ボーカロイドソング二次小説集   作:PlusⅨ

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トランプ5枚だけ揃える 簡単なゲーム

 翌日、ポーカーのテーブルについたレンの前に、例の“紫の貴公子”と呼ばれるイカサマ師がさっそく姿を現した。

 

 男性ながら長い髪を品良く背中で束ねた、端正な顔立ちの男だった。

 

 細身の長身をブランドスーツに包み込み、場慣れた様子でカジノを悠然と歩き回っている。

 

 レンはその立ち振る舞いを見て、なるほど、貴公子と呼ばれるだけのことはある、と納得した。

 

 歩き方、目の配り方、所作の一つ一つに綿密に作りこまれた洗練さがある。

 

 彼がフロアを歩くごとに、すれ違った女性客のほとんどが振り返ってしまうほどだ。

 

(すこし、やりすぎだな)

 

 洗練されすぎている、という印象をレンは持った。役者が舞台で演じているような不自然さがある。だが、それゆえに目立つのだ。

 

 その目立つ振る舞いは、客だけでなく、当然フロアの各場所に散らばるディーラーやスピナー、マネージャーたちの目も引き付ける。

 

 言うまでもなく、警戒の視線だ。

 

 その隠れた敵意に気づいているのか、いないのか――いや、間違いなく気づいていながら、イカサマ貴公子は悠然とした態度を崩すことなく、レンの立つポーカーのテーブルについた。

 

「お仲間に加えさせていただいても?」

 

 そう訪ねたのは、レンに向けてではなく、テーブルについていた先客たちに向けてだった。

 

 先客たちは四人。

 

 その内の一人は数日前から時折姿を見せるようになった若い女性客で、肩ぐらいの長さのウェーヴのかかった髪に、童顔。それでいて胸元が大きく開いたドレスで深い谷間を見せつけている。

 

 残る三人は常連の客だった。

 

 新顔の若い女の隣の席に、常連客であるビジネススーツに身を包んだメガネの優男が座っていたが、彼は手元のカードよりも、隣の若い女の胸の谷間が気にかかってしまうようで、視線がちょくちょく隣へと流れていた。

 

 若い女もその視線には気がついていて、それでいて気がつかぬフリをしながら、ワザと両腕を胸の下で組むなどして、隣を挑発して楽しんでいた。

 

 その若い女をはさんでメガネの優男と反対側の席には、やはり常連客である、物静かな老紳士が座っている。

 

 口数が少なく、表情も乏しい、ポーカーフェイスとはこの老紳士のためにあるような、そんな人物だった。

 

 彼は隣の若い女の挑発には目もくれず、ひたすら己のカードを見つめながら深い思考に沈んでいる。

 

 老紳士の隣には、髪の長い落ち着いた雰囲気の美女。彼女も常連客だ。

 

 彼女はどこで手に入れたのか知らないが、いつも小さなたこのぬいぐるみを手元に置いているため、どこのテーブルでも「たこのお姉さん」「残念な美女」として有名だった。

 

 たこ美女はテーブルにやってきた貴公子に目を向け、その顔に魅力的な笑顔を浮かべて、貴公子に応じた。

 

「ええ、どうぞ」

 

 たこ美女の隣に、貴公子は腰を下ろす。

 

 それだけで、テーブルの一画が急に華やかになった。

 

 何しろ誰もが目を吸い寄せられる美男美女の組み合わせだ。偶然に隣あっただけの二人であるのに、いかにもそれが自然な結果であるような、そんな空気がそこにあった。

 

 貴公子が高額コインを差し出し、レンはそれをポーカー用のチップに交換する。

 

 貴公子はそこからアンティと呼ばれる参加料を支払った。

 

 このテーブルのアンティは最低賭金と同額に設定されている。アンティはテーブル上のポッドと呼ばれる集金場に集められ、ゲームの配当金の一部になる。

 

 ほかの四人の客もアンティを支払い、ゲームが開始された。

 

 このテーブルで行われるのは、ドローポーカーと呼ばれるカード5枚を使用したゲームだ。

 

