南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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お待たせしました、今回から自動車タグが息をし始めます。できる限り、車がわからない人にも理解できるように推敲しましたが、限界もあると思います。ご了承下さい。


ベスモって言ったら通じる?

 

 

 あのあと色々あったが、巧はお(とが)めナシだった。この処遇に一番驚いたのは彼女自身だったのは言うまでもない。

 

 2度もアツアツの汁物をぶっかけられ、「この機会にここの人達と仲良くしよう!」と思っていた時間を潰されて頭に来てしまい、刹那的な目的で目の前の女を張り倒して気絶させたわけだが、だんだんと脳内がクールダウンして冷静になった巧は、大袈裟だが「今後の自分の人生は刑務所だ」レベルの妄想をするぐらいの超絶不安を抱えていたあの日だったのだが。天龍に怪我をさせられた艦娘、銀髪が綺麗な響という名前の彼女と、その他大勢の艦娘が「遅かれ早かれこうなるのはわかっていた筈だ」と緒方を説得したため、巧は、せいぜい時間外労働が少し増えたぐらいで、何もなかったのである。

 

 本当に、本当にこれ以外に何もないのかとおどおどして過ごしていたものの、軽い乱闘騒ぎがあった日からもう一週間近く経過しており。流石に大丈夫かと巧は業務に集中する日々を送るのだった。

 

 まぁ、残念ながらただの新人スタッフとして働く日々はあの日から終わりを告げたが。

 

 すっかり馴れた手付きで部品を外した艤装に水を掛けながら、部分的に機械用の洗剤をかけて汚れを落としていた時。巧は隣にいて、作業がぎこちない自分の「部下」に軽い指示を出す。

 

「あ、そこそんなに力まなくても取れるよ」

 

「はっ、ひゃい!!」

 

「………ッ。…………?」

 

 青ざめた顔で、声を裏返しながら返事をしてきた、自分や他の整備員と同じくピンクの作業着姿の天龍に。若干びっくりしてから、まだ緊張はほぐれない様子かと巧は思う。逆の立場で考えればしようがないかとも思えたが。

 

 「一週間の間、自分が挑発して怒らせた相手と同じ空間で、密着しながら8時間仕事をしろ」だなんて言われれば誰でも気分は最悪だろう。しかもその相手は喧嘩を吹っ掛けたらぶちギレて椅子で叩いて気絶させてきた、といういらないオマケ付きなのだ。イタズラして怒らせたという非が自分にあるとはいえ、この罰ゲームに喜んで取り組む阿呆はそんなに居ないだろう。

 

 気絶するほどの衝撃を受けた彼女だったが、実のところそこまで大怪我もしていなかった。頭を叩かれた椅子が簡単な作りの、安物のキャンプ用のパイプ椅子だったので、背もたれの部分がそこまで頑丈ではなかったのである。しかし気絶は気絶。普通ならトラウマものだ。

 

「……ごめんね。あのとき、叩いちゃって」

 

「いえ、とんでもないッス!!」

 

「いや、ホント、ぜんぜん悪口とか陰口とか叩いてもいいんだからね?」

 

「絶対に言わないッス!!」

 

 あの一件以来、天龍は完全に前の彼女とは180度方向性が変わり、大人しくなった。後から摩耶に聞いた話によれば、適性のある人間しかなれない艦娘という貴重な人材にはなかなかキツく怒れないらしく、天狗になって調子に乗る社会人一年生な艦娘が多いとのこと。まさにその仲間だった天龍には、スライムだと思って喧嘩を売った相手がギガンテスだったのが相当堪えたらしい。

 

 全ての指示に「マム!! イエスマム!!」みたいな受け答えでしっかりと仕事をこなしてくれるのは嬉しい(?)けれども、いつかはもう少しフランクな関係を築きたいな、と機械と格闘している彼女を見る。そうして巧も作業に打ち込んでいると、午後の休憩の合図を、前に巧の肩にのって彼女を指導していた妖精が、よく響く声で言った。

 

「3時だから一回休憩!! 20分したら巧ちゃんは外に洗車、他は本館の掃除よォ~」

 

「「「了解~」」」

 

 気の抜けた声は、腑抜けたような印象を受けるが、しっかりと仕事はやるスタッフたちに混じって二人が返事をする。

 

