作詞作曲ひとしずくPさん、編曲やま△さん、PVに鈴之助さんとTSOさんという豪華メンバーで彩られた、超クールなこの楽曲。
いままで我ながら無茶な小説化ばかりしてきたつもりですけど、これが一番難しかった気がします。
でも、ギャンブル小説なんていう初めてのジャンルに挑戦できて、なかなか楽しかったですけどね。
貴女の大事なモノ 全部賭けましょう
ホールを飾るシャンデリアの淡い光の下に、シガレットの煙が立ち昇っては溶けていく。
そのかすかに甘い香りの中に含まれているのは、夢と、希望と、欲望と、駆け引き。
身のうちに溜めこんだ業欲を紫煙とともに吐き出しながら、客たちは今夜もチップを握りしめ、テーブル上のレイアウトにベットする。
レンはテーブル上に散らばったチップの群れを一瞥しながら、ルーレット盤に手を触れた。
「スタート」
左手で撫でるようにタブローを回しながら、右手でタブローの回転とは逆の方向にボールを投げ入れる。
タブローに刻まれた数字の列が目まぐるしく右へ流れ、赤と黒の二色が溶け合う。
その周りを、ボールは左へと滑りながら周回し、二つの相反する回転がルーレット盤で美しい軌跡を描いた。
客たちはその回転を横目で見ながら、ベットの追加や、変更を次々と行っていた。
ルーレットと同じく、休みなく変動していくレイアウト上のチップの動きを、レンは冷静に観察した。
低配当のアウトサイド・ベッドの賭け率は、ほぼ均等。
高配当のインサイド・ベッドには、六目賭けから四目賭けが、赤の36の周辺に散らばっている。
そして最高配当である一目賭けが、一箇所。数字は、黒の13。
そこに賭けたのは、長い髪を左右で分けて結んだ若い女だった。
歳はレンより少し年上ぐらいか、見た目は明らかに暇と金を持て余した深窓のご令嬢。
だが、一見、品の良さそうな笑みが浮かぶ、その顔に輝くエメラルドのような大きな瞳にたたえられた光は、獲物を狙う飢えた野獣のそれだった。
カジノを娯楽として捉えているような、そんな余裕は見当たらない。
このルーレットにチップではなく、財産を、生活を、人生を全て賭けているような瞳だった。
(いけないね、お嬢さん)
レンは自分よりはやや年上だろうその女に向け、心中で侮蔑と同情の入り混じった笑みを浮かべた。
カジノは遊戯場、ゲームの場さ。
あんたにどんな事情があるのか知らないが、このルーレットがホイールオブフォーチュン(運命の輪)に見えるようなら、とっととココを立ち去った方がいい。
今夜初めて訪れた新参の客。それなのに飢えた野獣の目をした客ほど危ないものはない。
自分の運命を運否天賦に頼り、その挙句に何もかも失った日には何をしでかすか知れたものではないからだ。
しかもそういう客に限ってよくルーレットにやってくる。
きっとイカサマされることは無いと思っているのだろう。
もちろん、その通りだ。
だが、狙ったポケットにボールを落とせるスピナーが居たとしても、それは別にイカサマでもなんでもない。
「ノーモアベット」
レンは賭けの終了を宣言する。
客たちはこれ以上チップを置くことを禁止され、あとは自分たちの賭けた目が出るよう、祈るように回転するタブローとボールを凝視している。
二つの回転の間が徐々に狭まり、ボールがタブローの外周部に設置された八本のピンに触れた。
ボールが不規則に跳ね上がり、歪な円を描いたかと思うと、不意にひとつのポケットに吸い込まれる。
レンはその数字を宣言する。
「黒の13」
テーブルの周りに詰めかけていた客たちから、どよめきと、そして続いて歓声が沸き起こった。
オッズ36倍の大当たり。
長い二つ髪の女は、山のようなチップが目の前に押し寄せてくる光景に、驚きに目を見張り、それからすべての緊張の糸が切れたかのように、その場にしゃがみこんだ。
フロアマネージャーがさりげなく近づき、彼女に手を貸し立ち上がらせる。
フロアマネージャーは、喜びと衝撃に足元がおぼつかない女を支えながら、レンに向かってかすかに頷いて見せた。
客を大勝させたことへの非難ではない。
これでいい、という肯定の意だ。
レンは頷き返すような真似はせず、淡々と次のゲームの準備に取り掛かった。
女には、フロアマネージャーの他に別のホールスタッフが付き、テーブル上の大量のチップを籠に収めていく。
レンは、ずっしりと重そうな籠を恭しく抱えたスタッフと共にテーブルを離れていく女の後ろ姿を視界の隅に収めながら、
(二度と来るなよ)
