南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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イベント海域に南方棲鬼が4~5年ぶりに出てきたと聞いて猛スピードで書き上げました。


少しだけ強がって掛けましょう

 

 

 なんてことだ。友達と同じく、今日、ツいていないのは私もだったか。

 

 巧を連れ添って、久し振りに出撃した今日の夜。加賀は、暴風雨に遊ばれて壊れた傘を片手に、軽く絶望していた。

 

 巧と外出でもしようかとしていた彼女だったが、予定が変わって今は一人だったのだ。内容はもちろん追加の仕事である。

 

 緒方から言われて、悪く言えば彼女は上司に媚を売るための宴会に行っていたのだが。車で行くのに面倒な場所が会場だということで、電車とバスで来たのが間違いだった。簡潔に言うと、彼女は帰りのバスに乗れなかったのである。

 

「…………あぁ」

 

 普段の彼女を知っている人間がみれば笑ってしまいそうな情けない声を、加賀は漏らした。

 

 隙を突くかのようにゲリラ豪雨に当たり、独りぼっちで屋根もないバス停の前に立つ。次は1時間後に来るらしいが、果たして明日風邪を引かずにいられるだろうか、なんて真面目な彼女は仕事の事を考えていたときだ。

 

 何分ぶりか、人気のない道をモノクロカラーのスポーツカーが通り過ぎていった。

 

「ハァ………」

 

 店の立地など気にせずFCで来ていれば…… 走っていた車……なんだかどこかで見たことがある物をみて、後悔していると。

 

「…………? 停まった……?」

 

 加賀とすれ違ってから数十メートルと無い場所で、見覚えのある白黒の86はハザードランプを点けて停車した。

 

 そして、運転席側のウインドウが降り、乗っていた人間が窓から乗り出して加賀の立っていた場所を見るような動作をとる。運転していたのは巧だった。

 

「!!」

 

 両方の瞳を涙で充満させながら、加賀は折れた傘を畳んで駆け足で車に近寄る。車線二本越しに、彼女は相手から声をかけられた。

 

「加賀さーん! こんな場所でどうしました?」

 

「その、バスに乗り遅れちゃって」

 

「乗っていきますか? 送りますよ!」

 

「……!!」

 

 笑顔で送り迎えを提案してきた相手に。車通りが無いことを確認してから加賀は急いで反対車線に渡り、86の助手席に乗った。車のシートに腰を落ち着かせると、思わず変な本音が漏れる。

 

「巧……泣きそう」

 

「えぇっ!? どうしましたいきなり?」

 

「なんだか世界に嫌われたような気がして」

 

「えぇ……? なんだそれ」

 

 天然な性格が頭を覗かせたことに、運転手は変な顔になった。加賀は、なぜ友人がこんな人気もなければ鎮守府からも遠い辺鄙(へんぴ)な所に居たのかを尋ねた。

 

「その、どうしてここに通りがかったのかしら?」

 

「緒方さんのお使いです。出し忘れた書類があって、別の基地まで届けてほしいと」

 

「あの人らしい忘れ物ね……でも、感謝だわ。でなければ私は今ごろ朝まで歩くことになってたもの」

 

 本当に良かった。持つべき物は良い友達ね、なんて言うと巧の顔が更に綻んだ。

 

 ふと、シートに体を落ち着けていると思い出すことがあって。加賀は話題を変えた。

 

「……戦艦水鬼さん。もう少しね」

 

「? 何がですか?」

 

「えっ」

 

 「嘘!? 巧、何も知らないの?」 驚いて思わず加賀は座ったまま体の向きを変えてドライバーの顔を覗き込んだ。

 

「水鬼さん、あと3日かそこらであそこを出るって話よ。なんだか他の人達と停戦の話をつけてくるって」

 

「    」

 

「………………。本当に知らなかったみたいね。あと巧、信号が赤だわ」

 

