南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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2話連続投稿オシマイ。 明日からは更新がまちまちになると思います。


気分はコミュニケーションブレイクダンス

 

 

 

 味噌汁まみれから、鎮守府に勤めていた職員の男性から貰ったどぎついピンク色の作業着に着替えて。予定されていた、理由は不明だがやるのを強制された採血を済ませて、巧は早速今日から仕事に入る。

 

 午前中は艦娘たちが使う、艤装というらしい装備の簡単な整備についてのレクチャー、昼過ぎからは建物の中の掃除と、車で通っている人達の車の洗車をする……のが普通業務だが。巧は新人なので、これから一週間ほどは一日全部機械の整備仕事だという事を聞き、一通りの事を覚える。

 

 昼を済ませ、すぐに別練の作業現場に戻り。テレビでは聞いていたが、ずっと本気にしていなかったが実在した、妖精さんと呼ばれる手のりサイズの2頭身の小人(?)から色々と指示を受け。巧は目の前で鎖で天井からぶら下がっている艤装を弄ったり、汚れを落としたりする。

 

「もっとへこんでるとこを重点的に……そうそうそう、ねーちゃん上手だね!」

 

「そうでしょうか?」

 

「新入りで、しかも女でここまで機械弄れるなんてレアだね。あそこのおっさんなんて俺が3ヶ月教えてもヘタクソでさぁ」

 

『誰がおっさんだクソチビ!! 俺はまだ30にもなってねぇよ!!』

 

「口動かすんなら手ェ動かせこのバカチン!! な? 全く最近の若いのは……それに引き換えねーちゃん、アンタ気に入ったよ俺は!」

 

「あははは……?」

 

 自分の肩に乗って教育係をやってくれている彼(性別はあるのだろうか?)が言った言葉に、どれだけ地獄耳なのか、敏感にそれを聞き付けた、奥の方で作業中だった男性の叫びが巧の持ち場まで聞こえてくる。

 

 艤装というものを触るのは初めてだったが、機械関係の資格を大量に取得していた彼女には実のところ、大した仕事ではなかったのが誉められた要因だった。というのも彼女が卒業した専門学校は、バラバラにした車のエンジンを説明書なしで組み立てられるようになるまで、卒業を許してくれないようなスパルタ教育だったのである。部分部分は違うとはいえ、意外と構造が似通った機械の、それもただ掃除するだけなんて朝飯前だった。

 

 外さなければ細部まで綺麗に洗えない部分を、ボルトを外した後にノミを差し込んで金ヅチでゴンゴン叩いて分解し、高圧洗浄機で水を当てていく。

 

「初心者とかヘタクソは、こーゆーとき動きが違うんだよな」

 

「といいますと?」

 

「今みたいに思いっきりぶっ叩かないと固まって外れない部品とかさ、心配してコンコン叩いて取ろうとするワケ。テメェらチンコついてんのかって。そんなやり方じゃ日がくれて年が明けても外れねーってんだ」

 

「ちょっと叩きすぎたと思ったんですが」

 

「いいよいいよどうせ交換する消耗品だし。女々しくやって時間遅れるよりマシだわな。ある程度は割り切らないと」

 

 そんな適当で本当に大丈夫なのかな……!?

 

 手にとった部品を洗っていたところ、明らかにヒビか何かを板金溶接らしきもので強引に塞いだ痕跡を見つけて、巧は肩でへらへら笑っている妖精にひきつった笑いを向ける。こんな雑な仕事で命に関わる事故でも起きたら、裏方担当としては寝覚めが悪いどころの騒ぎじゃない。というわけで、心持ちさっきよりも部品を外す力を押さえ気味にする。

 

 

 意外とカンタンとはいえ、そこはまだこの仕事をやり始めたばかりの初日。熟練スタッフが一時間ほどで終わらせる作業を、慎重にじっくりと倍の時間をかけて、なんてやっていると休憩の時間に入る。

 

 適当な場所に椅子を置いて、どうやって時間を潰そうかと考えていた時。彼女と作業員がたむろしていた場所に摩耶と加賀がやって来た。職場に馴染めているかと様子を見に来たらしい。

 

「よっ。おつかれさん」

 

「職場には馴染めそうかしら、南條さん」

 

「はい、なんとか」

 

「この嬢ちゃんすげぇんだ、教えたことスポンジみてぇに覚えて、しかも実行できるから楽でいいぜ」

 

「あら、期待の新人さんってところかしら?」

 

「そんなんじゃないですよ。出来ることからやってったら、意外とやれちゃっただけで。それに妖精さんは教えるのが上手です」

 

「よせやい、照れるぜ」

 

