南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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北海道でどでかぁい地震があったため、死んだと思われてて焦りました()
人間は大丈夫でしたが色々死んだものを復旧させるのに時間がかかりました。お待たせしてすいませんでした。


メイク・サム・ノイズ

 

 

 

「ハァーッ……! ……はぁーッ」

 

 嫌な汗か、それとも自分の怪我した場所から流れた血で濡れているのか。

 

 湿って肌に張り付く服と、激しくなった動悸の2つに顔が歪む。ハンドルに体重を掛けて、突っ伏していた頭を持ち上げる。島風は、意味があるかは解らないが、ハザードランプを点けて取り合えず車外に出る事にした。

 

「………………」

 

 開かない。どうやら壁に激突したダメージが車体に及んだせいで、モノコックが歪んだのだろう。

 

 打撲と裂傷の痛みに軽く悶えながら、骨組みが歪んでガタつく車のドアを、彼女は力任せに蹴破って無理矢理出る。

 

 外灯に照らされた自分の体を見る。割れたガラスの破片が幾つか刺さった腕から血が流れている。ズボンの裾を捲ってみると、打ち付けた場所は紫色に鬱血していた。

 

「………………」

 

 私の初めて買った車。オレンジのGTR。前も横も後ろも、余すことなくボロボロだ。もう、これが走ることは無いだろう。

 

 傷口に当てて血に汚れた手を服で拭って、割れたフロントバンパーに掌を乗せる。正直、ついさっきの自分はどうにかしていた。……いや、正確にはもっと前から頭がおかしかった。前を行く車には平気で追突するし、乗車には違法改造までしている。遅かれ早かれ、きっと結末は決まっていたのだろう、なんて島風は妙に冷静な頭で考える。

 

 頬に熱い物が流れる。雨水かと思って拭く。雨ではなかった。彼女は泣いていた。

 

 まずはレッカー車でも呼んで、それから救急車……は、いらないか。歩いて病院まで行けばいい。それから……。考え事をしているときだった。山側から車のエンジン音が2台分こちらに向かってきているのを耳にする。

 

 なんとなく、やましい事をして大事故を起こした自分の姿を見られるのが嫌だったのか。島風は車内から毛布を取り出して羽織ると、谷側に体の向きを変える。

 

 音が聞こえてきてから数十秒もせず、2台の車両がこちらに来た。那智のCRXと土屋のロードスターだ。

 

 まさか巧が事故を起こしたのか!? 割れたオイルパンから垂れたエンジンオイルの跡を路面に残し、土手に乗っていた車両に、那智と摩耶は思わずギョッとした。が、車の色を見て認識を改める。

 

 車のハイビームに照らされて、背中を向けていた島風に。那智は誰よりも早く車から降りると、何が起きたのかとGTRを眺めながら尋ねる。

 

「事故ったのか! で、大丈夫か、怪我は?」

 

「………何ともないよ」

 

 むすっとした表情で無愛想に島風が顔の向きを変えず返事をする。しかし相手が羽織っていた毛布の隙間や、ズボンまで垂れて来ていた赤い液体を見て、那智は彼女が被っていた布を無理矢理引っ剥がす。

 

「……! 嘘は良くない。ほら、見せてみろ……やっぱり。血が出てるじゃないか」

 

「だから何さ。この程度……」

 

「やせ我慢するな、結構重傷じゃないか」

 

 白い肌に生々しく残った傷跡に、那智は自分の車に積んでいた救急カバンを出そうとする。しかし、摩耶がそれを静止しようとする。理由はもちろん、相手の日頃の行いを知っていたからだ。

 

「那智、構う必要なんかねーぜ。そんなやつに貸しなんざ作る必要ないだろ?」

 

「どうしてだ」

 

「こいつはしょっぴかれちゃあいないがな、犯罪者だぞ?」

 

 摩耶の言葉に。島風が少しだけ体をぴくりと震わせる。それを見逃さなかった那智は、こう繋げた。

 

「……犯罪者でもなければ、当たり屋でもないよ。今ここにいるのは、助けを求めてる怪我人だ」

 

 何だと? と言いたげに摩耶の表情がひきつったときだ。今度は土屋が割り込んでくる。

 

