南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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増え続けるUAとお気に入り件数にビビってます。同時に、ストーリーと挿し絵の二刀流は忙しいですが、読んでいる人が沢山居ると思うと、頑張れる気がしています。


ホットバージョン・Vol加賀

 夜の峠道というのは、一度走ったことがある人間ならわかると思うがかなり怖い場所だ。

 

 先が見えない道は基本として、暗くて見えない道のでこぼこ、舗装路が途切れている穴、更にはガードレールが途切れている区間など、朝ならなんとも思わない要素が、事故を思い起こさせるネガティブな物としてドライバーに襲いかかる。常識的な人間なら速度を出そうなどとは思わない筈だ。

 

 だがここに例外が一人。加賀の車を侮辱されて腹が立った巧は、アクセルペダルから足を離そうとせず、どんどんFCを加速させていく。休憩所からここまで、あっという間に時速100kmまで到達したこの車に、慌てて隣に居た加賀は彼女を止めようとする。

 

「な、南条さん? ちょっとスピード上げすぎじゃ……」

 

「少し怖い思いすると思いますけど……私を信じてください……!」

 

「え? どういう意味……」

 

 会話の最中にもどんどん車は進む。地面の凹凸を(でこぼこ)拾って踊り始める車にもビビっていたが、それよりも人生で体感したことがない加速力で眼前に迫ってきた岩の壁を見て、加賀は思わず叫び声を挙げた。

 

「……………ッ!!」

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」

 

 シートベルトさえなければ今にも恐怖でのたうち回りそうな加賀には全く気にせず。巧は素早くハンドルを右に動かしてから、すぐに逆方向に回し、右足のつま先でブレーキを踏みながらかかとでアクセルを押し、反対の足でクラッチを踏んでギアを4から2に落として車を制御する。

 

 グリップ力の限界を越えたタイヤは女性の悲鳴に似たスキール音を出し、車体は真っ直ぐにガードレールへむけて突っ込んでいく。が、加賀の予想に反して、二人の乗っていたFCは岩壁に激突することはなかった。

 

 車は壁を掠め、それこそコピー用紙一枚分しか無いような隙間を残す部分で道路に踏み留まり、何事も無かったかのようにまた前へ前へと進んでいく。巧の神業としか言いようがない運転技術による限界ギリギリのコーナー攻めとでも言うべきか。だかしかし、今は体に襲い掛かる恐怖やら横Gやらに、気絶するかしないかの境目を言ったり来たりなメンタル状態の加賀には、そんなものを堪能する余裕など勿論無かった。

 

 意味がわからない。窓の外を異常な速度で、見えたと思った次の瞬間には通りすぎていく木々や標識たちを流し見しているなか、加賀はその一言だけを頭に思い浮かべていた。

 

 これは本当に自動車の動きか。過激に走るレールの上のジェットコースターか、ホバークラフトの間違いじゃないのか。自分がこんな速度で運転すれば、たぶん五秒も持たずに事故を起こすだろう。冷静だったら考えていたであろうこれらの言葉、文字たちは、頭の中が真っ白になっていた加賀には、今この瞬間は思い浮かべることすら無理だった。何せ今この車はアベレージスピード120kmオーバーで、縁石や小石に乗り上げて片輪が宙を浮いたりしているのだ。

 

 少しだけ余裕がある、運転席の彼女が車をドリフト状態で4輪とも滑らせて道を曲がっている時に、恐る恐るといった具合でガードレールの先に広がる景色を見てしまう。加賀の目に映ったのは、樹木も草も無く、ただただ真っ暗で何も見えない文字通りの闇である。おそらく昼間なら崖が見えるのだろう。

 

 気絶できればどれほど楽で幸せだっただろうか。残念なことに艦娘という職業上、恐怖に耐性があった加賀の脳味噌はそう簡単に気絶することを許してはくれなかった。つまり加賀はこれから先に何分も続く、恐怖と絶望満載のスリルドライブに付き合わなければならないということだ。

 

「加賀さん、ちょっとスピード上げますよ」

 

「え゙」

 

