ボーカロイドソング二次小説集   作:PlusⅨ

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ボーカロイドはネギの夢を見るか?

 翌日、久しぶりに雨が降った。

 

 朝からしとしと、しっとりと静かに降る雨は、いつもなら私のアンニュイな気分にさらに水を差すところだろうけれど、なんだか今日ばかりは、大地を洗うこの雨が心地よく感じられた。

 

 なので、外に出て、身体に雨を受けてみた。

 

 両手を広げ、顔を上げ、肌身で直接雨を受けて、そこに含まれた汚染物質の濃度を計る。

 

 降りかかる雨は、汚れのない、綺麗な雨だった。

 

 百年前、汚染され真っ黒だった雨は、数年前にはもう浄化されていた。

 

 私は水たまり等の汚染具合から、そのことには気づいていたのだけど、こうやって全身で雨を受けたのは今日が初めてだった。

 

 細く銀の糸を引いて降り注ぐ雨が、私の全身にまとわりついたホコリを洗い落としていく。

 

 心地よかった。

 

 そんなふうに感じるのも何年ぶりだろう。

 

 身体だけでなく、ひび割れていた私自身の心も潤されたような気分だった。

 

 こんな気分になったっていうのも原因としては単純な話で。

 

 結局、私はあの人からの手紙ひとつで、こんなにも救われたのだ。

 

 たとえその内容がどれだけひどいものであったとしても。

 

 私は一度、建物に戻り、植木鉢を抱えてまた外に出た。

 

 植木鉢からは、まだ芽は出てこない。まぁ、こんどこそ種をちゃんと植えたからといって、昨日の今日だから当然なのだけれども。

 

 でも、空っぽじゃない確かなものが、自分の手の内にある感触を覚えて、私はなんだか楽しくなって、それで植木鉢を持ったまま辺りを少し散歩することにした。

 

 雨中散歩。

 

 あの人も散歩が好きで、よく二人で、あちらこちらを歩き回った。

 

 雨の日の散歩も好きで、そんなときは決まって、調子外れな鼻歌を歌っていた。

 

 singin' in the rain

 

 雨に唄えば。

 

 遥か昔の古い歌だ。能天気な歌だった。

 

 そんな歌をあの人は、まだ汚染度も高い危険な雨の中、全身を覆う防具服にプラスチックの傘をさして、楽しそうに歌っていた。

 

 あの時はまだ黒い雨だった。

 

 いまはもう、透明な雨だ。

 

 もしここにあの人がいたなら、きっと今の私と同じように、傘もささずに歌っていただろう。

 

 私もそんな気分になって、少しだけあの人と同じ歌を歌ってみた。

 

 

 I'm singin' in the rain

 

 Just singin' in the rain

 

 What a glorious feelin'

 

 I'm happy again……

 

 

 ……あの人と同じくらい、調子はずれな歌だった。ちょっとショック。

 

 歌には自信があったのになぁ。

 

 でも考えてみれば、歌うどころか、意識して声を出すという行為自体が久しぶりだった。

 

 昨日の手紙を読んだときは思わず声に出してツッコミを入れてしまったけれど、あれだって何年ぶりに出した声だったのやら。

 

 ま、それでも、どれだけ調子はずれだろうが他に誰が聴いているわけでもなし。

 

 私は半分やけになりながら、思いっきり声を張り上げて、歌った。

 

 

 I'm laughin' at clouds

 

 So dark up above

 

 The sun's in my heart

 

 And I'm ready for love

 

 

 歌うことは楽しかった。

 

 それは、あの人が教えてくれたことだった。

 

 しばらく歩くと、海が見えてきた。

 

 たどり着いたのは、かつて港だった場所。

 

 海上に突き出した岸壁の突端に立って眺めると、うねりのない静かな海面に、雨だれが波紋を描き、遠く水平線は靄に煙っていた。

 

 首を巡らせて陸岸に目を向けると、少し離れた位置にある別の岸壁に、一隻の小船が係留されていた。

 

 ずいぶん昔からそこに放置されている漁船だった。

 

 昔あの人と一緒にここへ散歩しに来た時から、ずっと同じ場所にある。今もまだ残っていたなんて、少し意外だった。

 

 その漁船の上で、かつては大漁旗だったであろうボロ切れが、雨に打たれて垂れ下がっている。

 

 私は、あの人が海に来たときによく歌っていた歌を思い出して、それを口ずさんでみた。

 

「マグーロ食べたい、マグーロ食べたい、ぴーっちぴち、おーさかな、食・べ・たい♪」

 

 マグロってどんな魚だろう?

