※色々と微修正
――June,1940
Somewhere near Pas-de-Calais
Sgt. Franziska Werra
Karlsland Airforce JG3
“Operstion Dynamo”
「――――おい。起きろ、新入り」
ハッ、と。かけられた声と、ガタガタと身を揺する振動によって、俺は意識を取り戻した。
慌てて周囲を見渡すと、そこは俺がいるはずの部屋とは似ても似つかない、質素な車のような何かの中で。自動車にしては大きすぎる振動と、時折聞こえてくる馬の嘶き声から察するに、どうやら俺は馬車に乗っているようだった。
馬車の中にいる、俺以外の面々――今声をかけてきた、隊長らしき気の強そうな少女と、カールスラント空軍の軍服を纏う十代半ば頃の数人の少女達を見て、これはゲームの中だったと思い出して。視線を下に向けて自分の身体を見てみれば、確かにキャラクターメイキングで作成した通りの少女の身体になっていた。
これで今の状況が平穏そうなら、美少女となった自分の身体をゆっくり確かめたいところではあるが。この馬車に乗っている、ウィッチらしき少女達――自分も含めた人間が臨戦態勢とばかりに既に武装しているのを見て、どうやら原作のようにのほほんとした状況から始まるわけではないようだと直感する。
「気がついたか……。そろそろ目標地点だ、出撃するぞ。各自、上がる前に一度飛行脚と武器のチェックをしておけ」
実際、俺が意識を取り戻したことを見た隊長ウィッチは、そんなことを言って手に持った機関銃の細かい動作を確かめ始めた。
隊長と同じように、他のウィッチ達も武器や自身が履いている飛行脚をチェックし始めたこともあって、俺も自分の装備をチェックしようと再び視線を下ろす。
すると視界に突如、二つのウィンドウがポップして。その内容が武器と飛行脚の詳細を表したものであるのを見て、これがゲーム的に『チェックする』ことなんだなぁと、内心に少々の感動と納得を覚えた。
『Kar98k』
カテゴリ:武器/銃器
装弾数:5/5
残弾数:50
整備状態:万全
『メッサーシャルフ Bf109』
カテゴリ:装備/航空用ストライカーユニット
稼働:可
改造:無し
整備状態:万全
これを親切ととるか、リアリティを壊すととるかは人によるだろうが。生憎と銃器やストライカーユニットの細かな機構なんぞ把握していない俺にとって、この仕様は素直にありがたかった。
二つともに整備が整っていることを確認してからウィンドウを閉じ、顔を上げる。いつの間にか俺以外の人達はチェックを終えていたようで、皆の視線が俺に集まっていることに気づくと、つい反射的にビクリと身体を震わせて。それを見た隊長はおかしそうにクックと笑って、周りのウィッチ達もまた、俺を見てクスクスと笑いを漏らしていた。
……これは、ひょっとしてからかわれた、のか。NPCに人間と変わらない思考をさせる超高性能AIが搭載されているらしいこのゲームの、その人間と変わらない思考とやらを予想外のところで実感して感動するやら、どうにも決まりの悪いやら。
隊長は一頻り笑うと、拗ねた表情を浮かべた俺に「悪いな」と軽く謝罪して。すぐさま表情を切り替え、今度は真面目な表情を浮かべた。
「さて、全員装備に問題はないな? ……よし。なら出撃する前に、もう一度今回の作戦を確認する」
コクリと、俺を含めた隊長以外の面々が頷く。それを隊長はサッと見渡して、誰も口を挟まないことを確認すると、自らの話を続けた。
「現在カールスラント陸軍一個大隊が、逃げ遅れた民衆の護衛を行いながらパ・ド・カレーへと撤退している。その支援を行うために、退却ルート近辺に近づきつつあるネウロイを攻撃、殲滅させることが今作戦の目的だ。
