時間は一人でいるときよりも、二人でいるときの方が早く過ぎていく。
三人なら、もっと早い。
おかげで毎日が矢のように早く過ぎていき、そして私の周囲の環境もまた、どんどん変化していった。
ちょっとした、でも大きな変化は、例のネギ山で起きた。
大量に積み上げられたネギ山は、腐り、分解されて腐葉土となり、そしてそこから新たな芽が生えてきた。
初めは、またネギが生えてきたのかとウンザリしたけれど、よく観察してみると、それはネギとは違う、別の植物の芽だと分かった。
一体どこからその種子が運ばれてきたのか、それともその種子は始めからこの大地に眠っていたのか。
とにかく、あらたな芽は新たな可能性として、私たちに明るい希望を抱かせた。
ネギ以外に食材のレパートリーが増えるかもしれないのは、とても嬉しい。
植物に限らず、様々な要因の種子がこの世界にはすでに存在していたようで、私たちはじきに、それがやはり新たな可能性として芽吹いていたのを知った。
あるとき、周囲を散歩している最中に、川のせせらぎを発見した。
そこには既に川藻が生え、川底にはタニシを始め、様々な貝や小魚が生息していた。
「ねぇ、たまにはシーフードも悪くないと思わない?」
「私を見てよだれ垂らさないでくれやがりますか?」
「みくー」
とはいえ、さすがに料理できるほどの大きさの魚はいなかったし、タニシは泥臭そうだったので、やめた。
でもいつか魚料理が食べられるかもしれないと思うと、胸が弾んだ。
「マグーロ食べたい、マグーロ食べたい、ぴーっちぴち、おーさかな、食・べ・たい♪」
「うにゃー♪」
「みくー♪」
数日後、家の裏でマンボウが死んでいるのを発見した。
いったいぜんたい、なにがどうしてそんな状況になっているのかさっぱり理解できなくて、私はその場で固まってしまった。
はちゅねも流石にネギで突っつくような真似はしなかったし、たこルカに至っては本能的に危険を察知したのかダッシュで逃げていった。
目の前に横たわっているのは、銀色に輝く円盤、上下に伸びる背びれ、死んだ魚のような目……って、これは当然か。
「とりあえず……どうしようか?」
「みくぅ?」
逃げたたこルカは放っておいて、はちゅねと協議した結果、
食べてみることにした。
「ぴーっちぴち、おーさかな、食・べ・たい♪」
「みくー♪」
「どうしてそうなりやがるんですかっ!?」
逃げたたこルカが戻ってきた。
「最近シーフードに飢えてて」
「みく」
「だからって訳の分からない落し物まで食べることないでしょー。だいたい魚は魚でも、マンボウとマグロじゃまるで別物ですし、そもそもぴーっちぴちでもありやがりませんよ」
「ルカ、マグロやマンボウを食べたことあるの?」
「ありませんよ。私がいつ生まれたと思ってるんですか」
まぁ、つい最近の話だろう。
だったら、たこルカのこの知識はどこから仕入れてきたのか、イマイチ謎な部分があるが、そのあたりはあの人の創ったものだから、という理由にならない理由で納得することにした。
「と、いう訳でさっそく食べてみようか」
「みっくー」
「だからどうしてー!?」
やかましい。
たこルカを無視して私は包丁を用意した。
その刃をマンボウに押し当ててみたけれど、表面がヌルヌルしていて滑りやすい上に、皮がやたら硬い。
力を入れて包丁を押し当てていたら、突如、マンボウの上下に長い尾ひれがバタバタと動き出し、その大きな身体がフワリと浮き上がったかと思うと、鳥のように羽ばたいて飛んでいってしまった。
私たちが見上げた空の先に、同じようにマンボウの群れがノンビリと空をわたっていくのが見えた。
「ゆーがっとめぇぇる」
「やっと来たわね」
私はポストから手紙をひったくる。
たこルカが私の肩によじ登って、そこから一緒に手紙を読んだ。
《マンボウが空を飛んで何が悪い》
「バカでやがりますか、この人は?」
せめて紙一重と言ってあげて欲しい。
こんなんでも私たちの創造主みたいなものだ。
《昔、どういう理由だか知らないが、家の裏でマンボウが死んでいたことがあったんだ。本当にどういう理由だったのか、未だに分からないんだ。誰かのイタズラか、はたまたプレゼントか。しかし事実がなんであれ、弄ばれたマンボウが可哀相だ。そう思わないか、ミク!》
「思うんですかー?」
「どうでもいい」
「みくぅ」
《というわけで、マンボウの無念と僕の疑問を解消するために、マンボウを創ってみた》
このパターンも何度目かなぁ。
《出来上がったマンボウは以前にも増して生命力が強く、しかも空まで飛べてしまった。どうやら僕はマンボウに進化を促してしまったようだ。彼らはその能力を使って研究室を飛び出していってしまった。あの生命力なら今も、そして未来でも生き延び続けているだろう。もしかしたら見かけることもあるかもしれない》
見かけましたとも。
やっぱり家の裏で。
《ちなみにひとつ忠告しておくけれど、食べてもあまり美味しくないからね。ヌメリがひどくて、生臭い。しかもゴムタイヤみたいに固くて、はっきり言って不味い。こんなの食べるよりタニシの方が美味しいから、そっちをオススメしておくよ。それじゃあ、また》
どうしてタニシ?
