ストパンのVRゲームでウィッチになる話   作:通天閣スパイス

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週間10位ありがとうございます。


インターミッション 1

 キュイイ、という甲高い摩擦音を響かせながら、ストライカーユニットの車輪が動きを止める。

 初めての飛行と戦闘を終え、チュートリアルの最後として初めての着陸を終えた俺は、一つ安堵の溜め息を吐いた。

 

 その直後、俺の着陸を見守っていた数人の整備兵達が、滑走路上で動きを止めた俺にパタパタと駆け寄り。

 俺の脇を抱えて軽く身体を浮かせると同時に、装着しているストライカーユニットへと手をやると、幾つかの作業を経て俺の身体からユニットを取り外した。

 

 整備兵達の手を借りながら、俺はゆっくりと地に足を降ろすと、地面の感触を確かめるように何度か足踏みをして。

 持っていた武器を整備兵に渡した後に、伸びを一つ。未だ綺麗に輝く太陽を見ながら、何もこんなところまで再現しなくてもいいのにと、初めての飛行で色々と慣れていなかったからか、少しじわじわとした痛みを感じる背筋を解していた。

 

「あ、あのっ……! 任務ご苦労様でありました、軍曹殿ッ!」

 

 彼らが俺の履いていたユニットを手押しの台車に乗せている最中に、その中の一人がぎこちない敬礼と共に、伸びを終えた俺へと声を掛けてきた。

 おそらく志願兵だろう、見た目の年は随分と若く、少年と言ってもまだ通用するほどだ。

 

 1941年現在、失陥が続いている欧州では民間人の避難が進んでおり、大多数の人間は未だ戦果の及んでいない場所へと疎開している。

 しかし中には愛国心や義侠心に溢れる人間もいて、例え身を危険に置いても誰かの一助になりたいと、自分から軍に志願する人間もいたそうだ。

 

 この若い彼もまた、そういう人間――メタ的に言えば、そういう設定のNPCなのかもしれない。

 実際そんな細かなところまで作り込まれているのかは分からないが、ここまで完成度の高いゲームならありえそうだなと、ふとそんなことを考えて。

 

「……はい。ありがとうございます、ねっ」

 

 フロム脳の俺としては何だか少し楽しくなってきて、思わず湧き出た感情をそのまま表情に伝えた、喜色を浮かべた笑みで彼に敬礼を返す。

 すると、彼はカァ、と頬を林檎のように赤らめて。少々呆けた後に我に戻り、慌てて「失礼します」と言い残すが早いか、逃げるように俺から離れていった。

 

 ……ああ、うん、成程。今は可愛い美少女だもんな、俺。

 美少女に嬉しそうに微笑まれたら、いくら変な気はないって分かってても、嬉しいよな。恥ずかしいよな。……分かる、分かるよ、うん。

 

「――ったく。何やってんだ、新入り」

 

 思わず生暖かい視線を遠ざかってゆく彼の背中に向けていた俺に、今度はそんな声がかかる。

 

 ふと振り返ると、俺と同じく着陸作業を終えたらしい隊長が、呆れた表情をこちらに向けていた。

 なんでも、ああいう『ボーイ』でもネウロイとの戦いに従事する立派な戦士なんだから、変に弄ぶのは止めてやれとの注意を受ける。

 

 いや、別に、弄ぶつもりとかじゃあないんだけどね。

 

「あちらが話しかけてきたから、笑って答えてあげただけですって。そんな悪女じゃありませんよ、私」

「素直な子供を見るような目を向けてた奴が言っても、説得力なんてないんだがなぁ。ああ、せっかく素直な可愛い奴がうちの隊に来たと喜んでたのに……」

 

 ジャンプだと思ったら実は赤丸が付いていた時のような表情を浮かべ、顔に手を当てて首を横に振る隊長。

 が、その口元は笑いを堪えるように少し歪んでおり、どうも本気で言っているわけではなさそうだ。

 