 摩耶から差し入れにと渡された、パックの百パーセントジュースを飲みながら、先程まで手入れをしていた、意外と車のエンジンと整備の仕方の似通っている、見た目もなんだかエンジンに大砲と煙突を付けたもののように見えなくもない艤装の機械をぼうっと眺める。

 

「さっきはごめんなさいね。天龍を止められなくて」

 

「いつもあんな感じなんですか」

 

「えぇ、困ったことにね……」

 

 巧の軽い質問に、答えたと同時に真顔で黙ってしまった加賀に替わって、次に摩耶が口を開く。

 

「いい加減なんとかしてぇもんだよ。あんな二十歳に届くかどうかなガキ、提督の許可さえおりりゃ軽く捻ってやんのに……でさ、巧。なにすればアイツ止まるかな」

 

「さぁ? ゲジゲジかカマドウマでも投げつければいいんじゃない。あの子も一応オンナノコでしょ?」

 

「……女としてそれはどーなのさ……つかそんなもん軍手はいてても触りたくねーよ」

 

「カマドウマって?」

 

「えっとね、デッカくてキモいバッタみたいなヤツ」

 

 巧と摩耶の言った聞き慣れない単語に、気になった加賀は自分のスマートフォンを使って早速検索してみることにした。……数秒後、検索ページの先頭にでかでかと出てきた、黒っぽい色でやたらと脚の長いバッタの仲間の参考画像を見て、死ぬほど後悔するハメになったが。

 

「ま、まぁその虫をぶつけるというのは置いておいて……何とかしないといけない問題なのよ。特にこの頃は酷くて」

 

「やっぱり他の子に弱いものいじめとか、いびりとかいれて?」

 

「当てて欲しく無かったわその事は……彼女は、素行不良で最近提督から出撃を停止させられているの。でもそれがかえってフラストレーションになったわけで」

 

「緒方もバカだよ。親も海軍の坊っちゃんだからしゃーないけど、不良根性がわかってない。言葉とか始末書程度じゃ収まんないよ。それどころか体動かさなくなったら矛先は他の人間に向くだけだっつの」

 

「あ、お偉いさんの息子さんなんだ」

 

「そうそう、この加賀もボンボンだよ」

 

「家が金持ちで悪かったわね、何か文句があるのかしら」

 

「あるぜ、アタシや巧の貧乏根性を理解してくれないし、世間知らず!」

 

「それは、その……」

 

 摩耶に痛いところを突かれ、加賀は落ち着かない様子だ。そんな彼女を見て巧は笑う。真面目な話をしていたはずが、いつまにかに和やかムードな雑談に変わっていた。

 

 数分ほど3人が話し込んでいると、休憩時間が終わり。巧に激励の言葉をかけてから、二人はそこから退散することにした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 巧と離れ、また緒方と書類仕事があると加賀とも離れた摩耶は、適当に鎮守府の敷地をぶらぶら歩いていた。客である巧にここのルール、案内をするのが今日の仕事だと言われ、半ば休日に近いこの日だが、一応仕事の日扱い。敷地から出て遊びには行けないので適当に暇を潰そうとしていたのだ。

 

 駐車場のほうにまで歩き、そこに止めてある自分の白黒ツートーンのミニクーパーを眺めていた時だった。前に視線を戻すと、ここ最近の鎮守府の問題児が立っていた。天龍である。

 

 謹慎中で本当なら部屋から出たら、また始末書を書かされるはずだがこっそり抜け出してきたのか。タバコを吹かしながら、こちらを見ていた相手に。摩耶は軽く挨拶をしておく。

 

「おす。元気か」

 

「…………」

 

 自分の顔をみて、無言で眉間にシワを寄せてきた彼女をなんとも思わず。少し距離を挟んで横に立ち、摩耶は続ける。

 

「あんまりヤンチャしすぎんなよ。アタシも昔は不良だからなんも言わないケド」

 

「うるせぇ。俺に指図すんじゃねぇ」

 

「あっそ。じゃ、黙っとこうかな?」

 

「……んだよテメェ。なんか用か?」

 

「いや、ちょっと忠告しとこうかと思ってさ」

 

「あ゙?」

 

 摩耶の言葉を聞いて、天龍は頭にでも来たか、くわえタバコのまま声を低くして凄む。もっとも学生時代に一通りの「悪いこと」を網羅していた摩耶には、6、7歳も年下の彼女がまったく怖くなかったが。

 

「学生の時にたっくさん居たんだよね。お前っぽいやつ。アタシ頭良くなかったからそういう学校だったんだけど」

 

「……………」

 

