ボーカロイドソング二次小説集   作:PlusⅨ

16 / 42
荒野の決闘~芸者vs二枚目の扉~

 荒野に赤い太陽が昇って行く。

 

 ジリジリと熱され始めた大地は、夜の間にため込んでいたわずかな水分さえもたちまち蒸発させていく。

 

 岩の上で涼みながら寝ていたトカゲが、慌てて日陰へと逃げて行った。

 

 乾いた風が吹き、今日もダンブルウィードが元気に転がって行く。

 

 ルカは例の家の前に立ち、目の前を転がって行くダンブルウィードを眺めていた。

 

 ダンブルウィードは風任せに太陽の方向へと転がって行き、やがて、太陽を背に歩いてくる人影の前でその動きを止めた。

 

 しゃなり、しゃなりと歩いてくるその人影。

 

 黒染めながら金襴緞子がさりげなく散らされた品のよい詰袖に、緋色鮮やかな帯、島田髷に結いあげたその髪には銀のきらびやかな簪に、象牙の櫛、そして純金のスケルトンキー。

 

 豪華絢爛にして優雅、華麗にしてまた優美、その姿には荒野の埃まみれの風さえも彼女を汚すことをためらうかのようだった。

 

 事実、彼女の目の前に停まっていたダンブルウィードは、どういう風の吹き廻しか、彼女が近づくとまるで恐れおののき道を開けるかのように、横へと転がって行った。

 

 彼女――芸者はダンブルウィードなどには目もくれず、しゃなり、しゃなりと淑やかな足取りでルカの目の前まで歩み寄った。

 

「お久しゅう、ルカはん。わざわざのお出迎え、いたみいりますぇ」

 

「メイコ…さん」

 

「あら、そんな他人行儀な呼び方せんといてやぁ。昔のように“めい姐さん”て呼んでおくれやす」

 

 メイコはそう言って、袖で口元を押さえながら、その美しい目元に妖艶な笑みを浮かべた。

 

 ルカは、その笑みに対して苦々しげに顔を歪めた。

 

「私はっ……もう芸者じゃないっ!」

 

「そうどした。芸者に上がる前に辞めてしもうたんやったなぁ。ほんま、もったいなかったですぇ。ルカはんほど可愛い舞妓はん、ほかにはおらへんかったんに」

 

「私は昔話をするためにあなたを呼んだわけじゃないわ」

 

「あら、つれへん言葉やわぁ。わっちはルカはんと会うのを楽しみにしとったんですぇ。積もる話もいっぱいあるのに……」

 

「扉を開けてもらいたい。私があなたを呼んだ理由は、それが全てよ」

 

 ルカの言葉に、メイコの目元から笑みがスゥっと消えた。

 

 かわりに浮いたのは、冷たく鋭い、圧力さえ感じるような深い静けさ。

 

 ゾクリ、とルカの背に悪寒が走った。思わず目を逸らしてしまいかねないような迫力が、その目には込められている。

 

 足が震えそうになるのを必死に堪えながら、ルカは相手の目を見返した。

 

「……ルカはん。ガンマン、忍者、侍までそろって扉ひとつ開けられなかったんですかぇ?」

 

「言い訳するつもりは無いわ。私たちの力ではどうしようもなかった。…あなたの力が必要なの」

 

「かつて袂を別った相手に頼るなんて、ガンマンの誇りはどこへ行ったんですぇ?」

 

「あなたのもとを去った事は後悔していない。いつかあなたを追い越して見せると誓った覚悟も揺らぎはしない。でも……この扉が開かなければ明日は無いの。もう、私ひとりのプライドの問題じゃないのよ」

 

「己の弱さを認めるんですかぇ?」

 

「ええ。だから、お願い。あなたの力を貸してほしい。私の為じゃ無く、他のみんなのために、あの扉を開けて欲しいの」

 

 ルカはそう言って、テンガロンハットを脱ぐとそれを胸に当てて、頭を下げた。

 

 メイコの鋭く冷たい目が、しばしそのルカの姿を映していたが、やがてその目元がフッと和らいだ。

 

「よござんす。その依頼、確かに承りました」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

 顔を上げたルカを、メイコは優しい目で見つめていた。

 

