はちゅねと暮らし始めて一ヶ月と少しくらいたった、ある日。
私たちは二人で散歩に出かけた。
毎日、毎日、ネギむしりばかりじゃ気が滅入るので、天気もいいことだし、たまには出歩くのも悪くない。それに、誰かと一緒に散歩するというのも百年ぶりで、新鮮な気分だった。
はちゅねと手をつないで歩きながら、ネギ畑を抜ける。
はちゅねが私とつないだ手と反対側の手に、途中で引っこ抜いてきた一本のネギを持っていた。
それを上下に振りながら、
「あ らっつぁっつぁ や りびだびりん らば りったん りんだん れんらんどぅ♪」
最近、みくみく以外の言葉も喋るようになったけれど、あまり意味のある言葉を発することはなかった。
かと言って、別に意思や知性が未発達というわけでもなく、私の言いたいことはちゃんと理解してくれるし、ネギむしりでも色々と役に立ってくれる。
ただ、単純に言葉を話さないだけだ。
はちゅねの考えていることは、身振りや手振り、雰囲気なんかでだいたい分かるので、この子自身、話すという必要性を感じていないのかもしれない。
そういえば、昔、あの人がこんなことを言っていたのを思い出した。
――言語機能というものはね、人間の思考過程そのものなんだ。言語の持つ単語のつながりは現実の事象どうしの関連性を生み出し、因果関係をそこに見出す。人間の持つ過去や未来といった時間概念も、この因果関係から発したもので、突き詰めて考えてみれば、過去も未来も僕たち自身が生み出しているものと言えるだろうね」
昔は何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、いま思い返してみれば、やっぱり理解できない。
けれど、ついでにこうも言っていたことも思い出した。
――かといって、言語機能を持たない他の生物に思考能力が無いわけじゃない。ただ人間とは別種の手段で思考を組み立てているだけだよ。それに、人間だって言語機能のみで思考を組み立ているわけじゃないのは、君だって理解しているだろう?」
フィーリングとか、カン、無意識、そういう言葉にしきれないような部分のことを言っていることは理解できた。
というか、私にそう言った本人が、まさにその部分でだけで行動し、物を創っているような人だった。
「まだ りっぱっぱー ばりっばり ばりり りびりび りすてん れんだんどぅ♪」
はちゅねはある意味、あの人のそういった部分が凝縮したような存在だ。
この子にとって言葉なんてものは、いまの自分の気持ちを表現するために歌う程度にあればそれで良いのかもしれない。
それはそれで悪くない気がして、私もはちゅねと一緒に歌うことにした。
「やば りんらんてんだん でいあろー わらば るぶるぶるぶるぶ でいえぶー♪」
「ぱりったんでんだん でんだんでいあろー たた たたたたとぅとぅ でいやぶー♪」
「あ らっつぁっつあぁーや りびらびりん らば りったんりんらん でんだんどぅ♪」
「わば りっぱっぱー ぱりっぱりーぱりり りびりびりすてん でんだんどぅ♪」
「やば りんらんてんだん でいあろー わらば るぶるぶるぶるぶ でいえぶー♪」
「ぱりったんでんだん でんだんでいあろー たた たたたたとぅとぅ でいやぶー♪」
歌っていると、それだけで楽しくなってくるあたり、私もはちゅねも、あの人に創られた同じ存在なんだと思う。
どこへともなく歩いているつもりで、気がついたら以前と同じ海に来ていた。
先日には凪いだ海面に雨だれの波紋を浮かべていた海も、今日は潮風と共に緩やかな波を岸壁に打ち寄せている。
少し離れた場所には、相変わらずオンボロ漁船が係留されたまま波に揺れていた。
私はネギむしりと散歩で消費したエネルギーを補うため、岸壁に腰掛け日向ぼっこすることにした。
はちゅねは私の近くを、ネギを振り回しながらウロウロしていたが、やがて例のオンボロ漁船に興味を示し、そっちの方へ歩いて行った。
漁船自体が小さいのと、私の場所からそんなに離れていなくて船の様子もよく見えるので、私は日向ぼっこを続けながら見守ることにした。
はちゅねは岸壁の上から船の中をしばらく眺めていたが、何かを見つけたらしく、手に持ったネギの先を船の中に向けて伸ばした。
私の位置からは船べりが邪魔してよく見えないが、はちゅねはどうやらそこにある何かをネギで突ついているようだ。
「あ らっつぁっつぁ や りびだびりん らば りったん りんだん れんらんどぅ♪」
歌いながら、はちゅねはその何かをネギで叩きだす。
私も合わせてハミングした。
「まだ りっぱっぱー ばりっばり ばりり りびりび りすてん れんだんどぅ♪」
「YO!?」
船の中からピンク色の何かが飛び出して、はちゅねに体当たりをかました。
「みぐぁっ!?」
ひっくり返ったはちゅねのそばで、そのピンク色の何かがボールのように飛び跳ねている。
「は、はちゅね、大丈夫?」
私は慌てて立ち上がり、はちゅねのそばに駆け寄った。
「みく~~」
はちゅねは目を回していたけれど、特に怪我はないようだ。
私ははちゅねを助け起こしながら、そばでバウンドをやめて着地したピンクの何かを見た。
それは丸い塊だった。
触手のようなものが髪の毛のように伸びていて、そこに顔もついていた。
ちなみにその顔はどうやら怒っているようだ。
「なにこれ?」
「それはこっちのセリフですよー!!」
その顔のついた触手のピンクは怒りの表情で叫びだした。
「人がのんびり昼寝してたら、いきなりネギ臭いネギで思い切りどついてくれやがりまして、いったいなんなんですかアナタたちはーーっ!!」
「え、いま自分のこと“人”って言った?」
「ツッコミどころが違ってやがります!」
ピンクはプンプンと湯気を出しながら怒っている。
こういうのなんていうんだっけ?
