南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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天龍ちゃん編終了。さぁ次は最終編だ……


「ちょっと疲れてんのかな」

 

 

 

 

 すっかりルンルン気分で天龍は車を飛ばす。住宅街を50km/hオーバーは、少し危ないのでは、等と後ろをGC8で追う巧の事はお構い無しだった。

 

 速度超過気味に帰ると、行きに使った時間の約半分で鎮守府に二人は戻ってくる。

 

 ウインカーを点滅させている34Rのアクセルを無駄に踏み込んで、空吹かしさせながら天龍は駐車場まで自分の車を持っていこうとしたときだ。車で鎮守府に近付く彼女に、建物のそばにあるベンチに腰かけていた龍田がこちらに気がついたのか、いきなり駆け寄ってきた。

 

 突然走ってきた妹に驚き、天龍は慌ててブレーキに足を掛ける。クラッチを踏み忘れていたため、ガックンガックンと振動を起こして車は止まった。

 

 操作ミスに体を揺すぶられて気持ち悪くなりながら天龍は怒鳴る。

 

「おえっ……。てめっ、輝、危ねぇじゃねーか!」

 

「姉さん! ずっと待ってたわ、今までどこに行ってたの?」

 

「あぁ? 見りゃわかんだろ、車取りに行ってたんだよ」

 

 なぜか声を荒げ、何かを小脇に抱えている龍田に。妙に思いながら、天龍はキーを捻って、動力を切った車から降りる。

 

「ンだよそんなカリカリして?」

 

「その、何時間か前に島風が来て……」

 

「はぁ!? アイツが今更何しに……」

 

「これを姉さんにって。慰謝料(いしゃりょう)がわりに貰っとけって」

 

 「慰謝料だと?」 怪訝(けげん)な面持ちで車から降りて妹から大きな封筒を受けとる天龍を見て、不思議に思った巧も車から降りる。受け取った物の中身の、乱雑に突っ込まれた札束をちらりと覗いて、天龍は思わず変な声が出た。

 

「おいおいおいおい、幾ら入ってんだこれ?」

 

「相手の言ってたのが嘘じゃなければ200万って……」

 

「「200万!?」」

 

 とても封筒に詰め込むような金額じゃないだろ。天龍と巧が全く同じことを考えながら驚く。

 

 

 

 二人が戻ってくるまでに何があったのか、龍田は軽く巧に説明する。

 

 性格も悪そうで、やっていたことは子供みたいな目的からの犯罪だったけれど。自分なりのポリシーみたいなものはあるやつだったのか。まぁ、だからといって許さないけど。

 

 龍田の言ったことに対して、口には出さないが巧はそんなような事を思っていた時だ。持った札束を広げてうちわのようにヒラヒラさせていた天龍が、物を封筒に戻しながら、また車に乗り込んだ。

 

「……ちょっとまた外行く」

 

「? 何しに?」

 

「こんなに受け取れないっすよ、だからあの野郎に話でもつけてこよーかな、って」

 

「話って……どこに居るかも解らない相手に会いに行くの?」 そう思った巧の口から、ほぼ考えたそのままの言葉が漏れる。

 

「天龍はアイツどこに行ったかわかるの?」

 

「ひとつだけ思い当たる場所があるんす。ちょっと行ってきます!」

 

 アクセサリーの状態からイグニッションまでキーを捻る。エンジンが掛かったのを確認して天龍は左に思いきりハンドルを回してタイヤを鳴らしながら回頭すると。LEDの光で道を照らしながら、鎮守府の門から外へ走っていった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 午後7時。町には灯りが点いて、公園や裏路地みたいな寂しい場所にも街灯の光が灯る時間帯に、元島風だった彼女は、大きな公園の休憩スペースに居た。

 

 前に天龍と谷本が話をした場所に、サビの目立つ自分の車を停めて……もちろんその場に居合わせていなかったので、二人が待ち合わせた場所だなんて事は関知していなかったが。ベンチに座ってぼうっと池のある方を見つめる。