 プレイヤーは自分のカード5枚から任意の枚数を一度だけ交換し、ハンドと呼ばれる役を作って勝負する。

 

 ベットはカード交換前と交換後の2ラウンド。

 

 最低賭金はアンティと同額だが、最高賭金はその3倍。

 

 レイズ(上賭け)は1ラウンドにつき4回までとかなり高額なレート設定だった。

 

 高額設定されている理由としては、ドローポーカーというゲームが、ほかの種類のポーカーゲームに比べ強いハンドが出来にくく、また、交換時の捨て札以外に公開されるカードがないため、プレーヤー相互間でハンドの読みあいがしづらいという理由による。

 

 相手のハンドが読めない以上、勝負の決め手はハンドの強弱よりも心理戦になる。

 

 高額レイズをかけ続け、いかに相手をフォールド(降伏)させるかという一種のチキンレースにも似たゲームだった。

 

 ただしここのカジノでは変速ルールとして、ワイルドカードを省いたカード52枚から、さらに各スート(柄)の2、3、4を省いた、計40枚でのゲームを行っていた。

 

 低いハンドのカードを省くことによって、高ハンドが出る確率を高めるためだ。

 

 また、勝負の判断材料を増やすため、フォールドしたプレイヤーの手札は公開することになっている。

 

 レンは、カードをカッティングマシーンにセットし、何度かボタンを押して公正に切られたことを示した上で、カードをカードシューに収め、

 

 メガネの優男、若い女、老紳士、たこ美女、貴公子の順に一枚ずつ、一人5枚になるようにカードを配った。

 

 客たちはそれぞれ自分のカードを確認し、第1ラウンドが始まった。

 

 ベットの順番は、プレーヤー間で回されていくディーラーズボタン(親マーク)の位置によって決定される。

 

 このゲームではディーラーズボタンはメガネの優男の前にあった。その左隣にいるものから時計回りにベットが行われていく。

 

 この場合、一番初めにベットしなければならないのは、若い女だった。

 

 このベットは強制的なものであるが、まだ交換前の手札であることと、他のプレイヤーの反応もまだ無いので勝負の判断材料が少なく、最も不利な立場だ。

 

 従ってここでのベットは最低賭金の半分か、それ以下の額を場に出せばよかった。

 

 若い女は最低賭金の半分の額を出した。

 

 次いで、老紳士がコール(同額賭け)し、さらにレイズを行う。ここでのレイズも強制的なものだ。

 

 老紳士は最低賭金と同額のレイズを行い、これで場には当初の最低賭金の2倍の額が出た。

 

 以後はこの額が最低賭金となる。

 

 他のプレイヤーはこれと同額でコールするか、レイズの場合は同額もしくは倍数で行わなければならない。

 

 どちらもできなければその時点でフォールドだ。アンティやそれ以前にベットした賭金は戻ってこない。

 

 美女がコール。そして手元のたこを撫でながら、涼し気な態度でさらに同額のレイズ。

 

 貴公子もコール。

 

 ディーラーズボタンを持ったメガネの優男がコールして、ベットは一周した。

 

 しかし美女がレイズをかけていたため、若い女と老紳士には、もう一度ベットしなければならない義務が生じていた。

 

 もっともこの二人には強制ベットとレイズが課せられていたため、どちらにしろコール、レイズ、フォールドのいずれかを行使する権利があった。

 

 若い女は軽く肩をすくめてフォールドを宣言した。

 

「めぐり合わせが悪いわ」

 

 そう言って手札をテーブルに広げる。

 

 ハートA、スペードJ、スペード6、クラブ6、クラブ5。

 

 ハンドは6のワンペア。2・3・4が省かれているこのゲームでは下から2番目のハンドだ。

 

 フラッシュやストレートを狙うには数字とスートがバラけ過ぎているし、よくてツーペアどまり。強制ベットでなければ、一周目でフォールドするのが無難な手だった。

 

 女はあ~あ、とため息を着くと、胸の下で腕を組んだ。胸の谷間が強調され、メガネの優男の視線がまた吸い寄せられた。

 

 老紳士はコール。

 

 それ以上のベットはなく、第1ラウンドは終了した。

 

