南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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巻いていきます。今まで展開遅かった分猛スピードです。




4 空は繋がってる
人生まだ長いでしょ?


 

 

 

 海鳥が、海面近くまで上がってきていた小魚か何かをついばんでいる。その様子と、今にも雨が降ってきそうな鉛色が広がっている空とを、巧は船の甲板から交互に見ていた。

 

 今日の彼女は少し変わった場所に来ていた。ここは軍の所有する大きな兵員輸送船のデッキである。なんでそんな場所に来ていたかと言えば、上の命令で戦場に駆り出されたからだった。

 

「…………………」

 

 

ねぇ、アイツ……

 

見るなっての。聞こえてたらどーすんだ…………

 

いきなり暴れたりしないわけ……怖いったらもう……

 

 

 背後から陰口か噂話か聞こえてくる。しかし巧は無視して振り返らず、視線も固定して動かさなかった。理由は、自分に向けられたものだと理解した瞬間にも、腹が立ってしまいそうだと考えていたからだった。

 

 本当なら手すりに肘を乗せ、頬杖でもついていてぼうっとしていたところ、装備が両手とも指が猛禽類(もうきんるい)みたいに鋭い鍵爪状なのでできない。なので彼女は机で居眠りをする学生みたいに、手すりにかけた腕を組んだ上から頭を乗せるような体勢だ。

 

 一応立ってはいるが、手すりに全体重を乗せてのんびりしていると眠くなってくる。うつらうつら、とほんのちょっぴり夢心地になっていたとき。服の袖を誰かに引っ張られた。

 

「………? 誰です?」

 

「……………。」

 

 背後に居たのは誰か確認した。知っていた人物だった。ここ最近でまた戦艦水鬼が鎮守府に「防衛戦力」と言い訳して連れ込んだ、軍の人間からは戦艦レ級と呼ばれている、背中から大きな尻尾が生えている小柄な女の子だ。

 

 戦艦レ級。昔、初めて確認されたときは、単体でも凄まじい強さから要注意認定されていた。ということを加賀から聞いていたが、どうにも巧には、全体的にミニサイズなこの人物がそんなに強い人には見えない。

 

 相手は自分の尻尾の中に手を突っ込み何か取り出した。その次には巧に向けて手のひらを突き出してきた。みれば飴か何かを持っている。

 

「……くれるんですか?」

 

「…………!」

 

「いつもどうも。」

 

 喉に怪我があり、話すことができないという彼女は、いつもこうして無口である。加えて無表情でもあったものだから、何を考えているのかが解らないなどと評されていた。が、なぜか巧にはいつもこうして親切にしてくれるので、巧は個人的に悪い人ではないのだろうとは思っていた。

 

 出された物を受けとると、いつも通りの無表情……だが巧には少し笑っているようにも見える顔を作りながら、レ級はどこへともなく歩いていった。

 

 同族だから頻繁に接触してくるのだろうか? なんて思っていると。今度は親友が二人、書類の束を持ってやって来た。加賀と摩耶だ。

 

「お待ちどうさまね。もう少しで出撃らしいわ。またレ級とお話し?」

 

「えぇ、まぁ……いつも飴かチョコくれるんですよね、あの子」

 

「巧の母様(カーサマ)に聞いたら今までひとりぼっちだったらしいしな、寂しいんじゃないのか?」

 

「さぁ?」

 

 会話の最後に、寝ぼけ眼を擦ると巧は思わず身動(みじろ)ぎした。ゴツゴツした手で瞼を触ったものだから、目元がアザだらけの真っ赤になる。ヒリヒリする目元にすっかり眠気が飛んだ彼女へ、加賀は手早く業務連絡を告げた。

 

「内容だけど、今回は警備じゃなくて敵の撃退だから、6人で編制を組むのよ。私達はいつも通りだけど、巧は艦隊行動は初めてよね?」

 

「はい」

 

「私達の鎮守府からは貴女と私、摩耶にレ級であと2人足りないから他の基地の人が来るそうよ。艦隊名は「フィフス・シエラ」……変わったコールサインね」

 

