まだ1ヶ月も経過していないが、巧は順調に鎮守府に馴染めている、といっていい生活を送れていた。
摩耶は昔からの馴染みだったので当たり前として、ここに来て最初の騒動の切っ掛けになった天龍とも、友達とは呼べないかもしれないがよく話す関係になった。連動して彼女に暴力を振るわれていた響とその姉妹だと言う暁、更に妹に当たるという雷、電という四人とも交流を持ったし、那智と加賀とは車というものを中継して繋がった。
来て早々に喧嘩騒ぎを起こした人間としては、結構人望の回復が出来ているのでは、なんて事を頭の片隅で考えながら。今日も彼女は艤装と車の整備・クリーニングに従事する日々を過ごす。
例によって午後3時にスタッフ連中と休憩に入り、巧はここ最近始めるようになった、加賀のFCのリフレッシュ企画なる物について、自分の顔ほどある大きさのタブレットとにらめっこをしながら、頭を悩ませていた。液晶画面には、「新旧RX-7用品」のステッカーが貼られた自動車メーカーの部品が、値札と一緒に写真つきで紹介されている。
「差し入れっす。どぞっす」
「ありがとう。………………。」
クスコ製・六点式ロールバー→雨漏り対策になるが保留。大型超過吸ターボチャージャー→燃費が悪化するので論外。オイルパン(程度良好中古品)→最優先に購入。RE雨宮製・スーパーボンネット→燃費が良くなるが保留。エンジョイドライバー向け・エンジン低負荷ECUプログラム書き換え→加賀さんにピッタリなので最優先。最新式高性能エアコンシステム→これも加賀さんにピッタリなので最優先。天龍からジュースを受け取り、カタログを見て巧は自問自答を繰り返す。
欲しい部品、交換が最優先とされる部品にチェックを入れ、片手間に用意した電卓でかかる予算+aの概算を求める。つい最近にやった例の整備で、目につく部分の不備は明石から強奪した部品で補ったので、100万はかかるかと思った金額は、およそ50万円はあれば余裕で足りるということが解った。本当なら工賃でもっとかかるだろうが、幸いここには自分と摩耶という整備資格持ちがいるので、そういった費用は自分達がやるからタダである。
そうこうしているうちに休憩時間が終わり。作業場である工廠の扉越しに聞こえてきた、ロータリーエンジン特有のアイドリング音を聞き。来た来た! と巧はシャッターを上げて建物から出ていく。外には、加賀が約束通りに、作業着姿で車を近くに持ってきていた。
「本当にここでやるのかしら?」
「はい、許可は出たので。誘導するところまで車進めてください」
「わかった。しっかりナビしてね?」
「はい。あ、窓は下げておいてくださいね」
約束というのは、加賀の車の本格的な点検と修理箇所の検査をしよう、といった物だ。巧とときたま天龍が働くこの工廠というらしいガレージ施設は、艤装の整備をする簡易工場なのだが、妖精に聞けば車の整備にも使えると聞いたので、頭を下げて時間を作ってもらったのである。
オーライオーライとガソリンスタンドのあんちゃんに匹敵しそうな張った声で車を誘導し、建物の中に入れていく。事前準備で引いていたオレンジのラインまで来たことを確認して、加賀にストップの合図を出し、まず最初に巧は彼女に修理の見積もりを見せることにする。
「部品の交換にかかるお金と、必要な部品です」
「全部で50万円……結構大金ですね」
「程度がいい車だったとはいえ、さすがに年式が古いですから、結構ガタがきてますからね。長く乗るためなら、安物じゃなくてしっかりした部品をつけて、最初にドカッとお金使わなきゃ。長い目で見れば、まだ安いほうだとは思います」
「その辺りは貴女と摩耶の方が詳しいでしょうから任せるわ。何から何までありがとう」
「いえ、どういたしまして。じゃあ、車上げますよ」
誘導して停車させたFCがしっかりとリフトの上に載っている事を確認して、巧は天井からぶら下がっていたリモコンを引っ張って手元に寄せると、上昇と書かれたボタンを押した。機械好きの男の子ならワクワクしそうな、ウィーンといかにもメカが動いているというようなモーターの駆動音を響かせながら、車を載せたリフトが1メートル程に背丈を伸ばしていく。