 こんな事が5、6回ほど続いた後だろうか。シフトノブを1速に入れ、加賀にはどういう理屈かさっぱりわからなかったが曲がり角と反対側にハンドルを切って運転している、唐突に口を開いてそう呟いた巧に、是非とも止してくれと突っ込みたかった彼女だけれども。右に左に、果ては斜め後ろや前からもかかる慣性の力に、サポートグリップを掴んで振り回されないようにしている加賀は、口が震えてうまく話すことができず、それは出来なかった。

 

 口から魂が半分出かかっている彼女に、時間は無慈悲にも待ってはくれず。FCの車内にはまたもや回転数がレッドゾーンに近付いている事を告げるレプリミットアラームの甲高い電子音が響き、それと同時にまた加賀の網膜にガードレールが猛然と迫ってくる。

 

「いきますよ……!」

 

「え゙っちょ゙っま゙っ……!?」

 

 前を向いていた車はいつのまにかに壁と直角に近い角度に向きを変え、また横向きにずるずると滑っていく挙動を見せる。

 

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!??」

 

 

 夜の表ヤビツに。一人の女の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 峠の中間地点にある、緊急待避所に。加賀たちを馬鹿にしたのとはまた違う男たちが、車を止めて二人たむろしていた。目的は地元であるこの場所の夜景の撮影と、ときたまここに現れる走り屋のギャラリーといったところか。

 

 眼下に広がる、お気に入りの町の夜景の景色を一眼レフに何回か収めた時。ふと耳に山の上から聞こえてきた、車のエキゾースト音を聞き付け、彼らは顔を見合わせて体を道路側に向け直す。

 

「この音、2台分来てねぇか?」

 

「だな、誰かバトルしてんのかな?」

 

「おいおい中二病かお前? バトルじゃなくておっかけっこって言えよ」

 

 仲良しな雰囲気を醸し出しつつ、嬉々として二人は道路の入り口にレンズを向けシャッターチャンスを待つ。

 

 表ヤビツは結構不思議な道路の構造をしているのが特徴で、道幅が広くなったり狭くなったりするという妙な道が作られている。その中でも、彼らが立っていたのは山のふもとにある展望台の近くの、この峠で1位2位を争う道幅が広い曲がり角だ。暴走族の観戦場所なんかとしては最適だが、調子に乗ったドライバーがスピードの出しすぎで事故を起こしかねない危険な場所でもあるスポットだ。

 

 レンズの調子を確かめたりして暇を潰していると、とうとう眼前に広がる道路の先に車のヘッドライトが近づいてくるのが見えて、少し慌てて二人はポジションにつくと、いつでもシャッターが切れる姿勢を作る。目線の先では街灯に照らされた赤い車が後ろから煽られていた。

 

「おっ、赤のFKシビック……煽られてる?」

 

「後ろはなんの車だ?」

 

 ここ最近は走り屋なんて見なかったので、自分達でも知らないうちに少しウキウキしてカメラ越しの視線を向ける。彼らの一番はカメラだが、車はその次か同じくらいには大好きな趣味なのだ。盛り上がらない理由は無かった。

 

 二人が固唾を飲んだとき、2台の車は並びながらコーナーに突っ込んでくる。

 

 

 シビックを煽っていた車……白いFCはそのアウト側に並んだまま、ブレーキをかけずに二人が立っていた待避スペースに突撃しそうな勢いで走ってくる。そして、普通の人間がブレーキを踏む場所からゆっくりと角度を変えながら、2速全開、100kmを完全に越えていた速度を殺さず、GTドライバー顔負けのドリフトを決めて、テールランプの赤い光で残像を引きながらシビックを抜き去っていった。

 

 

 D1グランプリ((全日本プロドリフト選手権のこと))の観戦でもなかなか見られないような超絶技巧の技術を目の当たりにして。野次馬カメラマンコンビは頭の中が真っ白になるほど、唖然としていた。誰がどう見ても――それこそ八百屋のオバちゃんでもわかるぐらい、FCのドライバーはどう考えても峠の走り屋を越えている腕前だと認識したのだ。

 

「と、……トリハダたったぁ……なんだあのFC」

 

「っつぁー……やっばい、死ぬほどカッコ良かった……良いもの見れたぜ……待ち受けにしよっと♪」

 

