夏休みを早寝早起きで健康的に過ごすやつなんかいるのかね。
体育会系の部活に入っている連中なら、丸一日練習だ、合宿だ、大会だと言って、盆以外の夏休みはむしろ学期中よりも忙しい地獄を見る期間だろうけど、でもそれ以外の人間にとっちゃ関係ない。
いや、これでもさ、ついこの間まで運動部に入ってたんだぜ。
でも予選敗退しちゃって、夏が始まる前に最上級生は引退さ。
俺の青春はもう終わったんだ……あくまで部活においては。
だからここからは恋と音楽で青春を彩ってやるんだ!
夜ふかし上等、朝まで徹夜で楽曲仕上げてやるぜ!
ってな感じで丸一日パソコンにかじりついてDTMやってた。
え、受験勉強? 何それ美味しいの?
鼻歌うたいながらひたすらメロディを打ち込んで、何度も聞き返しながら微調整を繰り返しているうちに、気がついたら窓の外が白白と明るくなっていた。
すっかり徹夜してしまったけれど、その甲斐あってめちゃくちゃいい歌が出来上がった。
これなら動画投稿サイトで殿堂入りも確実、リンもこれを聴けばきっと俺の思いに気がついてくれること間違いなしの最高のラブソング。
さぁ聴いてくれ、俺のありったけの想いを!
リンちゃんなうリンちゃんなうリンちゃんリンちゃんリンちゃんなうっ♪
「――って、思いっきりパクリじゃねぇかぁ!?」
ガバっと、パソコン前から頭を上げる。
目の前のパソコンはとっくの昔に省エネモードのためにログオフしていて、それを再起動させようとマウスに伸ばした右腕は、ずっと腕枕で自分の頭を乗せていたせいですっかりしびれていた。
やっとこそさ立ち上げたパソコンには、まだ音程の外れた鼻歌もどきしか入ってなかったよ畜生。
あ~あ、夢かぁ。
俺は椅子にもたれかけ力いっぱい背伸びをする。ネタ曲とは言え、あれぐらいイイ歌が俺にも作れたらなぁ。
いっぺん大あくびをかまして、目元をこすりながらパソコン画面を見る。
右端の隅に今日の日付と時間が出てた。
時刻は五時半。
なんだ、まだそんな朝早い時間なのか。
最初はそう思ったけど、なんか部屋の様子がおかしい。早朝だってのに、なんでこんなに日差しが強いんだろう。
俺の部屋の窓、たしか西向きのはずなのに――
――ああ、夕方の五時半か。
それなら西日が差し込んでるから日差しが強いのも当然だよな。
「やっべぇ、寝過ごした!?」
今日は夏祭り当日。
リンたちと夕方六時に待ち合わせの予定だった。待ち合わせ場所への移動時間を考えるとかなりギリギリだ。
とにかく急いで出かけなきゃ。携帯と財布をひっつかんで部屋を飛び出す。
ああちくしょう、丸一日無理な姿勢で寝ていたから身体中が痛ぇっ!?
それに、シャワー浴びる時間も、ちゃんとした服に着替える時間も、髪をセットしなおす暇もねぇ!!
自転車に飛び乗り、近くの駅までぶっ飛ばす。
駐輪場に自転車を放り込み、改札に向かって走りながら定期を取り出そうとして、定期を家に忘れてきたことに気がついた。
オワタ?
いや、まだだ!
財布は持ってるから、それで切符を買い、なんとか電車に滑り込む。
よし、なんとかこれで間に合うぞ。
と、思ったら電車は向かいたい方向とは反対方向へ走り出した。
もしかして俺、ホーム間違えた?
