ストパンのVRゲームでウィッチになる話   作:通天閣スパイス

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※誤字修正。ご指摘ありがとうございます


インターミッション1

 すぅ、と息を少しだけ吸って、呼吸を止める。利き目である右目だけを開け、Kar98kの銃口をしっかりと目標に向けた。

 目標との距離は、目算で400メートル程。静止目標なら容易い距離だが、残念なことに今回は上下左右に動き回るものが相手である。相手が移動するであろう方向を常に予測しながら銃口を調整し続けるというのは、システムによるアシストがあっても結構な労力を要求されるものだ。

 さらに言えば、今回の目標は普段相手にしている小型ネウロイよりも一回り小さいほどの大きさしかない。距離のことを考えれば最低限のミスも許されない、非常に難しいスナイピングを要求されている。――難しいだけであって、今の自分には決して不可能な状況ではないのだが。

 

 カチリ、と。引き金に掛けた指に力を入れた瞬間、炸裂音と共に銃弾が放たれた。秒間に760メートルという速度で突き進むその銃弾は、一秒以下の静寂の後、今回の目標である空を飛び回っていた鳥を物言わぬ躯に変えていた。

 動きを止めて重力に引かれていく目標の姿を見つめながら、狙撃の成功にふと胸を撫で下ろす。実践ではないとはいえ、今回の状況はどうしても緊張を覚えるものであった。

 その理由――俺の後方で佇んでいる、狙撃を見学していた二人の男女に振り返って視線を向けると、彼らは皆興味深そうな目つきでこちらを見つめていた。

 

「ほう……。話には聞いていたが、本当にこの距離で当てられるのか」

 

 これだけでも陸で使える、と何やら不気味なことを呟いている金髪の少女は、陸上ウィッチのある部隊の隊長を務めている大尉であるらしい。見覚えがない以上は原作のキャラではないのだろうが、その立ち居振る舞いは原作に出ていたウィッチ達に劣らない実力者であることを感じさせる。

 ショートの髪をオールバックにして流している彼女の姿は、可愛らしい顔立ちとは裏腹に、まるでライオンのような獰猛さを感じさせた。いや、実際彼女がこちらを見る目は、獲物を見る時のようにぎらついている。おそらく悪い人間ではないのだろうが、彼女に見られていると何とも言えない不安が背中を走った。

 

「……ふむ」

 

 そして、もう一人。何事かを考え込む仕草をしている初老の男性こそ、このような状況を作り出した原因であり、俺が緊張せざるを得なかった理由でもあった。

 見覚えは、ある。より正確に言えばこちらと面識のあるその男性は、カールスラント陸軍で中将の地位に就いている男である。本来はただの軍曹である自分などが知り合える存在ではないし、以前に面識を得たのも偶然の要素が高かったために彼と再び会うことになるとは予想もしていなかったが、こうして再度姿を目にしている。

 

『――ああ、軍曹。ここにいたのか』

 

 以前のように一人ではなく、おそらく部下であろう陸上ウィッチの少女を供にしたこの男性は、基地の外れで休憩していた自分に声を掛けてきた。幸か不幸か、自分は今日の訓練が一段落した後であり、ちょうど暇を持て余していた所であった。今時間に余裕があるかどうかを尋ねてきた男性は、こちらが首を縦に振った瞬間、薄い笑みを浮かべた。

 頼みがある、と事実上の命令を持ってきたその男性に連れられて、やってきたのは基地の隅に広がる人気のない平地。そこで普段使用している銃と弾薬を渡してきた彼は、空を飛行する鳥を指差して、「狙って撃て」と言ってきたのだ。

 

 以前にミーナに似たようなことをされた覚えがあるから驚きこそは少なかったが、流石にいきなりのことであったから、言われるがままに鳥を狙撃するのが精一杯であった。いったい何の為なのかとか、何故ウィッチの少女もいるのだろうとか、そんなことを考える余裕が出てきたのは狙撃を終えた今し方のことである。

 気になる。気になるが、果たして聞いていいものなのかどうかが分からない。現時点では中将閣下であり、そして史実通りに行くのならばいずれは元帥にまで上り詰めるであろう、この男性――マンシュタインに対して口を開けと言うのは、いくらゲームの中とは言っても気軽に出来ることではなかった。

 

「中将、こりゃ拾い物ですよ。あの女なんかにゃ勿体有りません、ウチで引き取りましょう」

 

