本体と別れて、数日が過ぎた。
ここ数日で、分かった事がある。
なんとこの体、食事、睡眠が必要無かったのだ。
それどころか呼吸すらしていなかった。
改めて私は、本体ではないのだと実感した。
私の住んでいたブエナ村から、一番近く大きい都市は、ロアの町だ。
最初はすぐにでもそこに行って情報収集を始めようと思った。
だが、私には馬車に乗るお金も無かった。
この時期は餌を求めて魔物がウロウロしている。
魔術の使えない私はボロ雑巾の様にズタズタにされる自信がある。
いや、使えない事は無いか。
魔力消費が無いので、私を構成する魔力から魔術を行使できる。
中級魔術を同時発動しただけで今の私は消えてしまうがな。ははは……はぁ。
そうして、村から離れられない私は、ブエナ村の森に居た。
ここならロールズさんが見張ってくれているし、ブエナ村の住人に見られることも無い。
私は首に掛けていたペンダント型短剣を手に取る。
それはパウロに誕生日のお祝いで貰ったもの。
そして、パウロが知り合いに作ってもらった世界に唯一つしかないもの。
私が私である唯一の証明だ。
あのとき、本体の首にペンダントは掛かっていなかった。
無意識化で私に渡した方が良いと判断したのか、それはわからない。
だが、私ならそれくらいはできるだろう。
「――っふ!」
森の木に向かって短剣を振るう。
魔術で全身の魔力を循環させ、身体能力を飛躍的に向上させた一撃。
木には深い傷がつくが、倒れるほどではない。
切れた断面を見れば、ガタガタと波打っていた。
パウロがやったなら、綺麗な断面で、こんな木など簡単に切り倒してしまうだろう。
こんなことになるならパウロに少しでも剣術を習っておけばよかった。
いや、習っていたら魔術の習得が遅れていたか。
フィットア領は他の領と比べ、弱い魔物しか出ない。
私の実力でも勝つことは可能かもしれない。
だがそれは、あくまで私が戦えたらだ。
一度、パウロに連れられて、ルディと一緒に魔物を見に行ったことがある。
パウロは華麗な剣術捌きで、素早いターミネートボアとアサルトドッグを倒していた。
その姿にはとても感動と尊敬の念を覚えたが、同時に恐怖も覚えた。
「おい、そこで何をしている」
一体だったら何とかなると思うが、初戦であの群れにあたったら、私は冷静に対処できる気がしない。
この先であの群れに遭遇する可能性を考えたら、此処で鍛錬するしかないのだ。
「……こんな小娘をこんな森まで、まったく……はぁ」
「ん?」
何やら声がしたと思い後ろを振り返ってみると、美形の金髪エルフがいた。
どことなくシルフィの顔立ちに似てる気がする。
あぁ、ロールズさんだ。
「こんにちは、ロールズさん」
「私の名を知っているのか? 何処の家の子だ?」
あ、私ロールズさんと一度もあった事なかったわ。
というかやばくないかこれ。
グレイラットの娘って言っても本体が向こうに居るし。
一人旅をしている子供って言えばいいか?
いやそれだったら名前を知っているのがおかしい。
もし聞かれたら此処に来る時に聞いたって言えばいいか。
だが本体に会ったら顔同じだし、色々とまずいことになる。
地味に詰んでて笑えない。
「ヴァティっていいます。一人旅をしている小娘です」
「……一人旅かい? その年齢で?」
「ははは、これでも魔術の腕はあるんですよ」
思いっきり制限掛かってるけどね。
「森は魔物が出る。見た所剣の鍛錬をしていたようだが、それなら安全な所でやった方がいい」
「ははは、そうですね。そうさせてもらいます」
よし、何とかなったな。
いや顔を見られた問題は何ともなっていないが。
ロールズさんに護衛されながら森を抜けると、遠くから誰かがやってくる。
「あ、サラっ! お父さんも!」
シルフィよ、世の中にはタイミングというものがあるんじゃよ。
……仕方がない、現代日本で鍛え上げた私の本気を少し出すとしよう。
「ルフィ、ヴァティと知り合いなのか?」
「え? うん! この子が私の初「この街に来てから初めてなったお友達です」
「そうか? もう三人も友達が居るんだな。ルフィ偉いぞ」
「えへへ。三人? 二「少しシルフィと遊んできてもいいですか?」
「あ、ああ。ルフィ、気をつけるんだぞ」
は、はぁ。恐ろしい。
シルフィ心臓に悪すぎるから私の墓穴を勝手に掘らないで。
「サラ、前に会ってから全然話してくれないよね」
むくれた顔でシルフィが呟く。
確かにルディがシルフィを家に連れてきたときも、魔術を教えるという約束をルディに押し付けて、殆ど話していなかった。