「ルカはん。この世にはね、三種類の人間がいるんですぇ。ひとつめは己の強さを過信する者。ふたつめは己の弱さに甘える者。みっつめは己の弱さを知りながら諦めない者。ルカはん、あなたはようやくみっつめに到達したみたいやね」

 

「私は…いつかそれさえも超えて、あなたに並んで見せる」

 

「ええ、楽しみにしとりますぇ。あなたのその成長した顔を見ることが出来ただけでも、ここまで足を運んできたかいがありましたわぁ」

 

 メイコはそう言って、笑みを浮かべつつ、しゃなりしゃなりと家屋へと足を運んで行った。

 

 家屋の陰に隠れながら外を窺っていたミクとがくぽが、慌てて家の奥へと引っ込んで行く。

 

「ミクはん、がくぽはん」

 

「「は、はいっ!?」」

 

「お二人とも“安月給”やの“厄年”やの“傲岸不遜”やの好き放題言ってくれ申したなぁ」

 

「ちょっ…え、なんで?」

 

「拙者、そんなこと一言も――」

 

「酒場のマスター締め上げたらあっさり白状しましたえ」

 

「「ひぃっ!?」」

 

「本当ならたっぷりしごいてあげたいところやけれど……まぁ、今日のところはルカはんに免じて見逃して上げますぇ」

 

 メイコの極上の笑みに、忍者と侍は部屋の隅で抱き合いながらガタガタと震えた。

 

 というか、なぜマスターが問答無用で締め上げられているのか、それが一番恐ろしい。

 

 メイコは二人から目を逸らすと、ついに問題の二枚目の扉と対峙した。

 

「ふふ、これは大した相手だこと……」

 

 メイコがそう呟いた瞬間、家屋内の空気が一瞬にして張り詰めたものに変わった。

 

 決して開かない二枚目の扉と、凄腕の芸者。

 

 言い換えるならこれは、達人と達人の立ち合いだった。

 

 二枚目の扉は動かざること不動明王のごとし、重厚なる貫禄を持って、相手の出方を窺っているようだ。

 

 どんな手を打ってこようとも全て凌ぎきる自信に満ち溢れた姿だった。

 

 対する芸者は、内股気味にすらりと立って、身体を僅かに右に捻り、左手で胸元の合わせ目をつまみ、右手の袖で口元を隠し、小首を捻って流し眼を扉にくれるその姿は、小股の切れ上がった良い女とはまさにこの事かと、妖艶な色気を放っていた。

 

 来るなら来いとばかりに立ち塞がる二枚目の扉に対し、悩ましい艶姿で相手を誘う芸者の構え。

 

 見守るルカ、ミク、がくぽの前で、両者は身じろぎ一つしなくなった。

 

 両者ともに相手の出方を窺っている。ルカはそう見てとった。

 

 これは、先に動いた方が負ける。

 

 恐らく、勝負は一瞬で決着がつくだろう。

 

 この対峙によって部屋の中は、見ている三人でさえ呼吸を忘れるような、すさまじい緊迫感に包まれた。

 

 そのまま、いったいどれほど時間が過ぎただろうか。

 

 一分、十分、いや一時間……本当は数十秒に満たなかったかもしれないのに、見守るルカたちにとってその対峙は永劫に続くかと思われた。

 

 張り詰めていた糸が切れるように、均衡は突然破られた。

 

 先に動いたのは、メイコだった。

 

 彼女の胸元を抑えていた左手がそのまま懐に射し込まれると同時に、彼女の身体が流れるように扉へと向かった。

 

「見切りましたぇッ!」

 

 メイコの左手が懐から何かを掴みだし、それを扉に向ける。

 

 しかし、その扉に向けた先にあったのは――

 

――鍵穴。

 

「いけないっ!?」

 

 ルカは思わず声を上げた。

 

 施錠機構はあの扉が見せているあからさまな弱点だ。

 

 それはすなわち、相手を誘うための罠に他ならない。

 

――芸者、破れたり。

 

 ルカは、そんな空耳が聴こえたような気がした。

 

 だがそんなルカの思いとは裏腹に、メイコの左手は止まることなく鍵穴へと伸びていく。

 

 二枚目の扉はしてやったりとばかりに堂々とした態度でそこにそびえ立っていた。

 

 メイコの左手にあった物が、ついに鍵穴に差し込まれた。

 

 だが、鍵穴はガチャリとも音を立てなかった。

 

(そんな、メイコが、負けた――!?)