 その彼に対して声を掛けたのは、ウィッチの少女だった。ルック大尉、と先程名を呼ばれていたその少女は、にやついた笑みを隠そうともせずにマンシュタインに向き直る。

 その言葉を額面通りに受け取れば、俺の引き抜きを相談している……ことになるのだろうか。何と言うべきか、その本人の前でするような話ではないと思うのだが、彼女は全く気にしていないらしい。

 

「……言葉を慎みたまえ、大尉。上官の侮辱は許されんぞ」

「これは失礼。しかしですね、真面目に申しますが、こういう有望そうな奴を“あれ”に任せておいたら内憂が増えるだけじゃないですか。あのシンパ共のような、有能な馬鹿が一番質の悪い――」

「大尉」

 

 短い、しかし強い口調の言葉で、マンシュタインは彼女の言葉を押し止めた。それを受けた彼女は少しばつの悪い顔をして、彼への謝罪の言葉を口にしてから言葉の続きを飲み込んだ。

 “あれ”。彼女の言葉の中に出てきたその代名詞が何を指し示しているのかは、ここ数日の基地内部の様子を見れば誰でも判別がつくことだろう。ウィッチを集中運用するあの作戦が無事に終了してから、数日ほど経った今。ここパ・ド・カレー近郊の基地において、とある勢力が急速に勢いを増していた。

 

 あの作戦の最後を掻っ攫っていった、地上攻撃ウィッチ達。作戦の際に強引な横槍を入れた彼女達は航空ウィッチ達の多くから顰蹙を買っていたが、彼女達がその事態への対処として行ったのは航空ウィッチ達への言い訳と宥めすかしではなく、開き直って対立姿勢を明らかにすることだった。強固な装甲を誇る陸上型ネウロイに対する優位性、重装備や急降下爆撃による高火力。様々な地上攻撃ウィッチの利点を理由にして、彼女達は我が物顔に振る舞い始めたのだ。

 勿論全ての地上攻撃ウィッチがそのように振る舞い始めたわけではなかったが、その運動の中心になったグループが空軍少将の肝入りだったのが悪かった。権力と地位に支えられた彼女達は徐々に影響力を増しているようで、仲間を徐々に、しかし着実と増やしていっているらしい。

 

 その情報を知ったのは作戦終了の翌日、特に怪我もなく復帰したエーリカから食事の席で話を聞いてからだが、やはりこうなったのかという思いを先ず覚えた。

 ストライクウィッチーズはライトな雰囲気の作品だが、派閥による抗争は原作でも描かれている。ブリタニアのマロニーとダヴディングによる権力争いは本編の主筋に関わる話だし、派閥争いとまでは言わないが、意見や立場の違いによる対立等のごたごたは原作や派生作品等で何度も描かれている。

 今回の事態のような、ウィッチ内部での派閥対立などは原作ではなかったが、描かれていたとしてもおかしくはなかった。いや、あくまでも原作では描かれていなかっただけであり、裏ではこのようなこともあった、と考えた方が自然かもしれない。

 ストライクウィッチーズはある程度のリアルを求めている作品でもあるから、この事態にもあまり違和感はなかった。……違和感はないだけで、おそらくこの事態の原因なのであろうあの少将殿を見た時などには驚きや呆れを覚えはしたのだが。

 

 作戦前にあの少将が行った演説の内容は、何と言うべきか、胡散臭い政治家の言葉そのものにしか聞こえなかった。耳触りのいい言葉を並び立てるあの演説方法は確かに乗せられる人間もいるだろうが、エーリカやバルクホルンのような一歩引いた人間も多くいる。

 言ってしまえば、あの女性は小物の悪役、というイメージが非常によく似合っていた。それが敵であるのならまだいいのだが、彼女は味方であるカールスラント軍の軍人であり、それも少将という高位に就いている人間だ。無能な味方は非常に質が悪いということは、多くの史実やフィクションが示している教訓である。

 事実として、彼女はこのような事態を引き起こしているわけであり、おそらく目の前の彼らは彼女に対して良い感情を抱いていない類の人間であろう。……もしや、これは派閥抗争に巻き込まれ始めているのだろうかと、背中に冷や汗が伝った。

 

「すまんな、軍曹。今の言葉は聞かなかったことにしてくれ」

 