 

 ノンアルコールビールの空き缶をゴミ箱のある方向に放り投げる。何も考えず、ここに来るまでのコンビニで買った弁当に手を付ける。

 

「……………ハァ」

 

 全部無くしてしまった。自業自得とはいえ、軍に悪印象がつかないように、と迷惑を掛けた人間への口封じ(慰謝料ともいうか)でほとんど稼いだ金は無くなった。平和になったおかげで充実した訓練メニューによって鍛えられた後釜が、繰り上がってきて自分のポストも埋められたし、何より性格の悪さが祟って友人と呼べるような人間も殆ど居ない。……アルバイト以外に仕事のアテが無い。

 

「フゥ~……ハァァァァ…………」

 

 どうしてこうなった。溜め息の後に、冷めたチャーハンを口にぶちこみながら、女は心中で毒を吐き散らした時だった。

 

 少し離れた場所から、暴走族のような車の爆音が耳に入った。「うるさいな。」 前まで自分も似たような事をしていたのは棚に上げて、そう思う。

 

 数秒ほどして、恐らく音の主と思われるような車が顔を見せた。ドライブは好きだったが、実のところそこまで車に詳しくは無い彼女でも知っている車だ。たしか、シルビア?だったか、なんて考える。

 

「……………?」

 

 自分が車を停めていたすぐ隣にその車は駐車した。改めて近くで見たらシルビアのような、だが後ろはスカイラインのような妙な車から降りた人物を見た瞬間、島風の視線は、こちらに歩いてくるドライバーからコンクリートの地面へと移行する。

 

「なんだよ、久し振りの再開だのに目ェそらすなんてあんまりじゃねーか?」

 

「…………」

 

 とびきりめんどくさそうなのが来やがった。というか、何も考えずにここまで来たのに、一体誰かがこの場所に自分が居るとでもリークしたのか? 性格の悪さが(にじ)み出ているような事を考えていると。ハンバーガーに手をつけていた島風の元へ天龍は距離を積めてきた。

 

 ずかずかと歩いてきて、わざとらしく、自分の隣に、ベンチが(きし)む音が出るくらいに体重をかけて座った相手へ。島風は顔を合わせないようにしながら話しかけた。

 

「なんでこの場所がわかったわけ? 誰にも言った覚えは無いんだけど」

 

「女の勘だよ」

 

「女らしくないあんたが?」

 

「うるせぇ余計なお世話だ」

 

 何も知らない人間から見ると友達同士に見えなくもないやり取りだ。ところがどっこい。友達どころか、「宿敵」とか「因縁の相手」みたいな間柄の2人は、会話を続ける。

 

 「それ、今のお前のか」 天龍が指を指した方向には自分のZが停まっている。

 

「なにさ……みすぼらしいって笑うつもり?」

 

「いいや。よく似合ってるって言ってやるよ」

 

「…………ッ」

 

 ムカつく。こいつにも。前まで下に見ていたような奴と同じどころか、それ以下の立場になった自分にも。唇を噛みすぎて血が出るぐらいに苛々していると、そんな彼女の様子を見て、涼しい顔で天龍は更に(まく)し立てる。

 

「大嫌いだった女が落ちぶれているのを見れて、俺は快適だよ。明日の朝はスッキリ起きれそうだ」

 

「……そう。それはよかった」

 

「え~と。なになに……田中 敬(たなか けい)? なに、お前そんな名前だったの」

 

「なんで私の本名っ……、それ……」

 

 下を向いて貧乏揺すりしていたのを、女の発言を聞いて敬は少し驚いた表情になりながら横に顔を動かした。隣の天龍は、自分が龍田にやったはずのでかい封筒を片手に、札束をこちらに突き出していた。

 

 「なんの真似さ?」と問うと、「先ずは100万」と返された。意味は解りかねたが、相手がこちらに渡してきた現金を手に取る。

 

