今話ですが、「2話の長門はどこいったん?」「なんで摩耶はリストバンドなんてしてん?」というメッセージが来たのでそのお話になります。ちょっと超展開入っているかもしれません。ご注意を。
「本当に悪かった!!」
「………………???」
朝起きて、ここに来てすっかり習慣になった朝食のために食堂に入った瞬間、巧に向けて、飛んできた女性の声だ。思わず「誰だコイツ」と言いそうになり、自分が寝ぼけていて良かったと変な感情を抱く。
巧は作業着のポケットから取り出した眼鏡拭きで、着けていたそれのレンズを拭いて、眼鏡をかけ直して相手の顔を見る。摩耶も海に出ていく時につけているが、ツノみたいなカチューシャ? を頭につけていて、ツリ目の、可愛いというよりカッコいい系の背丈が高い人だ。本当に面識が無いと思ったので、ストレートに聞いてみる。
「その、誰ですか?」
「覚えていないのか……? 本当に?」
「嘘言う必要性が無いですし」
「……来て早々に貴女を組み伏せた者だ。悪かったと思って、今日は出撃が入っていないから謝罪に来た」
「組み伏せた……? あっ」
車から出ろと言ってきて、いきなり腕引っ張ってきた人か!
やっと記憶の底から思い出し、内心で相槌を打つ。自分の事が誰か気付いた巧の様子を察した相手は、巧が口を開こうとしたのを手で制し。何かを着ていた服の内側から取り出して渡してくる。
「戦艦長門だ。その封筒は慰謝料代わりに取っておいてくれ。失礼した」
綺麗なお辞儀の後に、彼女は踵を返して去っていく。貰った青い封筒のなかに諭吉くんがワン、ツー、さん、しぃ…………数えていくうちに巧の顔はどんどん青ざめていく。予想の倍じゃ済まされない数の万札が入っていたからで、封筒だというのに厚みが薄めの文庫本ほどある、といえばヤバさが伝わるだろうか。
いくらなんでも貰いすぎだと思い、待ってくれと言おうとしたとき。背後からやって来ていた摩耶に腕を掴まれ、走り出そうとした勢いを殺された。
「貰っとけヨ。少し早めのクリスマスプレゼントだと思って」
「えぇ? マコリン何か知ってるの?」
「もちろん。いつも出撃入っててアイツと同じときにうるさかったんだよ、「私は善良な一般市民になんと言うことをしてしまった!!」って」
「……そんなに?」
「おう。あとアイツ加賀より金持ちだから踏んだくれる内に金は貰っときな。コレ豆な」
親友が悪そうな顔で、指でお金のマークを作ってチラつかせてくる。今月ってなんか色々とプチ事件が多すぎる。巧は不思議な感情を持ちながら、ひきつった笑顔と摩耶を連れて、今度こそ食堂に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
加賀は、食堂の机に摩耶と並んで座っていた巧の向い合わせの席に座り、朝食の時間に入る。たった一週間足らずで、彼女はもうすっかり巧と阿吽の呼吸だって夢じゃないレベルの友達になれていた。この席取りのポジションは友達の少ない彼女なりの、親密な間柄の人に対する意思表示である。
「加賀さんおはよう!」と相手が普通に言ってくるのがたまらなくウレシイ。目の前の南条 巧という彼女は、前に直そうと思って失敗した、この顔面に貼り付いている仏頂面……を飛び越えた鉄仮面ヅラのせいで、仕事人間のめっちゃこわい人という誤解が周囲に蔓延し、どうやったら友達100人出来るかな、と思っていた加賀の記念すべき10人目の友人なのだ。大切にしようと加賀は内心で決意する。因みに第1号は那智である。
目線の先で巧と摩耶の二人は雑談に花を咲かせている。仕事の予定との兼ね合いもあり、毎日べたべたしているわけでもないが、合えば高確率で笑顔の井戸端会議に発展する辺り、相当仲が良いのだろう。そんな彼女らのプライベートな会話に、決して加賀は割り込まない。会話に入れなくてもいい。ただ一緒の空間を共有するだけで幸せだ。そんな謙虚な考えあっての行動だ。