 実際、俺が多少怒った演技をすると、隊長はすぐに「悪い悪い」と軽く謝って。

 俺の肩に手を回し、ニヤリと人懐っこい笑みを浮かべると、肌が触れ合う距離まで顔を近づけてきた。

 

「ま、とにかく、初任務初戦果おめでとさん。初めて戦場に出て戦果をあげたのは立派だ、胸を張っていいぞー」

 

 わしゃわしゃと、かいぐり回すように隊長は俺の頭を撫でる。

 その手つきは褒めている、と言うよりはペットを可愛がるものに似ていて、しかも妙に上手いことツボの部分を刺激してくるものだから、撫でられているだけなのに何だか変な気持ち良さがあった。

 

 十を数えるほどだろうか、隊長は撫でる手を止め、それと同時に手と身体を俺から離す。

 するとつい、視線を離れゆく彼女の手に向けながら、つい名残惜しそうな声をあげようとして――ハッと我に帰ると慌てて口をつぐみ、その言葉を飲み込んだ。

 

「ん? なんだ、どうした?」

「……いえ。別に、何でもないです」

 

 何度か軽く手櫛で鋤いて、隊長が乱した髪の毛を整える。

 精神的には男だとはいえ、髪がグシャグシャの状態で人前に出るのを恥じるくらいの美的感覚はあった。

 

 今の姿が普段の男のものではなく、一昔前のラノベに出てきそうな可愛らしい女の子だということもあって、普段よりも身嗜みには気を使わざるを得ない。

 別に俺がオカマだとかそういう話ではなく、断じてなく、もっと純粋な話として。

 やはり美少女を自分の手で可愛くするのは、楽しい。美少女は美少女らしく、可愛い状態でいて欲しい。そんな単純な、ピュアな欲望に基づく気持ちからの行動である。

 

 ちなみに、俺が口調を少女らしいものにしているのは演技ではなく、システムの補助だ。

 制作者側も異性のキャラクターでのプレイは予想していた、と言うよりもむしろそれを見越してゲームを作っていたようで、なんと『言葉を自動的にキャラクターの性別にあった口調に翻訳する』という変態機能がこのゲームには実装されていた。

 しかも性格や口癖といった細かなところまで調整可能で、それに応じて翻訳結果も変わり、しかも機能自体のオンオフも可能という、正に日本人とも言うべき気の入り様である。

 

 TSプレイ推奨ともとれるこのシステムは、もしかしたらプレイヤーの間でも賛否両論あるかもしれないが、俺としてはこれは大変ありがたい。

 何せふとした拍子に男言葉を喋って、美少女っぽい雰囲気を壊してしまうというようなことをせずに済むのである。可愛い自キャラを、美少女として色んな意味で愛でたい俺は、メニュー画面を開いてこのシステムに気がつくと同時にオンにしていた。

 

 で、それはともかく。

 

「……おっと。こんなところで長話してたら、いい加減怒られるな。

 んじゃま、私は司令のとこに任務の報告に行ってくるから、お前は自分の部屋にでも行って休んでろ。他の隊員達もそうしてるしな」

 

 会話の途中で、隊長はふと思い出したようにそう言うと、じゃあなと手を振りながら俺との会話を切り上げた。

 

 俺もそれに手を振り返し、滑走路から少し離れた場所にある建物――物々しい警備が配置されているところを見るに、あれが司令部なのだろうか――へと小走りで駆けてゆく隊長の背中を見送ると、グルリとその場で周囲を見渡す。

 

 

 任務を終えると、ちゃんと基地に帰投しなければならない。

 現実では当たり前のことではあるが、ゲームでは様々な問題でわざと省略されることが多いそのことを、このゲームは良くも悪くもちゃんと再現していた。

 

 あの後、俺にとってのチュートリアル戦闘を終えた俺達は、そこから基地まで飛んで帰らなければならなかった。

 つまり、戦闘が終わってリザルト画面が出ることも、唐突に画面が切り替わっていつの間にか基地に移動しているということもなく。戦闘終えた後にそのままの流れで、自分でちゃんと“飛んで”、基地まで戻らないといけなかったのだ。

