ストパンのVRゲームでウィッチになる話   作:通天閣スパイス

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※誤字修正


???

 状況は、依然として人類側の有利だった。圧倒的な差があるわけではない。が、このまま続ければネウロイ側はジリ貧になるだけだと分かってしまう程度には戦況が安定しつつある。

 地上攻撃ウィッチによる急降下攻撃は着実に敵の地上戦力を削いでゆき、戦車と陸上ウィッチの混成である地上戦力は空戦ウィッチのフォローを受けながら戦線を維持、むしろ若干押しつつあるという大健闘を見せている。さらに空の戦いなどは既に趨勢が決してしまっていて、バルクホルンを始めとした航空ウィッチ達の奮闘の結果、カールスラント軍は制空権の確保にほぼ成功していた。

 空にいるネウロイの数は、見た限りでも当初の四分の一を下回っている。これなら後は、徐々に相手を磨り潰していくだけで事が済む――。地上から空の状況を眺めながら、エーリカ・ハルトマンは内心でそう予想を立てた。

 

「……よーし! 行けそこだ、やっちゃえトゥルーデ!」

 

 双眼鏡を片手に、彼女は友人達の活躍を地上から応援する。エンジンの不調により撃墜されかけた彼女は、救助された後も戦線に復帰することはできなかった。体に大きな異常があったわけではない。現在進行形で戦闘が繰り広げられている戦場では代わりとなるストライカーユニットが用意できなかった、という単純な理由である。

 元々彼女が履いていたユニットは、地上部隊に随行していた整備員の話ではすぐには使い物にならないということだった。基地に帰って代わりの部品だのを用意して、ようやく直るかという具合であるらしい。

 結果として、今の彼女は空には上がれなかった。万一がないよう怪我人と一緒に部隊後方へと回された彼女は、戦友達に声援を送ることしかできなかったのだ。

 

「ヴェラー! 十時方向敵機ー! ……いやった、ナイスキルっ!」

 

 彼女の視線の先で、一人の少女が新たに一体の小型ネウロイを撃墜していた。狙撃能力に優れているその少女は、味方のアシストもあって先程から随分と撃墜スコアを稼いでいる。

 地上部隊の援護。制空権の確保。今はバルクホルン隊に混ざって行動しているらしい少女は、便利屋のごとく扱われているバルクホルン隊に従って様々な仕事をこなしていた。

 

 フランツィスカ・ヴェラ。エーリカの新しい友人である彼女は、新米としては破格の活躍を見せている。初めての任務からこれまで、彼女が撃墜したネウロイの数は四体。今回の戦闘ではエーリカが見ていた限りでも五体以上の戦果を上げているから、彼女はこの戦いによってエースの仲間入りを果たすことになることは間違いない。

 先程はその彼女に命を救われたこともあり、エーリカは純粋な好意を向けて彼女の活躍を応援している。無邪気な様子で喜びを露わにしている彼女の姿は、傍から見れば普通の年頃の少女のように思えた。

 

 そんなエーリカとは反対に、憎々しげな視線を空に向けている少女もいる。腕に包帯を巻き、積み上げられた土嚢に背を任せて胡坐をかいているその少女は、エーリカの後から後方に送られてきた怪我人のうちの一人だった。

 地上攻撃ウィッチとして前線に投入された彼女は、地上からの対空砲火を避けきれずに怪我を負ってしまっている。戦闘の継続が難しいと判断された彼女は離脱を余儀なくされ、後方での治療を受けた後はその場で待機することを命じられていた。

 怪我が自分の不手際であることは彼女自身も理解しているが、だからといってただ待つことしかできない今の状況に納得していたわけでもなかった。彼女と同じ地上攻撃ウィッチ達は前線で戦果を挙げ続け、航空ウィッチ達もまた活躍を見せているのにもかかわらず、自分は何もできない。そんな状況に口惜しさと不甲斐なさを感じた彼女は、半ば八つ当たりのように呟いた。

 

「ふん……。エースが上がりもせずに高みの見物してるんじゃ、航空ウィッチなんていうのもたかが知れるわね」

 

 側にいたエーリカに、わざと聞こえるように。エースとして名も顔も知られつつあった航空ウィッチの一人に対して、少女は喧嘩を売る。二人の間に面識はない。名前も知らない人間からいきなり毒を吐かれて、エーリカがまず感じたのは怒りではなく戸惑いである。少女に視線を向けたエーリカは、彼女の好意的とは言えない表情を見て困ったように眉を下げた。

 

 エーリカはトップエースの一人として、これまでにも他人から嫉妬や悪意の類を向けられることはあった。同僚のウィッチや男の一般兵士、上官である佐官。いくら愛想良く振る舞おうが、そういった存在からの妬み辛みは完全には避けられないことは彼女自身も理解している。