 巧は椅子に座って、机に向かった状態で思いっきり伸びをする。そして、すっかり当たり前のように摩耶と加賀のどちらかが机に置いていくようになったジュースを手に取り、水分補給。天龍は何をしているかな、と顔を横に向けた。

 

 すると、何やら二人組の小柄な艦娘に絡まれていた。彼女があのとき暴力を振るっていた、なぜか小指の骨が折れた程度の怪我しかなかった響、そしてその姉の暁という彼女たちがここに来るのも、ここ最近は日常の一部になっていた。余談だがこの暁、最初に巧が鎮守府の敷地に入って話しかけた、叫び声をあげて逃げたあの艦娘である。

 

「響の右手の小指は高いわよ!! モスバーガー5個分はするわ!!」

 

「ピザのほうが食べたいな」

 

「申し訳ございませんでした……」

 

 緒方から聞いた話によれば、なんとこの二人、天龍よりも年齢が2つ上なのだ。普通の会社なら懲戒免職モノである。「艦娘でよかったなアイツ」とは摩耶の談だ。この二人は何が目的かといえば、しょっちゅう作業場まで赴いては、ちょっとばかりお高いご飯代を天龍に要求しているのである。

 

 …………やっぱり、いくらなんでも自分はやり過ぎたのでは。周りの大人に恐縮してすっかり(しな)びた野菜状態の天龍を見て、巧は思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 休憩の時間が終わり、巧は天龍とは別行動になる。彼女はバケツと、蛇口に繋がっている放水ホースを持ち、肩に大きなバスタオルをかけて駐車場の方まで歩いてきた。

 

 洗車については、巧は大得意である。なぜなら弁当屋の前はディーラー勤めで、一日何台もの車を鏡並みに輝くまで磨いた日々を経験しているのだ。給料が安かったので転職に繋がったが。

 

 こちらに来てからというもの、あまりジロジロとは眺めていなかった鎮守府の駐車場を、洗車用品を入れたバケツ片手にじっくりと目を通してみる。

 

 ハスラー、N-BOX(エヌ ボックス)、メーカー不明の軽トラと軽自動車が3台。シエンタ、ヴェゼル、フリード、ミニクーパーといった普段使いで乗りそうな乗用車が4台。そしてその隣に、RX-7(アールエックス セブン)CR-X(シーアールエックス)といった車好きしか乗らなさそうないかにもな車種が、自分のインプレッサも含めれば3台。けっこうバラエティーに富んだ種類の車たちが居るこの場所に、意外といった感想を持つ。

 

 軍の構成員だなんて職業の人達が勤める場所なので、レクサス、BMW(ビーエムダブリュー)、アウディ辺りがひしめいているイメージがあったのが原因だった。だが彼女の予想に反し、なんというか普通の中の普通とでも言うか、アパートの駐車場に居るような庶民的な車しか止まっていない。

 

「………………スゴいなこれ」

 

 が。その庶民的な車達の中で、異彩を放つ一台に、巧の目は釘付けになった。濃紺色のCR-Xである。

 

 自分が言えたことではないが、かなり年式の古い車で、もう20年、下手をすれば確か30年は昔の車なのだ。よっぽど車好きか、これに思い入れが無ければ整備、維持費その他で金が湯水のように消える車で、しかし古さを感じさせない、少しくすんではいるが綺麗に磨きあげてあるのがなんとも違和感を感じさせる。

 

 他の車と見比べる。スポーツカー2台は例外として、デザインが大きく違うのが解る。最近の車は様々な規定をクリアするため、どれも似たり寄ったりでボコボコモッコリな見た目なのだが、これは違う。地面に吸着するような前高の低さに、シュッと絞られたフロントと、なんというか見るからに「速そう」なデザインだ。

 

 どんな人が乗っているかな、とまで巧が考えたとき。背後から女性が呼び掛けてきたので、慌てて体の向きを変える。

 

「綺麗だろそのCR-X。自分の車だぜ」

 

「あっ、ごめんなさい。ジロジロ見ちゃって」

 

「いいよ別に。そこのGC8((巧のインプレッサの形式番号))、アンタのなんだろ? いい車じゃないか。好きなのか? ドライブとか」

 

「いえ、お父さんから譲ってもらって名義変更した物で……えーと」

 

「悪い、名乗ってなかった。人の名前も艦娘の名義も「那智」だ。下の名前は知美(ともみ)。よろしく」

 

「南条……」

 

「たくみ、だろ? 摩耶から聞いた。色々ね」

 