 視線をこちらに移してのマンシュタインの言葉に、無言で首を縦に振る。自分とて彼女が好きなわけではないが、明らかに面倒くさそうな派閥争いに首を突っ込みたくはない。彼としてもこちらにこれ以上の話を聞かせる気はないのだろう、さっさと話題を切り替えて行った。

 

「それで、だ。君の狙撃能力は勿論評価に値するものなのだが、今回の本題はそれではない。前の話を覚えているかね?」

「は……。前の話、ですか?」

「ああ。記憶にないかね、君の固有魔法についてなのだが……」

 

 固有魔法。その単語を聞いて暫し記憶を探り、数秒ほどしてから「ああ」と反射的に呟いた。忘れていたわけではない。彼にアイテムボックスを使わないように言われたこと等はしっかりと覚えていたし、数日前のことだから言われればすぐに思い出すことができた。

 確かに数日前、『アイテムボックス』というゲームの仕様を自分の固有魔法だと誤魔化したことがある。その際に目の前の彼が何か意味深なことを言っていたことも思い出したが、それはつまり、彼の興味がこのアイテムボックスに向いているということになるのだろう。

 

 アイテムボックスについては、正直自分でもよく把握していない。出撃訓練再出撃の毎日でよく調べる暇がなかったということ、そもそもあれから無闇に使用しないように釘を刺されていたこともあるし、現状ではこの機能に頼らなくても何とかなっているからだ。

 制服だの、銃器だの、弾薬だの。そういったものは実際に身に着けてしまえばシステム上でも装備していると見なされるようだし、日用品や娯楽品の類はこの急造の基地では簡単に手に入るわけでもない。いざという時のために武器を隠し持っておくにしても、よく考えれば当たり前のことではあるのだが、ただの一兵士程度に武器を自由に出来る権限があるわけがなかった。

 故に現状では、アイテムボックスは『よく分からないけど便利そうなもの』という認識でしかない。だがどうやら目の前の男は何らかの悪用法を思いついているのだろう、その表情は非常に真剣なものだった。

 

「あれですか。その、記憶してはおりますが……」

「口外はしていないね?」

「ええ、まあ。言われた通り使わないようにしていましたから、聞かれることもありませんでしたし」

「よろしい。ではこれから、幾つかの質問に答えて欲しい」

 

 それからひどく真面目な顔をして、彼は様々な問いをこちらに投げ掛けてきた。

 アイテムボックス、もとい異空間にはどれだけの量が入るのか。入れることの出来る大きさはどれほどまでなのか。入れることができるものの種類に制限は存在するのか。その殆どには満足な答えを返すことは出来なかったが、それでも彼は何かしらの納得を得たようで、数秒ほどの思考時間の後には満足気な笑みを浮かべていた。

 

「そうか……。いや、なるほど。それならそれで、我々としては好都合だ」

「はあ……?」

「ああ、すまん、こちらの話だ。君が気にする必要はない」

 

 そう言われましても、と。そんなことを言われればむしろ気になってしょうがないのが人情というもので、彼が何を考えているのかを無性に問いかけたくなってきた。

 ただ、こういう時に突っ込んでしまうと、そのままなし崩し的に何事かに巻き込まれてしまう気がする。いや、おそらくゲーム的に考えれば既にイベントが何かが進行しているのだろうが、それでも面倒そうなことは避けておきたい。個人的には原作キャラ達ときゃっきゃうふふ出来れば満足と言うか、派閥争い的なサムシングに飛び込むのはゲームと言えどもご遠慮したいところである。

 

 故に、ここは黙る。素直に黙る。不思議そうな表情を浮かべて、自分は何も分かってませんよアピールをするのだ。下手に反応を示してイベントを進展させてしまえば、どんなことに巻き込まれるのか想像がつかない。

 石だ。石になるのだ。大きな流れには逆らおうとせずに、身を任せて同化するのだと昔の誰かも言っていた。そうすればきっと、ほら、彼も素直にこの場は帰ってくれるはずで――

 

 

「では、軍曹。君の今後に関して少し、話がある」

 

 

 なんて思ったのが間違いであった。

 明らかに、彼はこちらを簡単に逃がす気はない。先程までよりも遥かに増した威厳を放ちながら、こちらをじっと見据えてきた。

 

「……ええと、その。意図を伺ってもよろしいでしょうか」

「ふむ。意図か、意図は……。そうだな、君、アフリカ戦線についてはどれほど知っているかね」

「へ……」

 

 アフリカ。予想外の単語を耳にして、一瞬呆けてしまう。

 