「で、ぶっとばされるヤツも多かったワケ。悪いことは言わないからサ。お前、巧にケンカ売りたいんだろ? 絶対勝てないからやめたほうが」

 

 摩耶が言い終わらないうちに、天龍は地面に落ちていた鉄パイプを拾うと、何のためらいもなく彼女に振りかぶる。間一髪たまたま横を向いて気が付いた摩耶はそれを避けると、相手が掴んでいた鈍器を奪って、その辺の道の植え込みに投げた。

 

「っぶねーな!! コノヤロー!!」

 

「あんなモヤシに俺が負けるだと? 何先輩ヅラして上から物言ってんだ、顔面剥がしてぶっ殺すぞ?」

 

「へいへい。何いってもやんのね。怪我してもアタシしらねーからな」

 

 一瞬の出来事だったが、自分よりも喧嘩が強いと察したのか。ばつが悪そうに捨て台詞を吐いて、タバコの吸い殻をポイ捨てしながら天龍は建物の中に戻ろうとする。

 

 その、彼女が捨てたゴミを「行儀悪いな」なんて言って拾いながら。思い出したように、どこかに歩いていく天龍へ、摩耶は声を張りながらこう言うのだった。

 

 

「アイツの友達だから、最後に一つアドバイス。巧、めっちゃケンカ強いから気ーつけてね」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 午後7時。今日はここで終わり、と年下の先輩スタッフに言われた巧は、また時間を見計らって様子を見に来た摩耶と、仲良く肩を並べて建物に戻る途中だった。

 

 街灯でぼんやり照らされているコンクリート道をとぼとぼのんびりと歩いていると。ふと、聞くのを忘れていた、ずっと気になっていた事を、巧は摩耶に聞いた。

 

「そういえばさ。なんでマコリンみんなから摩耶って呼ばれてるの。改名したの?」

 

「艦娘としての名前で呼ばれるんだよ、少なくともこの建物の中じゃな。ホラ、よく戦争モノの映画で見るだろ、「五番、挨拶がなってなぁい!」とかさ」

 

「あぁそういう」

 

「めんどっちいだけだよ。みんなお前みたいに呼んでくれたほうがわかりやすい」

 

「へぇ。あとさ、艦娘って給料良いの? 一応国家公務員なんでしょ」

 

「やめとけ、そこそこだけど割に合わないよ。昔はもっとヤバかったらしいけど今でもけっこう危なかったりするし、何より休みが取れない。運がないと土日にスヤスヤ寝てるときにスクランブル召集だぜ? たまったもんじゃないよ……」

 

 「実際、2回ぐらい死ぬかと思った」と平然と言う親友に、違う世界に住んでいるなと思い、苦笑いでもって返事とする。

 

 話し込んでいるうちに、いつの間にかに景色は外から屋内に変わり、歩いていた場所も建物の長い廊下へ、そして朝、巧が顔に味噌汁をぶつけられた食堂に二人が話を続けながら並んで入っていく。

 

 女性……というよりは女の子の悲鳴が二人の耳に届いた。

 

 何かと思って早歩き気味に食堂に入る。巧は意外、摩耶はなんとなくは予想通りといった顔つきになった。何が起こっていたかと思えば、今日も度々話題に挙がっていた天龍が、誰かを椅子から引きずり下ろし、床に寝そべったその子を蹴り飛ばしていたのである。仕事終わりの時間は人によってまちまちということもあり、朝ほど大所帯ではなかったが、そこにいた他の艦娘たちはその様子を黙って見ていた。

 

「なんだァ、グチグチ言いやがってよォ、痛くしねぇとわかんねぇのか!?」

 

「やめて、天龍ちゃん!」

 

「うるせぇ!! 俺に指図すんなっつってんだろうが!!」

 

 自然に体が動く。巧はすぐに天龍の胸元にラリアットでもかますように、しかしあまり力まないように左腕を入れて、蹴られていた子から引き離し、摩耶は倒れていた艦娘を介抱する。

 

 慌てて二人が割って入ると、それが当然のごとく、天龍は怒鳴ってきた。

 

「ちょっと落ち着こうか」

 

「ンだとォ!?」

 

「おい大丈夫かよ。何があったんだ?」

 

「……ん……んぅ……」

 

「こんなにぼっこり腫れて、骨折してんじゃねぇのこれ。天龍、他人に怪我なんてさせたら辞めさせられるぜ?」

 

「どいつもこいつもうるせぇな、俺が誰を殴ろうが俺の勝手だ!」

 

「だいたい何があったんですか、いくらなんでもやりすぎですよ」

 

「何で俺がてめぇに話しなきゃなんねぇんだよモヤシ女、ナメてんじゃねぇよ殺すぞゴラ?」

 