三人そろって首をひねったけれど、その疑問は数日後には解けた。
ある日、家に帰るとキッチンでカッパがタニシを茹でていた。
割と大きめの鍋で大量に茹でてる。
「ごめんごめん、ガスコンロ勝手に使ってるよ」
ガス代はちゃんと払うからさ。って、そういう問題じゃない。
カッパがキッチンに立っているという現実自体が問題だ。
私たち三人は目をこすり、ほっぺたをつねりながらもう一度現実を直視した。
カッパが家のキッチンでタニシを茹をでていた。
キッチンタイマー片手にタニシを茹でていた。
「ごめんごめん、砂抜きは外でやったからさ」
砂抜きとか、そういう問題じゃない。
「ネギむしりで疲れたでしょう。お風呂沸かしておいたから入ってきなよ」
カッパに気遣われた上に、お風呂を勧められた。
私たちは一度、家の外に出てポストの中を覗いてみた。
手紙はなかった。
とりあえず、私たち三人、カッパに勧められるままに風呂に入った。
適温だった。やるな、カッパ。
風呂から上がると、カッパの姿はもうなかった。
代わりにキッチンのテーブルの上に、置き手紙と、そして色あせた古い封筒が残されていた。
《タニシはタッパに入れて冷蔵庫に保存しておきます。ネギに合う味にしておきました》
置き手紙には、そう書いてあった。
そして、
《追伸。博士から手紙をもらっていたので、あなたにお渡しします》
私は色あせた古い封筒を手にとった。
中には、油紙で厳重に包まれた手紙が入っていた。
長い年月が経過した、色あせた手紙だった。
《親愛なる友へ。
この荒れ果てた世界で生き延びるために、これから長い休眠につこうとする君にこんな手紙を送ることを許して欲しい。
実は、君に一つ頼みがあるんだ。僕の大切な女の子を助けてあげて欲しい。
君が休眠から目覚める頃、きっと彼女はひとりぼっちで寂しがっているだろう。
もしかしたら、泣いているかもしれない。
そんなとき、君の得意なタニシ料理を振舞って上げてくれないか。そう、最後の人間としてひとり残された僕に、君がしてくれたように。
あの時のことは、今でもよく覚えているよ。君と僕が初めて出会ったのは……――》
そこから先は、字が褪せてしまっていて、読むことができなかった。
冷蔵庫にあったタニシは、なかなか美味しかった。
「そういや、ガス代、払いやがりませんでしたね」
「申し訳なくて請求できないわよ」
「ゆーがっとめぇぇる」
「みく?」
はちゅねがポストから手紙を取ってくる。
《ミク、カッパにはもう会ったかい?》
うん、会ったよ。
タニシも美味しかった。
《僕の親友だ。イイやつだよ。彼が現れたなら、きっと世界もだいぶ回復していることだろうね》
まぁ、基本ネギだらけだけど。
色々とシュールな世界になりつつあるけれど、それでも、私はこの世界が好きだった。