 

 行きも帰りも自分の足で、というのは昔からゲームでは珍しくはなかったし、それはいい。問題だったのは、戦闘した場所から基地まで、俺が初めてで慣れない飛行をぶっ通しで続けなければならなかったことである。

 さすがにゲーム性を持たせるためにリアルのそれよりは大分短縮されているが、遠い距離を移動するのはこのゲームでも相応の時間をかける必要があるらしい。

 戦闘場所から、パ・ド・カレー近郊にあるカールスラント軍基地――隊長から聞いた話によると、ガリア軍が設営しかけで放置していたものを間借りして、急仕立てで整えたらしいこの基地まで、軽いランチなら平らげられるくらいの時間を必要とした。

 

 最初の興奮が薄れてきて、今更ながら自分が殆ど生身で空を飛んでいるという事実への恐怖が若干生まれてきた頃、ようやく俺達は基地に辿り着いて。

 着陸作業を終え一息吐いた俺は、ゲームで言う『拠点』となるであろう基地の様子を眺めて。よくぞここまで作り上げたものだと、ゲームの制作者達の努力と執念に内心で惜しみ無い称賛を送った。

 

『――班長ーっ、ボルトとナット持ってきましたー!』

『点呼を取る! 青中隊、一番から点呼ッ!』

『おーい、誰かエルンストの奴見なかったかー? あいつから頼まれたカスタマイズ、一応出来たからあいつに見て欲しいんだけど……』

 

 基地のあちこちで、たくさんの人間が動いている。

 

 忙しなく駆け回る整備兵や、格納庫の前に集まっているウィッチ達、何やらキョロキョロと辺りを見渡している技師。

 彼らは皆アニメ絵を可能な限りリアルにしたようなビジュアルで、そんなキャラクター達が人間と同じように動いている光景は、自分がアニメの世界にいるのだということを実感できる。

 基地の建造物や空、時折通り過ぎてゆく風なども非常にリアルに再現されていて、下手をすればこれが現実の世界なのだと誤認してしまいそうだった。

 

 まあ、いくら現実のようだとはいえ、本当に誤認されないようにもこういうゲームでは部分部分がわざとゲームっぽくシステム化されていたりするのだが。

 このゲームでのその一つ、特に現実から剥離した要素を頼ろうと、俺は『メニュー』という言葉を強く念じて――始めてから数を三つ数えないうちに、俺の視界に半透明のウィンドウが表れる。

 

《メニューを表示します》

 

 ――『ステータス』

 ――『スキル』

 ――『装備』

 ――『アイテム』

 ――『任務目標』

 ――『地図』

 ――『設定』

 

 七つの項目が記されたウィンドウが、俺の視界の左端に並ぶ。

 およそ視界の八分の一ほどが塞がれた形になるが、それ以外の部分は何もないままだし、塞いでいるウィンドウの方も半透明で後ろの視界が透けて見えるので、幸いメニューを表示したままでは動けないということもない。

 

 このメニューについては帰りの飛行の最中にチュートリアルで説明を受け、それから色々と確かめた結果、他のゲームとそう変わらないものだということが分かった。

 基本的に文字通りの機能がある、オーソドックスなものである。難しく考えなくても何となく分かるような、そんな難しい説明は必要のない仕様だ。

 

 俺はメニューの項目から『地図』を選び、数回操作してミニマップを表示させる。

 すると今度は視界の右下に小さなウィンドウがポップして、そこには今いる場所の周辺の簡易的な地図が表示されていた。

 

「……よしっ。とりあえず、これを見ながら私の部屋とやらに行ってみましょう、かね」

 

 そんなことを一人呟き、俺はもう一度念じてメニューを消すと、ミニマップを表示させたまま歩き始め。地図を見ながら、『自分の部屋』と地図上に表示されている地点へと足を運ぶ。

 