 「年明け前に良い写真が撮れた」とお互いに満足しながら。興奮冷めやらぬうちに、早速撮ったベストショットを使って家のコピー機でポスターでも作ろうかと、二人は各々の車に乗り込み。山を降りていくのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ムカつく走り屋をバックミラーの遥か彼方まで、宣言通りにぶっちぎった後、巧はそこからノンストップで鎮守府まで加賀のFCを運転し戻ってきていた。

 

 既に時刻は夜中の3時を回っており、当然と言えば当然か、周囲はシンと静まり返り、人や車の気配はない。鎮守府入り口のロータリーもどきの花壇の近くに設置してある、従業員用の自動販売機の近くに車を止めて、二人は飲み物を片手に会話を始めていた。

 

「……死ぬかと思ったわ……この世のどんな絶叫マシンより怖いわよあんなの……」

 

「すいませんでした……あの、カフェオレで良いですか?」

 

「ええ。ありがとう」

 

 巧はメロンソーダ、加賀はカフェオレで一服。怖い思いを隣に乗っていた加賀にさせてしまったということでジュース代は巧の奢りである。

 

 飲み物で渇いていた喉を潤わせながら……加賀はもう2時間も前だが、何秒か前ほどに起こった出来事に感じた、巧の運転を思い出す。今日、正確には昨日一日で5人という人数に馬鹿にされた、エンジン音のウルサイ、かくばったデザインのこの古いスポーツ車が、なんとなく自分でも見方が変わってきていた。

 

「私、やっと解ったわ。摩耶が車の話になると、いつも「頭がおかしい運転をする友達が居る」って言ってたんだけど。貴女だったのね」

 

「ぶっ!? マコリンそんな事言ってたんですか?」

 

「えぇ。……スゴかったわ。深海棲艦より怖いものがこの世にあったなんて」

 

「そ、そんなに? ……すいませんでした……」

 

 飲んでいたジュースを軽く噴き出して、目が泳いだ色白の彼女に、軽くはにかんで見せながら。加賀は続ける。

 

「謝らなくていいわ。その、むしろ感謝してるぐらい」

 

「…………?」

 

「車は性能とかじゃないんだ。って。貴女にあんなの魅せられたら、そんな考えが浮かんだもの。車という乗り物があんなに自由自在に動くだなんて、すごい衝撃を受けた」

 

「はぁ……」

 

 自分のFCの固定式ライトを、少し屈んで手で擦りながら。瞳を少し潤ませて、加賀は言う。

 

「私、なんだかこの車が大好きになりました。古くさいとか、ダサいとか、笑われたって気にしません。だって私が初めて買った自分のクルマだから」

 

「自分のクルマ……」

 

「それに、今、決めたわ。古いクルマだからそう長いのは無理でも。1年でも2年でも3年でも、乗れるだけ長く乗ってみせるって。部品も色々と換えないといけないかもしれないけど、それも我慢できる気がするから。このFCなら」

 

 巧にも向けているだろうが、どこか自分に言い聞かせている側面がある気がする彼女の言葉に。巧は、ただの堅物だと思っていた加賀という人間への認識を改める。初対面の雰囲気から仕事人間かと思いきや、存外ロマンチストで天然が入っているらしい。今日一日の出来事を振り替えってそんな事を考えていたとき。車を見ていた加賀は振り返り、巧に声をかけてくる。

 

「貴女にも……その時には手伝って貰えると」

 

「えぇ、勿論です」

 

「……あとは、その……友達として、「巧」って下の名前で呼んでも良いかしら?」

 

「構いませんよ!」

 

 照れ臭そうに言ってきた相手の意を汲んで。巧は目一杯の、出来るなかで最高の笑顔を作って、返事をする。

 

 夜明けの時間へと進んでいく景色の中で。二人は、いつかまた、今度はトラブルなしで、今日になる予定だった遠方までドライブに行く約束を結んで。就寝のため、各々の部屋がある方向へと別れた。

 

 

 夜道を自分の部屋に向かって歩く加賀の表情は、普段の彼女を知っている人間からすれば、想像もつかないほど花が咲き誇ったような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 




土日は2話ずつ!! 投稿できればいいな。

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