もう、なにもかもいやになるまえに~♪
のぼる↑さんの名曲ですねぇ。
カラオケで歌うときはこの部分、感情移入しすぎて声が裏返ります。
思春期の若者だけでなく、いい年こいた大人だってこの歌みたいな気持ちになることはしょっちゅうです。
今回の小説は、そんな気持ちを込めました。まぁつまり、いい年こいた大人の泣き言です(T▽T)
本文中では明言してないので、先に各キャラの配役を紹介。
ミクさん :主人公(私)
KAITO兄 :酔った若いサラリーマン
リンちゃん:少女
レンきゅん:少年
そういや、ミクさん主役の小説って、初めて書くなぁ。
もう何もかも嫌になる前に
泥沼の中に頭から沈んでいくような感覚。
頭を下にしてズブズブと暗闇に落ちながら、私は不思議と心地よさを感じていた。
息苦しくない。
恐怖もない。
ただ、このまま重力に身をゆだねて沈み続けていたい――
――けたたましいアラーム音が鎖のように私の身体に絡みつき、私を泥沼の中から無理やり引きずり上げた。
再浮上した頭を上げると、目の前にはログオフ状態になったパソコンのディスプレイ。
その周りには作成途中の書類と、資料が、乱雑に積み上げられている。
窓から差し込む薄明かりが、誰もいないオフィスをぼんやりと薄明の光に染め上げていた。
時刻は、朝の四時。
一時間半ばかり、仮眠を取れたわけだ。
会議まで、あと四時間。
私は、まだ泥の詰まったような頭をはっきりさせるために顔を洗おうと思い、洗面所へと向かうためにデスクの椅子から重い腰を上げた。
立ち上がった私の足元に、大量の鎖が、束になって落ちた。
私は、重い身体に繋がれた鎖の束を引きずりながら、オフィスをでた。
三日も徹夜すると、逆に眠れなくなってしまうようで。
かといって眠くないわけでもなく、私は一日中、頭の隅がしびれて麻痺したような感覚を抱えたまま、今日一日の仕事を終えた。
相変わらず業務は山積みだったけれど、とりあえず急場を凌ぎ切った私は、三日ぶりに、帰路についた。
週末の、終電近い夜遅く。
今朝とあんまり重さの変わらない鎖の束を音もなく引きずりながら、私は駅までの道のりを歩く。
肩に、背中に、足元に絡みつく鎖は張り詰めることもなく、かと言って緩むこともなく、だらりと中途半端に垂れ下がりながら、どこまでも伸びていく。
その重さに、私はうつむき気味に、一歩、一歩、足元を確かめるように歩く。しかし前をあまり見ていなかったせいで、正面から行き違った人とぶつかりそうになった。
――あ、すいません
――いえ、こちらこそ…
お互い、反射的に謝って道を譲り合う。
誠意とか、優しさとか以前の、身体に身についてしまった反射行動。
疲労と鎖で重たい頭と背中は、ふんぞり返るよりも下げてしまったほうが楽だった。
私と反対の方向に道を避けた相手も、下げた頭を微妙に上げ切らぬまま、猫背になってトボトボと歩いていく。
その足元には、やっぱり私と同じように多くの鎖を引きずって歩いていた。
私はちょっとだけ顔を上げて、辺りを見回した。
夜遅くの駅前通り。
週末だけあって人通りも多いけれど、あちらこちらを行きかう人々のほとんどが、同じように長い長い鎖を、それぞれ束にして引きずっていた。
こんなにもたくさんの鎖が地面を這い回って、ほかの人が躓いてしまわないだろうか、と思っていたら、やっぱり躓く人々はあちらこちらにいた。
でも、その人たちは躓いたのが他人の鎖なのか、それとも自分の鎖に足がもつれただけなのかも区別できないようだった。
そんな風に鎖を引きずる人々のすぐそばで、年若い少年少女たちが軽やかな足取りですり抜けていく。
どうして鎖に躓かないで歩けるのか不思議だったけれど、よくよく見てみれば、彼らは地に足をつけていなかった。
少年少女たちは、ふわふわと雲を踏むような足取りで、甲高い笑い声を上げながら繁華街へと入っていく。
赤や青のけばけばしいネオンに照らし出されて、お店の前に立つ黒い服のお兄さんたちが客を引く。
このお兄さんたちも鎖を引きずっているはずだけれども、ネオンの光がその影を溶かし、客からも、そして彼ら自身からもその存在を隠していた。
そんなあまたのお店から出てくる大人たちも、赤ら顔に酔眼で、ネオンに溶けて隠れている自分の鎖を見ないふりして、その時ばかりは少年少女のような足取りでふわふわと通りを漂っていく。
――なんだよ、もう帰るのか?
――ごめんよ…もうフラフラなんだ。それに…
――それに? なんだよ、待ってる人でもいるのか?