「はぁ……?」

 

 一瞬髪型で加賀と見間違えたが、彼女と違う紫色の服と、彼女よりもつり目で背が高いので違う人物だと認識すると、向こうから自己紹介を貰う。

 

 マコリンから聞いた、とはやっぱりあの話題だろうかと内心ヒヤヒヤしていると。予想は当たっていたらしく、彼女はその事を話し始めた。

 

「遠征任務でここを何日か空けてたんだが、戻ってきてすぐにウワサを聞いてね。南方棲鬼に似てるヤツが、暴れてる天龍をぶちのめしたって」

 

「おぉ~ン……いやぁ、その」

 

 弁解の余地はまったくない相手が言ってきた事実に、思わず変な声が漏れるが、それに気づかず目が泳ぐ。そんな巧の様子を見て、薄く笑いを浮かべながら、那智は補足をいれてくる。

 

「何も批判しに来た訳じゃないんだ。アイツのあの様子ならどーせ誰かにシメられるのは時間の問題だったからな。逆に仕事が減ったと喜ぶやつまでいるぜ?」

 

「それ本気で言ってます?」

 

「ウソ言って何になるのさ。因みに私はな、どんな暴れん坊みたいな奴かと貴女の顔を見に来た。予想の5割増しに優しそうな顔つきで拍子抜けしてたところだな」

 

「あ、ありがとう?……ごさいます。」

 

 けなしているのか誉めているのか、真意を図りかねるコメントだったが、相手の表情からして悪意があるような気はしなかったので、とりあえず礼を言っておく。

 

 無駄話をしている場合か、仕事に入らねば。そう思った巧は思考を切り換えて、ホースにくっついたシャワーのスイッチを入れてトリガーを引き、車に水を撒こうとしたとき。那智から待ったをかけられた。

 

「私の車を一番最初に洗ってくれないか? 新人サマの腕前が見たいんだ。ここで観てるから」

 

「別に構いませんが……ちょっと緊張します」

 

「あまりかしこまらなくていい。やりたいようにやってくれ。なんならキズ2、3個つけても怒らないし」

 

「とんでもない」

 

 気は進まなかったが、言われた通りに。巧は彼女のCR-Xから洗車に入ることにする。

 

 

 一番最初に取りかかるのはタイヤだ。洗車機にぶちこんで終了、なんてカーライフを送っている人にはわからないが、多少慣れている人には鉄則である。

 

 棒つきのタワシを水を張ったバケツに入れて湿らせてから、巧は遠慮せずにそれでタイヤのゴム、ホイールのリム、スポークの順に擦っていく。無知な人はボディから取りかかるらしいが、それだと最後にタイヤを洗って泥や砂、ブレーキダストが飛び散り、綺麗に仕上がらないのだ。

 

 しょっちゅう汚れる場所なのでここはサッと5分かそこらで4本とも仕上げて、次に車体に取りかかる。下準備としてシャワーで適当に全体を湿らせて、まんべんなく水で濡らした後、適当な布切れか車用のハンディスポンジで擦って下準備は完了だ。今回のような黒系の車は汚れが見えづらいので、気持ち念入りに拭いておく。

 

 準備が終わり、巧は一回バケツの水を拭いた車体にかけて、再度濡らす。そしてもう一回バケツに水を入れると、カーシャンプーを入れて素手でかき混ぜ、泡立たせる。作った泡に台所用品と同じスポンジをくぐらせ、早速それで拭く……のではなく、定点的に溶液を車体に垂らしていく。全体で50ヶ所ほどに垂らしてから、巧は磨く作業に入るのだった。

 

 これまた拭き残しが出ないように、そして拭いた跡が残らないように、円を描くのではなく、一列拭いてずらして、と規則的に洗っていく。車が溶剤の名前通りにシャンプーをした頭のように泡まみれの状態になると、一息ついてから巧はシャワーで流していく。

 

 そして最後に。彼女はずっと首にかけていたバスタオルで車に残った水分を拭き取る。ここをしっかりとしなければ水垢が残り、頑張りが無駄になってしまう。

 

 20数分後。先程はくすんでいた車のボディは見違えるほど美しく、人の顔が綺麗に映るほど輝きを取り戻していた。

 

 

「スゴいな……洗車だけでこんなに見違えるか。新車か塗り替えたばかりみたいにピカピカじゃないか」

 