「まぁ、ここはアナタに任せるよ。さ、秋山さん?だっけ、山戻ろうか」

 

「え?」

 

「何度も言わせないで。ホラ、私はそいつの顔見たくないの。親切な那智に任せよう」

 

「……………うす」

 

 何かを察したのだろう。摩耶は折れると、土屋の言うことに従ってスマートの助手席に乗る。車でUターンするときにこちらに視線を送っていた土屋に、那智はそれとなく「ありがとう」のハンドサインを送っておく。

 

 二人きりになった那智は、邪魔者も居なくなったので、ずっと言いたかった事を島風に告げる。

 

「隣、乗れよ。ここらは昔住んでたから、病院だって知ってる。送ってやるからさ。痛いんだろ?」

 

「……いいよ、別に……歩いて山降りるから」

 

「……ハァ、ちょっと来い」

 

 小さなため息をついてから、那智は無理矢理行動を起こす。

 

 相手の服を掴んで、強引に島風をCRXの助手席に乗せる。何をされるのか、と、怯えている相手に、那智は巧や土屋から聞いていた傲慢不遜な様子の影もないな、なんて思う。もちろんいきなり殴ったりなんてしない。ただの傷の手当てをするだけだ。

 

 消毒液が染み込んだ包帯を簡単に巻き終えて、那智は付けっぱなしだったハザードランプを消す。そしてレッカー車の手配を、昔自分が事故を起こしたときを思い出しながら手早く済ませる。

 

 やらなければいけないことを一通り済ませたので、車を発進させよう、というとき。助手席の島風にこんな事を言われた。

 

「なんでこんなにしてくれるの。お金?」

 

「違うよ。ただ私がお人好しなだけかも」

 

「……意味わかんない」

 

「理解できなくて良いんだよ。……困ってるなら、黙って他人を頼れ。世の中、薄情な人間ばかりでも無いんだぜ?」

 

「……ありがとう。本当に」

 

 女の返事を、那智は笑顔を使って返答にしておく。サイドブレーキのレバーを下ろして、彼女は1速にシフトを入れてクラッチを繋げる。

 

 ゆっくりと車が発進し始めたときだった。麓からここまで上ってくる車が居た。LEDの強い光に顔をしかめながら、同時に2人が目を凝らしてみれば。母親との約束に従って、彼女を拾うためにUターンして来た巧とその乗車の白い86だった。

 

 CRXの助手席に座っていた島風は、86の運転席に座っていた巧の顔を観た。

 

 一瞬すれ違っただけの時間が、何故か妙に長ったらしい物に感じられる。

 

「……すごい人だよね。真似できないな……あの86のドライバー」

 

「そうかい。じゃあ、そろそろ行こうか。」

 

 島風の小さな呟きに。那智ははにかんだ。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 相手の事故という結末で終わった勝負から2週間が経過する。巧が、事務の仕事で情報に詳しい加賀に聞けば、例の島風は仕事を辞めたという答えが聞けた。だが、それで彼女の気分が晴れたわけではなかった。

 

 もう少し踏み込んで聞いてみれば、なんと相手はお咎めナシだったのである。が、残念ながらそれもしようがない話だった。

 

 「いくら犯罪者紛いの事をやっていたとはいえ、昔は居なければ仕事が回らないほどのエースみたいだから。退職金が出ない、っていう処分しか出なかったみたい」 加賀が言っていた事を思い出しながら、鎖で天井からぶら下がっている機械に水を掛けて拭く。

 

「…………」

 

 後味が悪いというのか、納得いかないと言おうか。心の中のもやもやとしたものが取れず、しかめっ面のまま彼女は外に置いておく部品の入った箱をもってガレージから出る。

 

 仕事場を出てすぐの場所にある、花壇の近くに居た人物と目が合った。天龍だった。

 

 お互いに「あ」、と声が漏れた。先に会話を切り出すのは巧の方だった。

 

「何してたの?」

 

「少し車を観に行きたくて……レンタル倉庫からもう少しで契約期間切れるからって電話来て、それで思い出して」

 

「車……あぁ、34か。だれかの車借りてくの?」

 