そう、心の中で告げた。
彼女が黒の13に賭けるのは分かっていた。
そこに賭けるように、レンがそれまでの出目をその周辺に偏らせて誘導したのだ。
わざと客に大勝させたことで支払われる金額は、彼女にとっては人生を左右するほどの大金だろうが、店にすれば一日に想定されている損失額の数十分の一でしかない。
この程度の大勝は、むしろテーブルの雰囲気を盛り上げるきっかけになる。
事実、レンのテーブルには先のゲームよりも多くの客が付き始めた。
周囲の景色が埋もれるほどの人垣が並ぶなか、レンはその人と人の隙間からある視線を感じた。
「……?」
他の客たちの視線は、ほぼテーブル上のレイアウトと手元のチップに向けられている。
しかし、その視線だけはレンを注視していた。
レンはタブローに手を触れながら、さりげなく周囲を見渡した。
レンの視線がテーブルの周囲を回る。
(見つけた)
人垣から十数歩離れた、となりのルーレットのテーブルの近くに立つ女。
歳はおそらくレンとほとんど変わらない。
ショートカットの輝くような金髪に白いリボンのついたカチューシャが子供っぽさが感じさせるが、その格好は肩と背が大きく露出した黒いドレスであり、どことなく無理して大人びたフリをしているような、そんなチグハグさがあった。
そのチグハグさは纏っている雰囲気にも現れていて、彼女は明らかにこのカジノの空気に慣れていなかった。
となりのルーレットの近くにいるが、明らかにその注意はこちらに、レンに、向けられている。
レンのテーブルに近づきたいが、ほかの客たちの熱気に阻まれ、その輪に加わることを躊躇っているようだった。
そんな女と、レンの視線が、一瞬だが重なった。
レンはその視線を留めることなく、自分のテーブル上のレイアウトに移し、賭けの状況を確認した。
アウトサイド・ベッド……
インサイド・ベッド……
(笑った?)
目があった瞬間、あの女が笑みを浮かべたように見えた。
偶然目があったことへの、社交辞令的な笑み?
いや、違う。
あれは親愛と安堵の笑みだった。
――やっと私に気づいてくれたのね。
あの女は、笑みでそう語っていた。
レイアウト上にベットがほぼ出揃う。
レンは無意識とも言える計算で次に出す目を決めていた。
大勝は出さない。
今テーブルに付いている客たちをつなぎとめるため、なるべく多くの客に少額ずつの勝ちを配るのだ。
しかし、なぜ自分はあの女がこうも気にかかるのか?
レンは精密機械のように正確な思考の裏で、女のことを考え続けた。
なぜ自分は、あの女の一瞬の笑み程度に、そこまでの意味を見出そうとしたのか――
「――スタート」
レンがタブローを回し、ボールを投入しようとした、そのギリギリのタイミングで、レイアウトの一画に新たなベットが行われた。
それを見たとき、レンの手元が、かすかに狂った。
新たなベットは、一番安い額のチップがたった一枚。
場所は赤の12の一目賭け。
ベットしたのは……
……いつの間にか人垣をかき分け、テーブルの側に立っていた、あの女だった。
その女の目が、レンを捉える。
レンは今度こそはっきりと、その女の感情を読み取った。
サファイアのような瞳に湛えられていた感情は、喜びと、親愛。
――やっと逢えたね、レン。
彼女はそう伝えていた。
しかし……
「……ノーモアベット」
ルーレットを回るボールが遠心力を失い、回転を続けるタブローに弾かれる。
その音と共に、レンを見つめる女の目がみるみると曇っていった。
喜びと親愛が瞳の奥に沈んでいき、代わりに浮かび上がってきたのは、戸惑いと、寂しさ。
――私はあなたを知っているのに、あなたは私を知らないの?
そう訴えかける女の瞳に、レンは刺されたような胸の痛みを覚えた。
知らない。
(僕は、君を知らない)
しかし、それがなぜこんなにも辛いのか。
レンは女から視線を外した。
ルーレットはまもなく目を出そうとしている。しかし、どの目が出るか、レンには分からない。
この女の存在に……この女が存在しているという、ただそれだけの理由に、レンは手元を狂わされ、ルーレットの支配権を手放してしまった。
回転が穏やかになっていくルーレットは運否天賦のホイールオブフォーチュンとなり、ひとつの目を導き出す。
「…赤の…12」
溜息と歓声が入り混じりながら目まぐるしくチップが移動していくテーブル上に、赤の12にベットされた一枚のチップだけが、行き場をなくしていた。
女は、もうその場にはいなかった。