 

 見たことないや。

 

 私が創られた時にはもう、海に魚はほとんどいなかった。見たことあるのはマンボウぐらいだ。

 

 私は歌いながら、来た道を引き返した。

 

 午後になると、雨も止んだ。

 

 空にも太陽が戻り、私は日当たりのいい場所を選んで、そこに寝転んで、植木鉢と一緒に日向ぼっこする。

 

 昨日まで疎ましさを感じていたエネルギー補給も、こうやって意識して行えばとても心地いい。

 

 食事をしたあとの満腹感みたいだなぁ、なんて思うと、久しぶりに何か食べたくなった。

 

 別に食事を摂らなくても生きていける身体だけれども、昔、あの人といっしょに食事をしていた思い出を、もういちど味わってみたくなった。

 

 そういえば地下の倉庫に、まだ手つかずの非常用保存食が残っていたっけ?

 

 賞味期限どころか消費期限すら遥か昔にぶっちぎっているだろうけれど、私の身体のことだから腹を下すことはないだろうし、味についても調味料を大量にぶち込んで誤魔化せばなんとかなるだろう。

 

 日光浴を終えたら、早速チャレンジしてみよう。

 

 そう思いながら、私は陽光に包まれて、ウトウトと眠りに落ちた。

 

 

 

 

 変な夢を見た。

 

 何故か私が、モーターで動く機械仕掛けの羊をペットとして飼っている夢だった。

 

 機械仕掛けの電気羊は、私が差し出したネギをのんびりと、はみながら、言った。

 

――ボーカロイドは終末鳥の夢を見るかね?

 

 知らんがな。

 

 何を言ってるんだ、この羊は

 

 変な電気羊だ。きっとあの人が創ったに違いない。

 

 その電気羊は、また言った。

 

――では、アンドロイドは電気羊の夢を見るかね?

 

 それなら、今まさに見ている。

 

 っていうか、それって元ネタの元ネタじゃないの。

 

 なんて、自分でも訳のわからない思考がぐるぐると回るあたり、やっぱりこれは夢なんだと、自分でも納得する。

 

 電気羊はネギを食べ終わって、めぇぇ、と鳴いた。

 

――辛い。

 

 そりゃネギだもの。生でかじれば辛いに決まっている。

 

――だが、そこがいい。

 

 あ、そう。

 

――まだ食べ足りないな。

 

 もう無いわよ。

 

 一本も残ってない。

 

――では、また生えてくるのをまとう。

 

 生える?

 

 どこに?

 

――決まっているじゃないか。種を植えただろう。

 

 なんですと?

 

 私はガバっと飛び起きて、傍らに置いてあった植木鉢を見た。

 

 そこに、見事なネギが一本、ニョッキりと生えていた。

 

 そうか、あの種はネギの種だったのか。と、納得しかけて、そんなわけあるかと自分でツッコミを入れた。

 

 百年も待ち焦がれ続けていた種が、芽吹いてみたらネギでした。って、どんなオチだ。

 

 あ、そうか、夢オチか。

 

 そうだ、夢だ。そうに決まっている。

 

 まったく、電気羊といい、変な夢を見たものだなぁ…………

 

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 植木鉢から、ネギが生えていた。

 

 私の頭から眠気が覚め、代わりに頭痛がしてきた。

 

 ネギはやっぱり植木鉢から生えていた。

 

「夢じゃないのっ!?」

 

 私は思わず自分の頬を自分でつねってみた。

 

 痛かった。現実だ。

 

 あの種はネギの種だった。

 

 百年も待ち続けてきた希望の種は、ネギの種だった。

 

「ネギでどうしろって言うんですか、博士ぇぇ!?」

 

「ゆーがっとめぇぇる」

 

 郵便ポストが羊が鳴くような声で、手紙の着信を告げた。

 

「ゆーがっとめぇぇる」

 

