ボーカロイドソング二次小説集   作:PlusⅨ

22 / 42
覚えていること

 教務中、僕はうつらうつらとしてしまう。

 

 顔を上げて目を開けて教官を見ているつもりなのに、気が付けば視線は机と直角になってしまっている。

 

「カイト、カイト」

 

 隣のキヨテルから肘鉄を受けて、僕はハッとする。

 

 慌てて顔を上げた僕は、ちょうどこっちを見た教官と目が合ってしまった。

 

「始音候補生、眠いのか?」

 

「い、いえ」

 

「眠いなら立て」

 

「いいえ、大丈夫ですっ!」

 

 必死になって否定したら、教官から笑われた。

 

「そんなに緊張するな。別に腕立て伏せをやらせようってわけじゃない。立っていれば眠ることはないだろう。その状態で教務を受けることを許可するというだけの話だ。他にも眠いものがいれば、立っても構わないし、眠気が覚めれば座ればいい」

 

 僕は立ち上がる。

 

 他にも数名が立ち上がった。

 

 その中にはがくぽもいる。

 

 なんでもソツなくこなすがくぽだけど、その彼もやっぱり眠かったらしい。

 

「結構、多いな」

 

 教官は苦笑した。

 

「まぁ、みんな疲れているからしょうがないか。じゃ、教務は少し中断して、眠気覚ましに軽い話でもしようか。おい、立っているものは座ってもいいぞ。雑談だから寝てもいい」

 

 僕たちはおとなしく座りなおす。

 

 でも、教官に失礼だから眠るような真似はしない。

 

「みんな、この幹部候補生学校にある教育参考館にはもう行ったか?」

 

「はい。入校式前に見学しました」

 

 教育参考館とは、簡単に言ってしまえば海軍の博物館だ。

 

 戦前の帝国海軍時代の資料が大量に保管されている。

 

 その中には、あの神風特攻隊員たちの残した遺書もある。

 

「そうか。あそこ、よく出るって噂なんだ」

 

「デル?」

 

「英霊がな。この中で霊感があるもの、挙手」

 

 霊音候補生が手を上げた。

 

「何か感じたか?」

 

「はい。かなり多くの気配を感じました。特に、特攻隊員の戦死者名が刻まれた壁のあたりが凄かったです」

 

「敬礼はしたか?」

 

「は? い、いいえ」

 

「するべきだったな。彼らは私たちの大先輩だ。敬意を表せ」

 

 教官は真面目な顔してそういった。

 

 笑う者はいなかった。

 

「この幹部候補生学校はな、戦前の帝国海軍の士官養成所である海軍兵学校の施設をそのまま使用している。お前たちが今いるこの講堂も、明治26年に作られた建物を改修しながら使っているんだ。今から120年以上も前の建物だぞ」

 

 教官の言葉に、僕は講堂の窓枠に目をやる。

 

 年季の入った木製の窓枠。

 

 この外側は赤いレンガの壁だ。

 

 東京駅にも似た外見のこの建物は、それゆえ通称「赤レンガ」と呼ばれている。

 

「去年、ドラマにもなった「坂の上の雲」って小説は、もちろん知っているよな?」

 

「はい」

 

 知らない人のために一応補足。

 

「坂の上の雲」は司馬遼太郎によって書かれた長編小説。明治前半から日露戦争までを舞台にして、近代化を始めたばかりの日本の姿を描写している。

 

 この小説のクライマックスは、日本とロシアによって戦われた日露戦争で、そこでは西洋の大国であったロシアの艦隊に、決死の覚悟で挑んだ日本帝国海軍の姿に多くの描写が割かれている。

 

「あの日露戦争で戦われた日本海海戦、そのときの艦隊の作戦参謀だった秋山真之中将も、我々と同じ、ここ赤レンガで学生として学んでいたんだ。それだけじゃない。真珠湾攻撃で有名な山本五十六元帥も、ここで学んでいる。他にもあの戦争で散った多くの若者たちも、ここの卒業生だ。場所だけじゃないぞ。お前たちが受けている教育や指導だって、昔からほとんど変わっていないんだ」

 

 ということは、毎日のように僕たちの部屋を襲うあの台風も、100年以上の歴史を持っているということだ。

 

 なるほど、それだけ続けば十分自然災害だ。

 

 台風とは言いえて妙かもしれない。

 

「我々海上自衛隊は、戦前の海軍の体質をそのまま引き継いでいる。

 世間一般じゃあの戦争は否定されてしまうが、我々は否定しない。

 否定できない。

 なぜなら、あの戦争で散った人たちの想いを我々は知っているからだ。

 確かにあの戦争に日本は敗れた。多くの人間が死んだ。

 だけど、敗れたからと言って、そのすべてが愚かだったなんて、言える訳がない。教育参考館に残された遺書の数々を読めば、それがよく分かる……」

 

 僕は参考館を訪れた時のことを思い出す。

 

 あそこに残された遺書の数々の文面を思い出す。

 

 

 遺言「ナシ」

 

 

 そう書かれた遺言があった。

 

 それが強く印象に残った。

 

「帝国海軍だろうが海上自衛隊だろうが、名前が変わっても我々がこの国を守る軍人であることは変わりない。

 国を、家族を、愛しい人を守る。そこに文字通り命をかける職業だ。

 幸い、自衛隊は創設以来まだ戦死者を一人も出していないが、覚悟だけは、あの時代に死んでいった先輩方と同じつもりだ。いや、同じでなくちゃいけない。ここは、その覚悟を学ぶための学校だ」

 

 覚悟を学ぶ場所。

 

 それは理屈で覚えるんじゃなく、身体に叩き込むものだ、と教官は言った。

 

「お前たちに毎日課せられる指導を、理不尽だと思うかもしれない。だけどな、その一つ一つにはちゃんと意味があるんだ。

 今はまだ完全には理解しきれないかもしれないが、大丈夫、いつか分かる時が来る。頭で理解するよりも先に、お前たちの身体に、その意味は刻み込まれているからな。

 身体で覚えたことは、一生忘れない。頭が忘れても、心の奥底に必ず残っている。……おっとと、すまんな、軽い話のつもりが、重くなった」

 

 教官は苦笑して、教務を再開した。

 

 

 

 

 






例えば明日、君が死ぬとしたら

今日のうちに何がしたい?

生きた証しを残そうか

生きる術を見つけようか


例え命が散っても思い出は消えない

例え世界が散っても魂は消えない

だけど忘れるのが人間だから

その時に忘却心中しようか


あの歴史はもう忘れた人の方が多い

勝った者が正義になってた時代の話

僕が死んだら何日で皆忘れるだろう

辿り着く答えなんてきっと無いのだろう


覚えてます。覚えてます。

あなたの手の温もりを・・・


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。