空気空気。私は二人を邪魔せず空気という役割に徹するのだ……アレなんか悲しくなってきた。
アサリの味噌汁を啜っていると、自然と頬を伝ってきた涙を、あくびを我慢しているフリで誤魔化す。やっぱり加賀という人間は寂しいと死んでしまう生き物のようだ。
そんな彼女に救いの手を差しのべるオンナが一人。摩耶である。勝手に感傷に浸っていた加賀に、彼女はいきなり会話の流れを吹っ掛けてくる。
「加賀、巧の運転する車の横に乗ったんだって?」
「へ? えぇ、乗ったけれど」
「どうだった? 楽しかったか?」
「殺されるかと思ったわ」
「ひどい!?」
キッパリと答えた加賀に巧が条件反射の速度で言うと、それをみた摩耶は予想通りと溢した後に笑って続けた。
「ホラやっぱし! 誰が乗ってもお前の横は気絶するほど怖ぇよ。特に夜の峠なんかはな」
「みんな酷いな……安全運転なのに」
「「どこがだ!」」
唇を尖らせながら言ってきた巧に、二人が声をハモらせて反撃。結果彼女は拗ねてしまったのか、機嫌が悪そうな顔で食器を下げて、仕事場へと行ってしまった。
ぷんすか! という擬音が聞こえてきそうな様子で出ていった彼女の背中を、にやなやしながら摩耶が見送る。……そういえば、巧と彼女は馴れ初めはどういう雰囲気だったのだろうか。興味が湧いてきた加賀は声をかけてみた。
「摩耶、良いかしら」
「なにが?」
「巧と貴女って、何があって仲良くなったのかな。って」
「あぁ~……高校で引っ越したときに、家が近かった。そんだけ。そこからズルズルと仲よく……」
「へぇ」
高校から、と考えると軽く10年は付き合いがあるわけか。そりゃ、よっぽど反りが合わない限り、仲がよくない方がおかしいということになるのかな、と思う。昔から知人友人が少なかった加賀にはこの辺りの考えはよくわからない。
なんとなく巧の顔を思い出す。背が高くて全体的に白く、目はつり目だがヘタレ眉毛なので全然恐く見えない表情を思い出して内心で噴き出しそうになるが、表面上はいつも通りのポーカーフェイスで加賀が口を開く。
「でも、大人しそうな顔で結構活発な人よね。天龍を気絶させたり、私が絡まれたときも車運転したりとか」
「結構乱暴だよアイツ。アタシが昔虐められてたときもそのグループ襲撃しに行ったりとかね」
「イジメなんて受けていたの? 貴女が?」
「受けてたよ? ホラ、だから腕に刺青入れたんだし。根性焼きとかやられて傷痕隠すのにね。カバーアップってんだけど」
摩耶は右手の前腕部に彫ってある、イルカと英字新聞の組み合わせの刺青を見せてくる。彼女がいつも右手に着けているリストバンドが、刺青隠しでやっているというのは知っていたが。そんな背景があるとは知らず、ヤンキー上がりか何かかと相手を誤解していた加賀は軽く衝撃を受けた。
「暴力に暴力で対抗とか、一般常識で考えて誉められた事じゃないけど、アタシはちょっと嬉しかったな」
「……………」
「コレ買ってくれたのもアイツだし。傷痕隠せるようにって、スポーツ用品店回って探したんだと。本当に頭が上がんないよ」
使い古していそうな赤のリストバンドをつつきながら、思い出を語るように摩耶は言う。基本的にいつも飄々として掴み所がなく、気まぐれに吹いてくる風のような態度をとる彼女しか見たことが無かった加賀には、まるで別人に見えた。
「で。色々助けて貰ったから、アタシはお返しに勉強教えたってわけ」
「勉強!?」
「……………お前今絶対アイツよりアタシのが頭悪そうって思っただろ」
「……!! ごめんなさい……」
「まぁ許す。よく言われるし。そのな、アイツ数学と英語だけはものすごーくアホだったんだ。頭の出来がよくない学校だったのにその二つは下から数えた方が早い順位ばっか取ってさ」
「すごく意外だわ」