しかもこれ快速ってアナウンスで言ってるよ。
次の駅止まんねぇよ。
涙目でケータイ取り出して見てみたら、電池が切れていて電源が入らなかった。
はい、オーワター\(^o^)/♪
結局、三十分以上も遅刻して、待ち合わせ場所にたどり着いた。
待ち合わせ場所は、駅前の広場。そのすぐ近くの公園が夏祭りの会場だった。
駅前広場には夏祭りに向かう人手で溢れていて、リンたちがどこにいるのかさっぱり分からない。
つーか、そもそも待っているかどうかすら怪しいもんだ。
遅刻した上に連絡もつかない奴を果たして待っていてくれるだろうか。
内心ビクビクしながら目印の時計台に向かった。
そこに、知り合いが待っていた。
「あ、レン。良かったわ、ちゃんと来てくれたのね」
「うむ、心配したぞ」
桃色の浴衣の女性と、紫色の着流しを着た男性の二人連れ。
二人とも長身な上に、和装がよく似合っていて、しかも美男美女のカップルだから、人ごみの中でもよく目立つ。
「ルカ姉にがくぽ先輩、わざわざ待っててくれてたんすか?」
「まぁ、そんなところかしら。実は私たちも遅れてきたの。これ以上、みんなを待たせ続けるのも悪いし、ミクやグミ、リリィやリンたちには先に行ってもらったわ」
「みな、お前と連絡がつかないと心配していたぞ」
がくぽ先輩が咎めるような目つきで俺を見た。
口調は穏やかなんだけど、この人は目つきが鋭いから、こうやってまっすぐ視線を向けられると思わず腰が引けてしまう。
「いやぁその、実はケータイの充電切れちゃってて……」
「まったく仕方のないやつだな。充電器ぐらいコンビニで買ってきたらどうだ」
簡単に言わないでくださいよ先輩。
あれ結構高いんですから、少年の懐事情的には厳しいんです。
「まぁ、いいわ。とりあえず無事に来れたんですもの」
ルカ姉が魅力的な笑みを浮かべながら、ケータイを取り出した。
ボタンを操作したあと、小首をかしげながらケータイを耳に当てる。
ケータイを持つ右腕が立てられ、浴衣の袖が肘まで下がり、ほっそりとした白い腕が露わになった。
女性の腕ぐらい、いつも見慣れているはずなのに、和服を着ているってだけでどうしてこんなにも色っぽく見えるんだろう。
特に肘あたりまで下がった浴衣の広い袖から、二の腕の奥まで見えそうで見えなくて、その上、小首をかしげているルカ姉のうなじから首筋、肩の鎖骨に至るラインがなんとも艶かしくてドキドキしてしまう――
――と思ったら、俺自身の背筋にゾクッと悪寒が走った。
なんかものすごく冷たい視線を感じる。
恐る恐る横を向くと、がくぽ先輩が鋭い目をさらに鋭くして俺を見ていた。
……やべぇ。殺られるんじゃねぇかな、俺。
「――あ、ミク? レン君やっと着いたわよ。彼ね、ケータイの充電が切れていたんですって。……ええ。そう、わかったわ。じゃあ、そこへ向かうように伝えておくわね」
ルカ姉がケータイを収めて、こっちを向いた。
「レン君。ミクたち、会場西側のたこ焼き屋の近くに待ってるらしいわよ――って、あなたたち何をやっているの?」
不思議そうなルカ姉の前には、がくぽ先輩からヘッドロックをかけられている俺がいた。
「うむ。レンがあまりにも可愛いので、思わず抱きしめてしまったのだ」
「まぁ♪」
いや、先輩。がっちり技を極めた上に、しれっとそんな気色の悪いこと言わないでください。
だいたい、これマジで締まっていて息ができねぇ!
ルカ姉も微笑ましそうに笑ってないで、この人を止めてくれっ!?
「がくぽ、そろそろ放してあげたら? レン君も恥ずかしがって、顔が真っ赤になってるわよ」
「うむ、そうだな」
やっと腕の力がゆるみ、俺は大きく息をついた。
ちなみ言うまでもないけれど、顔が赤かったのは、間違っても恥ずかしいって理由からじゃあ無い。
だけどその顔さえ、離れぎわにがくぽ先輩から耳元で告げられた言葉で真っ青になった。
「もしまたルカをいやらしい目で見てみろ。次は押し倒すからな」
えっ?