 さっきから何度も繰り返し、着信を告げていたようだ。なるほど、電気羊の夢なんか見たのはコイツの声が原因か。

 

 私はポストに駆け寄ると、そこからあっかんべーされている手紙をひったくるように抜き取った。

 

 案の定、あの人からの手紙だった。

 

《やぁ、ミク。種は芽吹いたかい?》

 

 ええ芽吹きましたとも。立派なネギが。

 

 二通目が届くなんて、とか、しかもそれが妙にタイミングよく状況にマッチしているとか、色々と疑問や不思議はいっぱいあったけれど、とりあえず一番にツッコミを入れるべきところは別にあった。

 

「なんでネギなんですかっ!?」

 

《君はネギが好きだったからね》

 

「そりゃ嫌いじゃないですけど……」

 

 だからって、世界の終わりに食べたい物に選ぶほど大好物ってわけじゃない。

 

 それをわざわざ希望の種だなんて言って育てさせるなんて、あの人は私を一体何だと思っていたのか。

 

 まさか、ネギ中毒者か?

 

《このネギは君の自由に使っていい》

 

 んな無責任な。

 

《煮てもよし、焼いてもよし、生でいくもよし》

 

 いきませんよ、電気羊じゃあるまいし。

 

《君なら行けると信じている》

 

 うるさい。

 

《まぁ冗談はこれくらいにして》

 

 やっと本題か。

 

《実はこのネギも冗談なんだ》

 

「おおぉぉいッ!?」

 

《はっはっは、怒らない、怒らない》

 

 うっわー、腹立つなぁ。

 

 手紙を破いてやろうかとも思ったけれど、寸前のところで思いとどまった。

 

《種が生み出したものは、実はネギだけじゃない。本来生まれるべきものは、ちゃんと植木鉢の中に存在しているはずだよ。ネギを引っこ抜いてごらん》

 

 本当だろうな。

 

 私は半ば……いや、八割ぐらい疑いながら、ネギを引っ掴み、抜いてみた。

 

 ズボっと重たい音と共に、植木鉢の土がまるごと抜けた。

 

 その土がボロボロとこぼれ落ち、その中から“それ”が姿を現した。

 

「えっ!?」

 

「みくっ!?」

 

 ネギにぶら下がっていた“それ”と目が合う。

 

“それ”は植木鉢ほどの大きさの人間だった。

 

 どんぐりまなこに、ぐりぐりほっぺの三頭身の女の子。

 

 私と同じ緑の髪を左右に分けて、やっぱり私と同じようなデザインの服を着ている。

 

 私を寸詰まりにして、可愛さの代わりに珍妙さを加えたような子だった。

 

「ええぇぇぇ!?」

 

「みくっ、みくみくみくっ!?」

 

 私たちはお互いの存在に驚いて、お互いにネギを手放してしまった。

 

 ――その時に気づいたのだけど、要するにその子は別にネギの一部分ってわけではなくて、単にネギの根っこを握り締め、ぶら下がっていただけだった訳だ。

 

 ということは、本当に冗談だったんだな、あのネギ。

 

「み、みく……みく……!?」

 

 あの子は私を警戒して、植木鉢の影に身を隠し、そこから私の様子を伺っている。

 

 私もどうしたらいいか分からずに、とりあえず手元の手紙に目を落とした。

 

《どうだい、ミク、驚いたかい?》

 

 そらぁ、もう。

 

《あの種はね、実は君の設計データをもとに創ったものなんだ。一定の太陽エネルギーと、水分、そして周囲の無機物を取り込み、それを分子レベルで変換してうんぬんかんぬん――》

 

 以下長々とややこしい説明や、意味不明な数式の羅列が続いた。

 

 私はそれを読み飛ばす。

 

《つまり以上の結果から何が言いたいかっていうと、その子は君の同類であり仲間……っていうより、妹みたいな存在だってことだ》

 

 同類、仲間、妹?