――うん、まぁ…
だけど中には、酒に飲まれるような気弱な若いサラリーマンもいて、そんな彼は、仲間の誘いを申し訳なさそうに断りながら、酔いの回った足に鎖をまとわりつかせて、危うい足取りで繁華街を抜けていく。
繁華街を抜けて駅前に着くと、ネオンの効果も薄れて、鎖がまた姿と重さを取り戻す。
高架を走る電車は、乗客たちの鎖を大量に引きずり引っ張りながら過ぎ去っていく。
私はそれを見るたびに、あの電車はどうして鎖の重さで止まってしまわないのだろう、と疑問に思うのだけれども、電車は持ち前の馬力に物を言わせて、鎖をいっぱいに引き伸ばしながら走っていく。
あの電車はきっと、朝になったら伸びきった鎖の反動でここに戻ってくるのだろう。そんな気がした。
酔った若いサラリーマンが、千鳥足で駅の階段を上っていく。
アルコールと鎖の重さにふらふらになりながら、やっとこさここまで歩いてきて、あとは電車までもう一息、階段を喘ぎながら上っていく。
その階段の途中に、少年少女たちがたむろして座り込んでいた。
繁華街では軽やかに見えた彼らも、今は重たい身体を持て余しているかのように腰を下ろし、気だるげな目をしながら携帯電話をいじっている。
鎖もないのに、と思ったけれども、それは間違いだった。
彼らの足元からも鎖はやっぱり何本も伸びていて、それらは大人たちとはまた違った方向へと伸びていた。
きっと、家や、学校に向いているのだろうな、と私は思う。
少年少女たちの足取りが一瞬でも軽く見えたのは、足元の鎖を振り切って飛び立とうともがきながら、でも飛びきれずにいた、ただそれだけの姿でしかなかったのだろう。
飛ぶことに疲れ、鎖の重さに引かれ大地に座り込んでしまった彼らの目に、飛ぶことさえもせず鎖を引きずり歩く私たち大人の姿は、どんなふうに映っているのだろうか。
将来に希望を抱くような年頃に、現実ばかり見えてしまうのも面白くないだろうに。
子供の頃の夢はいつも非現実的で、曖昧で、無責任に自由奔放で、でも、楽しいものに決まっている。そうでなくちゃいけないのに。
私が少年少女たちの歳の頃、いったいどんな夢を見たっけ?
なんて思い出そうとすると、自分がすっかり歳をくった気がして、そのうえ、子供の頃の夢なんかちっとも思い出せなくて、ちょっと虚しくなった。
夢違いとは言え、ここ最近眠った夢さえ見ていないのに、昔のことなんか省みる暇もなくて、気がついたら忘れ果ててしまったのかもしれない。
私がうつろな感情を抱いたまま階段に差し掛かった頃、ちょうど、少年少女たちも腰を上げた。
みんな、てんでばらばらの方向へ去っていく。
でもその方向は、みんな鎖の伸びる方向だ。
ある少年は駅の外へ。
ある少女は私とは違うホームへ。
ある少女は……私と同じホームへ。
私は、その少女を注視した。
私の少し先の階段を上るその少女も、やっぱり多くの鎖を束にして引いている。
その鎖は、彼女の進行方向とは反対側、駅の外へ向かって伸びていた。
歳の頃は、十代の中頃。高校生か、もしかすると中学生かもしれない。
大きめのブカブカのジャケットを羽織っていたけれど、その下からは制服がちらちらと覗き見える。
どこか見覚えのあるその制服は、確か私の勤務先のすぐ近くの学校のものだ。
明るい色に染められたショートの髪に、大きな白いリボンをつけた小柄な少女は、活発そうな外見とはうらはらに、重たそうに鎖の束を引っ張って歩いている。
そう、引きずっているのではなくて、引っ張っていた。
鎖は一歩進むごとに、ギンギンに張り詰めていく。
電車の馬力でも切れない鎖が、どうしてこんなに張り詰めてしまうのか。
その張力に抗うのも大変だろうに、少女は階段を上りきって、改札を抜けて、ホームまでたどり着いた。
ホームにいたのは、その少女と、私と、そして先に上っていた、酔った若いサラリーマンの、三人だけ。
サラリーマンはベンチにうなだれるように座り込んで、寝こけている。
少女は鎖の束に、背中と足を引かれながら、ホームの淵ギリギリの位置に踏ん張っていた。
その唇は真一文字に固く結ばれていて、それなのにホームの先に投げかけられた目は、ひどく虚ろだった。
『まもなく2番ホームに電車がまいります。この電車は回送電車です。お乗りにならないよう、お気を付けください』
アナウンスが流れるホームに、電車がライトをきらめかせながら近づいてくる。
電車がホームの端に差し掛かったとき、少女が目に初めてハッキリとした意思の光を浮かべた。
その足が、一歩、前へと踏み出される。
私は慌てて駆け出し、手を伸ばして、少女の鎖の束を掴んだ。
張り詰めていた鎖に私の体重が加わって、前のめりになっていた少女の身体が、背後に反れた。
その目の前を、電車がかすめ過ぎ、停車位置で止まった。
少女はヨロヨロと後ずさって、背後に立っていた私にぶつかった。
ハッとして振り返った少女と、私の目が合う。
少女は、私がまだ鎖の束を掴んだままなのを見て、私が何をしたか、自分が何をされたのかを悟って、私をキッと睨みつけた。
「どうして止めるのよッ!!」
どうして?