「お前にもやったことを償う権利があるし、何より金を払ったのはプライドなんだろうから、それは尊重してやる。だけど流石に貰いすぎたから残り100万は返す」

 

「え…………。ふ~ん……こういうとき、ドラマなんかだと全額返してくれるものだけど」

 

「フィクションとリアルをごっちゃにすんじゃねー。俺はそこまで人間できてねーよ」

 

 眉間にシワを寄せながら、敬はまた目線を下に戻す。

 

「はぁっ…………。なんで谷本サンはてめーみたいのとつるんでたのかねぇ。一生解りそうにねーな」

 

「なにさ……あいつがどこに居るかでも聞きに来たの?」

 

「それとカネ以外に理由があると思ってんのか? おめでてぇな」

 

「あっそ……御殿場だよ。箱根のね……もう帰ったら?」

 

「箱根? ふ~ん……先月・今月・山に縁のある日々だな」

 

「……?」

 

 天龍が何か言うが、意味が解りかねて敬は首をかしげた。しかし別にどうでもいいかと思うと、相手は用件は済んだとばかりにベンチから腰を上げる。そうだ、さっさと帰ってくれ。思っていると、何かを思い出したように天龍はこちらに振り返る。

 

「……? 何さ、まだ何かあるわけ? 早く帰ってよ」

 

「うるせぇ。黙ってこれ受け取れ」

 

「はぁ~?」

 

 嫌な奴から2回も物を貰うなんて……。考えるが、突っぱね返すともっと面倒になりそうなので、敬は相手が差し出した何かを手に取る。

 

 渡されたラミネート加工のカードには、『輸入車・新車・中古車販売 NDNL代表取締役・城島 英二』と書いてある。聞いたことのない会社だが、専業ディーラーの社長を務める人間の名刺のようだ。

 

「……なにさ……これ」

 

「仕事、ロクに就けてねーんだろ。行ってみろよ、そこのボロいZでな」

 

「……どこ情報よ。お前なんかに心配されるようなことは」

 

「フリーターが地に足付いた仕事だなんて言えるものかよ。良いから乗せられとけよ……ビックリしたぜ。まだハタチの俺よかお前のが年下だったとは」

 

「!! 事務職に就いたから何も」

 

「憎い奴ほど記憶に残るたぁ誰が言ったかな。気になっちまってテメーのことは調べさせて貰った。コンビニバイトとは随分落ちこぼれたじゃねーかぁ、えぇ、田中さんよぉ?」

 

「……ちっ」

 

 嘘がばれてしまって、敬は舌打ちした。正確には、元は見下していた相手に見栄を張った自分自身に腹がたっての行動だった。

 

「資格取得者・無資格関係無く、そこの取締役のおっさんが人を集めてる。……車の事なら、多少は頑張れんだろ」

 

「……………ッ」

 

 こいつ何をしたいの? 意味がわからない。そう思った彼女は、彼女にしては珍しく素直に気になったことを話す。

 

「なんでこんなに……優しくするのさ。意味わかんない」

 

「お前の泣いてる顔が見たかっただけだよ。悔しかったら、そこで偉くなって、また俺より金持ちにでもなりな」

 

「…………。泣いてねーし。クソが」

 

 嫌で嫌で仕方がない女の発言で、初めて自分が泣いていた事に気付いた。今や数少ない自分の財産である、着ていたブランド物のコートの袖で、敬は涙を(ぬぐ)う。

 

「俺はお前より大人な事を証明してやるのさ。この行動でな」

 

「ほんとっ、サイアクなセーカクね!」

 

「お前にだけは言われたかねーな。じゃあな、今度こそお別れだ」

 

 用事は済んだ、と続けた天龍は今度こそ帰るか谷本に会いに行くのかするのだろう。背中を向けて手をひらひらさせながら、スカイラインを止めた場所まで歩いていく。

 

 敬は咄嗟に相手を呼び止めた。そうすると、天龍は体の向きを変えないでその場に立ち止まる。

 

