南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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死ぬほど忙しい()

ずっとやりたかったお話になります。では、どうぞ~


2月の終わり

 

 

 

 約束の日がやって来た。今日は2月28日。例の女と、巧が箱根で勝負する日だ。

 

 午後5時頃、天龍は艤装を着けて鎮守府の港に帰投していた。最近は整備の仕事が多かったが、久しぶりに艦娘としての海上警備の仕事が入っていたからだった。

 

 背負っていた装備をガチャガチャ外しながら建物に入る。前なら挨拶すらしなかったが、今ではすっかり心の入れ替わった真面目ちゃんになった彼女は整備スタッフ達と挨拶を交わしながら、持っていた艤装を渡し、壁に貼ってあったカレンダーを眺める。

 

「…………!」

 

 そっか、もうこんな日か。

 

 今日という日がどんな日なのか。思い出して、前に、レストランで話した自分の頼みを渋々引き受けてくれた巧の顔が頭に浮かぶ、そんな時。天龍と同じく、作戦終わりで艤装を整備班に渡していた妹……龍田から声をかけられた。

 

「姉さん。ちょっといい」

 

「どうした」

 

「2人で話がしたいの。……今日が何の日なのか、知ってるでしょう?」

 

「……解った」

 

 いつもはへらへらした表情で、かつ、間延びした声で話すというクセがあるのが。今話しかけてきた時には鳴りを潜めていたので、真面目な雰囲気が漂っていた彼女に、天龍も引きずられて真顔になりながら後を着いていく。

 

 大体の艦娘は一部を除いて普段から制服姿のために、あまり使われないロッカールームなる部屋が鎮守府にはあった。龍田が予想していた通りに誰も居なかったそこに連れられて。天龍はお話、とやらを聞くことになる。

 

 どんな話だ。俺が巧さんに無茶を振った件か? ……それしか無いか。アホらしい。天龍が思う。相手が口を開いた。

 

「姉さん。このところ、誰も言わなかったから。私から言うわね」

 

「なんだよ。勿体振って」

 

「姉さんって、どっちの味方なの?」

 

「……は?」

 

 巧さんと島風どちらか? 当たり前に巧の方の肩を持つに決まっている。「巧さんを応援しないで相手を応援する馬鹿が……」。そんな言葉が口から出る。が、天龍の捉えた「どっち」とは意味が違ったらしい。龍田は心底呆れたような顔をしながら、ため息混じりに続ける。

 

「「好きな人の頼み」なのじゃあ無かったの。あのお話は」

 

「あっ……」

 

 そう。「どっち」というのは巧と島風ではなく、巧と谷本の事だった。自分の頭の悪さというか、察しの悪さに嫌な思いを抱く暇もなく、更に龍田は語気を強めながら話す。

 

「姉さんは巧さんの事をちゃんと考えたの?」

 

「それは……当たり前だ、色々考えてるさ」

 

「嘘ね」

 

「!!」

 

「本当にしっかり考えてるなら今、ここで言って。言えないでしょう? ホラ、だって今、目線逸らしたものね」

 

「…………………」

 

 何も言い返せず。天龍は黙ることしかできなくなる。

 

「もっと深く物事を考えるクセをつけろって……両親に前から言われていたでしょう。少し思い返しただけで、巧さんのメンタルなんてすぐに解るわ。……慣れない職場と環境に来たばかりか、落ち着く暇もなくいきなり身内に人間じゃない生き物だなんて言われて……疲れていない筈がない」

 

「………………ッ」

 

「姉さんがあの男の人を庇いたいのも解るわ。姉さんだって女の子だから、それは惚れた男には弱いでしょうから。でも、だからといって、良い年してそれを自分で解決しようとしないで、しかもよりにもよってあの人に頼むだなんて……いくら巧さんやマコトさんが乗り気だからって、その優しさと隙に漬け込んで入るなんて卑怯だわ」

 

 一字一句ひとつひとつ、妹の言う言葉が内蔵に突き刺さって出血しているような思いだった。自分という人間が情けなく感じてしまって、天龍の瞳と拳が震える。

 

「姉さん昔言ってたよね……無責任な大人ほど、嫌いなものは無いって……」

 

「……あぁ。言ったけなそんなこと」

 

「今の姉さん、その言葉そのものみたいな人になってるわよ」

 

「……そっか。そうだよな……」

 