事前に行われた偵察により、目標は小規模であることが分かっている。飛行型の小型が数体、陸上型の小型が数体、中型が一体……。我々なら簡単に蹴散らせる寡兵ではあるが、民衆達には十分な脅威となる。油断せずに確実に仕留めてゆけ、いいな?」
「「「Jawhol!」」」
隊長の言葉に、俺と他の隊員達が声を重ねて返す。別に狙ったわけではないが、こういう場合のお約束として返答してみたら、それが上手いこと他の人と重なった。まるで自分が本当の軍人の仲間入りをしたように思えて、何とも言えない感慨深さを感じる。
うん、細かいことだけど、こういうのって何とも嬉しいんだよなぁ。思わず笑みを浮かべてしまいそうになるのをなんとか我慢して、隊長の話の続きに耳を傾けた。
「ハンナはマリーと、アデーレはクリスタとロッテを組め。新入りは私のバディに着ける。
フォローはそれなりにしてやるが……甘えすぎるなよ、新入り。初の実戦だろうがなんだろうが、自分がネウロイ共を全て叩き潰すくらいの心構えでいけ」
「は、はい。分かりました」
「……おい、なんだ、元気のない返事だな。もっと声を出せ、そんなテンションでネウロイを狩れると思っているのか!?」
「――分かりましたっ! 私がネウロイをやっつけます、隊長殿っ!」
「よーし、良い返事だッ! 全員外に出ろ、空に上がれ! 我らが祖国を奪ったあのクソッタレ共に八つ当たりと行くぞ!!」
「「「Jawohlッ!!」」」
再び声を重ねた返答をして、俺達は馬車の外へと躍り出た。隊長が俺のテンションを無理矢理上げたのは、やはり俺が初陣だから緊張している、と考えたからだろうか。テンションを上げて勢いに乗せ、そのまま戦闘に行かせることで、出来る限り戦闘への恐怖と緊張を和らげる。それがさっきのやり取りの狙いだとしたら、隊長の目論見は見事に成功していた。
初の実戦――と言うよりはこのゲームでの初めての戦闘ということで、少し緊張していたが故の嫌な胸の動悸はいつの間にやら消え去り、代わりに不思議な興奮が俺の身体を包んでいるのが分かる。
俺はここまで単純な人間だったろうかと一瞬疑問に思ったが、ふとある可能性に思い当たって、ステータス画面のようなものを開けないかと暫し念じる。すると先程と同じように、ウィンドウが空中に浮かび上がって――そこに示されたとある情報を見て、俺はその予想が当たっていることを知った。
《簡易ステータスを表示します》
フランツィスカ・ヴェラ
Lv:1
HP:500/500
MP:100/100
装備:『カールスラント空軍下士官制服』『Kar98k』『メッサーシャルフ Bf109』
状態:【高揚】
【高揚】:スキル【鼓舞】により、勇気付けられている状態。彼らの胸には不安も緊張も無くなり、敵に立ち向かう勇ましさだけが残る。一定時間、ステータスに若干のボーナス
おそらくこの【高揚】というのが、いきなり緊張がなくなった理由だろう。先程の隊長の言葉がそうだったのか、それとも言葉と平行して使用していたのかは分からないが、とにかく俺の知らない間に隊長がスキルを使っていたらしい。
高性能AIによりNPCが人間と変わらぬ思考をするこのゲームでは、NPCも自己判断でスキルを使用するという事前情報は、確かにあった。情報サイトでそれを知った時は正直そこまで驚かなかったが、実際にこうして体験してみるとやはり、何とも言えない驚きを覚えるものである。
「エンジン、回せーーーッ!」
隊長の掛け声の直後、皆のストライカーユニットが一斉に唸り声をあげる。魔導エンジンに火を入れ、エンジンを回しながら空に上がる瞬間を今か今かと待ちわびている彼女達の姿は、まるで獲物を前にした荒鷲だった。
《――チュートリアルを開始します》
《足に力を入れるようにして魔力を込め、ストライカーユニットを起動してください》