 場には、当初の最低賭金の12倍の金額が出ていた。アンティと合わせれば実に17倍。

 

 カードの交換が始まる。

 

 通常のドローポーカーなら交換枚数に制限はなく、5枚全てを交換することも可能だが、ここでは枚数を減らしているため、残りカードが15枚しかない。そのため、交換可能枚数はひとり3枚までとされていた。

 

 フォールドした若い女を飛ばし、まずは老紳士が1枚の交換。

 

 捨て札はスペード10。

 

 レイズで賭け金を吊り上げた美女も1枚の交換で、

 

 捨て札はダイヤ10。

 

 貴公子は、3枚の交換だった。

 

 捨て札はスペードK、ダイヤJ、ハート9。

 

 最後のディーラーズボタンを持ったメガネの優男が、カード2枚の交換。

 

 捨て札はハートKとダイヤ8。

 

 これで、全員の交換が終了した。

 

 この時点での判断材料は、まず捨て札だ。

 

 7枚の交換が行われ、その内訳は、Kが2枚、Jが1枚、10が2枚に9と8が1枚ずつと、かなり高い数字が並んでいる。

 

 若い女の手札に、6が2枚と、5が1枚含まれていたことから、残りのプレイヤーたちの主なハンドは、J・10・9・8・7のあたりでのハンドの勝負になる。と、レンは予想した。

 

 特にレイズを行った美女は1枚交換だ。すでにツーペア、もしくはスリーカードの目が出来ていた可能性が高い。

 

 一方で貴公子は3枚交換だ。

 

 となれば、最初のハンドはせいぜいワンペア、もしくはノーペアだろう。いくらハンドができにくいドローポーカーとは言え、ワンペアだけで勝つのは難しい。

 

 まして、それを悟られるような交換をするのは悪手も甚だしかった。

 

 それとも、これもなにかのイカサマなのだろうか。レンの疑いをよそに、最終ラウンドが始まった。

 

 最終ラウンドのベットは、第1ラウンドと同じく、ディーラーズボタンの左隣から行われる。

 

 若い女がフォールドしているので、この場合は老紳士だ。

 

 老紳士はまゆ一つ動かすことなくコール。

 

 続いて美女がコールし、さらにレイズをかけた。相当自分のハンドに自信があるということだろう。

 

 それに対し、貴公子もまたコールと、レイズを行った。

 

 これに、レンは軽い驚きを覚えた。あれだけ高い数字ばかりを捨てておいて、何を引いたというのか。

 

 貴公子のレイズに動揺した人物がもうひとりいた。

 

 メガネの優男だった。

 

「まいったな。こんなにレートを吊り上げられたんじゃ、ブラフに出る勇気もないよ」

 

 彼はフォールドを宣言し、手札を公開する。

 

 その手札を見て、隣の若い女が口笛を吹いた。

 

 クラブK、スペードQ、クラブJ、クラブ9、クラブ7。

 

 ハンドのないノーペアだったが、後一歩でフラッシュかストレート、うまくいけばストレートフラッシュの完成だった。

 

 だが、ハンドができてなければ無意味だ。と普通は思うかもしれないが、レイズを重ねて他の者をフォールドさせていけば、公開された手札から残る相手に、自分がフラッシュかストレートを持っていると疑わせることができる。

 

 疑わせることさえできれば、ポーカーは半分は勝ったも同然だった。

 

 あとはチキンレースだ。

 

 ショウダウンに持ち込まれる前に賭金を吊り上げ、全ての相手をフォールドさせれば、ノーペアでも勝利がつかめる。

 

 しかしメガネの男は降りた。

 

 ほかの三人、とりわけ美女と貴公子にブラフは通用しないと踏んだのだろう。

 

 おそらくこの二人のどちらかにストレート以上のハンドができていると予想したのだ。

 

 その読みは正しい、とレンは思った。残る三人の中の誰かがストレートを完成させている。

 

 40枚のカードから5枚を引いてストレートができる確率は約1/100。

 

 しかし交換を前提にして考えるならこの確率は一気に低くなる。

 