「那智さんから、N-BOXの鍵借りてきたんす。とりあえず様子だけでも見てこようかなって」

 

 そう言って彼女は、鍵を握った手で駐車場の方を指差す。那智の姉が置いていったという例の車がある。が、巧はそんな天龍の予定に割り込むように、こんな事を言う。

 

「…………。ちょっとゴメンね、私が仕事終わるまであと一時間ぐらい待っててもらってもいい?」

 

「……??? いいですけど……」

 

「ありがとう。代わりに私が車出すからさ」

 

 

 

 

 

 午後6時ちょうどに、二人は修理工場から移された、破損したER34が安置されている倉庫に到着した。

 

 貨物船のコンテナが立ち並ぶように、大量のガレージが何列かに分けられて連なっているこの場所で、二人は車が置いてある「7番」のガレージを探す。空き地の入り口に近いということが手伝って、そこまで時間もかからずに目当ての物が見付かった。

 

 天龍が、紛失厳禁とシールの貼られた鍵をシャッターに差し込む。巧から見て、なんとも神妙な面持ちで彼女は独り言混じりに戸を持ち上げた。

 

「1か月ぶり、だっけ。なんかすごく久し振りに感じるよなぁ……」

 

 大型車が軽く2台は入りそうな大きな倉庫に、夕日の薄明かりが差し込んでにわかに明るくなる。巧が先に中に入って電気を付けると、車の形に合わせた防塵カバーが被せられた自動車が姿を見せる。

 

 両手でそれを掴んで天龍が取ろうとする。それを、巧が一旦止めた。

 

「…………?」

 

「あのさ、これからちょっと驚くかも」

 

「は?」

 

「あー……やっぱり見た方が早いかな。よいしょッ」

 

 ストップをかけた巧のせいで空気がおかしくなる。妙な問答の後に、彼女は車にかかったシートを引っ張って外す。天龍は真顔になった。

 

 なんと車が綺麗な状態に直っている。が、なんだか様子がおかしい。というのも外装が変なのだ。

 

 本当なら、当たり前だがR34の顔が付いている場所に後期のS14型シルビアのフロントマスクが付いている。

 

「城島さんのディーラーの、廃車置き場に龍田さんと行ったときにね。前側だけだけど程度のいいスクラップが1万で売り捨ててあったの。これでとりあえず補修をしようって」

 

 シルビア特有の稲妻のエンブレムが貼ってあるボンネットを触っていた天龍に、巧が話を始めた。

 

「ごめんなさい。勝手に直したの。フレームはどうにか汎用品を繋げてこの車にして、ドアもプレスかけて歪みを直して……工賃は私たちがやったからタダ。天龍、お金無いって言ってたから……迷惑だった?」

 

「………これって、前の部品もくっつくんすか?」

 

「あ、心配は無いよ。もちろんバンパーとかは前通り普通の34用もくっつく。そういうふうに作り直したから」

 

 軽く腰を折りながら、巧は説明した。そんな彼女が着ていたピンク色のジャンパーの肩を、天龍が掴んできた。

 

 しまった。やっぱり怒ってるよね……。巧がそう思った時だった。

 

「ありがとうございます!!」

 

 天龍が元気な声で、目に涙を浮かべながらそう言ってきた。

 

「元はといえば勝手に男に釣られた俺が全部悪かったのに……前だって南條さん危ない目にあったんだし……しかもこんなことまで手伝ってもらって……!」

 

「……前に言わなかったっけ? 天龍の言葉で、辛いときに私は救われたって。恩返し恩返し。友達にはサービスしないと!」

 

 良かった! 結果オーライかな?