「熱中した物事はスイスイ覚えるのにその二つはてんで駄目でね、毎日休みの日とかに教えてたよ」
パッと見は賢そうで余り活動的に見えない彼女が、その真逆の性質であると目の前の巧の親友から聞き、加賀は口にも出したが意外だと感じる。気の弱そうな彼女は喧嘩番長のおバカさんだなんて初対面では夢にも思っていなかったからだ。
「致命的に数学と英語がバカだった以外は、人間じゃねぇよコイツ……みたいに思うことばっかだったよ。運転もそうだけど、全力ダッシュで原付に追い付くわ、イジメてきたヤツ男だったんだけど、パワー勝負で真っ向からねじ伏せるわ……」
「す、すごいのね巧って」
「スゴイなんてもんじゃない。本気でなんか一つのことに打ち込んだら、GTドライバーかオリンピック選手ぐらい目指せたんじゃね? ってカンジだな」
楽しそうに話す摩耶ともっと会話を続けたい。加賀がそう思うと、相手は自分の携帯を取り出して時間を見る。少し驚いた表情になったので、仕事の時間が来たのだと察し、加賀は寂しくなった。
「このあと警備の時間入ってるからまたな」と言い残して、ちゃっちゃと食器を片付けると摩耶はその場から立ち去る。自分もこのあとの仕事に移らなきゃ。加賀も追従するように同じ行動をとった後、執務室に向かうため、食堂を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
秘書艦、というダジャレのようなフザけた名前の役職が鎮守府にはある。変な役職名なのに仕事内容は世間一般で言う「秘書官」と全く同じなのは、鎮守府や海軍という対深海棲艦実働隊を作った人間の茶目っ気だろうか? なんて昔は考えていたが、今では何の疑問も持たずにそれに甘んじて書類仕事をする日々が加賀の日常だ。
少し前まではお堅い役人チックな脳の構造をしていたが、このところ巧や那智といった面子とつるむうちに俗っぽい考え方が伝染したか。加賀は普通に捌いていたはずの書類の文面を見て、ほんのちょっぴりだが腹が立つようになった。いちいち文章が回りくどいのである。
例えると「エンピツという固形物体は、木材と炭素実体により構成されていて、絵、文字を紙に書くのに使う」。みたいな誰でも知っている事が長々とタイプされているのだ。「ナメてんのか?」の一言も言いたくなる。
自身が編集すれば、きっと5枚ほど紙の無駄を減らせるだろう、と考え事混じりに壁掛け時計に視線が移る。昼休憩が近くなっており、もう少しで一先ず終わりかと思ったときだ。隣でせっせとパソコンのモニターと書類の両方と戦っていた緒方から、声が飛んできた。
「ん、加賀。ちょっとした買い物とお使いをしてきて貰いたい」
「お使い…………?」
「こっちにいつも届けて貰ってる物資が、間違って隣の鎮守府に届いたらしくてな。誰かから車借りて行ってきてくれないか?」
片手で器用にブラインドタッチをしながら、上司の男は白い軍服のポケットから取り出した携帯電話の画面を見せてくる。長いメールだったが簡単な話、「間違って届いた荷物取りに来て!」と書かれていた。少量の燃料一式と弾薬が一箱余分に届き、業者に問い合わせたところ判明したらしい。
秘書の仕事が主な役割であり、実のところ戦力としてよく海で警備に就いている艦娘よりも暇な彼女は。断る理由もないので、「了解」と一言返事をし、出された携帯電話を取って、部屋を出る。
工廠で作業中だった巧に会いに行くと、理由を話して妖精に彼女を暇の状態にしてもらい。呼ばれて出てきた巧に加賀は用件を話した。
「買い物、ですか」
「ええ。摩耶にでも乗せてもらおうかと思ったけれど、彼女は仕事で、車を持っていて暇なのは私と貴女だけなの」
「FCじゃだめなんですか?」
「乗っていて楽しいとは思うわ。でもあんなほとんど2シーターの車じゃ荷物が載らないし。少し見せて貰ったけど、貴女の車ならなんとか載りそうだから」