 

 じゃあつまりなにか、私もあの子みたいに植木鉢から生えてきたっていうのか。

 

 そんな風に創られたとは知らなかったが、どうりで光合成機能なんかついているわけだ、と妙に納得してしまう部分もあった。

 

 まぁ、そのあたりは置いておくとして、私は改めてその子を見た。

 

 その子は相変わらず、ちんちくりんな身体を植木鉢の影に隠したまま、そこからジッと私を観察している。

 

「……」

 

「……」

 

《どうだい、可愛いだろう?》

 

 うん、まぁ、可愛いといえば可愛いと思う。

 

《コンセプトとしては、君が幼かった頃をイメージしてみた》

 

 幼い私の姿か。

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 

 あれは幼いというより、単に私の姿をディフォルメしただけのようにも見えるぞ。

 

《ま、細かいところで色々と相違はあると思うけれど、そのへんは僕のアレンジの結果だから気にしないでくれ》

 

 アレンジとはよく言ったものだ。適当の間違いじゃないのか?

 

 一度くらい、ちゃんと設計図通りに創ったらどうだか。

 

《何はともあれ、ミク、その子は君の仲間だ。そして、君の家族になってくれると、僕は嬉しい。――じゃあ、またね》

 

 家族、か。

 

 あの人が過去でこの手紙を書いたとき、きっと、これが届けられる未来には自分がもういないことに気づいていたんだろう。

 

 私がきっとひとりぼっちでいるだろうって、気づいていたんだ。

 

 私は読み終えた手紙から目をあげ、あの子の方に目を向けた。

 

「……なにやってんの?」

 

「みくっ!?」

 

 あの子が例のネギを手に持って、それで私をつつこうとしていたところだった。

 

 顔を上げた私のちょうど目の前にネギの先端があって、ツンとした匂いが鼻と目に効いた。

 

 その子はネギを持ったまま、慌てて後ずさった。

 

 私はそのこと少し距離を置いた状態のまま、屈みこんで、視線を合わせた。

 

「えっと、ね……私は、ミク。初音ミクっていうの。よろしくね」

 

 自己紹介して、ニコっとほほ笑みかけてみる。

 

 ……意識して笑ったのなんて久しぶりだったから、うまく笑顔が作れているか、ちょっと自信がない。

 

 あの子が相変わらず警戒しっぱなしなのを見ると、やっぱりうまく笑えていないのかもしれない。

 

「み、みくっみく」

 

 あの子がネギを私に差し向けながら、ジリジリと近づいてくる。

 

 思いっきり警戒されているんだなぁ、ちょっとショック。

 

「みく……みっく」

 

 ネギの先端が私の目の前で何度も振り回される。

 

 私はてっきり攻撃されているものだと思って、落ち込んだけれど、少しして、そうじゃないということに気がついた。

 

 ネギは、私の手元に向かって差し出されていた。

 

「……もしかして、私にくれるの?」

 

「みくぅ」

 

 あの子が頷き、ネギを差し出す。

 

 私はそれを受けとった。

 

「あ、ありがとう」

 

「みっくみくぅ♪」

 

 あの子が嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔に、私の胸が熱くなる。

 

 目頭も熱くなったので指で拭ったけれど、手についたネギの汁が辛くて、余計に涙が出た。

 

「み、み、みくっ!?」

 

 私が泣き出したことに、あの子が驚き、慌て出す。

 

「大丈夫だよ、ネギが辛くて目に沁みただけだから」

 

 うん、割と本当にそんな理由だ。

 

 このネギはかなりツンとくる。

 

「みくー?」

 

「心配してくれたんだよね。ありがとう。……ねぇ、さっきも言ったけれど、私は初音ミク。あなたは、名前があるの?」

 

「みく、みくっ」

 

 と、あの子は短い手を振り回しながら言った。

 

「……え~っと」

 

 そういやこの子、ずっと「みく」としか言ってないや。

 

 まさか鳴き声なのか?

 

 喋れないのか、言葉を知らないのか。

 

 生まれたばかりの頃ってこんなものなのかなぁ、と自分の昔を思い出してみる。

 

 といっても、昔の自分は言語を含む様々な情報をあらかじめ入力されていたから、少なくとも喋ることはできた。

 

 けれど心をまだ持っていなかったから、人と会話するという行為がうまくできなかった。

 

 でも、この子はどうだろう?

 

 私に対する反応を見ると、知識は持っていなくても、心は初めから持っているように思える。

 

 私とは、逆だ。

 

 同じ設計図から創られたはずなのに、どうしてだろう?