 ゲーム的に考えると、そこが俺の活動の中心となる場所の筈である。

 某大型動物狩猟ゲームの自宅のように色々と機能が付いていたりするのか、それともグランドでセフトがオートな某ゲームのように最低限より少しましな程度の機能があるだけなのか。

 何にせよ、自分の家のような場所はあるだけで精神的にも安心出来る。ゲームとはいえ、無条件で安らげる場所があるのはありがたかった。

 

 てくてくと、基地内の様子を見渡しながら歩を進めてゆく。

 時折すれ違う兵士に敬礼されたり、士官服を着た人間とすれ違う時には俺が相手に敬礼したり。訓練場や食堂、水浴び場など、基地内にある施設の前をついでに通ってみたり。

 色々と楽しみながら歩いていたうちに、目的地である建物――長い時間をかけて作られたものではない、プレハブのような簡易的に建てられた箱形を視界に捉えて、俺は早速その中へと入っていった。

 

「……ねね、知ってる? この前さ、パリが陥落したんだって」

「あー、私も知ってる。なんかガリアの政府が混乱してて、マトモにネウロイと戦えてなかったんでしょ?」

 

「じゃっじゃーん! 見てこれ、ヴィルケ少佐のプロマイドっ!」

「え、嘘、『スペードのエース』のっ!? ……いいなぁー。どうやって手に入れたのよ、これ」

 

 その建物は俺と同じウィッチ達が集まっているのか、中には十代の少女が数多く集まっていた。

 廊下で話し込む者や、部屋の中で楽しそうにお喋りしている者など多くの人間がいて、建物の中を歩くだけで色々な話が聞こえてくる。

 つまりここは、ウィッチ専用の宿舎か何かなのだろう。ウィッチが成人前の少女であることと、貞操を無くせば戦力でなくなってしまうウィッチの性質を考えると、こういう措置がとられるのは当たり前とも言えた。

 

 彼女達に時折耳を澄ませ、ふと目が合った少女と軽く挨拶を交わしながら、俺は自室の方へと進む。

 俺の部屋は建物の中程にあるようで、十人近くが一部屋で暮らす、所謂大部屋のようだ。マップの表示と見た限りの構造を比べれば、間違いない。

 

 修学旅行の学生のような扱いに、最初はつい眉をしかめたものの。軍曹という低い階級――それでも一般兵から見れば雲の上の階級だが、ウィッチにとっては最低階級である――を考えれば、個室なぞは寝言の域であろうと思い直す。

 軍隊は共同生活であり、集団生活であり。今も昔も兵士は同じ部屋で眠り、同じ釜の飯を食べ、同じ水で背を流すのである。

 ウィッチであってもそれは同様で、日常生活でも仲間と絆を深め合うべし……ということなのだろう。

 

「……っと。ここね」

 

 その部屋の前へと辿り着いた俺は、その扉の前で足を止め。んん、と喉を鳴らして通りを良くし、スーハーと数回深呼吸する。

 中からは話し声が聞こえ、部屋に人がいるということを示している。内容はくぐもっていて聞き取れないが、何やらワイワイと賑やかそうな雰囲気を持っていた。

 

 その中にいるであろう人間とは、キャラクターの設定的には初対面じゃないかもしれないが、精神的には初対面である。

 日本人としてはどうしても、知らない人間とのファーストコンタクトを出来る限り良くしようとする気持ちがあった。

 

 心構えを終えると、俺は目の前の扉をコンコンと数回ノックする。

 一瞬の間の後、中からはどうぞという返事が返ってきて。それを聞いた俺は、「失礼します」と口にしながら、扉を静かに開けて――――

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ、や、やぁっ!? やめて、そんなとこ触らないでくださいぃーーー!」

「うへへー、よいではないか、よいではないかー。女の子同士なんだからさー、おっぱい揉み合うくらい挨拶だって挨拶ー」

「そんな挨拶、ミュンヘンじゃ聞いたことないですよぉーーーーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――無言で、扉を閉じた。

 

 

 




原作キャラのこの時期の動向があまり定かじゃないのが辛い。エーリカとバルクホルンとかこの時期何処に居たん……?

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