自分達の身長より少し低い場所でリフトの上昇を停止し、巧はレーザーポインターつきのペンライトを片手に、加賀と車の下に潜り込み、どういった部分がどういった状態か観察してみる。
大方の予想はついていたが、そこまで酷い傷や錆が入った部品が付けられたままという欠陥などは見つからず、二人はホッと胸を撫で下ろす。少しばかりシャシーに擦ったような傷があったのが目立ったが、もともと全高が低いスポーツカーなので、この程度は仕方がないかと割りきる。恐らくだが前のオーナーがコンビニかどこかでコンクリートか雪にでも乗り上げたのだろう。
「傷があるけど大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよこの程度なら。気になるなら鉄板貼って色塗りしますけど?」
「あ、大丈夫なら見なかった事にするわ。……その、最近車について勉強しているけど、まだ解らない事もあるから……」
「ははは。加賀さんほど真面目な人ならすぐに覚えられますよ」
「そんな。私はあまりにも無知よ?」
「勉強しようって思ってくれるだけいいですよ。「工賃だなんだ適当なこと言ってカネぼったくりやがって!!」なんていってくる人よりかは。働いてる人の事も考えろコンチキショウって張り倒したくなりますよ全く」
車という物を購入してから、那智からも加賀がここのところは暇さえあれば車雑誌を読み漁っていると聞いていたので、点検は終わったので車を載せたリフトを下ろしながら、持論だが巧はその事を誉めておく。
「あ!」と唐突に声を挙げると同時に、巧はしゃがみながらまた車の下に潜る。頭に?マークを浮かべた加賀にも手招きで来るように伝えて、さっきと同じく二人で車の下に来ると。巧はこんなことを言う。
「勉強したんですよね? 成果、見せてくださいよ」
「例えば?」
「今から照した場所の部品を言い当ててくださいな」
ペンライトの光量を懐中電灯並みに引き上げると、彼女は車の底面を照らしてクイズを開始する。
「ここ!」
「シャフト」
「ここ!」
「トランスミッション」
「ここ!」
「サスペンション」
「完璧です。十分クルマ好きを名乗れるんじゃないですか?」
ニヤッと笑いながら、加賀が車の下から出たあと、巧はエンジンを車から外すに当たり、予め緩めたり外しておかなければいけないボルトを車の底から工具で外してから、今度こそリフトを下ろしきる。
車がまた着地すると、手早く次の作業に入る。ボンネットのロックは加賀が外しておいてくれたので、彼女に反対側を支えて貰いながらヒンジからボンネットを外して床に敷いていたブルーシートに一先ず置いておき、巧は更にエンジンルームに組みつけてあるタワーバーやガスを逃がすパイプ、冷却装置等の、エンジン外しに邪魔な部品を片っ端から外してブルーシートに並べていく。
人の車なので少し慎重に一時間ほどかけて作業を終え、ようやくエンジンが外せる状態までこぎつける。
近くにキャスター付の台を用意して軍手を脱ぐと、加賀に指示を出しながら、巧はエンジン下部にこれも天井からぶらぶらしている鎖を潜らせ、しっかりと支える部分に引っ掛かっている事を3回ほど繰り返し確認し。鎖と繋がっているウィンチを駆動させる。
「巧。この……ロータリーエンジン? だったかしら」
「あってますよ。続けて」
「雑誌だと、エンジンの中でおにぎりがコロコロ回ってると変な事が書かれていたのだけれど……」
「あ~……それが一番解りやすい例えだと思いますよ。ピストン運動で駆動するレシプロエンジンとの一番の違いはそこですから。今から見れますよ!」
加賀と、はにかみ笑顔で応対しながら、本来は艤装を吊り上げるための大型ウィンチがある設備の横に、例の車オタク二人が増設したというポン付けされた小型のチェーンつきのウィンチでエンジンを持ち上げ、台の上に置いたソレを早速二人がかりで分解に入る。
当たり前だが外れないようにと頑丈に固定されたボルトを、加賀は悪戦苦闘するが、経験の違いか巧のほうはいとも簡単に一つ10秒ほどで外し、みるみるうちに5本、10本とネジを外して台の上に順番に並べていく。
結局加賀のほうも彼女に手伝ってもらいながら、何十にもフタをされたエンジンの最後の壁の部分を取り外し。このFCに搭載されている、ロータリーエンジンがロータリーエンジンと呼ばれる由縁であるパーツが二人の目についた。