「私はね。今日は巧さんに、待ち合わせ場所まで行かないように説得するつもりなの」

 

「…………」

 

「当たり前でしょう。あんなにでこぼこして先の見通しも利かない場所で、しかも夜に車でレースだなんて危険すぎるわ。……本当は一人で言いにいくつもりだったけれど。姉さんにも来てもらいたいの」

 

「……うん。当然だ」

 

「そう。じゃあ、行きましょう。さっき予定表を見たら8時に出発するみたいだから、その時間に駐車場に来て」

 

「応。」

 

 言いたいことは全て吐き出し。龍田は、頭痛に悩む人みたいな、額に手を当てる動作をしながらロッカールームから出ていった。

 

 己の不甲斐なさか、厳しいことを言われた反動か、それとも疲れからの整理現象なのか。天龍は両目から頬を伝う涙を拭いながら、部屋を後にした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 午後8時まであと少し、といった時間、同じ日に天龍姉妹のちょっとした葛藤の混じった会話が繰り広げられていた事は勿論知らず。巧、摩耶、那智の3人は、86とCR-Xの前に立っていた。やっていたことと言えば、簡単な車の最終チェック、的なカンジだ。

 

「タイヤは新品だけど、向こうまで自走だからこれで良し。ニトロ良し、マフラーも交換したから完璧!」

 

「気合い入ってるのはいいけど、ほんと、無理するなよ? 万が一のために私らも行くがな、病院まで救急車換わりなんて嫌だからな」

 

「大丈夫ですよ。あんな下手っぴぶっちぎりです!」

 

「お、おう。ま、いっか」

 

 巧は自分の乗る車のタイヤを軍手の履いた手で掴んで、空気の内圧やらを軽く確認し、用が済んだ手袋を車内に放る。毎度のクセで、気合を入れるおまじないのように、両手で軽く顔面を叩き、気付けにする。

 

 準備万端、サァ出発だ、と言うとき。視界の隅に入った人物に、目と顔が動く。「あっ……」。巧に顔を見られてそんな声を挙げる、ベンチコート姿の戦艦水鬼が居た。

 

「なんだ巧……あっ、どうもこんばんわ」

 

「どうしたんですか、こんな時間に」

 

「……! っ、えっと……」

 

 摩耶から挨拶を貰って、巧に話しかけられて、彼女はモジモジし始める。何やら察するところ人と話すのが苦手なのか慣れていないか、そんなところなのだろう。こちらから会話の主導権を握ろうかと巧が続ける前に。水鬼がこんな事を言ってくる。

 

「その、貴女達は今夜お山に登りに行くのよね?」

 

「「「………???」」」

 

「私、生まれが海だから、自然に触れたいの。一緒に連れていって貰えないかしら!」

 

 彼女の発した言葉に一同が妙な表情になった。……勿論水鬼が言ったことは、巧のナビシートに乗る口実に過ぎなかったのだが、当たり前にそんなことは存じない3人は頭を悩ませる。今日のバトルが、情報がねじれにねじれて、変なふうに相手に伝わったのだと認識したからだ。

 

 どうしよう……何て伝えたら良いだろう。巧が困っていると。隣に居た摩耶から、小声で「連れてってあげれば?」と耳打ちされて、正気かと彼女は親友の方向に顔を向ける。

 

(危なくない? 何も知らない人連れてくなんて……)

 

(別に、ダウンヒルの時は降ろして、終わったら山頂まで拾いに行きゃいいんじゃねーかな)

 

(それは、そうだけど……)

 

「……? どうかしたかしら?」

 

「え? あぁ、えぇと……ちょっと遊びに行くんだ。だから、山の上に何分か置いてく事になっちゃうけど……いい?」

 

「問題は無いわ。角は帽子で隠すし、カメラも持った。その車の横、乗せて貰うわね!」

 

「どうぞ……」

 

 ナイス演技! 私、女優でも目指そうかしら? そんなことを目の前の女が考えていた事を知らず、巧は、端から見れば場違いなテンションの母に、引き気味に応対する。

 

 変な邪魔(ヒドイ!)が入ったけど、問題なく出発できそうかな。各々が自分の車に乗り込み、キーを差し込んでエンジンをかける。摩耶は86のナビが埋まったため那智のCRXの助手席に収まった。

 