「横文字かよ、ブルー・インパルスみてーだな」

 

「なんでも旗艦……隊長みたいな物ね。務めている暁と部下の若葉って駆逐艦の人が来るわ。何か有るかしら?」

 

 お手伝い、ねぇ……。

 

 たったひとつ、不安要素があった巧は加賀に切り出す。

 

「………私が居て問題ありませんか? レ級ちゃんにも同じことが言えますが」

 

「?」

 

「だって、ほら……」

 

 巧は、さっきまで自分向けに陰口を言っていた艦娘達に指を指した。本当なら大の大人がやるような行動ではないが、あえてそれをすると、やはりというべきか。未だに陰口を喋り続けていた4~6人ほどで固まっていた艦娘たちは、一瞬ギョッとしてから、そそくさと解散し始めるのだった。

 

 何を言っているのだろうか? とでも言いたげだった加賀と摩耶は、友人が何を伝えたかったのか察したらしい。一気に表情が曇り、摩耶に至っては眉間に影をつくって苛立ちが隠せないといった様子になる。

 

「気にすんな巧。あんなのに流されるアタシらじゃねーよ」

 

「うん……」

 

「仕事が終わったら、ドライブでも行きましょう? 貴女の運転で」

 

「……はい!」

 

 ……………ハァ。あからさまな優しさがイタイ。

 

 カラ元気を振り撒きながら巧は加賀の提案に返事をする。

 

 そして10分後ぴったりの時間に。合流してきた助っ人2人を加えた6人は海に出るのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 海に出てまだ数分も立っていないが、固まって行軍していた6人は敵の勢力圏に入ったので、それぞれ散会して隊列を成す。陣形の組み方など知らない巧は、事前の打ち合わせ通りに加賀の左横に着いた。

 

 無線機として扱うヘッドホンが、医療用のテープでしっかり頭に固定されているか確める。そうしていると、すぐ隣に居た加賀からちょうど連絡が入った。

 

『熱源反応を確認したわ。それぞれ戦闘に備えて』

 

『『『『了解!』』』』

 

『たくみ………南方棲鬼。今から連絡は全て無線で行うわ。何か言いたいことは機械を通してちょうだい』

 

「わかりましたッ!」

 

 会話の最中にも、敵が撃ってきたのだろう砲弾が海面に当たり、巧は頭から海水を被る。目を細めながら、彼女は両手を標的に向けた。

 

 

 

 痛いのはヤだな。シンプルにそう思っての出撃中の巧の行動パターンは、完全に回避重視の物だ。まったく検討違いな方向から、自分の体を掠めていくような砲弾など、上手く彼女は交わしてみせると、それぞれが海面に着弾して大きな水飛沫を挙げる。

 

 元々姫級に近い能力の南方棲鬼という個体は、とんでもない体の頑丈さと常軌を逸した砲の火力が特徴だ。ということで、普通なら並の艦娘が束になって来ても、まともな傷すら負わせられないぐらいの強さを生まれつき持っている……なんて事は勿論巧は知らなかった。

 

 多少当たった所で気にもしないでいられる体質に、変なところで本人の臆病な性格が絶妙に噛み合う。なにせ、身体能力に物を言わせて右に左に動き回り、しかも攻撃が当たっても何ともないし、時折やってくる砲撃は一撃必殺レベル。敵からみれば正に鬼である。

 

『敵は倒す必要はないらしいわ。あくまでも撃退が目的だから、当てずっぽうでもいいから撃ちまくるの!』

 

「はい!」

 

 離れた場所から、艦載機を出していた加賀から無線が入る。言われた通りの事をしていればそれだけでよい、と釘を刺されていた巧は大人しく友人の命令に従った。

 

 右手→左手→右腰→左腰、たまに両肩の副砲。自分の体中にハリネズミのように所狭しと火気類が配されているのを良いことに、巧はローテーションで撃つことで、砲弾の装填時間を無くすように立ち回る。

 

 毎回のことながら楽な仕事だ。自分が強いのか相手が弱いのかはわからないけど。そんな腑抜けた事を考えていた巧に予想外の出来事が起きた。

 