 開いた口が塞がらないといった様子で、加賀の方に機械のような動きで顔を向けてきた友達に。彼女は、前を見て運転したら? と注意した。運転手が急ブレーキを踏んだので、加賀の体が前側に慣性で倒れる。

 

「私も詳しくは解らないの。何だか海に戻らなきゃならなくなったって」

 

「一言も言ってなかったですよあの人……」

 

「そんな……何か考えがあるのかしら」

 

「違うと思いますよ。私を避けてるだけです」

 

 一週間ほど前に水鬼本人から、「私から巧に話すから言わないで」と釘を刺されていたが、流石にもう言ったんだろう。そんな加賀の希望的観測は砕け散っていた。あの母親、こんな大事なことをまだ娘に言っていなかったらしい。

 

 図らずも車内の空気が重くなってしまう。話題を変えてしまおう。素早く脳を回して結論付けて、加賀は、助手席に乗っていてずっと気になっていたことを、巧に聞いてみた。

 

「そういえば、前髪どうしたのかしら? いつも顔にかからないようにしているのに」

 

「あの、今日の傷跡隠しで……」

 

「…………聞かなかったことにしてちょうだい。ごめんなさい」

 

「いえ、別に」

 

 やっちまった。加賀は思った。だがいまさら何を言ったところで、言い訳がましい醜い言葉しか自分の口からは出なさそうだ。聡明な彼女は、少し落ち込みながら大人しくしておくことにする。

 

 雰囲気が変わったな。同じ個体だというので似てるのは当たり前なのだが、自分が記録をみて知っている南方棲鬼に、髪型を変えた今の巧はそっくりだ。そんなふうに加賀は思う。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「あれ、エンジン下ろしたんだ?」

 

「うん。やりたいことがあってさ」

 

「ほ~……エキマニの交換か」

 

「マコリンご名答。やっぱりわかっちゃう?」

 

「そりゃ、サビサビボロボロのが、これ見よがしに置いてあるしな」

 

 加賀を家まで送ってから30分も経っていない頃合。鎮守府に戻ってきて、夜勤の従業員達が作業中なのを尻目に、巧は自分のインプレッサをリフトアップして整備中だった。加賀のところまで86に乗っていたのはこれが原因である。

 

 独り言など無く淡々とエンジンを下ろし終ったところ、親友が様子を観に来たところだった。どうやらまだ宿舎に戻って寝たわけではなかったらしい。

 

「ドコの部品付けてんだ? またお得意のCSUCO(クスコ)か?」

 

「あそこはエキマニなんて売ってないよ。えーと、なんだっけ……型式忘れた。レガシィの純正」

 

「ふ~ん。そんなポン付け出来るもんなのか」

 

「スバルはコレから20年も同じエンジンだったからね。部品の流用楽チンで助かるヨ」

 

 摩耶が来たときにはもう作業も終盤だったので、すぐに巧は車の下から這い出て来て大きく延びをした。「終わった~」との彼女の声が、金属音等も反響している工廠の中によく響く。

 

「お疲れさん。しっかし珍しいなお前がエンジン降ろすぐらいの重い作業なんて」

 

「パイプの錆が酷くてさ。明日のことにも丁度良いしね。面倒なこと後回しはキライだし」

 

「明日のこと?」

 

 はて、何かあったっけ? 摩耶が虚空を見上げて考えていたときだった。いきなり巧は彼女の肩を両手でしっかりと鷲掴みにすると、結構な力で前後に揺すぶり始める。

 

「うおっ」

 

「マ~コ~リ~ン~……どーせアンタもナイショにしてたんでしょ~恨むぞ~」

 

「何をっ!?」

 

「しらばっくれちゃって! 水鬼さんもう少しでここ出るんだって加賀さんから聞いたぞコンチキショー!」

 

 巧は親友の背後にクッション材が積まれた場所があることを確認し、いきなりパッと手を離した。言わずもがな、勢いをつけられてふらついた摩耶は、ふわふわした廃材の置場所に背中から倒れていった。

