ストパンのVRゲームでウィッチになる話   作:通天閣スパイス

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 フランツィスカ・ヴェラという少女を評するには、幾つかの言葉が必要となる。

 

 カールスラント空軍所属、JG3の航空ウィッチである彼女は、ネウロイの侵攻の際に政府によって急遽徴兵された、そしてその中でもネウロイの進行速度が予想外の速さであったために訓練課程を短縮された新米ウィッチ――俗に『速成組』と呼ばれている者達の一人である。ウィッチとしては最低限の教育、訓練のみを施されている彼女の能力は、実際総じて高いとは言い難いものであった。

 彼女は全体的に考えれば能力が低い、それこそ軍人としては最低限レベルの人材だと言えるだろう。特に身体能力に関しては劣った部分が多く、基礎体力、基本的な筋力等々の様々な部分が平均を下回っていた。例えばランニングを行わせれば、走り切れはするものの息は絶え絶えになる、といった具合に。それでも最低限のものはあるので戦闘はなんとかなっているものの、長時間の戦闘となるとスタミナ、魔力双方の不足が目立ってくるのが現状である。

 普通に使う分には問題ないが、決してオールラウンダーなスーパーエースにはなりえない。十把一絡げのウィッチの内の一つ、それがヴェラ軍曹に対する虚飾のない評価であった。

 

 ただし、それはある一点、彼女が得意とするものを除いてしまえば、という話でしかない。

 狙撃。その一点のみにおいて、彼女は他のウィッチの能力を遥かに凌駕している。

 

 遠くが見えて、狙えて、当てられる。単純な言葉にすればそれだけの芸当だが、それがいかに難しいことであるかは銃に触ったことのある人間ならば分かるものだ。遠距離、そして中距離からの精密射撃において彼女はかなりの高水準にいた。彼女に課されていたはずの訓練が一般的な軍のものから外れていないことを考えれば、彼女は天性の才能を有していることになる。

 射撃精度、弾道予測、偏差射撃――狙撃に必要なこと全てを、彼女は無意識下で行っているようだった。才能、という単語一つで片付けていいものかは悩ましいが、この狙撃能力のみが彼女をエースの座まで引っ張り上げているのは事実である。先日無事にネウロイの撃墜数が五機を超えた彼女は、名実ともにエースの仲間入りを果たしている。勿論ハルトマンやバルクホルンといったスーパーエース達とは比べるのも烏滸がましい程度ではあるが、彼女の上官、つまりJG3の隊長であるミーナとしては彼女の力を認めないわけにはいかなかった。

 

「極端な話。抱え大砲を持たせておけば、今のままでも戦力としては十分だと思うのよ」

 

 昼食時。最近空気が悪くなってきた大食堂を避けて個人の執務室で食事を取っていたミーナは、同席していたバルクホルンにそう溢した。

 抱え大砲とはつまり、携行可能な大口径銃のことである。シモノフPTRS1941――オラーシャで実用化されたらしい対戦車ライフルなどはそれに数えていいだろう。勿論、流石に実用化したばかりの新型を他国に供与できるほどの余裕はオラーシャにはないものの、しかし例えとして、14.5mmの弾頭が秒速1000m以上という初速で撃ち出されるような銃を彼女が抱えれば、その火力が無駄なく敵へと撃ち込まれていくのだ。それがどれだけの効力となるかを考えれば、決して悪い考えではなかった。

 

「ワンショット・ワンキル、ね……。まあ、効率を考えれば確かにそれが最善かもしれないが」

 

 一撃必殺。スナイパーの理想であり理念を口にして、バルクホルンはメインディッシュのジャガイモを頬張った。

 敵を一撃で倒せるような大火力を持たせ、一撃で以て敵を効率的に撃破していく。目指すべき理想形で、だからこそ完璧に行うのは不可能に近い。しかしその戦法がヴェラという少女に合っていること、そしてヴェラであればその理想論に限りなく近づけるであろうこともまた、彼女は理解している。

 

 戦場を共にしたばかりか一時はロッテまで組んだ彼女は、ヴェラというウィッチの能力を朧げにではあるが理解していた。

 ヴェラ軍曹は、並だ。機動力も低い。速度も低い。飛び方の練度も低い。速度を活かした機動戦、即ちドッグファイトや一撃離脱といった戦法への適性は決して高くはない。ドッグファイトでは追いすがれない。一撃離脱では逃げ切れない。じゃあ何が出来るのかと言えば、残るのは遠距離からの一方的な狙撃くらいだ。

 しかしそれに天性の適性があるのだから、バルクホルンとしては、彼女は狙撃手として特化させるべきだと考えていた。活きる道があるだけマシだ、というものである。機動戦を貴ぶ最近の風潮には真っ向から反しているとはいえ、それの方が向いているならそうすればいい。少なくとも彼女はそういうスタンスであった。

 ただ、まあ。問題があるとすれば、

 

「しかしミーナ、あいつを狙撃手として育てるとしても、だ。――誰があいつに狙撃を教えるんだ?」

「……そこなのよねぇ。どうしようかしら、ホント」

 