 

 と思ったけれど、あの人が設計図通りに創るはずがないことを思い出して、なんとなく納得した。

 

「みく、みく」

 

 とりあえず、この子はこれしか言わない。

 

 かと言って、いつまでも、この子あの子その子なんて呼び続けるわけにもいかないので、こっちで名前をつけることにした。

 

「えっと、じゃあ、あなたも“みく”でいいのかな?」

 

 安易すぎる上に私と同じ名前だけど、どうせ二人しかいない世界なのだし、相手を呼ぶ分には構わないだろう。

 

 そう思ったのだけれど、あの子は、

 

「みくぅ~……」

 

 短い手で器用に腕を組み、何やら考え込んでいた。

 

 やっぱり同じ名は嫌だったのだろうか。

 

「ええっと、それじゃ、なんて呼べばいいのかなぁ……」

 

「ちゅね、みく!」

 

「え?」

 

「は、ちゅね、みくっ!」

 

 あの子は私と自分自身を交互に指差しながら、何度も、

 

「はちゅ、ねっ、みくぅ!」

 

 と、繰り返した。

 

 はつねみく。

 

 私とあなたは同じ存在だ。そう言おうとしているのだ。

 

 でも、うまく舌が回らないのか、“はつね”が“はちゅね”になってしまっている。

 

 ま、あの人のアレンジが加えられているのだから、それぐらいの変化はあっていいだろう。

 

「はちゅねみく、ね。よろしくね、はちゅね」

 

「みくぅ~」

 

 仕方ない、その呼び名で納得してやろう、とでも言いたげな感じで、はちゅねは頷いた。

 

 こうして、私に新しい家族ができた。

 

 私は、新しい家族のために、ずいぶんと久しぶりに食事を作った。

 

 材料は地下の保存食と、そして生えてきたネギ。

 

 正直、味はひどいものだったけれど、二人で食べた食事は、舌で味わう味覚以上に、別の味わい深さがあった。

 

 特に食後のデザート代わりにかじったネギの味は、きっと一生忘れないだろう。

 

 そう思った……――

 

 

 

 

 

 ――思っただけで、すぐに撤回したくなった。

 

 ネギは次の日も生えてきた。

 

 植木鉢に残った土から、何がどういう仕組みかは知らないが、また新しいネギがニョッキりと生えてきていた。

 

 ネギは毎日、次から次へと生えてきた。

 

 いい加減、建物の中がネギ臭くなってきたので、植木鉢ごと外に放り出した。

 

 ネギはそれでも旺盛に繁殖を続け、乾いて荒れ果てたコンクリートジャングルであろうとも全然関係なく、勝手にネギ畑を形成した。

 

 なんだか軽くバイオハザードな気もするけれど、まぁ、ハザードされるほどの自然環境も残っていないので、そのまま放っておくことにした。

 

 しばらくの間、あの人から手紙は届かなかった。

 

 そのうち、無駄に繁殖力の強いこのネギについての説明ぐらい届くかと思っていたのだけど、手紙が二通も届いたこと自体が奇跡だったのか、それともあの人にとっても予想外の出来事だったのか。

 

 なんとなく、後者のような気がした。

 

 あの人の場合、だいたいやることなすこと斜め上の方向にすっ飛んでいく。

 

 このネギに関しても本気で冗談のつもりで組み込んだのだろうけれど、それがある意味予想通り予想外の方向へ進化してしまった訳だ。

 

 というわけで植木鉢の世話から解放されてしまった私は、それからの日々を、ネギとの戦いの日々に費やすこととなった。

 

 日に日に勢力をまし、隙あらば家にしている建物にまで侵入しようとするネギを、はちゅねと一緒にむしり取る毎日。

 

 むしったネギは最初のうちは食材に使用していたのだけれど、ものの数日で飽きてきたので、それからはまとめて遠くの場所へ運んで捨てることにした。

 

 家の裏に転がっていたリヤカーにネギを山盛りにして、はちゅねと二人、ゴロゴロと曳きながら、まだネギ畑が広がっていない場所まで運んで捨てた。

 

 あっという間に、私の家の近所にはネギ畑と、ネギ山が出来上がった。

 

 このネギ畑とネギ山から、新しくまた珍妙な生態系が広がっていくのだけれど、とりあえずそれはまた遠い先の別の話。

 

 

 

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