 ただ、そういったものは基本的には相手も隠すものである。欧州からの大規模な撤退戦の真っ最中という味方内で争っている余裕もない状況だということもあり、少なくともエーリカが知る限りでは、今のパ・ド・カレー基地内で何らかの対立が明確になっているというようなことはなかった。

 故にこういった手合い、素直に悪意を剥き出しにしてくる人間の対処に関して、エーリカは慣れているわけではなかった。目の前の明らかに自分を敵視している人物に対して、有効な対処法を持たなかったのである。医者の娘として生まれた彼女は擦れた性格をしていることもなく、実に人の良い性格をしていた。

 言ってしまえば、根っこのところでエーリカは誠実だった。無視をするという選択も憚った彼女は、敵意を向けてくる彼女に何らかの反応を返さざるを得なかったのである。

 

「……えー、っと。私に何か、用?」

 

 こてん、と。軽く首を傾げて、エーリカは少女に問いかけた。自分の容姿がそれなりのものであると自覚している彼女は、ニコリと笑って少々の愛想を浮かべる。

 が、少女はそれに笑顔を返すこともなく、ただ憎らしげな視線だけを向けて。少し強めに鼻を一つ鳴らすと、エーリカに対しての悪口を吐き捨てた。

 

「別に? ただ、皆は上で奮戦しているのに貴方はお気楽でいいわねって、そう思っただけだから。気にしないで貴方は呑気にへらへらしてればいいじゃない」

 

 そう言って、少女は嘲るように笑う。その明らかに見下した顔を見たエーリカは口の端を引きつらせると、頭をもたげだした怒りを何とか内心に抑え込んだ。

 繰り返すが、二人の間に面識はない。少女に何かをした覚えもエーリカにはないし、逆にされた覚えもない。主観では何の因縁もない相手に毒を吐かれて平静でいられるような聖人ではない以上、彼女がイラつきを覚えるのはどうしようもないことである。

 ただ、それをいきなり表に出さない程度の分別はエーリカも持っていた。いくら相手が喧嘩腰ではあっても、まずはコミュニケーションを試みるべきである。当然のマナーとして両親に教えられたことを実践するべく、彼女は少女との会話を続けた。

 

「はは……。しょうがないじゃん、予備のユニットが用意できないんだからさ。何もできないんなら応援だけでもしたいっていうのは、何かおかしい?」

「貴方がそれでいいならそれでいいんじゃないの? ま、仮にもエースだの何だのって持ち上げられてる人がすぐに落とされたなんて醜態晒して、その上で落ち込みもせずへらへらしてるなんてことを気にしないんならの話だけど」

「……いや、さ。勝手に私のことを知った気になられても困るんだけどなぁ」

「だったらそこで黙ってしょげかえってなさいよ。煩いのよ貴方、陸相手じゃ囮にしかならない航空ウィッチのくせに」

 

 航空ウィッチ。その単語に強いアクセントを置いた少女の言葉は、酷く刺々しいものだった。

 それを聞いて初めて、エーリカは少女が地上攻撃を主とするウィッチであることに気が付いた。彼女と同じ少尉の制服に身を包んでいる少女が着けている部隊章は、元は新機体の試験運用を行っていたとある試験部隊のものである。第2教導航空団に所属するその部隊は地上攻撃に長けたものを集めていることでも知られていて、そういった噂に無頓着な彼女の耳にも入っていた程だった。

 そんな部隊の一員らしい少女が、今こうして敵意を露わにしている。それを知ったエーリカが個人的な確執以外に原因を求めるまで、そう時間はかからなかった。

 

 対地用の爆撃機と、対空用の戦闘機。ウィッチという兵種の中でも空を飛ぶ者達の運用は飛行機のそれを使用しているため、存在を大別すればその二種に分かれる。

 戦略や戦術の上で考えれば、どちらに差があるという話は出来ない。どちらにも長所短所、得手不得手があり、投入されるべき状況も違うものである。同じ定規で測るものではない以上、戦力上ではどちらが優れているという話にはなりえなかった。エーリカも地上攻撃を役割とするウィッチ達に対して偏見などは持ってはいないし、彼女達への優位性などを感じたこともなかった。

 実際、両者の間で対立が起きているという話をエーリカは今まで聞いたことがなかった。どちらもカールスラントにとっては欠かせぬ大事な戦力で、昇進や待遇においての差も少なくとも明確なものとはなっていない。

 そこに原因があるという確証があるわけではなかった。ただ、ここまでの敵意を向けられる心当たりがエーリカにはないことも事実である。航空ウィッチだから、地上攻撃ウィッチだから。自分が知らない間に火種が生まれていたことを知って、彼女は嫌な予感を抱かざるを得なかった。