 状況の説明を頼むと、天龍が完全に頭に来ていると言わんばかりの表情と態度で言ってくる……のだが、女性ながら身長が180近くもある巧が相手だったので、見上げる形で言うことになり。残念ながら迫力に欠けていて、巧には彼女がちっとも怖くなかった。

 

「謹慎中って聞きましたよ。だいたいこんな問題起こしたらまた現場に戻るまで時間かかっ」

 

 巧が話していた隙を狙って。

 

 天龍は机に並んでいた食器を掴み、目の前で説教を垂れる巧に投げつけた。咄嗟に彼女は腕で顔を守ったが、朝と同じく全身スープ濡れになる。嫌がらせを食らわせた張本人は涼しげな顔で、悪びれもせずに暴言と嘲笑混じりに話す。

 

「部外者なのに首突っ込むんだ、へぇ? 黙ってろっての聞こえなかったか? 耳くそ詰まって聞こえてないんじゃねーの?」

 

「………………」

 

「なんだ、ここまでやられてパンチ一発してこねぇ腑抜けかよ。どうした俺に膝つかせてみろよ」

 

 体を濡らしたまま、ずっとうつむいて床に視線を向けていた巧に、言いたい放題に悪口を言う。はたからみれば、チンピラ紛いの行動をとる天龍を怖がっているようにも見えなくはなかったが、摩耶は巧が拳を握り、体を震わせているのを見て、急いで他の艦娘に小声でその場を離れるように言う。

 

「やばっ……みんな、離れろ早く」

 

「なんで?」

 

「離れるんだよ、つべこべいわずに!」

 

 周りで様子を伺っていた数人をテーブルから引き剥がし、巧の様子を見守る。すると、そんな摩耶に彼女は声をかけてくる。

 

「マコリン……流石にキレそう」

 

「え゙……まぁ、ほどほどにね?」

 

「くっちゃべってねぇで、オラ、来いよ、ビビってんのか…………」

 

 

「ぜんぜん?」

 

 挑発してきた相手への短い肯定の返事と共に。巧は音が置いていかれるような速度で右手を振りかぶり、天龍の頬に叩き込み、そのまま殴り抜ける。完全に不意を突かれて、クリーンヒットを貰った眼帯の彼女はワケもわからず背中から倒れた。

 

「立てよ、痛くしないとわかんないんでしょ」

 

「げぅっほっ! ごっ……、てめぇ!!」

 

 

「晩御飯の時間楽しみにしてたのに!! こんちきしょう!!」

 

 

「べっ゙……!?」

 

 なんだかほのぼのとした発言と共に、鳩尾にヤクザキックを入れられて、ツバを飛ばして椅子が積んであった後方に飛んでいった天龍を見て。周りに居た艦娘たちは唖然とする。

 

 基本的に艤装をつけていない時は普通の人間と同じくらいの身体能力とはいえ、毎日体を鍛えている、そう簡単にぐらつくほど体幹がヤワではない艦娘を蹴り一発でぶっ飛ばしたのである。しかも相手は何をしてくるかわかったものではないようなチンピラモドキ。こんな行動を堂々とできて、しかも実行して効果が得られた巧に、摩耶を除いたほぼ全員があんぐりとした表情になる。

 

 派手に倒れた相手を他所に、巧がかけていた眼鏡が壊れないようにと外して机に置いた時。天龍は近くにあった椅子を掴み、両手で持ち上げたそれで懲りずに巧に向かって殴りかかる。……が、それも無駄に終わった。

 

 鈍器代わりの椅子が降り下ろされる直前に、離れるどころか天龍の目の前まで近付き、巧は彼女の腕を掴んで逆にそれを取り上げて、背もたれの部分で思いっきり彼女の頭を叩いたのだ。

 

 背もたれを突き破って巧と対面した天龍は。軽い脳震盪でも起こしたか、白目を剥いていた。

 

「おりゃー!!」

 

「お゙ゔっ」

 

 ケンカの強さ、とっさの対応力。その他諸々、結局すべてにおいて巧の下をいってしまっていた天龍は。彼女にパンチ一発食らわせることなく、そのまま食堂の床に、白目のまま気絶しながら崩れ落ちたのだった。ちなみにこの時も彼女の首には、むち打ち患者の首コルセットのごとく椅子がくっついたままである。

 

 

 

 やっちまった。そう思ったときには全てが後の祭りであり。巧はそのまま、いつの間にかに事情を聞いて食堂に来ていた緒方と加賀に連行されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 




ネタバレ→響は右手の小指の骨を折る大怪我を負いました(白目)

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