ストパンのVRゲームでウィッチになる話   作:通天閣スパイス

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※御指摘を受け、隊長の名前を変更。ゴロプが既に居たとはこの海のリハクの目をもってしても以下略


???

 小さな部屋の中に、執務机と申し訳程度の装飾があるシンプルな個室。

 その中で一人無言で書類仕事を片付ける、少女の姿があった。

 

 カリカリと、ペンを走らせる音が部屋の中に響き渡る。

 時折その音が途切れ、悩むようにペンをくるくると手で回している彼女の姿は、あまりそのような仕事に慣れていないことの表れだろうか。

 事実、少女――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケが事務仕事に関わるようになってから、まだ一年も経っていない。未だに慣れない上の人間としての責務に、ミーナはどうしても余計な疲れを覚えてしまっていた。

 

 はぁ、と溜め息を一つ。未処理の書類の山から新しいものを一枚取りつつ、彼女はその顔に疲れを滲ませる。

 慣れない仕事もそうだが、現在の戦況の悪さが気持ちの下降具合をさらに加速させていた。

 

 カールスラントからの撤退作戦は今のところは上手くいっているとはいえ、先日入ってきた情報では既にパリが陥落したらしい。

 ネウロイの進撃でガリアが混乱していることは知っているが、首都が簡単に落とされるほど組織的な混乱をきたしているとは、彼女も思っていなかった。

 ガリア軍は決して弱くはない。嘗て『ラ・グランド・アルメ』と名乗った彼らは欧州の地を踏み荒らし、人類史に残る大英雄であるナポレオンと共に世界に覇を唱えていた。

 その時ほどの勢いは無いものの、今でもガリアは欧州屈指の強国の一つだった。軍も精強で、ネウロイに対抗するための有用な戦力となる――戦争が始まるまでは、誰もがそう思っていたことだろう。

 

 しかしいざ蓋を開けてみれば、政府の混乱がそのまま軍にも影響を及ぼしてしまい、彼らの防衛戦が絹を裂くように易々と破られるという大失態を犯しているのだ。

 しかも軍を統制するべき政治家、及び軍の上層部は防衛戦が破られると国外に逃亡、守るべき祖国と国民よりも自分の身を第一にした人間が多いという。亡命政府が現時点で三つに分かれているという時点で、ガリアの組織力の低さは見るにも明らかなものだった。

 

 噂ではド・ゴールという将軍がなんとか残存兵力を纏めようとしているらしいが、最早ガリアの失陥は時間の問題だろう。

 遂行中の撤退作戦の作戦領域にガリアの一部が入っているカールスラントにとって、そのニュースは他人事には出来ない。最悪、いや間違いなく、これからの作戦に支障が出てくるはずだ――ミーナの思考は、つい鬱々としたものになってくる。

 

 そんな彼女の耳に、コンコン、と扉をノックする音が届いた。

 彼女は軽く頭を振って気持ちを切り替え、どうぞと扉の向こうの相手に入室を許可する。すると直後、扉がガチャリと開いて。

 

「――失礼します! ヴァルブルガ・ダール中尉、任務の御報告に参りましたっ!」

 

 ハキハキした声で話しながら、一人の少女が部屋に入ってきた。

 

 中尉の階級証を着けたその少女を見て、ミーナは強張っていた表情を少し緩める。

 ヴァルブルガ・ダールという名の彼女はミーナが率いるJG3の一員であり、中隊の長を務める優秀なウィッチである。カールスラント軍の再編成でJG3に来てからの関係ではあるが、友人と言っていい関係を築いている彼女の姿を目にして、ミーナの心は小さな安らぎを覚えた。

 

 とはいえ、今は軍務中である。

 ミーナは真面目な表情を保ったまま、グレーテに対して報告の詳細を求めた。

 

「はっ、報告致します! 第3戦闘航空団第2飛行大隊第4中隊、ヴァルブルガ・ダール中尉以下六名、任務より無事帰還致しました!」

「ご無事で何よりです、中尉。損害と戦果の報告を」

「は。損害は軽微、怪我を負ったものも居りません。作戦目標である小規模ネウロイ群は殲滅、私が撃墜数二、マリーが一、クリスタとアデーレが共に二を、初陣のフランツィスカ・ヴェラ軍曹が一を数えています」