自虐の意味を含んだ物言いをすると、相手は笑顔で承諾してくれたので。早速二人は巧のインプレッサに乗り込む。ふと、彼女のマイカーに乗るのは初めてだな、と加賀は思った。
山以外の街道を走る分には、巧の運転は彼女自身がいう通り本当に安全運転だった。加賀が車酔いをすることもなければ、スピードを出しすぎてネズミ取りに引っ掛かるということもなく、二人を乗せた白い車は件の物資が入った箱と、帰り道に寄った店で購入した給仕係が使う調味料を載せて帰路に就いていた。
町乗りで周囲も車だらけなので、当たり前だが巧は以前峠で加賀に見せたような暴走運転はしない。が、クラッチやブレーキのペダルを踏む、シフトノブを操作するといった何気ない運転の動作一つ一つが、加賀には窓を流れていく町の風景よりも目についた。
AT車にしか乗ったことがない人にはわかりづらいかもしれないが、MT車には「変速ショック」というイラナイ物がついてくる。これは何かというと、雑にいえばシフトチェンジの時に乱暴な運転をすると、MT車には車体の下から突き上げてくるような振動が奔る、というものだ。巧の運転にはこれがほとんどないことに加賀は気付く。
恥ずかしい話、加賀はまだ技術が未熟なのか、自分が運転したときに発生するこの振動に悩まされていた。どういったメカニズムで巧はコレを抑えているのか、いい機会だと思い、口を開く。
「巧の運転って、シフトチェンジで全然揺れないのね。尊敬するわ」
「そうでしょうか?」
「私なんてガクガクだから。その、クラッチを繋ぐコツとかってあるのかしら」
「う~ん……色々あると思うんですけど、やっぱり時間じゃないですかね」
「時間?」
「はい。極端な話、どんなに下手でも1年、5年と運転続けていたら自然と上手になれると思いますよ?」
そんなに単純なのかな? とは思いつつ、無難な答えだなとも同時に考え、加賀は一旦引いた。
話しているうちに、車は鎮守府まであと少しの所まで来ていた。高速道路のように三車線ある道を60kmほどで巡航していく車たちや、その奥を流れていく工場や住宅地の景色を加賀は眺めていた時だった。いきなり車が大きく揺れ、何事かと巧の方を見る。
「あぶなっ……怖いな。あのアルファード」
「どうかしたの?」
「車線変えようとしたらウィンカー出してた方向から車飛んできて。すいません」
横の窓から正面の窓の景色に視線を移す。巧の言ったアルファードとはアレだろうか、と加賀はすぐに見当がついた。十数メートル先の方で、白いミニバンがなにやらその前にいる車を蛇行して煽っているのが見えたのだ。
「嫌な運転するわね。あの車……ッ! 巧、前!!」
蛇行からいきなり急な割り込みをした途端に、前の車がブレーキでも踏んだのだろう。パニックブレーキでとっちらかったアルファードは正面の車と壁に激突し、横転した。大型の車体が壁となって、二人の乗っていた車の前に迫ってくる。
ぶつかる――。日々の戦闘と、峠道を攻める巧の隣に乗った経験で、こういった危機は慣れていたからか、目こそ瞑らなかったものの。加賀がドアのサポートグリップを握り、シートにしがみついた時だった。
何を思ったのか。巧はブレーキではなく、急にアクセルを踏みつけて車を加速させると、右にステアリングを回す。そして、ふっ、とペダルから足を離し、今度は回した逆方向にステアを切った。
そんなことをすれば、前の車はおろか、それを突き抜けて左の道の壁に激突してしまう。そんな最悪の展開が頭によぎり。咄嗟に加賀はこらえきれずに目を閉じたのだが……
「……加賀さん、大丈夫?」
「えっ?」
彼女の予想に反し。二人の乗っていたインプレッサは、横転した前の車の回りを半円を描くような軌跡で交わし、そのまま綺麗に180度ターンを決めて停車していたのだった。
少しずつ艦これらしい話をねじ込む予定です。だからといって車成分が薄くなることは無いです()