 

 自分の服を引っ張りながら、顔を歪ませて泣きそうになっていた相手に、巧はそう言って宥める。

 

 巧の話で、もう自走可能な程度まで修復が済んでいると聞き。天龍は、事故が起きてから肌身離さず持っていた自分の車のキーを手に、顔が代わったR34の運転席に座った。

 

 

 ただいま。俺のR34。

 

 

 純正のシートに深く腰かけて、シートベルトを締める。MOMOとロゴが刻まれたハンドルを握りながら、天龍は独り言を呟いた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 巧の車に乗ってどこかに行った姉を見送ったあと、龍田は緒方に頼まれて雑用をしていた。

 

 冬ももう終わりが近いとあって、雪が溶けて地面に出てきた埃や砂といったゴミを、ほうきで掃いてまとめる。それが終わって、次は、まだ建物に付きっぱなしになっていたクリスマスの電飾を外す。

 

 取った配線やLEDをバケツの中に放っていた時だった。夕方まで解放されている鎮守府の正門から、車のエンジン音が近付いてくるのを感知する。

 

 姉さんだろうか? いや、まさか。早すぎるからお客さんか。乗用車には無い、スポーツカー的な少々うるさい音が聞こえてくる方向に、龍田は顔と歩みを向ける。

 

「…………?」

 

 職業柄か、提督やその関係の人間は高級なスポーツカーに乗っている人が多く、龍田もよく観ることがある。のだが、来ていたのは彼女には来客で見たことが無い車だった。

 

 天龍よりも車には疎いが、フロントバンパーにある「Z」のエンブレムから、フェアレディZという車である事ぐらいはわかった。だが、高給取りの人間が乗るにはおかしな、錆や傷跡が目立つボロボロな停車した黄色い車に。龍田は不審者かと警戒して、携帯電話の電源を入れて車に近づく。

 

 ぱたり、と軽い音がして運転席からドライバーが降りる。その姿を見て、「あっ」、と声が漏れた。

 

「………………」

 

「貴女は……」

 

 乗っていたのは、今は艦娘の仕事を離れたという島風だった。

 

 以前に執務室で上司として会って話をしたときとは何もかもが違う。そんな風に、龍田は「元」島風を見て思った。

 

 綺麗に手入れされていた金髪は枝毛だらけでぼさぼさだし、着ている服も随分庶民染みている。それによくみれば、前よりも痩せてなんとなく頬がこけているように見えなくもない。そして乗っている車に目が行く。

 

 前の高級スポーツカーとは比較にならない。錆や補修痕が浮いている、日に焼けて所々が白化している黄色のZ32は、貧乏人が解体屋から引っ張ってきたような見た目だった。部品を交換したばかりなのか、サイドスカートの部分はプラスチックの地の色の白で車体色と合っていない。

 

 「あの、ご用件は……」。何を言おうかと迷ったが、事務的にその場を濁すような発言をした。すると、相手はさっきから手に持っていたタオルを地面に放って敷き、深呼吸を始めた。

 

「……………?」

 

 何をするのか、と龍田が疑問に思う暇もなかった。

 

 島風だった彼女は、いきなり膝と両手を地面に付くと、ゴツン! と鈍い音が周囲に響くような強さで、布を引いた場所に自分の額を打ち付けたのだ。

 

 龍田は思わず唖然となった。口を半開きにして間抜けな表情を晒していた彼女に構わず、女は血が滲んでいた頭に下に敷いていたタオルを巻いて簡単な止血にすると、淡々と妙な行動をとる。

 

「これ。慰謝料。スカイラインのあいつに」

 

 ドアを開けたままにしていた車のダッシュボードから、重要書類なんかを入れておくような、針金で封をする大きな封筒を取り出し、彼女は態度の悪い動作で投げる。

 

 放られた封筒はコンクリートに当たって、ばたん、と物にしては妙に重い音をたてる。龍田がそれを拾ってみると、何やら分厚くてずっしりと重みを感じる。さっきから面食らっている様子の彼女を見ながら島風は続ける。

 

「ソレに200万入ってる。足りるでしょ? 約束も果たした。もう来ないから、じゃあ」

 

「ち、ちょっと!」

 

「南方棲鬼が、頭を地面に擦り付けて土下座しろって言ってきたから来たんだけど。何? 言うことはそれだけだよ。じゃあね」

 

 所々に赤錆の入ったZに乗り込むと、少し乱暴にドアを閉める。そのまま彼女はどこかに行ってしまう。

 

「どうしろって言うのよ……んもぅ!!」

 

 相手の言ったことが嘘じゃなければ200万円が入っているという封筒を手に。龍田は島風の態度を思い出して少し頭に来て、軽く地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




手がいてぇ 

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