「待ってよ……その、ありがとう。……ちっ」

 

「あぁん? なんだよ気持ち悪い。礼なんか言うなよ、おぉ、トリハダたった!」

 

「なっ!? ……また追突してやる!」

 

「なにぃっ! それは勘弁してくれや、あぁどういたしまして。これでいいのか」

 

 敬の脅しに、ちゃんとした返事を返すために女は敬に向き直る。続いてめんどくさそうに天龍は言った。

 

「まっ、お前が好きなことすら頑張れないロクデナシならまた自滅するだけだろ。じゃあ今度の今度こそあばよ。もう会わないだろうがな」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「…………」

 

『私はここでひっそり死ぬつもりよ。嘘偽りなく。本気で』

 

 同じ日の、午後9時頃。天龍が島風の情報を頼りに、箱根方面へと向かっていた時間に。戦艦水鬼は、鎮守府に割り当てられている自室に居た。

 

 なぜ、あのとき私は南方せ……巧にああ言ったのか。母とはいえ録に接点すらないのに。

 

 不自由はしないように、との元帥からの計らいで部屋に置いてある高級品の家具をぼうっと眺めながら、水鬼は思う。

 

「…………………。」

 

 このところ、水鬼は言い表しようのない漠然とした不安にまみれた思考に染まっていた。母なのに娘に何もしてやれていない、人間からもてなされているのに私はただここでくつろいでいるだけ、だけれども出来る仕事も特にないのでやることも特になく暇だ。そんな考えに心を病むばかりだったのだ。

 

 定期的に送られてきては、世話係の艦娘が前のものは交換して、と繰り返す本棚の蔵書に手を伸ばす。テレビなんて付けたところで人間の芸能人なんて知らない彼女には、軽い気持ちで読める小説なんかは、外に出る以外で唯一の娯楽と言ってもほぼ間違いの無いものだった。

 

「はぁ……」

 

 残念なことに、この行動は裏目に出た。

 

 気分転換でやろうとした読書だったのに、適当にタイトルすら確認しないで取った本は、暗い話だったからだ。ストレス発散どころか更に気分が重たくなった。

 

 そう、勝手に自分の行動で落ち込んでいたときだった。部屋の壁に取り付けてあった電話が鳴った。元帥以外に掛けてくる人など居ないから、ほぼ100%彼からだろう。

 

 ベッドから腰を上げるだけで重労働に感じるほど、気持ちは沈んでいた。が、そんな下らない理由で居留守も失礼だろう。もたもたと動きながら、戦艦水鬼は受話器を取った。

 

「はい。何か用かしら、カミクラ?」

 

『戦艦水鬼、少し話があって掛けた。時間は大丈夫かな?』

 

「何を今更かしこまって。私は暇だけど……」

 

 長い付き合いの友人なので、彼女は特に敬語など使わず気軽に返事をした。しかしスピーカーの奥の男の声は、何があったのか、少し暗く聞こえた気がした。

 

『大事な話だ。詳細は順を追って後日連絡するが、言っておきたい事があってな』

 

「何でしょうか?」

 

『来年の予定だったか。君に海に戻ってもらうという話だ』

 

「あぁ……どうかしたの? 年末に他の子達とは抵抗をやめるように説得するつもりだけど」

 

 話、とは何だったか、水鬼は少し記憶を(さかのぼ)った。なんのことはない。艦娘側からの攻撃をやめることを条件として、海上封鎖をやっている深海棲艦たちに自分が説得しにいく、という作戦の事だった。

 

 思い出しながらの発言に、男は返事を返してきた。

 

『急で申し訳ないが前倒しで1週間後になった。すまない』

 

 

「……え?」

 

 

 戦艦水鬼は、相手が何を言ったのか一瞬理解が追い付かなかった。

 

 

 

 

 




天龍「また付き合ってくれませんか!」
谷元「私なんかで良いんですか」
天龍「はい」
谷元「よろしくお願いします」
天龍「(´;ω;`)ウレシイ」

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