シルフィが家に来るのは稀なので、あれから本体の私とも会っていないのかもしれない。
「ごめん。今日からいっぱい話そう?」
「ほんとに?」
「あ、ルディと一緒に居る時は話しかけないでね。秘密の関係よ」
「かっこいい……」
子供は秘密という言葉に弱い。
現にきらきらした眼で私を見てきている。
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私は、原作にはあまり関わらないようにしている。
下手に関わると原作乖離が起こり、人神に勝てない未来に来てしまう可能性があるから。
しかし、シルフィに多少魔術を教えた所で、何かがそれほど影響するわけでも無いだろう。
それから何週間か、ロールズの昼ご飯を持ってくるシルフィと一緒に魔術で遊んだ。
まあ私はそれ以外の時間、文字通り寝る間も無く、ひたすら短剣の鍛錬をしていたが。
しかし、いつまでも此処に居たせいで、ロールズに心配され始めた。
ので、仕方なく私はロアの街に出発することにした。
シルフィは名残惜しいが、私の使命は世界の情報収集だ。
いつまでもこの場所にいることはできない。
後は本体に任せるとしよう。
翌朝、ロールズさんに一言告げ、ブエナ村を出た。
道中アサルトドッグに襲われたり、サンドワームやトゥレントに襲われたりしながらも、数週間寝ずに歩き続け、ロアの町に辿り着いた。
体は問題ないが、精神疲労が蓄積されたせいか、辿り着いたと同時に倒れてしまった。
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目が覚めたら部屋の中。
無事にロアの町の中に入れたようだ。
正直検問を潜り抜けるにはこれしかなかった気がする。
私が目覚めたのを知って、門番の方が事情を聴いてきた。
食べ物に困って一人旅をしていて、ロアの町は仕事が沢山あると聞いたのでここまで来たが、遂に心身共に疲れ果てて門の前で倒れたという話をしてやった。あながち間違っていない。
魔物に何度も襲撃され服もボロボロになっていたのが信憑性が高かったのだろう。
門番の兵士はとても同情してくれて、着替えの服と食事、アスラ大銅貨を二枚くれた。
滅茶苦茶感謝した。
彼が居なかったら私はボロボロの服で仕事を探す羽目になっただろう。
……でもそれと引き換えに、人として大切な何かを失った気がする。
前世で最上級の教育を受けていた私は、簡単に仕事を見つけることができた。
早朝の誰もやりたがらない土方の仕事だ。
当初の予定と違い、全然教育に関係のない仕事に就いた。
だが、身体強化を併用しながらの運動は、効率の良い体の動かし方を教えてくれた。
私は時間に関係なく常に体の状態は万全だし、体が怪我した傍から治癒魔術で治しているのでこれ以上に最適な仕事はない。
土方の仕事仲間は最初私を馬鹿にしていたが、人の数倍の速度で仕事をする私に、だんだんと親しみを持って話しかけてくれるようになった。
その中の一人に、水神流上級を扱える御仁が居たのが幸いだった。
仕事の合間に剣を教えて貰い、水神流初級までは何とかものになった。
身体強化を併用すれば、なんとか中級に食らいつけるといったところだろうか。
そんな毎日を送りながら、世界の情報を収集した。
世界中の気候や情勢など、本体の私に必要だと思った情報を集め続けた。
そういえば、転移事件の時、赤い珠が上空に出現していたことを思い出した。
探してみた。
町長の屋敷の上空に、赤い珠があった。
うん、それだけ。
解析魔術で下手に刺激したらどうなるかわからない。
それにこれを解決するのは本体の仕事だ。
私は転移事件が起こった時、この場所から離れておく事しかできない。
私の体は魔力で構成されている。
巻き込まれたら真っ先に純粋な魔力に分解されてしまうだろう。
それに、ルディにこの町で鉢合わせするわけにもいかない。
七歳になったら別の、そう、ラノア王国にでも行こう。
そしてサラスヴァティ・グレイラットの名でラノア魔法大学で特別生になれば、魔術の勉強ができて、学費も要らない。本体に戻っても使う事ができる。
無詠唱で中級魔術まで使えるんだから、入れはするはず。
推薦は……うん、その時になったら考えよう。
あれ、私って今、本体より今生を満喫してる??
本体は夢があるが、原作に縛られる。
私は夢がないが、目的があり、消えるまで自由に人生を謳歌できる。
今なら本体に、少しだけ感謝できそうだ。
『おっ、ヴァティが来たぞぉ!』
「今日もいっちょ、やりますか!」
『『『『オォー!!』』』』
――転移事件まで、あと三年。