押し倒すってなんですか?
俺、何されるんですか? 殺られるんじゃなくて、ヤられちゃうんですか?
がくぽ先輩、嫉妬してるのは分かりましたけど、どっちに対して嫉妬してるんですか?
もちろん、ルカ姉を守るためっすよね?
ですよね!?
「レン君、みんなのいる場所を聞いていたかしら?」
「あ、はい。たこ焼き屋っすよね」
「ええ、そうよ。じゃ、早く行ってあげなさい」
「あれ? ルカ姉たちも一緒に行くんじゃないんすか?」
「私たちは二人でゆっくり廻らせてもらうつもりよ」
ルカ姉はそう言って、がくぽ先輩に寄り添って腕を絡ませた。
「う、うむ……」
がくぽ先輩が、首を絞められてもいないのに顔を真っ赤にしながら、それでも必死に冷静を装って頷く。
その様子がおかしくて、ニヤニヤ笑いながら眺めていたら、また鋭い目で睨まれた。
おー、こわ。
「いーなぁ、仲が良くて羨ましいや」
「あなたも頑張りなさいね」
リンちゃん、待ってるわよ。と、ルカ姉は意味ありげにウィンクしてみせた。
どういう意味の“待ってる”なのやら。
まぁ、待ってくれてなくても、こっちから追いついてみせるさ。と、気持ちを切り替えて、俺は夏祭り会場に足を向けた。
「しっかりね」
「はいっ!」
ルカ姉の声援を背中に受けながら、俺は人混みであふれかえった夏祭り会場へと走り出した。
夏祭り会場に勢い込んで走り込んだはいいものも、あふれる人混みに目の前を遮られて、俺の足はあっさりと止められてしまった。
それでも必死に人混みをかき分けて、なんとか目的地のたこ焼き屋にたどり着く。
だけど、あれぇ?
周囲を見回してもリンたちの姿はどこにも見当たらなかった。
おっかしーなー、と首をひねりながら立ち止まっていたら、いつの間にかたこ焼き屋の行列に巻き込まれてしまった。
「へい、まいどありー!」
威勢のいい声と共に、俺の手元にカップ容器が渡される。
容器の中にはふんわりと香る昆布出汁に沈む、きつね色のたこ焼きの姿。
箸でつまんで持ち上げると、生地に染み込んだ出汁がジュワッとあふれ、口にほおばるとふんわりとした食感に、とろりとした中身が出汁とともに溢れ出てわふっわふっ!?
は、はふっふふ、ふぅ……うめぇ。
うめぇけど、これ、
「たこ焼きじゃなくて、明石焼きじゃね?」
そう呟いたら、店員から、
「いーや、正確には玉子焼きと言うんだ、そもそもたこ焼きは、この玉子焼きがルーツで斯斯云々……」
「ごちそーさまでしたー」
長々と語りだす店員を尻目にさっさと逃げ出す。
よくよく周りを見てみれば、ここ、西側じゃなくて南側だったよ。
そりゃリンたちもいねーわ。
急いで西側に行かなくちゃだけど、さっきの明石焼きで口のなか火傷しちゃって、アーッチッチ。
口の中がヒリヒリしてたまらないんで、通りかかったかき氷屋で足を止めた。
夏の定番、イチゴにメロン、抹茶にブルーハワイと色とりどりのシロップが店頭に並ぶなかで、珍しいものを見つけた。
バナナ。
黄色といえば普通はレモンだろうけど、そこであえてバナナを出してくるとは、なんて野心的なかき氷屋だろう。
その心意気半分、興味半分でバナナ味のかき氷を注文した。
食べてみると、なるほろ、バナナだ。
バナナのまったりとした甘さに練乳のクリーミーさがプラスされ、それでいてきめ細かい氷のふんわりシャキシャキ感のおかげでしつこくなくあっさりとした口当たりを保っている。