 ヴェラ以上の狙撃能力を持った人材が、バルクホルンとミーナの交友関係の中にはいない。その事実を指摘されたミーナは、思わず頭を抱えていた。

 勿論、彼女達の部隊にも狙撃手はいる。いるのだが、狙撃そのものに関してはヴェラに劣ってしまっているのが事実であった。勿論狙撃手としての心構えだの、腕前では解決できないあれこれに関しては教えることができるだろうが、肝心の狙撃そのものの教導を行うには些か力不足が否めなかった。

 その狙撃手達の名誉のために言っておけば、彼女達の練度は低くはない。スーパーエース達の部下として相応しいウィッチ達である。しかし、何と言うべきか、世の中には普通の人間の常識を容易に飛び越える存在がいるわけで。スコープなしに1000メートル先の目標を狙撃する存在の師匠を務めるには、如何せん間違った意味での役不足であると言わざるを得なかった。

 

 ……ふと。バルクホルンの脳内に、一人の少女の姿が映った。彼女が知る限りでは最高の才能を持つ、もしかしたら狙撃においてもヴェラを超え得るそのウィッチならば、ヴェラに教導を行えるかもしれない。

 その少女が今はアフリカにいて、かつ彼女とは犬猿の仲であり、さらに人格的に尊敬できるとは言い難い人物でさえなければ、彼女は教導を頼みに行っただろう。つまり現状では選択肢にも上がらないということであるが。

 

「何処かにいないかしらねぇ、都合のいい人材が」

「さあな。生憎、私も見当がつかん」

 

 素知らぬ顔で嘯きながら、バルクホルンは食事を食べ進めた。そもそも彼女はミーナに誘われて食事を共にしているだけであり、彼女自身はヴェラの面倒を見る義務はない。流れで相談を引き受けてはいるが、仕事はあくまでも上官であるミーナの管轄なのだ。

 ただ、一度知己になり、友誼を結んだと言ってもいい以上は彼女もヴェラのことを気に掛ける意思はある。彼女が面倒見の良い性格をしていることもあり、義務でなくともちゃんと考えてやる程度にはヴェラを気に入っていた。

 本土からの撤退が完了し、ブリタニアかノイエで一息吐けたならば、伝手とコネを使って教官を探してやってもいいか――。そんなことを思う程度には、彼女は友人の部下に入れ込んでしまっている。

 

「そうだわ。確か噂に聞いたんだけれど、スオムスに腕の良い狙撃手がいるっていう話よ。それが事実であれば……」

「スオムスは激戦区だぞ。そこから貴重な人材を引き抜けるはずもないし、逆にヴェラ軍曹を送り込むわけにもいくまい。新米を放り込むにはあそこは危険すぎる」

「……まあ、そうね。出来ればやっぱり、ノイエかブリタニアで教育を受けさせたいし。扶桑とかまで行かせるのもねぇ」

「平時ならともかく、この状況ではな。海を越えるとなると数年単位での話となるし、今はそこまであいつを遊ばせる余裕もない」

 

 現在、カールスラント軍は敗走とも言える撤退戦の真っ最中である。資産や国民の後背地への移送を行う時間を稼ぐためにカールスラント軍は各地で遅滞戦術を行っており、このパ・ド・カレー方面でも戦いは未だ続いていた。

 先日の大規模会戦での勝利によってある程度の余裕を得ることは出来たものの、それはあくまでも一時的なものでしかない。戦力はいくらあっても十分とは言えないこの状況で、貴重なウィッチを手放せる余裕はカールスラントにはない。たとえこの作戦が一段落したとしても、それでネウロイの脅威がなくなるわけではないのだから、出来る限り戦力を手放したくないというのが上層部の本音であろう。

 事実、バルクホルンが聞いた噂によれば、上層部はカールスラント軍を後方で再編成するのではなく、主力をブリタニアやアフリカなどの前線に留めておく意向であるらしい。現カールスラント皇帝であるフリードリヒ4世が本国の早期奪還を強く主張していることもあって、ウィッチは基本的に前線に留め置かれることになるだろう、という話である。

 

「ま、どのみち、この作戦が片付けばJG3も何処かの戦線に配置されるはずだ。その時に上に要求してみたらいいんじゃないか?」

「……」

「……ミーナ?」

 

 上。その言葉を聞いた瞬間、ミーナは表情を暗くしていた。食事の手を止めて、何かを言いたげに口を動かしながら、言葉を必死に選ぼうとしている。

 真剣に、深刻に。彼女が纏う雰囲気が軍人の佐官としてのものに移り変わったことに、バルクホルンは厄介事の臭いを感じ取っていた。

 

「――きな臭いのよ。最近、上の方が」

 

 呟くように、決して部屋の外には聞こえない音量で、ミーナは話し始める。

 