 

 鍵穴に左手のモノを突き刺したまま、ピクリとも動かなくなったメイコの姿に、ルカは絶望感に襲われた。

 

 だが、しかし、

 

「あまり芸者を舐めていると、痛い目あいますぇ?」

 

 メイコの左手に握られた金属缶が、静かな音を立てていた。

 

 その金属缶にはストローのような細長い管が付いていて、その先端が鍵穴に差し込まれている。

 

 しゅー、という微かな音と共に、鍵穴から潤滑油が溢れ出た。

 

 メイコはしばらく鍵穴に油を差すと、右手でドアノブをガチャガチャと廻し、それから少しだけ手前に引いた。

 

 ガチャコン、と音を立てて、二枚目の扉が数センチだけ動いた。

 

「ほい、開きましたぇ」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 考えてみれば、表面なんか錆でいっぱいな訳で……

 

 そうなると当然、施錠機構だって錆びていると考えているのが自然なわけで……

 

 ちなみにどんな単純な仕事でも、依頼した以上、報酬と言うのは常に発生するのが世の常識というもので……

 

「ほな、報酬はスイス銀行に振り込んどいておくれやす」

 

 メイコはルカに請求書を一枚渡すと、しゃなりしゃなりと歩いて、さっさと帰って行ってしまった。

 

 ルカは手元に残った請求書に目を落とす気にもなれなかった。

 

 〇がやたらたくさん並んでいた気がするが、これはきっと記号の丸であって決して数字の0では無いと思いたい。

 

「まぁ、それはともかく」

 

 ルカは半ば現実逃避気味に二枚目の扉に向き直った。

 

 あの不動明王のごとき威容を誇っていた二枚目の扉も、芸者にすっかり骨抜きにされ、今ではテラッテラッに脂ぎった中年のおっさんぐらいの威厳しかない。

 

 わずかに手前に引かれた数センチの隙間から、光が差し込まれ、家屋内に立ち込めていた黒い不安も何処かに霧散していた。

 

「わぁ、明るい……」

 

 いつの間にかミクが傍に立ち、二枚目の扉から漏れ出る光に目を細めていた。

 

「まるで夜明けの光の様でござるな……」

 

 がくぽも目の上に手でひさしを作りながら、穏やかな口調で呟いた。

 

「ええ、本当に暖かい光ね……」

 

 今までの苦労全てが洗い流されていくような、そんなきれいな光だわ、とルカは思った。

 

 叶うならばこの手にある請求書の数字も消してくれないかしら。

 

 三人はしばし光を眺めながら感慨にふけっていたが、やがて、誰からともなくお互いの顔を見合わせ始めた。

 

「そろそろ開けましょうか」

 

「はい♪ でも、だれが開けますか?」

 

「三人そろって開けるのはどうでござろう?」

 

 がくぽの提案に、ルカとミクももちろん賛成した。

 

 

 辛いこともあった。

 

 

 悲しいこともあった。

 

 

 怒りと悔しさに涙をこぼしたこともあった。

 

 

 それでも、いつだってこの三人で乗り越えて来た。

 

 

 そして、ついにここまで来た。

 

 

 三人はドアノブに手を重ね、そして、

 

 

「「「せーのっ」」」

 

 

 二枚目の扉が音を立てて、家屋の中に眩い光を差しこめた。

 

 

 開いていく二枚目の扉。

 

 

 その光の向こう、そこには………

 

 

「………!」

 

 

「………!」

 

 

「………!」

 

 

 ああ、そこには――

 

 

「………!?」

 

 

「………!?」

 

 

「………!?」

 

 

 網戸がしっかり張っていた。

 

 

 網戸を通じて涼しい風が家の中へと渡ってきて、三人の髪を優しく撫でた。

 

 

 そうか、これなら夏場も涼しく過ごせるわね。

 

 

「え~っと、ルカさん?」

 

「これはいったいどういう…?」

 

「知るかよ、ググれカス!!」

 

 やり場のない怒りを感じたので、手近の侍にダブルラリアットかましたった。

 

 

――了――




……なぜ書いたし(_ _|||)

曲の魔力にやられました。今は後悔している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。