「分かりました、後程軍功を記しておきます。

 では、第4中隊は別命あるまで待機。当基地内にて心身の休養に努めていてください」

「はっ! 了解しました、司令官殿!」

 

 ビシリ、とヴァルブルガが敬礼をして、一連の形式ばったやり取りが終わる。

 するとそれを合図とするかのように、ミーナは表情を崩して溜め息を吐いて。それを見たヴァルブルガも、真面目な雰囲気を軽いものに変えた。

 

「……ミーナ、どうした? いきなり溜め息なんか吐いて」

「ああ、えっと……ごめんなさい。最近どうにも疲れが抜けなくて、ね」

 

 二人の様子は実にフレンドリーで、気のおけない仲と形容すべきものである。

 階級の開きはあるとはいえ、年が近いこともあるのだろう、二人は正しく友人であった。

 

 疲れた様子を見せるミーナを見るヴァルブルガの目からは、本心から心配する気持ちが感じられる。

 ミーナは大丈夫だ、と口を開きかけて。……彼女になら愚痴を言っても大丈夫かと、口に出す言葉を変えた。

 

「まだ司令官職に慣れてない、ということもあるのだけれど。最近の戦況を考えるとね、どうしても、その……」

「気が滅入る、か?」

「……パ・ド・カレーはガリアの北部なのよ? パリが失陥して、亡命政府の一つがヴィシーに移った以上、北部ではガリア軍の抵抗はそう強くないでしょう。

 となるといずれ、北部へのネウロイの侵攻が本格化した時、我々が主として応戦しなければならない……。この地からカールスラントの民と兵が一人残らず逃げおおせるまで、何としてでも食い止めなきゃいけないんだもの」

「……撤退が間に合わないのか?」

「正直ギリギリね。作戦の予定が遅れてるわけじゃないけど、パリの失陥が早すぎるわ。

 ネウロイの攻勢を一時的にでも止めるため、大規模戦闘の一回くらいはあるかもしれない……そんなところよ」

 

 ミーナの言葉に、ヴァルブルガは苦々しい表情を浮かべる。

 ダイナモ作戦――カールスラントが総力を挙げて実施している、欧州からの撤退作戦。

 本国機能を移している南リベリオンのノイエ・カールスラント、立地故に未だ戦禍が及ばないブリタニア。国民をそういった安全な後背地に避難させ、軍も一度一息吐かせる。

 カールスラントの未来がかかったその作戦が、現在進行中である。

 

 万が一にも、失敗するわけにはいかない。失敗すれば国として致命的なダメージを負うだけではなく、カールスラント皇帝の言葉にも反することになる。

 故に、何としてでも作戦は成功させなければならない。それはカールスラント軍人にとっての共通意識であり、人一倍国への忠誠心が強いヴァルブルガはその意識も強かった。

 

「まったく、どうにも暗くなる話だな……。軍人の責務とはいえ、それでどれだけの奴がヴァルハラに行くのやら」

 

 そのため、彼女がその戦闘自体を忌避する様子はない。ただ当たり前のこととして、悲観的な現状を受け入れている。

 それでも人死には出来れば少なくあってほしいのだろう、彼女の声は重い。目を一文字のように細めて、憂いの感情を表に出していた。

 

「そうね、本当に。何か気の紛れるニュースでも入ってこないかしらねぇ……」

 

 机の引き出しの中からチョコレートを一つ取り出し、それを口に含みながらミーナは言う。

 軍からの支給品、ベルギカで作られるようなものと比べれば遥かに劣るものではあるが、気持ちを安らげる嗜好品としては十分な味だ。

 時折少量が支給されるチョコレートを、ミーナはここ最近愛用するようになった。ストレスを和らげる方法の一つとして、チョコレートの甘味を頼っている。……後で体重計に乗るのが恐怖になりつつあるのを、そっと見ないふりをして。

 

「……あー。いいニュース、ね。新入りが意外と掘り出し物かもしれない、というのはどうだ?」

 

 少々考えを巡らせた後、ヴァルブルガは絞り出すようにそう口にした。

 無理矢理言った、という感が強い言葉ではあったが、ミーナの興味を引くには十分だったらしい。視線を向けてきた彼女に、ヴァルブルガは言葉を続ける。

 