うめぇうめぇ、とシャクシャク食べていたら頭にキーンときた。
うっ、きたきたキタァ。
これぞ夏の醍醐味ってもんだ。
おっとっと、こんなことしてる場合じゃない。口を冷やすだけのつもりが思わずしっかりと味わってしまった。
やっとこさ西側のたこ焼き屋についたものの、もうリンたちの姿はどこにも見当たらなかった。
さすがに遅れすぎたかなぁ。
と落ち込みかけていたら、代わりに待っていてくれたらしい二人連れを見つけた。
「こら、レン。どこほっつき歩いていたのよ」
「メイコ姉!?」
「僕もいるよ~」
「カイト兄も?」
赤い浴衣に、青い着流しのカップルが、ひとつの皿のたこ焼きを二人仲良く分けながら、俺の前に立っていた。
「レン、あんた遅刻した上にケータイの充電切らしてたんですって? なにやってんのよ、もう」
メイコ姉が片手にたこ焼き、もう片手を腰に当てて俺を叱る。
うぎゃ、メイコ姉の説教って長くなるんだよなぁ。
でも、眉をひそめるメイコ姉の口の端に、たこ焼きのソースがこびりついてるのに気がついて、思わず吹き出しそうになった。
ダメだ、ぷぷっ、笑うな、笑ったら、説教が更に長引くぞ、ぷふっ。
「レン、なに笑ってるのよ?」
あ、やべ。
雷が落ちる、と思って首をすくめたら、メイコ姉の隣から、カイト兄が、
「めーちゃん、ちょっとこっち向いて」
「え、カイト? ちょ――」
横を向いたメイコ姉の細い顎に指をかけて、わずかにクイッと上向けると、もう片方の指でメイコ姉の唇を拭った。
「はい、綺麗になったよ」
カイト兄はそう言いながら、メイコ姉の唇を拭った指をペロリと舐めた。
……カイト兄、あんたスゲェよ。
よくそんな真似を人前でナチュラルにやってのけるよな。
メイコ姉は文句を言うどころか、着物の柄よりも真っ赤になって硬直しちゃってる。
「ところでさ、レン。どうして遅れたの?」
カイト兄が硬直したメイコ姉をよそに、俺に向かってのほほんと聞いてきた。
うーん、この人も相当の天然だよなぁ。
リンやルカ姉といい、俺の周りって天然ボケが多くね?
「実は寝坊しちゃってさ」
「夕方なのに? あ、わかった。また徹夜して曲を作っていたんでしょ」
「まぁね」
「いい曲できた?」
妄想が暴走してリンちゃんがナウってる曲ができた夢を見ました。
俺は笑ってごまかして、
「なぁカイト兄。リンたち、どこに行ったんだ?」
「盆踊り会場だよ」
「盆踊り?」
「自由参加の盆踊りだよ。もうすぐ始まるから、みんなそっちに行っちゃったんだ。なんでも一番楽しそうに踊った人には景品が当たるらしくてね。それを聞いたミクがすごい張り切っちゃって、ぜひ参加しようってみんなを引っ張って行ったんだ」
ほら、あそこ。
と、カイト兄が会場の中央を指差す。
夕暮れに染まる茜色の空のした、提灯に囲まれた背の高いやぐらの周りに、色とりどりの浴衣が次々と集まっていた。
自由参加の景品付きなだけあって、目立った者勝ちということだろう、コスプレ集団もかなり混じってる。
なんかキテイっぽいのとか、ガチャpんっぽいのもいるなぁ。
そんななかに、ほんの一瞬だけど、オレンジ色の浴衣に白い大きなリボンをつけたショートカットの小柄な少女を見つけた。
――リンだ!