 老紳士や美女が行った1枚交換でストレートを出すなら、5枚中4枚が順に並ぶ数字か、もしくはひとつだけ数字が抜けている組み合わせでいい。

 

 この場合の確率は約1/25。

 

 その上で一枚交換してハンドを成立させるなら、確率は、1/5にまで高くなる。

 

 ただし、これは他のプレイヤーが自分の狙う数字を持っていない場合の確率であるから、捨て札やフォールドした手札しだいで、この確率は更に変わる。

 

 しかし通常の52枚、手札公開なしのドローポーカーに比べれば格段にハンドができやすいのも確かだった。

 

 老紳士のベット。彼はわずかに思考にふけっているようだった。

 

 老紳士は貴公子を警戒している。と、レンは見てとった。

 

 貴公子のベットは四番目にあたり、メガネの優男についで多くの捨て札、手札を見てからベットできる位置にいる。

 

 他の者に比べ判断材料が多いのだ。

 

 その彼が3枚交換に踏み切り、レイズをかけたのだからかなりの高ハンドである可能性が高い――

 

(――いや、ブラフだな)

 

 レンはそう看過した。

 

 高いハンドを作りやすい位置にいる、というだけで充分有利なのだ。そのうえあえて3枚交換してまで高ハンドを狙いに行くのは、演出がすぎる。

 

 ストレート狙いと思わせるには、1枚交換にとどめるべきだった。

 

 老紳士も同じ結論に達したのだろう。彼はコールし、間をおかずレイズをかけた。

 

 それも、最高賭金でのレイズだ。

 

 美女が、

 

「まぁ」

 

 と声を漏らし、口元を抑えた。

 

 自分が行ったレイズに、二人ともさらに上乗せしてきたのだ。さきほどまで見せていた涼し気な態度が、急に余裕のないものに変わった。

 

 美女はしばし、老紳士と貴公子、両隣に座る男たちの顔を交互に眺めた。

 

 老紳士は厳格な表情のまま目をふせ、視線を合わそうとしない。

 

 一方で貴公子はまっすぐに視線を受け止め、謎めいた微笑で応えた。

 

 美女は片手で手札を、もう片手でたこの頭を撫でながら、しばし迷った末にコールした。

 

 貴公子がすかさずコール。そして躊躇せずにレイズを行う。

 

 これに、美女は息を飲んだ。

 

 しかし、そこにさらに老紳士がコール、レイズで応じる。

 

 男たちの一歩も引かない戦いに、美女はすっかり当惑しきって、ついにフォールドを宣言してしまった。

 

「私にはとても耐えられませんわ」

 

 ため息混じりに手札が公開される。それを見て、既にフォールドした若い女とメガネの優男が驚きの声を上げた。

 

 美女の手札はハートJ、クラブ10、スペード9、ハート8、ハート7。

 

 文句なしのストレートだった。冷静に考えればこれでフォールドするなどまず有り得ない。

 

 しかし、美女の手札を見せても、老紳士と貴公子は何の反応も見せなかった。

 

 美女がストレートを持っていたことぐらい、最初からお見通しだったと言わんばかりの態度だった。

 

 この態度に美女は不安に陥れられ、勝負を降りてしまったのだ。

 

 ストレートに勝つハンドは、フラッシュ、フルハウス、フォーアカインド、ストレートフラッシュ、そしてロイヤルストレートフラッシュだが、場に出たカードを見てもフォーアカインド以上のハンドが不可能なのは一目瞭然だ。

 

 だとすればフラッシュかフルハウスの勝負ということになるが、その両方が、残る二人に存在しているというのはまずありえない。

 

 というより、傍から見ているレンには、フラッシュもフルハウスも成立しているとは思えなかった。

 

 貴公子がコールし、さらにレイズ。ここまでいくとハッタリも度が過ぎている。

 

 貴公子は相変わらず余裕の表情を浮かべているが、ショウダウン前に相手をフォールドさせようという思惑が透けて見えてしまっている。

 

 老紳士もコール、レイズでさらに畳み掛ける。

 

 結局、二人ともさらにレイズを行い、ラウンド上限のレイズ回数に達してしまった。

 