 

(……何て言うか、なぁ)

 

 ふと、エーリカは出撃前の様子を思い出した。演説を行うためにわざわざ姿を現した、とある女性将校。第一次大戦におけるエースの一人であり、地上攻撃を偏重していると専らの噂である彼女についての噂を考えれば、どうにも穏やかではない背景が容易に推測できる。

 エーリカは然程コミュニケーションに熱心な人物ではない。権力や派閥といったものには無頓着であり、とある人物の影響によって最近は軍規にも大分だらしなくなってきている。とは言っても根が真面目である彼女は、立ち込めつつある暗雲を見ないふりができるほどに無責任ではなかった。

 エーリカは馬鹿ではない。以前学校で受けた歴史の授業で得た知識も、ちゃんと覚えている。権力争いが原因で滅びた国家が歴史上にはいくらでもあることを、彼女はよくよく理解していた。

 

 ミーナに相談してみるべきか、と。友人の中で一番階級が高い人物のことをエーリカが思い浮かべた瞬間、戦場は動きを見せる。

 銃声や爆音に混ざって、歓声がエーリカの耳に届いた。それは初めは小さなものだったが、やがて戦場を覆い尽くすほどに大きなものとなっていく。何があったのかと急いで双眼鏡を覗いた彼女の視界に映ったのは、上空のウィッチ達が一斉に前進していく光景で。よくよく全体を確かめてみれば、どうやらネウロイが後退を始めているらしいということが分かった。

 それに合わせて、軍全体に追撃命令が出たらしい。空だけではなく陸の戦力もまた動き出していて、エーリカが覗いた双眼鏡の向こうでは戦車隊が意気揚々と進撃する姿があった。

 状況が、完全に人類側に傾いたのである。カールスラントが大半の戦力をチップにした賭けに見事勝利したことを知ると、エーリカは内心で安堵の溜息を吐いた。

 

 そしてまた、少女も勝利を喜ぶ様子を露わにしていて。勢い良く立ち上がった彼女は、追い打ちとばかりに急降下爆撃を仕掛け続ける地上攻撃隊のウィッチに向けて声援を送っていた。

 

「やった……! やった、やったわ皆! 勝利万歳ッ! 地上攻撃ウィッチ万歳ッ! 少将閣下万歳ッ!」

 

 満面の笑みを浮かべた少女は、怪我をしていない方の手を高々に天へと掲げた。肘を張り、手首を少し下に曲げ、背筋を伸ばした直立姿勢で手を斜め前に突き出すジェスチャー。誰でもすぐに覚えられるほどには単純なその行為を目端で捉えたエーリカは、自身の勘が何かを訴えかけてくるのを感じる。

 別に、そのジェスチャー自体は怪しいものではない。エーリカが以前に読んだ雑誌では、ロマーニャ空軍のエースウィッチが似たようなポーズで表紙を飾っていたこともある。彼女は知らないことだが、それはローマ帝国の頃よりイタリア諸国に伝わる伝統の敬礼方式だった。

 エーリカが気になったのは、ロマーニャとは全く関係ないはずのカールスラントの軍人が――それも兵種による対立意識を持っているらしき少女がそれを行っていたことである。兵種の対立。ローマ式敬礼。関連性もないばらばらの情報ではあるが、だからこそそれが結びついた現状は奇妙な不安感を抱かせた。

 

 カールスラントは勝利した。欧州からの撤退を完了させるための一大決戦に、間違いなく勝利したのだ。

 それでも、エーリカの気分は完全には晴れなかった。彼女は双眼鏡から目を離して、チラリと横を見る。地上攻撃ウィッチである少女の顔は熱狂に染まっていて、その表情には誇らしさと喜びが見て取れた。“地上攻撃ウィッチの”活躍によって勝利した事実を、少女は非常に喜んでいた。

 

(……呑気なのは、どっちなんだかねぇ)

 

 ふと、エーリカは内心で一人ごちた。ネウロイとの生存を賭けた戦争の真っ最中で、全体を見れば人類側が有利とはお世辞にも言えないようなこの現状。そんな状況にもかかわらず、どうやら人類にはある程度の余裕が残っているようである。

 それが幸運だったのか、不幸だったのか。一兵士に過ぎないエーリカは、その問いに答える術を持たなかった。

 

 

 




大変お待たせいたしました。うん、ほんと。うん。
一応言っておきますと、実在の某組織については触れるつもりはありません。ドイツじゃなくてカールスラントだし。

Q.ラキスケplz

A.主人公がラキスケされるネタなら幾つか考え付いてるんですけどねぇ……

Q.ケワタガモ

A.主人公がスオムス軍ならワンチャンあった

Q.狙撃銃二丁持ちという可能性

A.きんりょく が たりない !

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