「ほら、盆踊りが始まっちゃうよ。レンも言ってきな」
「うん!」
俺がやぐらに向かって走り出すのと同時に、会場に囃子の音色が鳴り響いた。
チャンチャン♪
チャンチャン♪
チャンカチャンカチャン♪
つっきがァ でったでったァ つっきがァあ 出たァ あ よぉいよい♪
お馴染みのミディアムテンポの四拍子にのって、人の輪がやぐらの周りを踊りだす。
それにしてもなんて参加者の数だ。人が多すぎて、輪が一重じゃ収まらず四重になっている。
リンの姿はとっくに見失ってしまっていて、俺は一番外側の輪の周りを進行方向とは逆に走りながら一周したけれど、リンの姿を見つけることはできなかった。
てことはさらに内側にいるのか?
《さぁさぁ、皆さん、まだまだ踊りは始まったばかりですよぉ~》
やぐらの上から司会進行がマイクを握り締め、脳天気に会場を煽った。
《祭りに来ている皆さぁ~ん、踊る阿呆ぉに、見る阿呆ぉ、同じ阿呆なら踊らにゃ損損ですよ~。なにせ景品だって出ますからねぇ~》
だったらしょうがない。
俺は、よしっ、と気合を入れると踊りの輪の中へ飛び込んだ。
あ、しょうがないってのは「リンを探すために踊らなきゃしょうがない」だからな。景品に釣られたわけじゃないぞ。
あんまぁり~ えんとつぅ~うがぁ たっかい~ぃのでぇ♪
さぁっぞ~やぁ おっつきさぁま けぇむた~っかろ♪
あら よぉいよい♪
手拍子、手拍子、パパンがパン。
右手を前に、左手を前に、
両手を広げて、丸かいて、
三歩進んで、二歩下がる。
一見複雑そうでいて、踊ってみると意外と簡単なのが盆踊り。
キレイに見せたいなら滑らかに指先をしならせ、カッコよく見せたいならダイナミックに手足を振る。
あ、そりゃそりゃそりゃ♪
踊りながら内周を踊る列に目を走らせていく。
内と外は交互になるよう進行方向が逆になっているので、半周ほどしたところで、内側の全員を確認することができた。
でも、う~ん、いないなぁ。
さらに内側かもしれない。そう思って、逆方向に動く内側の列に向かって踊りながら、えいやっ、と飛び込む。
月が出た出た 月が出た(ヨイヨイ)
三池炭坑の 上に出た
あまり煙突が 高いので
さぞやお月さん けむたかろ(サノヨイヨイ)
あなたがその気で 云うのなら(ヨイヨイ)
思い切ります 別れます
もとの娘の 十八に
返してくれたら 別れます(サノヨイヨイ)
一山 二山 三山 越え(ヨイヨイ)
奥に咲いたる 八重つばき
なんぼ色よく 咲いたとて
サマちゃんが通わにゃ 仇の花(サノヨイヨイ)
晴れて添う日が 来るまでは(ヨイヨイ)
心一つ 身は二つ
離れ離れの 切なさに
夢でサマちゃんと 語りたい(サノヨイヨイ)
さぁのよぉいよい、っと踊って、踊って、見渡して。
そしたら、いたいた、いましたよっと。
俺のいる列の五~六人ほど先に、オレンジ色の浴衣に見覚えのある白いリボンが頭の上でぴょこぴょこ揺れている。
盆踊りもちょうど曲が終わり、俺はそっちに向かって駆け出そうとした。
「お~い、リン――」
《――そこの金髪短パンの君ィ、いい踊りっぷりだったねえ。この祭り一番の踊る阿呆とは君のことだァっ!!》
誰がアホやねん、と思ったら半被を着たガタイのいい兄ちゃんたちに囲まれて担ぎ上げられた。
え?
アホって俺のこと?