 知らないはずもない。メタ知識で考えれば、今のアフリカは人類の最前線の一つだ。スエズ運河の防衛を主として繰り広げられている一進一退の攻防は、カールスラント、扶桑、リベリオン、ロマーニャ等の各国の軍隊が集まる一大戦線である。

 確か加東圭子、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ等によって『ストームウィッチーズ』が組織されるのが1942年の頃であったはずだから、今はその前の段階、すなわちマルセイユやライーシャが必死に頑張って戦線を支えている頃だろう。確か数か月後にはエジプトが陥落して、スエズ運河が使えなくなるはずだ。アフリカは現在が一番過酷な時期と言ってもいいかもしれない。

 

 それはともかくとして。そんなことを尋ねるということは、つまり、自分をアフリカ戦線に投入することを考えているということなのだろうか。

 ……まあ、そうだとしても特に文句はないのだが。原作キャラに会えるだろうし、アフリカなら派閥云々からも離れていられるだろう。正直な話、あの地上攻撃ウィッチ達からは少し距離を置きたいのが心情である。

 

「それは、その。私をアフリカ戦線に――」

「話を急くな、軍曹。私は引き抜きに来たわけではない」

 

 直接的に尋ねようとすると、彼は即座に言葉を被せてきた。分かるね、とでも言いたげなその表情は、有無を言わさぬ迫力を纏っている。

 引き抜きではない。引き抜きではない、ということらしい。とりあえずそういうことにしておけと、側で会話を見守っているルック大尉がアイコンタクトを送ってきた。

 

「現在、アフリカへの第二次派遣が検討されている。陸軍が主として派遣される予定だが、空軍からも少数のウィッチが参加する予定だ」

 

 成程。まあ、別段おかしい話ではない。最前線に戦力を振り分けるのは常識的な判断であるし、アフリカも満足な戦いを行えているとは言い難い状態であったはずだから、援軍を送るのは十分に“あり”なことだろう。

 

「空軍側の意見としては、戦線は非常に過酷なものであるため、選定はウィッチの自己判断に任せたいということであるらしい」

「……はあ」

「下の者達は聞いていないのか」

「ええ、まあ。おそらくは……」

「そうか。ここのウィッチには話を通しておく、と少将閣下殿は仰った筈なのだがな」

 

 さらり、と爆弾を投下していった彼に対して、思わず口の端を引き攣らせる。

 

 つまりこういうことだ。アフリカに援軍を派遣する。陸軍は派遣する。空軍も少しだけ派遣する。空軍側は志願した者を派遣したいと考えている、が、そもそもその話を下に送っていない。そうなれば志願者など出るはずもないのだから計画はストップしてしまい、陸軍側は計画自体を取り止めるか、空軍側が妥協を図ってくれることを祈るしかないのだ。

 どう見ても陸軍と空軍のいがみ合いである。と言うよりも、文脈的に考えれば彼とあの中将の対立話そのものであった。どことなく史実の極東の島国で同じような光景を見た覚えがあるが、まさか遠く離れた欧州で目にすることになるとは予想外にもほどがある。

 冗談かと笑い飛ばしたくなるが、決して笑い話ではない。少将一派と他グループの対立が予想以上に根深く、またそれが予想以上に問題を及ぼしていることは、ゲームの中であっても泣きたくなるような事実だった。仮想世界に軍部のドロドロを持ち込んだ徹底的な現実感の出し方は、最早脱帽と言う他にない。でもここまでやる必要はないんじゃなかろうか。

 

 これを自分に、そもそも空軍であるはずの自分に聞かせるということは、まあ、やはりそういうことなのだろうが。

 ……派閥争いか。エーリカとか付き合ってくれないかな……。無理かな……。

 

「しかし、困ったな……。志願者が現れなければ、援軍の派遣が出来ん。そうなっては皇帝陛下になんとお詫びすればいいのか……」

 

 困った、困ったと素知らぬ顔で嘯く彼。隣のルック大尉は、面白がった笑みを隠そうともせずにこちらを見つめている。

 まあ、確かに、引き抜きではない。これは引き抜きではないだろう。実情にいったい何の差異が生まれるのかは別にしても。

 

 ……いいだろう。乗ってやろう、乗ってやろうじゃないか。

 

「あの」

 

 口を開く。すると彼は視線をこちらへと戻し、その言葉の続きを待っていた。

 

「でしたら、その。提案よろしいでしょうか――」

 

 

 




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