「そう言って頂けると嬉しいです」

 

「いや、ありがとうな本当に。ここの奴らは整備は任せられるぐらい上手いんだが、いかんせん洗車がヘタクソでね。時間を見つけて自分でやろうと思ってたんだ。でもお前さんなら安心して任せられそうだ」

 

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」

 

 仕事で誉められるのは気分がいいものだ。巧が若干頬を緩めて照れていると。また近くに誰か寄ってくる。那智の仕草に気付いて後ろを向くと、今度は正真正銘、加賀が来ていた。

 

「楽しそうね。何か話していたの?」

 

「加賀さん。どうかしたんですか」

 

「提督から貴女の監視をと。本当は不知火の予定だったけれど彼女は急用が入ったから代理よ。無いとは思うけど、天龍みたいに暴れたら拘束するようにって」

 

「うわぁ……仕事増やしてごめんなさい……」

 

「ははは。君もすっかり問題児か。いいぞいいぞ、賑やかなのは悪くない」

 

「それで。話を戻すけれど、何で盛り上がっていたの?」

 

「私のCR-Xを彼女が洗車してくれてな。見ろよコレ。こんな綺麗にしてもらったのは久々だよ」

 

「しーあーるえっくす? っていうの。この車……長々と見るのは初めてだけど黒くてペタッとしてて、まるでゴキブリね」

 

「なんだと……と常人なら言うんだろうがな。その例え、間違ってない」

 

「というと?」

 

「こいつは一時期走り屋連中を虜にした車でね。当時、峠の暴走族といえばFR車が定番だったんだが、こいつはFF駆動でも物凄く速くて人気があったんだ。そしてついたアダ名が、今お前がいった通りの「ゴキブリ」だ」

 

「不名誉なアダ名にしか聞こえないのだけれど」

 

「逆だ逆、黒が人気の色でよく見掛ける、そして走るとめっちゃくちゃに速い。まさにゴキブリってわけだ。遅い車ならそんな称号は付かなかっただろうさ」

 

 よほど自分の車に愛着があるのだろう。短めのうんちくを加賀に披露しながら、那智は笑顔で、雲間から差す太陽光をキラキラと反射している綺麗にしてもらったばかりの愛車を眺めている。そんな少し興奮している彼女へ。何か考えていたような顔をしながら、加賀はこんな事を切り出す。

 

「……那智、聞きたいことがあるのだけれど」

 

「なんだ?」

 

「車って、持つと楽しいものなの?」

 

「人によるが自分は好きだぞ。アンタは?」

 

「えっ? あっ、いや、嫌いじゃない、ですけど」

 

 いきなり話題にのせられて、キョドりながら巧が返事をすると、それを聞いて、加賀は口を開いた。

 

「私、最近車買ったのよ。明石に勧められて」

 

「何、どんなのを契約とったんだ?」

 

「RX-7って車よ。確かあれと同じ名前よね?」

 

 加賀が指を指した方向にある、銀色のスポーツカーに二人の視線が向く。今回は少し割愛するが、こちらも日本を代表する有名な国産車だ。が、巧はこの発言を意外に感じた。まだあって数日しか経っていないが、この加賀という女性は「真面目という単語を擬人化したような人物」みたいな認識があったので、ヤンチャな人向けなあの車がどうにも似合わない気がしたのだ。

 

 当たり前だが巧以上に彼女とは付き合いが長い那智も意外に思ったらしく。本音を口から垂れ流しながら、加賀に応対する。

 

「セブンなんて買ったのか! いや、意外だ、お前のことだからコンパクトカーでも買うのかと思ってたよ」

 

「ちょっとみんなを脅かしたくて。一斉休日がある3日後、お店から乗ってくるから楽しみにしていて頂戴。」

 

「もちろんだ。車好き引き連れてここで待ってるよ」

 

 加賀の発言に、これ以上ないほどの笑顔を見せながら、那智はこの場から去っていく。彼女の様子を見た加賀も、いつもの真顔から心なしか少し口角がつり上がっているように見えなくもない。

 

 数分の無駄話も終わり。監視役の加賀から、「お仕事どうぞ」と言われて、巧はまだ洗っていない車を洗う作業に戻るのだった。

 

 このとき、どういうわけなのか。先程の会話から、謎の嫌な予感を巧は感じていたことを追記する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




7はFD3Sで那智のCR-Xはサイバーの方です。ここから趣味全快です。

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