エッサホイサとやぐらの上に運ばれて降ろされた。
会場に詰めかけた大勢の客たちの視線が一斉に俺に集まる。
うぉおお、心臓がバクバクしてきた。なんかすげぇ――
――興奮してきた。
目の前にマイクがにゅっと差し出された。
《君の名前と年齢いってみよー♪》
「鏡音レンです、14でっす♪」
《今夜は誰とやってきた?♪》
「たったひとりさ、寝坊したんだ♪ 遅刻したからおいてけぼりさ♪」
《おーいぇー♪》
「いぇいいぇい♪」
――あ~、レンだぁ。
やぐらに向かって聞き覚えのある黄色い声が飛んできた。
そっちを見ると、人ごみの中に白いリボンがぴょぴょこ揺れて、俺に向かって手を振っている。
「お~、リン、リーン!」
《へいへい、リンリン、可愛い彼女だ♪》
「彼女だ? のーのー、彼女じゃねぇぜ♪ だけど早くそうなりたいぜ♪」
《おっと、まさかの告白かぁーっ♪》
え、あれ?
しまった勢いに任せてこんなところで言っちゃった!?
夏祭りの、しかも会場のど真ん中で衆人観衆の見守る中で恋の告白だとぉ!?
……いいね( ・∀・) イイネ!
よっしゃ、今夜はここで伝説を創ってやるぜ!
「リン、聴いてるかぁ! 俺は、お前のことがァ――………リィーン、どこいったァ?」
さっきまでやぐらのすぐそばにいたリンが、ちょっと目を離した隙にどこにもいなくなっていた。
やぐらから周りを見渡してみると、会場の隅っこの方に、緑の浴衣のツインテールと、赤いゴーグルと、金髪ロングの三人組に連行されていく白いリボンの姿があった。
ミク姉一党め、何考えてんだ?
なんでいつも俺を置いていくんだよ!?
《あーっと、一世一代の告白の途中に済まないが、もうすぐ花火大会の時間だァ! ……はい、これ景品ね。じゃあ、バイバイ( ´・ω・`)ノ~バイバイ》
無情にも俺はやぐらから追い出された。
傷心の俺に残されたのは手渡された景品のネギ束のみ。
ネギ束って、こんなもん景品にして誰が喜ぶとゆーんだ。
《皆様、まもなく東側、河川敷会場にて花火大会が開催されます。混雑が予想されますので、係員の指示に従って――》
俺の周りじゃほかの客たちが一斉に花火を見に行くため移動を開始していた。
もしかしてミク姉たち、先に場所取りするために急いでたのか?
まぁ、どっちしろ俺おいてかれてんだけど。
っていうか、リンも少しくらい俺のこと待っていてくれたっていいのに、なんでミク姉たちに大人しく従っていくのか。
と、思っていたら、そうだミク姉だ。と、思い当たった。
俺がリンに告白するとき、常にミク姉に邪魔されてる気がする。
もしかしてあの人、ワザとやってるのか?
そう思いながら、俺も河川敷会場に移動していたら、突然、横からぐいっと腕を引かれた。
「うわっとっとっと!?」
そのままズルズルと人ごみから引きずりだされ、会場の周囲を囲む雑木林のなかに連れ込まれた。
いったい誰だ?
と思ってよく見たら、そこには緑の浴衣のツインテールが居た。
「ミク姉?」
「やっと二人きりになれたね、レン君」
いや、いきなりなに言ってんですかアナタ。
突然の超展開に俺、付いていけないんですけど。
「ミク姉、ネギか? 景品のネギが欲しいのか!?」
「……ちょっと、レン君。私、どれだけネギ中毒者だと思われてんのよ」
「いや、だってそれ以外にミク姉が俺をこんなところに連れ込む理由が分からないし……」
「あら……本当にわからないの?」
ミク姉が俺の手からネギ束を奪い去ると、それをポーンと雑木林の奥に投げ捨てた。
「み、ミク姉?」
「こんなネギより、私にはもっと欲しいモノがあるの」
ミク姉がそう言って、俺の腕をとって身体を密着させてきた。
サラサラの髪から漂うシャンプーの香り、
柔らかな手のひらから伝わる体温、
浴衣越しに腕に触れるミク姉の胸の感触――は、無かった。
リンと同じくらいペッタンコなイメージがあったけど、本当にそうなんだな。
リンは発展途上なのかなぁ、それともミク姉と同じくDNAの設計段階からフラット仕様?