 

 体に付いたホコリを払いながら。摩耶は、眉間にシワを寄せたままの笑顔という……なんだか獲物を狙っている猛獣のような顔をして立っている巧に言い訳を始めた。

 

「けほっ、ぺっぺっ……悪かったよ、ったく。加賀のやつも言ってなかったか? 口止めされてたんだよ、あの人にな」

 

「………ふーん」

 

「でよ、明日の事ってなんだ? 見送り前にドライブでも誘うのか?」

 

「それ以外にあるとでも?」

 

「当たりかよ……………どうでも良いけどよ、乗ってくれるのかあの人? 正直、何かに付けてはぐらかされそーじゃねーか?」

 

「そこはマコリンとかが、責、任、持って私のとこまで誘導してくれるんじゃないのォ?」

 

 ニマァ…… 巧はそんな擬音が似合いそうな、ネバネバした、腹黒そうな笑顔を浮かべてきた。髪型を変えて片目しか見えない顔が不気味さに拍車をかけている。付け加えて、摩耶は軽く悲鳴を挙げそうになった。親友はいつも、怒る前に見せる予兆が幾つかあるのだが、この笑顔はその一つだったのだ。

 

「OkOk、わかったから怖い顔しないでくれ、マジで。アタシお前が学校でマジ切れしたのトラウマになってんだから」

 

「……………………」

 

「ひっ!!!! ……………トリハダたった」

 

 たぶん、いや確実にこちらをおちょくっているんだろう。笑顔を更に濃くした相手に、思わず摩耶は身震いした。そんな友達の様子を見て笑いながら、巧は今度は車にエンジンを戻す作業に移った。

 

「気休めだけど、譲ってもらってたったの5000円で5kgの軽量化。多分エンジンとステアのレスポンスが上がる! …………多分」

 

「気合い入ってんな」

 

「そりゃね……多分お話しする最後のチャンスだしさ」

 

「そっか」

 

 摩耶は、配線の繋ぎ直しを手伝いながら続けた。

 

「ま、事故だけは気を付けろな」

 

「そっちこそ、ちゃんとお母様連れてきてよ?」

 

「おう。任されて」

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 巧と、親友の摩耶が何を企んでいるとも知らず、次の日。今日という日を、戦艦水鬼は少し妙に感じていた。

 

 鎮守府において、自分という存在は簡単に言えば異物である。そもそも人間ですらないのだし、わかりやすく頭からは1本の角なんて生えている。しかし感謝すべきことか、艦娘から工兵まで皆、特に変なことをしてくることもなく、用件があるときは普通の人間として接してくれていた。

 

 妙、というのはこの「普通に接してくれていた」の部分である。今日はなんだか、廊下や、食堂なんかの大きめの室内で出会う人が、態度が何故かよそよそしく感じられたのだ。

 

 すれ違う艦娘は普段なら適当に挨拶でもして通り過ぎていくのが、今日は二度見してきたり、顔を覗き込んできたりとやけにこちらの同行を探るような仕草を取っている。

 

 「なにか私の顔に付いていて?」 生まれつきだが眠そうな顔で何人か捕まえて聞いてみるも、「いいえなんでも」、「すいません」と端的に謝って去っていくばかりだ。いよいよ巧以外の人間にも嫌われたか? 勝手に水鬼は気落ちしていく。

 

 そんな一日も終わりに近付く午後7時頃だった。水鬼が鎮守府のロビーに当たるような場所にあるソファに腰掛けてうとうとしていると。ある人物に声をかけられた。

 

「もし、水鬼さん?」

 

「ん……。えぇと、秋山さん……だったかしら」

 

「はい、あってます。ちょっと相談が」

 

 寝そうになっていた自分の肩を軽く叩いて声をかけてきた秋山さん、つまり摩耶に。水鬼は座ったまま顔を向けながら、会話を促した。

 

「相談って。ここの提督さんでもなく艦娘さんでもなく私に?」

 

