腕立て伏せをやろうが、スクワットしようが、また腕立て伏せをやろうが、別に命までとられるわけじゃない。
死んでないならさっさと動け、ということで僕たちはフラフラになりながら午後の教務を受けに、講堂へ走る。
108人が四つのグループに分かれ、それぞれの講堂に駆け込んだ。
朝から晩まで、食事の時間と教務を受けている時間だけが、僕たちが腰を下ろせる時間だ。ちなみに居住区に椅子はない。
こんな疲れ果てた状態で座学を受ければ、すぐにでも睡魔に襲われそうだが、そんな真似をすればまた地獄を見るのは確実だ。
もちろん、それは自分一人の問題じゃない。
僕の目の前で、歌太音ピクオがうたた寝を始めたのに気付いて、その隣の亞北ネロが慌ててその肩を小突いていた。
午後の教務が終わった後は、休む間もなく自主訓練が始まる。
白い制服から紺色の作業服に着替えた僕たちは、グラウンドに小銃を持って整列する。
「まわれ、右!」
「前へ、すすめ!」
小銃を肩に担ぎ、足並みをそろえての行進訓練。
ただ歩くだけの訓練だが、列をそろえ、肩に担ぐ小銃の角度を合わせ、歩調を合わせ、手のふりまで合わせるというのは、やってみると意外と難しい。
小銃を肩に担ぐ動作、肩からおろす動作もすべて決まっていて、それも全員で合わせなくてはならない。
重さ4.3キロの小銃を、何度も上げ下げする。
夕方。
自主訓練を終えて学生館の居住区に戻ると、僕らのベッドがまたぶっ飛んでいた。
台風一過。
愚痴をこぼす暇もなく、ベッドの復旧に取り掛かる。
でも昼休みと一緒で、食事にもいかなければならないし、さらに入浴もしなくちゃならない。
そして極め付け。
「また幹事付から集合命令だ。時間は1840(午後6時40分)。場所は中央ホール。制服の点検があるぞ!」
がくぽが叫びながら廊下を走ってきた。
各居住区から悲鳴が上がった。
そして――
――中央ホール。
「第2学生隊学生、総員108名、事故なし、現整列員108名」
「遅い! 整列五分前を一分も越えているぞ」
「はい、申し訳ありません!」
「見たところ、制服の整備状況は良好だ。しかし!」
赤オニ、青オニがそろって僕たちをにらみつける。
「この中で、食事を抜いたもの、挙手!」
数十人が手を上げる。
「入浴をしなかった者、挙手!」
また数十人が手を上げる。
合わせて半数近くが手を上げていた。
「貴様ら、国民の血税によって賄われている食事をなんだと思っている! さらに入浴をしなかった者は論外だ。そんな不潔な態度で幹部としての威厳が保てるか! 全員、腕立て伏せ用意!」
そして僕たちはまた、両腕に国の重さを感じながら、汗まみれと埃まみれになる。
夜。
掃除の時間、僕たちは真剣に床を磨く。
床に埃が少なければ、倒れても制服を汚す可能性は少しは低くなるから。
というのは半分冗談だけど、実際、掃除終了後の点検は恐ろしく厳しいので、気を抜く訳にはいかない。
そして掃除終了後、就寝時間までの二時間近く、僕たちには自習時間が与えられる。
この時間の間は、文字通り自習の時間だ。
自分の好きな勉強をしていい。
と、こう書くと、まるで自由時間のように聞こえるけれど、そんなわけはない。
勉強は勉強だ。
そもそも、昼間に休み時間がほとんどない中で、大量に詰め込まれる教務の予習、復習ができる時間はここしかない。
だけど自習ばかりやっているわけにもいかない。
「みんな、時間のない中、集まってもらってすまない」
がくぽが、講堂に集まった20数名の顔を見回して、頭を下げた。
「私が、この分隊の室長を命じられた神威がくぽだ。これからよろしく頼む」
候補生108人はそれぞれ四つのグループに分けられている。
そのグループを分隊と呼ぶ。
がくぽはその分隊の取りまとめ役に任じられたわけだ。
「みんな、今日で分かったと思うが、この学校の厳しさは半端じゃない。私も昼に思い知らされたが、一人だけができたところで何の意味もないんだ。全員が協力し合わなければ、とてもやっていけない。そのためにしっかりとした協力体制を構築したいと思う」
自習時間いっぱいは、こうしてミーティングに費やされた。
そして、時刻は2150(午後9時50分)。
≪自習やめ≫
館内アナウンスとともに僕たちは居住区へと駆け込む。
消灯時間(就寝時間)までに僕たちは就寝用意を整えて、ベッドに入っていなくてはならない。
消灯時間まであと10分。
しかし、海自は五分前行動が基本。
つまり、あと五分以内にベッドに入らなければならない。
自習用具をロッカーにおさめ、朝に着る服をベッドわきの決められた場所にかけ、あとはベッドにもぐりこむだけ--
--というところで居住区のあちこちで悲鳴や怒声が上がった。
「畜生、また台風か!」
夕方、必死で復旧したベッドがまた吹っ飛んでいた。
だけどもうなおす時間はない。
僕たちは乱れたままのベッドにもぐりこむ。
≪消灯、5分前≫
学生館から明かりが消えた。
我一生ここに定まる。
お父さんへ、いふことなし。
お母さんへ、ご安心下さい。決して僕は卑怯な死に方をしないです。お母さんの子ですもの。
それだけで僕は幸福なのです。
日本万歳、万歳、かう叫びつつ死んでいった幾多の先輩たちのことを考へます。
お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、かう叫びたい気持ちでいっぱいです。何か言ってください。一言で十分です。
いかに冷静になって考えても、何時も何時も浮かんでくるのはご両親様の顔です。
父ちゃん! 母ちゃん! 僕は何度でも呼びます。
(中略)
「お母さん、決して泣かないでください」
修が日本の飛行軍人であったことに就て、大きな誇りを持つてください。
勇ましい爆音を立てて先輩方が飛んでいきます。
ではまた。