「……! 弾切れ?」

 

 きちんと訓練を受けた人間なら絶対にやらなかっただろう。副砲が撃てなかったことに、彼女はあろうことか、数秒とはいえ戦場で足を止めてしまった。

 

 待っていました、とばかりに豪快に水を押し上げて海面から何かが飛び出してきた。

 

「!?」

 

「――――――♪」

 

 戦艦ル級、と呼ばれている黒服の女性の姿をしている深海棲艦だった。避けるのは間に合わない。そう判断した巧は、取り敢えずは頭だけでも守ろうと、両手を顔の前に持ってきたときだった。

 

「伏せて!」

 

「!!」

 

 反射神経の良い彼女は、どこからか聞こえてきた声に、無理矢理姿勢を低くしようと背中向きに倒れた。すると、倒れた方向から飛んできた攻撃に、不意打ちをしてきたル級は大きく体勢を崩す。

 

「大丈夫かしら? 南條さん、だったよね?」

 

「は、はい……なんとか」

 

『おい暁、後は勝手にやれよ。甘ちゃんの面倒見るほど暇じゃない』

 

「若葉ありがとう、じゃあね」

 

『ふん!』

 

 助けてくれた艦娘。補充人員の暁にお礼を言いつつ、巧は誘導に従って転倒したル級から距離を取った。

 

 全身から黄色い光を放ち、殺気を(みなぎ)らせ、ル級は2人を睨みながら立ち上がる。猛獣のように唸っている様子を見て、巧は以前に母が言っていた事を思い出していた。

 

 正直な話、人型をなす敵を相手取るのを苦手としていた巧には好都合だった。こうやって「人間ではない生き物」というアピールをされると、打ち倒す罪悪感が薄れるからだ。

 

 自分の下手な射撃に合わせて、暁は手慣れた様子で上手い具合にこちらを援護してくれた。自分の住んでいる鎮守府にも同じ名前を冠する人物は居たが、同じ駆逐艦とは思えないほど大人びていて、かつ冷静に敵に対処するこの人物に。後で礼を言わねば、という気持ちになる。

 

『目標撃破。お手伝いするね』

 

「すいません……」

 

『いいのいいの、面倒は私に押し付けて構わないわ』

 

 しつこくこちらを狙ってきたル級を首尾よく撃破し、無線で暁と話していた時だった。ちらりと後ろを見て彼女の姿を見る。巧の目には、彼女の背後から弾が飛んできているのが見えた。

 

 危ない、という暇すら無かった。こちらの表情を読み取って察したのだろうか? 暁はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、巧の方を向いたまま屈伸運動で砲弾を交わして見せた。

 

 「ありがとね」 機械越しに短く礼を言ってきたと思うと、今度は180度体の向きを変えて、暁は次に備える。

 

 彼女は左手に固定していた砲から弾を1発引き抜いて手に持つと、手榴弾でも投げるような動きで敵の弾が飛んできた方向へと投げた。そして、くるくると回るそれ目掛けて手持ちの火気の引き金を引く。いったいどんな精度の予測射撃が必要なのか、手投げした物に弾を当てて加速させ、更にそれを、また発射されてきた敵の砲弾に当てて弾道を逸らした。

 

「…………………!!!!」

 

 言葉が出ない、とか、神業って言うのはこういうことを指すんだろうな。もはや次元が違う練度の高さを見せつけた相手に、巧は失礼なことを考えていた自分が恥ずかしくなる。

 

 異常な精度の射撃を防御に使ったと思えば、今度は援護を指示されて、巧は敵を撃つ。一息つく暇もなく。次は加賀から無線が飛んできた。

 

『南方棲鬼、予想よりも敵が多いわ。戦闘機の数が欲しいところね』

 

「わかりました」

 

 広げた掌の赤く光る穴から、いったいどこに収納されているのか、無数の深海棲艦の艦載機が飛んでいく。それらは加賀が発進させていた飛行機たちに混じって編隊を組むと、敵の、なにやら球体に猫の耳をくっつけたような妙な非行物体を撃ち落としていった。

 

 

 

 

