父様母様御元気で
白木の箱が届いたならば
大した手柄は立てないが
泣かずに褒めて下さいな
夢を見た。
そんな気がしただけで、よく覚えていないまま、誰かに揺り動かされて目が覚めた。
「カイト、起きろ」
キヨテルだった。
部屋は暗いままだ。
腕時計を見ると0200(午前2時)だった。
「この時間なら幹事付も見回りに来ない。今のうちにベッドを直そう」
「そうだね」
室内では他に、デルとがくぽもすでに起きていて、ベッドの復旧作業を行っていた。
30分ほどかけて念入りにベッドを整えたあと、僕たちは音をたてないように慎重に制服のアイロンがけを行う。
それが終わったら、今度は自習時間でできなかった教務の予習、復習だ。
0400(午前四時)過ぎ、空が白んできたころ、僕たちはこっそり洗面所へ行き、無精ひげをそり、それからベッドにもぐりこむ。
それから、うつらうつらと眠れたのかそうでないのか判然としない、二時間後の0600(午前6時)。
≪総員起こし≫
けたたましいラッパの音とともに入った号令に、僕たちはベッドから跳ね起きる。
ベッドわきにかけてある作業服に身を包み、布団をたたみ、居住区から飛び出す。
総員起こし訓練。
僕たちの一日は、いきなり訓練から始まる。
もし就寝中に緊急事態が発生した場合に、すぐに出動態勢や戦闘配置をとるための訓練だ。
学生館を出てグラウンドへ。
ここまで3分もかかっているようでは、海上自衛官失格だといわれる。
早く来たものから順に整列し、人員確認。
全員がそろったところで、朝の体操が始まる。
「海上自衛隊、第1体操!」
意外と体力を使う大きな動きの多い体操をやっていると、突然、学生館の居住区がある二階の窓が開いて、そこから布団が吹っ飛んできた。
……思わずシャレになってしまったけど、現実にその光景を目の当たりにするとシャレにならない。
その窓からは布団に続いてベッドシーツ、そしてマットレスまで放り出され、それらがグラウンドに散乱した。
台風襲来だ。
どうやら僕たちの部屋の二つ隣の部屋だったようだ。
たぶん、昨晩の乱れたままのベッドに違いない。
どうせ飛ばされるから、と思って復旧をさぼれば、被害はさらに拡大するのも当然だ。
と、こんな風に他人事のように思ってもいられない。
これはあの部屋だけの問題じゃなく、僕たち全員の問題でもある。
体操を終え、朝の掃除を終えた僕たちは、数人がかりでグラウンドに飛び散ったベッドを大急ぎで搬入した。
そして今日も忙しい一日が過ぎていく。
食事をとり、
整列し、
腕立て伏せをし、
教務を受け、
ベッドを直し、
昼食をとり、
整列し、
腕立て伏せをし、
教務を受け、
行進し、
ベッドを直し、
夕食をとり、
入浴し、
整列し、
腕立て伏せをし、
掃除をして、
ミーティングをして、
就寝し、
夜中にこっそり起きてベッドを直し、
自習して、
ベッドに戻り、
総員起こしで走り出す。
どこまでが一日の区切りなのかも分からなくなるくらい、僕たちは毎日を駆け抜けていく。
気が付いたら日が沈み、気が付いたら日が昇っている。
余計なことを考えている時間はない。
辛いと感じている暇さえない。
だけど、深夜にこっそり起きて教務で与えられた課題レポートを必死に書いているときに、ふと、思い出す。
めーちゃんのことを思い出して、少し辛くなる。
逢えない辛さ。
声も聞けない辛さ。
でも何より辛いのは、彼女のことを想う余裕さえ無かったこと。
めーちゃん、君のことを忘れてしまいそうになるのが、一番つらいよ。
あなたの御両親様、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。
至らぬ自分にかけて下さつた御親切、全く月並みの御礼の言葉では済み切れぬけれど「ありがたうござゐました」と最後の純一なる心底から言つておきます。
今は徒に過去における長い交際のあとをたどりたくない。問題は今後にあるのだから。
常に正しい判断をあなたの頭脳は与へて進ませてくれることゝ信ずる。
然しそれとは別個に、婚約してあつた男性として、散ってゆく男子として、女性であるあなたに少し言って征きたい。
「あなたの幸を願う以外に何物もない。
「徒に過去の小義に拘るなかれ。あなたは過去に生きるのではない。
「勇気をもって過去を忘れ、将来に活面を見出すこと。
あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。
(中略)
……智恵子。会ひたい。話したい。無性に。
今後は明るく、朗らかに。
自分も負けずに朗らかに笑って征く。