「見えます? コレですね、そのおにぎりっての」
「……数学で見たことがある図形……確か「ルーローの三角形」?」
「ご名答です。詳しい話をすると日が暮れるのでまた後ですが、ロータリーっていうのはコレがぐるぐる回るのがコンロッドとピストンの役割を全部担ってるんです」
「へぇ……にしても確かにおにぎり型ね」
「ある所の雑誌じゃアダ名が「おむすびコロコロ」ですからね」
雑談は軽くで収めて、せっせと二人は分解した部品たちを水を張ったバットに突っ込み、ボロ布やたわしで擦って汚れを落としていく。一見なんともないような部品にも軽いサビや煤汚れがあり、見落としはNGだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初は施設の隅でせっせと作業をしていた2人だったが、今日の出撃が終わって加勢しに来た摩耶が加わり3人になっていた。が、それでも洗う部品の点数は優に100は越え、しかも特殊な道具がなければ洗えないものとの取捨選択に掛ける時間も重なり。外はすっかり暗くなっていた。
時間はもう夜の7時。他の艦娘が食事を済ませ、風呂に入っている時間だ。ということで、残りの作業は明日にしようかと3人の意見が一致する。
「ごめんなさい。摩耶まで手伝わせて……」
「いいよ。暇だし」
「残りは明日に回しましょう。一日で終わる量じゃないですし」
「そうね。……出撃と負けず劣らず疲れたわ。こんなに本格的に機械なんて触るのは久しぶりだから……」
肩が凝ったという加賀を巧と摩耶が笑っていた時だった。整備場の奥から妖精の叫び声が聞こえてくる。
『野郎共!! 長門がまた艤装ぶっ壊してきたから分解手伝え!!』
「「「えぇ!? またサビ残かよ!!」」」
『うるせぇ!! 給料減らすぞ!!』
「ウッソぉ……」なんて言葉が巧の口から思わず溢れる。二人にまた新たな仕事が出来たため、先に戻るように告げる。が、二人はなぜか自分の歩く方向に着いてきた。
「今日一日付き合わせてしまったから。手伝うわ」
「良いんですか加賀さん?」
「ええ。車は不安だけど艤装ならある程度は解るから」
「じゃあアタシも手伝う」と摩耶もついてくる。持つべきものは良い友達だな。2人といい関係を築けていてよかったと、心から巧は思った。
壊れてしまった艤装は、油まみれのまま放って置いてしまうと、溶液が固まって分解が面倒になるから、とのことで今回のような不測の緊急の仕事はよくあることらしい。といってもまだまだ新人の巧には結構きつく、本当に手伝いが2人に増えてよかったと、再度思う。
疲れきった体を引きずって鎮守府の建物に入り、既に給仕係が仕事を終えて機能が停止した食堂で、仕事終わりが遅い人間の為に何個か用意されているカップ麺を拝借し。巧、加賀、摩耶、そして3人の裏で黙々と仕事をこなしていた天龍の4人は、静まり返ったこの場所で飯の時間に入る。
このところしっかりとした食事ばかりで、こういった簡単な食べ物を摂るのはなんだか久しぶりだな、と不思議な懐かしさを感じながら。5分経過したのを携帯の時計で確認し、割り箸を割って巧は麺を口に含んだ。
味がしなかった。
そんなに自分疲れてたっけ? と頭が混乱する。するとそんな彼女に、向かい合う席に座っていた加賀から一言。
「…………巧、それスープ入ってなくないかしら?」
「……!! ま、まずは麺の味を楽しむんです」
湯気がたっている容器のすぐ横に粉末スープの袋が置かれているのを目にして。恥ずかしさで巧が顔を真っ赤にする……と同時に。彼女もまた何かを見つけたようで、悪い笑顔を浮かべながら加賀に一言、物申した。
「……加賀さん、それスープ入ってなくないですか?」
「!! ま、まずは麺だけで楽しむのよ!」
隣でこのやり取りを見ていた摩耶と天龍が、麺を啜りながら「グフッ!」とむせそうになり、必死に笑いを噛み殺している。
知らないうちに体に疲労が溜まっていたらしい。早く寝て明日に備えなければ……。知らず知らずのうちに、カップにスープの粉を注ぎながら、二人は全く同じことを考えていた。
毎日更新の砦は崩させんぞ!!(謎プライド)