 何分こうして戦っていただろうか。ゴツゴツした手に構わず、巧は冬場とはいえ、激しい運動で流れてきた顔の汗を拭う。

 

 垂れ流しになっていた味方の連絡によれば、既に敵はほとんど倒したらしい。なんて事を加賀と摩耶から聴く。

 

『もう大丈夫だろ。そろそろ引き上げようぜ』

 

『そうね。でも油断は禁物よ』

 

 やっと終わったぁ! ……長かった。友人らが事務的な態度を崩したのを見て、巧が警戒を緩めたときだった。

 

 どうやらこの日の彼女は相当に運が無かったようである。また、普通なら無いような不運が降り注いだ。

 

『……? なんだアレ?』

 

「ん?」

 

 今日二度目の完全な不注意だった。予想していなかった場所から、1発だけ砲弾が飛来してきた。運の悪いことに、巧は人一倍鋭い反射神経が祟って、若葉の声を聞いて顔を向けてしまう。

 

「巧、危ないっ!!」

 

 鈍い音が周りに響くのとほぼ同時に、弾の炸薬が弾ける。加賀の注意も虚しく、彼女の顔は爆発の黒い煙に覆われた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……運び込まれたって部屋は……!? ここね……!!」

 

 作戦終了後、6人全員が港に着いたと聞いて。同時に、自分の娘が怪我をした、と、要らない情報まで貰って。戦艦水鬼は、気を動転させながら廊下を走っている所だった。

 

 扉をノックすることすら忘れて転がり込むように部屋に飛び込む。中に入った瞬間、女性の叫び声が聞こえた。

 

「ひゃあぁっ!? 何!? だれさ!?」

 

「なんッ……巧、大丈夫なの! 怪我は!?」

 

「ビックリしたぁ……何ともないですよ、こんなの絆創膏貼っとけば……」

 

 ドアを破る勢いで突然部屋に訪問してきた水鬼に、柄でもなく巧は悲鳴を挙げる。がすぐにいつもの調子を取り戻して無愛想な返事を返す。

 

 肩を掴んで揺すぶってきたかと思えば、今度は目元をぺたぺた触ってくる母に。心から面倒だと言いたげな、不愉快そうな顔で巧は口を開く。

 

「怪我の心配なら良いですよ。今は良い薬が有るらしいから……」

 

「そうなの。……良かった! ……本当に!」

 

「ち、ちょっと!?」

 

 流石にぞんざいに扱いすぎたかしら。遠回しに早く出ていけと言うと泣き出してしまった母に、嫌いとはいえ思うところがあった彼女は、今度は逆にやさしめに声をかける。

 

「あの、別に死ぬほどの重傷でもないですからね? ほら、(まぶた)少し切ったぐらいだし」

 

「えぇ…………ごめんなさい。貴女が怪我をしたと聞いたから。私は邪魔よね? ごめんなさい、すぐに出ていくから……」

 

「!?」

 

 相手を元気付けようと、右目を覆うように貼られたガーゼを捲って見せる。そうまでしたが、水鬼は立ち上がると、喋りながら巧を突っぱねて部屋を出ていった。

 

 ちょっと! と呼び止める事ができなかった。どう表現したものか。こちらからのコミュニケーションを拒絶するような……そんな雰囲気を巧は母から感じていた。

 

「…………はぁ」

 

 嫌われたいのか、それとも私と話がしたいのか。後者ならもっと遠慮なくしてくれれば良いのに…………。

 

 ため息を()いてから、巧は親友に貼って貰った顔のガーゼを剥がした。部屋の電気を点け、備え付けのシャワールームの鏡で自分の顔を見てみる。

 

「うわ、傷残ってんじゃんかマコリンさぁ……」

 

 『良い薬だから傷も残らんよ』――帰ってきた時に言ってたことと違うじゃん。恨むぞマコリン。マンガのキャラクターよろしく右目を縦に横断する傷跡を見て、巧は毒づく。同時に、利き目が潰れなくてほっとしている自分もいた。

 

 

 

 あと一週間も無いうち、鎮守府から戦艦水鬼が居なくなることを、まだ巧は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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