俺も視界にポップしたメッセージに従いストライカーユニットを起動させ、彼女達と同じようにエンジンを回す。俺のエンジンが回りだし、全員が空を飛ぶ準備を終えたことを確かめると、隊長はニヤリとした笑みを浮かべて後ろに振り返る。そして背後の隊員達の表情を一人一人見つめ、満足そうに一つ頷くと、軽く息を吸い込み。
「――――上がれーッ!!」
大声で離陸の合図を送ると同時に、彼女は道を滑走路にして機体を走らせた。
それを皮切りにして、全員がストライカーユニットを走らせて行く。俺も遅れじとウィンドウの表示に従って前に進み、段々とその走る速度を上げていた。
速く、速く……速く。段々と視界の横を流れる景色が速くなり、生じ始めた浮力によって時折身体が押し上げられる。それは飛行機に乗った時のものよりも、殆ど生身である分、こちらの方が大分スリリングで。高度な物理演算とVR技術により色々な感触がリアルに再現されて、初めて感じる空気を割って進む感覚に、俺の心は早々と病み付きになってしまっていた。
そして、滑走を開始してから数秒が経過した後。俺の身体を一際大きな浮遊感が襲い、その勢いを利用して機体を上昇させると、機体は重力に逆らいながら地面から遠ざかってゆく。そのまま墜落することなく、数秒後には俺の身体は、木を軽く越える高さまで上昇していて――――
「…………ぇ」
思わず、息を呑む。
初めて味わう、足が何の上にも立っていない感触。前後、上下、左右。周囲に何の障害もない、自分の意思で自由に移動出来る空間。
そこにあった何もかもが、俺にとっては未知のもので。全てが新しい、俺を惹き付けて止まない麻薬であった。空を飛ぶという行為のファーストインプレッションは、俺から言葉を奪うほどの――何の言葉でも言い表せないほどの、感動だった。
これはゲームだとか、今から戦闘だとか、そんな些細なことなんて今はどうでもいい。俺は今、空を飛んでいる。……たったそれだけの事実が、俺の心を埋め尽くしていた。
『……新入り。お前、そんなに空が好きか?』
おそらく周りにも明らかなほど、俺の表情は喜色を隠しきれていなかったのだろう。隊長が少し呆れた声をして、無線を使い俺に話しかけてきた。
「えっ!? ……そ、そんなに喜んでました?」
『ああ。何と言うか、一目惚れした乙女みたいな顔してたぞ、お前』
「お、乙女……ッ!?」
『いやー、あれは可愛かったなー。アデーレなんか完全に見惚れてたからなー』
ハハハ、と笑いながら可笑しそうに言った隊長のその言葉を聞いて、慌てて他の隊員達に視線を向ける。
……皆が、サッと顔を背けた。
「……」
カァ、と。羞恥で頬が赤く染まるのが、自分でもよく分かる。
いや、乙女ってなんだ、乙女って。確かにこの身体は可愛らしい美少女だし、そんな少女が嬉しそうな表情をしていればそれはそれは魅力的なことだろうが、その中身は成人を迎えた男性なのだ。なのに、乙女って。……乙女って。
しかも、なんか見られてたみたいだし。あの反応からすると、おそらく全員が俺の乙女な表情とやらを見て――何の感情を抱いて見ていたのかは、想像もしたくない――いたのだろう、何人かは未だにチラチラと視線を向けてきていた。気持ち悪いような、気恥ずかしいような、少しだけ嬉しいような。色々で複雑な感情が俺の頭をぐるぐると回り、思考回路がショートしそうになる。
もう何が何だか分からなくなって、口を開いても言葉なんて出ずに、ただ金魚のようにパクパクさせるだけで。いったいこの感情を誰に、どうやって向ければいいのだろうかと、散々考えた挙げ句に――――
『隊長、12時方向に敵影! ネウロイです!』
――――とりあえず目の前の敵にぶつけようと、そう決めた。
主人公の元ネタよろしく、敵地からの脱出を目指した一人サバイバルアクションスニーキングシューティングパニックホラーゲームにしようかとも思いましたが、某やる夫スレを思い出して止めた。