ゆでだこみたいに怒る、だったかな。でも本物のたこなんて見たことないや。
もしかしたら、これのことだろうか。
「ねえ、あなた……たこ?」
「ルカです! 第二世代型ボーカロイド改良型3式、通称VO.03/ルカ! つまり、最新型アンドロイドなんですよー!」
「なんですとー?」
いま、このたこはなんて言った。
最新型のアンドロイド、つまり私やはちゅねと同類ってことじゃないか。
しかも改良型3式って……
……そういえば、そんな話もあったなぁ、と私は思い出す。
昔、あの人から私の後継機を創るっていう計画があったっていう話を聞いたことがある。
もちろん、当時もうすでに、私とあの人以外に人なんていなかったから創られることは無かったけれど……
「…………」
「ちょっと、なに人の顔をじーっと見てやがるんですか?」
と、顔しかないたこが言う。
私はそれを見ながら、こんな訳の分からないモノを創りだす人間がひとりいた事を思い出した。
っていうか、他にいる訳がない。
「固まっていないで何か言ったらどうなんですかー! ……って、にゃぁっ!?」
私は右手にたこルカ、左腕にはちゅねを抱えて、家に向かって走り出した。
「さっきはゴメンナサイ。で、自己紹介は後でちゃんとするから、とりあえず一緒に来て!」
「ななな何を言って――うにゃぁぁ!?」
ネギ畑をかき分け、家の前のポストにたどり着く。
「ゆーがっとめぇぇる」
「やっぱり!」
私ははちゅねとたこルカをその場に落っことして、手紙をひったくった。
「みくっ!?」
「うにゃぁ!?」
足元の二人(?)の悲鳴を聞きながら、手紙を開く。
《(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!》
…………
…………破るぞ。
《冗談、冗談。いやぁ、でもあのアニメ面白かったよねぇ。未来の君は覚えているかい、あのクトゥルフ神話ネタのアニメ》
ああ、あのパロディ満載のアニメか。元ネタが分からないから、何が面白いのかさっぱり理解できなかった。
あの人は隣で大爆笑していたけれど……
……なんだか、読めてきたぞ。
《這い寄る混沌、可愛らしかったよね~。だから僕も創ってみた》
「そんなことだろうと思ったよ!」
《とりあえず手元にあった君の後継機の設計図を基に創ってみたんだけど、成長因子の設定をミスっちゃったみたいでねぇ、ちゃんとした形に育つまで百年ぐらいかかるみたいなんだ。エネルギー補充に海水が必要だったから、海で保管することにした。この手紙が届く頃にはそろそろ形になっているだろうから、確認しておいてくれないかな。目印は岸壁に係留されっぱなしになっている漁船だよ。じゃ、よろしく。(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!》
「…………」
「うにゃぁぁ」
「みくっ、みくっ」
手紙を読み終えた私の足元で、はちゅねがまた新しいネギを引っこ抜いて、たこルカにそれを向けていた。
「ちょ、なんですかこの子っ!? そんなネギ臭いものを向けて、私をネギ臭くしてどうしやがるつもりですかっ!?」
「あー、……それはね」
私は、はちゅねに怯えて喚くたこルカのそばに屈みこんだ。
「そのネギはね、プレゼントなの。この子なりの、親愛の表現なんだよ」
「この、ネギが?」
「そう。だから、受け取ってくれないかな?」
「受け取る……それって、つまり」
たこルカはしばらくいぶかしげに顔をしかめていたけれど、やがて触手を一本伸ばして、差し出されたネギを受け取った。
「みくー♪」
はちゅねが嬉しそうに笑う。
「ルカ。私はミク。初音ミク。この子は、はちゅねみく。あなたと同じ第二世代型ボーカロイド……あなたの同類よ」
「同類、ですかぁ?」
たこルカがもらったネギを持て余しながら、私とはちゅねを交互に見た。
「この三人、同類どころか、同じ生物とさえ思えませんけどー?」
「だよねぇ」
八頭身美少女と三頭身ちびっこ、それに一頭身のたこだ。統一性なんかありゃしない。
私が苦笑すると、たこルカが私にネギを差し出した。
「でもまぁ、同類じゃなくても友達にはなれるんじゃないですかー?」
「ルカ……?」
「ネギ、親愛の表現なんでやがるんでしょう」
ほれほれ、と私の目の前でネギが揺れる。
私はそれを受け取った。
「ありがとう、ルカ。よろしくね」
「みくぅ♪」
「はいはい」
こうして、私の周りはまたひとつ賑やかになった。