「この頃、派閥の分化が顕著になっているのは知っているでしょう。ゲーリング少将の閥が元気にやっているのは気づいているでしょうし」

「……まあ、なあ。あれだけ派手に動けば誰でも気づくさ。地上攻撃ウィッチを母体に随分と支持者を集めているらしい」

 

 ゲーリング少将。カールスラント空軍の最高責任者であるゲーリング元帥を父に持つ、上層部に強いコネクションを持つ女性軍人。A軍集団に集った将校の一人として作戦に従事している彼女は、先日の反攻作戦に前後する頃から自らが心酔する思想、即ち『ウィッチ中心主義』の賛同者を集め始めていた。

 大っぴらに動いているわけではない。勧誘活動はあくまでも秘密裏に、表には出ない形で行われている。しかしゲーリング少将の“とりまき”の数が目に見えて増大しつつあることから、彼女達が何事かを行っているのは誰にでも明らかであった。

 

「派閥自体は前からあったし、抗争も少なからず存在はしていた。でもそれは、ここまで明らかなものではなかった」

 

 組織である以上、派閥やその対立はどうしても生まれてしまう。しかしカールスラント軍はこの未曽有の国難に対して、その対立を棚上げして協力体制を取り続けている。永続的なものではない。だが、この国難を乗り越えるまでは、お互いに妥協を図るべきである。それがカールスラント軍の総意である、はずだった。

 

「少将はただの馬鹿じゃないわ。この時点で派手に動き出した理由が、何かあるはずなのよ。派閥抗争の構えを取り出した理由が、何か……」

「理由か。単純に考えれば、先の反攻作戦を切っ掛けに、自分の主張を広めようとしているというところだろうがなぁ」

「極論すれば、目的はそれでしょうね。……でも、それに踏み切った理由は?」

 

 黙する。バルクホルンはただ、ミーナの言葉の続きを待った。

 

「『中心主義』は少数派よ。ノイエにも、それこそ軍部にも賛同者はまだ少ない。こんなところで派手に動けば、いずれ潰されるわ。ゲーリング元帥の影響力にも限度があるもの」

「だろうな。このまま行けば、少将は何らかの責を取らされるはずだ。それが分からない奴でもない」

 

 作戦の変更。強引な横槍。派閥の形成による、組織内の不和。ゲーリング少将がこれまでに行ってきた問題行動は、この作戦に参加した人々にとっては周知の事実である。

 少将が地上攻撃ウィッチからの強い支持を得ていること、その支持者たちの戦力が戦線の維持には必要不可欠であることもあって現時点では不問に処されている――無論、他の上層部の人間からの糾弾はあったらしいが、具体的な処罰には至らなかった――が、作戦が終わってしまえばそうはいかない。

 A軍集団がブリタニアに渡り切ってしまえば、彼女はほぼ確実に責任を追及される。そして彼女が主張している『ウィッチ中心主義』もまた、何らかの抑圧がなされることであろう。

 

 その未来は誰でも予想できる。勿論、その少将自身にも。そのはずであるが故に。

 

「でも、それなら、彼女はどうして行ったの? ……簡単よ。そうならないための理由が、何かあるはずなの」

 

 何かが、ある。何かが起きている。少将が処罰されないための何かが確実に進行しているはずなのだ。

 ミーナにはそれが分からない。ノイエやブリタニアとの通信は軍用以外に使用できない現状では、彼女にはその何かを探る方法もなかった。少将閥の人間でもなく、そして彼女と対立している他の閥にも属さない中立的な人間である彼女は、こうした場面では個人以上の力を持たなかった。

 

「ねぇ、トゥルーデ。笑うかもしれないけど、私、凄い嫌な予感がするのよ」

「……ミーナ」

「証拠なんてないの。ただの勘と推測だけだけど、でも、凄い悪いことが起きそうな気がする。いいえ、もしかしたらもう何かが起きてるのかもしれないわ。そんな気がするだけだけど……」

 

 バルクホルンは、笑わなかった。笑えるはずもなかった。

 

 彼女は『エース』という人種がどんなものであるかを知っている。自身もそうであるが故に、その言葉の持つ意味をよくよく感じ取っていた。

 エースという生き物は、ある種の超人だ。死なない。運が良い。力が強い。とにかく牛乳を飲んでネウロイを殺す。その種類は様々だが、その共通項とも言えるべきものが一つある。

 直感。第六感。啓示。そういった常識の外の感覚が、とにかく優れている。無意識の危険察知能力という面において、彼女達は間違いなく人類最高峰の存在なのだ。

 そして、彼女――バルクホルンの目の前にいる彼女こそ、そのエースの一角。『スペードのエース』『女侯爵』との異名を持つ、カールスラント空軍が誇る大エース、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少佐の直感を無視できるほど、バルクホルンは危機感に劣るわけではない。

 

 ふと。バルクホルンは、部屋の壁に張られた地図を見た。なんてことはない普通の地図。だが、彼女は無意識に、とある一点に目をやっていた。

 欧州の要衝。偉大な帝国の末裔にして、地中海の覇者。

 

 

 ――ロマーニャ公国を、無意識に見た。

 

 

 


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