうのじゃないんです。さっき、こういう車のドアなんかはモナカみたいな構造って言ったじゃないですか?」

 

「聞いたわ」

 

「ただ、流石に洗車ごときでドア外したりなんてはしないし、かといってガレージみたいな風通しの悪いところに置いておくと中身がサビるんです。だから、走って風に当てて乾かす必要が」

 

「聞けば聞くほど、こう、なんというかこちらが介護している気分になる車ね~」

 

「……龍田さんなかなか例えが上手ですね」

 

 介護が必要、か。なんだかしっくり来るかも。

 

 それとなく2人で相談し、とりあえず城島からこの車の鍵を持っていないか聞いてこようか? 等と話していたら。ちょうど用があったのか、噂していた人物がこちらに来ていた。

 

「嬢ちゃんら、言い忘れて悪……なんだやっちまってたか」

 

「はい?」

 

「いやね、その車は俺が洗うって言うのを忘れてたんだ……見たところもう洗車しちまったらしいな」

 

 やっば。核爆弾踏んだか……? 勝手に作業を済ませてしまった女の顔がそれぞれ蒼くなる。が、別に彼の口からそれを咎めるような発言は出なかった。

 

「オイオイ、またこりゃすっげえ綺麗に仕上げたもんだな。どっちがやったんだ?」

 

「へ? えっと、2人でやりましたが……」

 

「合格!」

 

「「はい?」」

 

「こんな綺麗に仕上げられるのが若いやつに居るたぁねェ。完璧な仕事だ、あんたらウチで働かないか?」

 

「あ、えーと、いえ、ちょっと今の職場からは離れられなくて」

 

「ふーん。残念。まぁいいや、他の車はもう洗ったのか?」

 

「えぇ、このスカイラインが最後でした」

 

「そうか、いやありがとうな。手伝いはもういいよ。納車に行って貰う車が夜に来るから、適当に遊んでてくれや。それじゃあ」

 

「……! はい!」

 

 ……あっぶね。整備資格とか持ってて本当に良かった。

 

 自分のこなした仕事に不備はない、と言われて。巧はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 午後7時、2人は施設に併設されたスクラップ置き場やらを見て時間を潰した後に、最後の仕事に取り掛かっていた。御殿場から横須賀まで、1台のスポーツカーの納車である。

 

 巧が運転を任された車両、曇りなく磨かれたミッドナイトブルーのS30Z(エスサンマル ゼット)は、爆音を引き連れて箱根の夜道をロケットのように駆け抜ける。

 

 エアロ系の部品はフロントとリアに小さなスポイラーのみ。ホイールはワタナベ製と、見るからに持ち主が某漫画に寄せて作ったような外観のこの車。なかなか運転のクセが強く、朝のカリーナと同じくまた彼女は苦戦していた。

 

 高い回転数を維持した走行でも、妙な故障やらが起きないか、それを検証するために走り屋みたいな荒っぽい運転が必要なんだ。朝にも夜にも城島から言われた条件に従って車体を振り回す。

 

「……ッ! ……………」

 

「南条さん、顔がひきつってますよ~?」

 

「本当、面白いぐらい曲がらないですねこの車って!」

 

「そうね~流石の私にも少し解る気がするわ~」

 

 眉間にシワを寄せ、4点シートベルトでガッチリと体をシートに縛り付けられた状態のまま、巧は体を左右に振って車体に慣性を掛ける。もっとも当然ながら意味は無く、エレベーターのボタンを連打するような、気持ち的にやりたくなる行動なだけだ。

 

「FRに慣れるためったって……もう少しいい車は無かったのかな」

 

「いつもの車とは違うのかしら~?」

 

「全然違いますねッ!?」

 

 会話の最中。巧は一瞬、普段から乗っているインプレッサではなんともないような操作ミスをした。

 

 たった1度。だがミスはミス。振り子が反対側に振られるような動きのように、物凄い勢いで青のZはぐるりと右向きにスピン。彼女が類い稀な反射神経で、回った方向にハンドルを切っていたため、なんとか車は壁や草木にぶつからずに済む。

 

「フゥーーッ……こういうことが。いつもの車ならまず無いです」

 

「…………」

 

「龍田さん?」

 

「ま……まだドキドキしてる……」

 

 流石の巧もヒヤっとした恐怖体験に気絶したのかと思ったが、胸に手を当ててそんなことを言った彼女に。巧は軽く噴き出す。

 

 自分の作ったハチロク。まさか、これ以上に乗りづらい車では有るまいて。そう思わせるために、わざわざ城島サンと土屋サンはこんなに制御不能なマシンを手配したんじゃあなかろうか?

 

 そんなような邪推1つ、頭に浮かべる。対向車が来る前にZを順走の車線に戻し。巧はまた、猛烈に重いクラッチとアクセル、ステアリングに力を込めた。

 

 

 

 




アンケ車種言ってくれた皆様全員分、(ほぼ)全部出しました。話に添って出すの本当にしんどかった()

ABS→アンチブレーキロックシステムの略。急ブレーキ等の操作をしてもタイヤがロックして操舵が効かなくならないようにする安全装備。これも現在の車の殆どに装備されている。


オマケ ずっと主要人物なのに挿絵の無かった摩耶様。摩耶様可愛いよ摩耶様(洗脳済み

【挿絵表示】

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