そんなの、放っておけるはずがない。
でも、少女の激しい怒りの感情に気圧されて、私は縮こまってしまう。
「もう放っておいてよッ! 縛らないでよッ!」
少女が喚く。
私はオロオロと辺りを見回して、誰かほかに助けてくれる人がいないか、探した。
駅員さんでも来てくれないだろうか。
離れた場所、ホームに停車した電車の車両から、駅員さんが酔った若いサラリーマンを連れてホームに出てきた。
――お客さん、すいませんが、これは回送なんです。
――え……そう…なの…でも、僕…早く帰らなきゃ……
――だから、回送なんですって。次の電車まで待ってください。
――でも…めーちゃんが……待って…いるん…だ…………
駅員は、酔った若いサラリーマンと押し問答を繰り返していて、こっちに気づいてくれない。
鎖を持ったまま固まってしまった私の目の前で、少女はついに泣き崩れ、しゃがみこんでしまった。
「もう……なにもかも嫌なの……もう、全部、嫌なの……」
かける言葉なんて、私は持ってない。
私は、この少女のことを何も知らない。
でも、それでも、この掴んだ鎖を手放すことはできなかった。
放してしまったら、きっと、私自身も大切なものを手放すことになりそうな気がした。
回送電車が、誰ひとり乗せることなく、身軽に走り去っていく。
ホームには、寄った若いサラリーマンがまたベンチで寝かされ、駅員はどこかへ行ってしまった。
どうにもできず、どうにもならなくなった私が、手元に目を落としたとき、張り詰めた鎖の束の中に、あるものを見つけた。
それは、鎖の束の影に隠れるようにして伸びる、一本の、細く、赤い糸だった。
私は、手に掴んだ少女の鎖の束に、指を立て、必死に鎖をより分け始めた。
ギチギチに張った鎖の束の中、埋没してしまっている赤い糸に指を伸ばし、それを外に分け出す。
もう今にも切れてしまいそうな、頼りない、細く儚い、赤い糸。
私は鎖と同じくらい張り詰めているその赤い糸のつながる先を見つめ、祈るような思いで、慎重に、そっと引っ張った。
ホームの反対側、階段から駅の外へと伸びていくその赤い糸が、ぶるぶると震える。
お願いだから、切れないで。
赤い糸が、さらに激しく震える。
ドキリとした私の視線の先、階段を駆け上って、ひとりの少年が姿を現した。
少女とよく似た面立ちのその少年は、ホームにうずくまって泣いている少女の姿を見つけ、叫んだ。
「――リンっ!」
「……レン?」
名前を呼ばれた少女が、顔を上げる。
泣きはらしたその顔が、少年の姿を見つけ、さらにぐしゃぐしゃになった。
「レン……レン……」
「…リンっ」
少年が駆け寄って、少女を抱きしめた。
少女は少年の胸にすがりついて、大声でわんわんと泣き出した。
『まもなく2番ホームに普通電車、倶里府行きが参ります……――』
アナウンスとともに、最終電車がホームにやって来る。
姿を現した駅員が、ホームで抱き合って泣く少年少女の姿を見つけたが、人の少ないホームのことでもあるし、立ち入るような問題じゃないと判断したのか、何も言わなかった。
少女は相変わらず泣き止まなかったけれど、それでも、その張り詰めていた鎖は少しずつ、ゆるみ始めていた。
最終電車がホームに止まり、扉が開く。
私は、抱き合った少年と少女が、赤い糸で確かにつながっているのを見届けて、安堵のため息とともに電車に乗り込んだ。
私のあとに続いて、あの酔った若いサラリーマンも、ふらふらとおぼつかない足取りで、同じ車両に乗ってくる。
彼は、私の座ったベンチシートの向かい側に、身体を投げ出すように座ると、そのまま倒れるように寝入ってしまう。
その両肩に、両足に、重そうな鎖を何本も垂らしながら、酔った若いサラリーマンは寝息の中で、
「めーちゃん……」
と、誰かの名を読んだ。
「遅れて…ごめんね………ただいまぁ……」
だらんと垂れ下がった彼の指先から、赤い糸が、これから電車が向かう方向に伸びている。
それは、たった一本の、今にも切れそうな、頼りない細い糸だけど――
この糸で、自分が誰かとつながっているということが見えているから、知っているから、人は鎖に縛られたような毎日だって生きていけるのだろう。
私は、そう思いたかった。
最終電車が走り出す。
帰るべき場所へ向かって。
帰るべき人を乗せて。
私は、電車の揺れに心地よい眠気を感じて、身を委ねるように瞼を閉じた。
なんだか久しぶりに、いい夢が見れそうな気がした。
――了――