「巧の事なんです。ちょっと口聞いて貰いたくて」

 

「なるほど……………」

 

 普段は考え事が早い彼女なら、このときは普通「父親の明さんに頼れば良いのに」とでもブー垂れていただろう。が、眠気で正常な判断が下せなくなっていたので、素直に摩耶の会話に乗った。このとき話し相手が内心でガッツポーズしているとも知らずに、水鬼は目を擦りながら話を聞く。

 

「喧嘩でもしたの? 私から助言は限られるけど……」

 

「話の続きに、ちょっと外出ませんか? ここからアイツの部屋近いじゃないすか」

 

「構わないけど……」

 

 相手の返事を聞いた摩耶は、内心ガッツポーズをする心境だった。水鬼は悩み事があると、決まってこの時間帯にこの場所で昼寝をする、という話は事務員から聞いていたが。寝起きでは頭の回転も悪いだろうと話し掛けたらドンピシャだったのである。因みに巧の部屋がロビーから近いというのも嘘だ。

 

 娘の友達に乗せられているともわからず、大人しく水鬼はのんびりと立ち上がって摩耶に連れられて外へ。

 

 3月の少し寒い風に目が覚めて、脳が本来の活動を再開し始めた時だった。敷地内にある花壇まで来たときにはもう遅かった。彼女の進路を塞ぐように、巧がインプレッサを寄せて停車した。

 

「イラッシャイ………歓迎スルワネ………」

 

「!!」

 

 ちょっとどういうことかしら? 眠気が吹き飛び覚醒した水鬼が摩耶にそう言おうとした。が、すぐ隣にいた筈の彼女は姿を消していた。慌てて振り返ると、全速力で玄関まで走っている摩耶を見つけ、追い掛けようとする。

 

 しかしまたその進路を絶つように。今度は那智と加賀が、それぞれ自分の車を横向きに停めた。加賀は申し訳なさそうな表情だが、逆に那智は少し楽しそうな顔をしながら、車のウィンドウを下げてこんなことを言ってくる。

 

「悪いな巧の母さん、こっちは工事中だ」

 

「……なんのつもりかしら。那智さん」

 

「娘に送って行って貰えないかな? 回り道だが、ぐるっと回って裏口から入れるぜ。かな~り遠回りだがね」

 

「………………」

 

 自分は完全に彼女らに嵌められたらしい。退路を絶たれた水鬼に残されたのは、娘の車に乗るという道だけだった。

 

「……わかったわよ……乗ればいいんでしょう、乗れば……」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 鎮守府から車はどんどん離れていく。一体どこに向かっているかは知らないが、これまで自分を避けていたし、自分も避けていた巧がこんな大胆なことを仕掛けてきたことに。水鬼は少し機嫌が悪そうに訪ねてみる。

 

「どういう風の吹き回しかしら。あなた」

 

「別に。ちょっとファミレスでご飯でも食べようってだけですよ」

 

「へぇ……」

 

「そんなことより、もっと私に言わなきゃならないこと無いですか?」

 

「……………?」

 

 自分の質問に淀みなく答えて見せると、反対に巧から言われて、水鬼は首を傾げた。交差点で停車して、そんな母親の顔を見て。娘は軽くその顔を睨みながら口を開く。

 

「水鬼さん、明後日には海に戻るんだってね」

 

「!! …………知ってたの? 誰から?」

 

「み・ん・なからです。どうりで貴女もみんなもソワソワしてるわけだ、普通そういうのって子供に真っ先に伝えるんじゃないんですか」

 

「……………」

 

 窓の外の、クリスマスイルミネーションのLEDに、二人の顔は青く照らされる。

 

「見送り、させてくださいよ。私の母様なんだから」

 

「………それで拐ってきたのね」

 

「悪いですか?」

 

「……………ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 車の流れが止まったのをみて、巧は道を右折する。

 

 不器用な親子の心の距離と隙間が、ほんの少しだけ埋まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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