とか考えていたおかげでリンのことを思い出すことができた。
「って、ダメだよミク姉! 俺はリンが…リンのことが……」
「リンが、なに? あの天然ボケ娘に何を言ったところで、レン君の思いは伝わらないわよ。そんな子より、私でいいじゃない。……ね?」
「いや、あの、みみみミク姉!?」
襟首を掴まれたと同時に足払いをかけられ、見事に押し倒された。
馬乗りになったミク姉が俺を見下ろす。
折から夜空に登った明るい満月がミク姉を背後から照らし、幻想的な淡い光で彼女を包み込んでいた。
ミク姉、胸無いのに、なんだか、色っぽい。
おまけにこの人、ちょうど俺の股間辺りに腰を下ろして跨ってるもんだから、浴衣の裾が内股のギリギリのところまではだけていて、うんまあ、その、俺の俺たる部分にね、よろしくない訳ですよ、とても教育的によろしくない訳ですよ、ハイ。
あ、ダメダメ、腰を揺らさないで、こすらないで!
ミク姉が、腰の下の俺の反応に気づいて、笑みを浮かべた。
「レン君、元気いっぱいだね」
「―――<(゚ロ゚;)>ノォオオオオオ!!」
やめてぇっ、思わずワッショイしちゃった男の子の健全な反応を弄ばないでっ!?
でもミク姉は、そんなデリケートな男心なんて意に介さず、俺に覆いかぶさってくる。
やばい、男心と同じくらいデリケートな俺の理性はもう崩壊寸前だ。
誰か、助けて!
俺の秘められし獣性が解放されてしまう前に、誰かミク姉を止めてくれ―――!!
「ミク、いい加減にしなさい」
「あまり後輩をいじめちゃダメよ?」
――俺の上から、ミク姉の身体が勢いよく離れていった。
上体を起こした俺が見たのは、赤い浴衣と桃色の浴衣に両脇から腕を取られ、引きずられていくミク姉の姿だった。
「め、メイコ姉に、ルカ姉……どうしてここに?」
「あんたを助けに決まってるでしょ。最近、ミクがあんたを狙ってたみたいだしね」
「狙ってた?」
「ミクちゃん、特定の相手がいないことにすごい悩んでたから」
メイコ姉とルカ姉に拘束されながら、ミク姉が声を上げた。
「だって、私このシリーズでいっつも独り身ばっかりなのよ!? たまには恋人役が居ても良いじゃない!!」
なに物騒なこと言ってんだ、この人。
「メタ発言するんじゃないのっ!」
「それに、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらっていうものね」
ミク姉は二人にズルズルと連行されていった。
去り際に、二人が俺に向かって、こう告げた。
「レン、あっちでカイトたちが待ってるわよ。リンのところまで案内してあげるわ」
「ちゃんと二人きりにしてあげるから、頑張ってね」
メイコ姉とルカ姉が示した方向に向かって雑木林を出ると、そこにカイト兄とがくぽ先輩が待っていた。
「レン、さぁ行こう」
「男一世一代の大勝負だな」
先輩二人が、人ごみであふれる河川敷会場をかき分け、俺のために道を作ってくれる。
背の高い二人に向かって、離れたところから大きく手を振る二つの人影があった。
赤いゴーグルと金髪ロング。
グミとリリィだ。
二人の姿を見つけた先輩たちが、俺に振り返った。
「さぁ、レン」
「行け」
「はいっ」
俺はひとりで人ごみをかき分けていく。
しばらく手を振っていたグミとリリィも、いつの間にか人ごみにまぎれ見当たらなくなった。
だけど、大丈夫。あいつだけはもう見失わない。
だって、ほら。
もう手が届きそうなくらい近くに、君がいる。