 いざ出発。……というとき。またしても、アクセルに力を込めようとした巧に待ったをかける人物が2人、ここに来た。

 

「巧さん。ちょっと、いいかしら?」

 

 暗い顔をして声をかけてきた龍田と、その後ろの天龍に、巧は手動式のウインドウをハンドルを回して降ろした。

 

 

 

 

「そういうわけで、突然ですいません。巧さんには、こんな危ないことは降りてほしいんです。私の姉から頼まれて引き受けただけ、なんですよね?」

 

「……すいませんでした。巧さん。そっちの事も考えずに、ガキみたいな約束して……」

 

「……………」

 

 2人が深々と頭を下げて言ってくる。長々と龍田が言ったことは要約すると、「乗り気でも無いのに、無理に引き受けてしまった行動レースなんて危ないことはするな」。なんて意味の事を丁寧に言い換えたようなモノだった。

 

「本当に、ごめんなさい。車まで用意するだなんて考えても無かったんです……本当に」

 

「頭上げてよ、2人ともさ」

 

「でも……」

 

 巧の言葉に、姉妹揃って姿勢が直立に戻った。開いた窓から軽く身を乗り出していた彼女は、いたずらっぽく笑っていた。

 

 怒られるのを覚悟で言いに来たのに、どうしてこの人は笑顔なのか。それはすぐに解ることになる。

 

「天龍。龍田ちゃん」

 

 

「私、逃げる気は無いよ。今日は箱根であいつを迎え撃つっていうのは、もう決めたから」

 

 

 相手の言ったことに。2人の背中に電気が流れる。若干柄にもなく取り乱しながら、龍田は86のカーボンドアの縁を掴みながら、巧を説得する。

 

「そんな!? 逃げるとか逃げないだとかそういう問題では……」

 

「そういう問題だよ。私ね、不良だからさ。売られた喧嘩は買わなきゃいけないんだ」

 

「そんなっ…」

 

「それにね。私は天龍に頼まれてイヤイヤ行くわけじゃないから。あの噂の当たり屋と自分、どっちの方が速いのか。それが確かめたいだけだよ。今日は、自分の意思で走りに行くから」

 

 後ろに居た那智たちも、車の窓を開けて話を聞いていたが、それは気にせず。なんだか妙に回る口を使って、巧は呆けている2人に、特に天龍へ向けて続ける。

 

「自分がどれだけやれるか、腕試し、みたいなものなのかな……久しぶりのバトルでちょっと興奮してるかも」

 

「あの、巧さん、私、知らないなりに調べたんです。GTRっていう車がどれだけ速くて、凄くて、恐ろしいのか……勝ち目なんて……」

 

「勝ち負けは関係ないかな。どれだけ無様な負けを晒したところで、私は友達の為に負けたことになるんだから。そっちのほうが、みっともなくケツまくって逃げるよりも、ぜんぜんカッコいいじゃないかって」

 

「巧さん………」

 

「納得できないならもっと言ったげようか。天龍。私、前に海岸で作業したとき、結構そっちが言ったことに救われたんだ。悩んでてもしゃーないかな、みたいな。だから、これはその恩返しみたいなのも兼ねてるから、やめるわけにはいかないよ。」

 

「……………!」

 

 ちょうど、一ヶ月前ほどになるのか。目の前の彼女が、深海棲艦だと戦艦水鬼から告げられた次の日の事を、天龍は、録画したビデオを眺めるように思い返す。

 

 自分のような、出会って一番に酷いことをした奴に「恩返し」だなんて。彼女の器の広さや優しさ……様々な物を考えると、自然と天龍の目から涙がこぼれた。

 

「辛気くさい顔しないで、大丈夫だって! 姫級の深海棲艦って凄く強いんでしょう? 負けはしないよ! ……たぶん!」

 

「…………はい!!」

 

「いい返事だね。じゃあね。帰ってくる頃お腹すいてるかも、カップラーメン辺り食べるかもしれないから、お湯でも沸かして待ってて!」

 

 眩しすぎるぐらいの笑顔を振り撒いて。巧は2人への自分の抱負を言い終わり、86と共に鎮守府の門を潜って夜の町へと消えていった。後を追いかけて、CR-Xも発進する。

 

 「変わった人……なのね」。駐車場に残された龍田が言う。天龍はただひとつ。巧の無事を祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 




早めの更新速度を取り戻さねば……

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