「ヴェラ軍曹なんだが、狙撃の才能がありそうだ。今回の任務、あいつは初陣だったんだが、あまり緊張を見せなくてな。落ち着いて銃を構えて……200メートルくらいかな、綺麗に敵を撃ち抜きやがったんだ」

「200メートル? それはまぁ、凄いとは思うけど……偶然じゃないの?」

「いや、二発撃って二発とも小型のネウロイに叩き込んだ。ありゃ間違いなく狙って撃ってるよ」

 

 ふむ、と。ミーナはその話を聞いて、暫し考え込む。

 

 200メートルという距離は、狙撃を専門にする者ならさして難しい距離ではない。しかし素人が簡単に狙えるほど優しい距離でもまた、ないのだ。

 ミーナの元に上がってきている資料を見た限りでは、フランツィスカ・ヴェラ軍曹は最低限の訓練を施されただけの徴用組である。

 ネウロイの侵攻による時間的な制約で訓練過程を削らざるを得なかっただけではあるが、それでも訓練学校でキチンとした教育を受けた者達と比べてしまえば、徴用組は戦力としてはどうしても劣ってしまうのが一般的だった。

 卒業後はいきなり少尉任官で軍務に就くエリートと比べるのは可哀想だとも思うが、残念なことに軍は現実主義者達の集まりである。戦力を補充するなら少しでも使える方がいいと思うのは、至極当然のことだった。

 

 事実、ミーナもフランツィスカ・ヴェラにはあまり期待していなかった。

 別に切り捨てていたわけではないが、エース級に育つとしても後々のことだろうと、現状の戦力としてはチェスで言えば兵士程度の期待しか持っていなかったのだ。

 しかし、グレーテの話が真実ならば。狙撃手としての使い道があるのならば、彼女の有用性は跳ね上がる。

 

 年頃の少女に対する扱いとしては酷だとミーナも思うし、そのような観点で考えてしまう自身の冷静な部分につい自己嫌悪してしまうが。それでも軍人として、ミーナはある種冷酷にならざるを得ない。

 

「……ヴァル。ヴェラ軍曹の今の腕前、確かめたいのだけれど」

 

 自分でも驚くほど平静な声で、ミーナはそう告げる。

 ヴァルブルガはそれに快く承諾を示して――ふと窓から見える外の風景を見て、驚いたように目を見開いた。

 

「どうかした?」

「いや、外でヴェラ軍曹が走ってきてるのが見えてな。丁度いいタイミングだ、今呼ぼう」

 

 そう言うが早いかヴァルブルガは窓へと近づいて、ガラリと開けて身を外に乗り出す。

 

 ミーナもつられて視線を向けると、司令部脇の広場になっている空き地で、一人の少女が息を整えているのが見えた。

 直接の面識がないミーナには分からなかったが、おそらく彼女が件のヴェラ軍曹なのであろう。事実、ヴァルブルガが彼女に向けて「ヴェラ軍曹」と言った呼び掛けに、彼女は少し慌てた敬礼で答えた。

 

『は、はいっ! 何でしょう、隊長っ!』

「丁度よかったー! お前、暇だよなー!」

『え? あ、はい、用事はありませんがー!』

「よーし、そこで待ってろー! ついてきてほしい所があるー!」

『了解しましたー!』

 

 少し離れていたために大声でのやり取りとなった会話を終えて、ヴァルブルガは窓を閉めつつ背後のミーナに振り返った。

 唖然、という言葉が一番近いだろうか。事態の進展の早さに驚いている彼女に、ヴァルブルガは笑って声をかける。

 

「と、いうことだ。私はちょっと訓練場に行ってくるが、お前はどうする?」

「え? ええ、そうね……。緊急の書類もないし、私も一緒に行くわ」

「よーし、そうかそうか。……なあ、ヴェラ軍曹がどれくらいの距離まで出来るか賭けようぜ」

「……軍務中よ、ダール中尉」

 

 堅いねぇ、とクスクス笑うヴァルブルガを横目に、ミーナは再び溜め息を吐く。

 しかし、先程までのものとは違い、その口元は薄く笑っているようにも見えた――――――。

 

 

 

 

 




裏で起きているかもしれない話。現実かもしれないし、そうじゃないかもしれない。いやゲームだけど。

いやあ、ストライクウィッチーズの設定は何か楽しくなるものがありますね。牟田口とか石原莞爾とか出したい。補給には牛を使えばいいんですねーやったー!

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