 場に集められた賭金は、当初の最低賭金の65倍に膨らんでいた。

 

 そして、いよいよショウダウンが行われる。

 

「やれやれ」

 

 と、ここで初めて貴公子が微笑みを苦笑に変えて、自分の手札を公開した。

 

 スペードA、クラブQ、クラブ8、スペード7、ダイヤ7。

 

 ハンドは7のワンペアだ。それも下から三番目の強さでしかない。

 

 正真正銘のブラフだった。

 

 続いて、老紳士が黙って手札を開く。

 

 ダイヤA、クラブA、ダイヤQ、ダイヤ5、スペード5。

 

 Aと5のツーペア。あと一枚、Aか5が来ればフルハウスだったが、両方共、最初にフォールドした若い女の手に一枚ずつ含まれていたので、成立する見込みは最初から薄かった。こちらも見事なブラフだった。

 

 ブラフとブラフのチキンレース。

 

 制したのは老紳士だった。

 

 美女が深い溜息を付いた。

 

「私、愚かな真似をしてしまったようですわね。このハンドでここまで争われるなんて、なんて豪胆な方たちでしょう」

 

「いえ、豪胆だけでは到底かないませんよ」

 

 貴公子が弱々しく笑った。しかしそれゆえに親しみを呼び起こす笑みだった。

 

 彼は言った。

 

「ポーカーに必要なのは何よりも冷静さでしょう。私は少し熱くなりすぎました。それをあの方に全て見透かされてしまったようです」

 

 貴公子がそう言って、老紳士にその笑みを向けた。

 

 老紳士は、その視線を受け止めた。

 

「若者の熱さは、それだけで十分な力だ。君は強かった」

 

 短くそう答え、そして初めて、絵に書いたようなそのポーカーフェイスに柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます」

 

 貴公子は品良く礼を言う。

 

 その両者に挟まれて、美女は、老人と若者の勝負を通じた交流を眩しそうに眺めていた。

 

(……茶番だな)

 

 レンは次のゲームの用意を進めながら思った。

 

 イカサマ師がテーブルに着いてすぐに荒稼ぎするわけがない。若く向こう見ずなギャンブラー像は、イカサマ師が好んで装う姿の一つだ。

 

 その姿に親しみと品まで加えて見せるのが、このイカサマ師が貴公子と呼ばれる所以だろう。

 

 テーブルの面子はそのままに、アンティが支払われ、次のゲームが始まった。

 

 ディーラーズボタンが、メガネの優男から若い女に移り、強制ベットは老紳士からとなった。

 

 老紳士が最低金額の半額を払い、続いて美女がコール、強制レイズ。

 

 事実上の初手となる貴公子が、コールに続いていきなりレイズをかけた。

 

 これに、次の順番であるメガネの優男が顔をしかめた。

 

 しばし迷った末に彼はコール。

 

 若い女がコールし、レイズで応じた。

 

 そこに老紳士までもがコール。レイズで応酬する。

 

 この老紳士はこのカジノの常連客であるだけに、レンは、彼が見かけに反して実は攻撃的な性格であることを知っていた。

 

 この性格は先のゲームでも現れていたが、貴公子がそれ以上に攻撃的なゲーム展開をしているのでその印象はほとんど残っていない。

 

 他の客にとっては、このガチガチの堅物そうな男が初回からレートを吊り上げてきたという事実は、そのまま高ハンドを持っているという疑いになっているはずだった。

 

 美女がまた左右の男たちの顔を見わたしながら、その形の良い眉をひそめた。そして意を決したようにコール。

 

 貴公子がさらにレイズをかける。第1ラウンドからいきなりトップスピードの展開だった。

 

 これに全員がコールして、カードの交換に入る。

 

 老紳士が1枚交換でハートKを捨てた。

 

 美女が2交換。クラブ7とダイヤ5。

 

 貴公子は1枚交換。クラブ8。

 

 メガネの優男も1枚交換でクラブ6。

 

 若い女が3枚交換に踏み切った。ダイヤ9、ダイヤ7、スペード6。

 

 第2ラウンドもまた白熱したレイズ合戦となった。中心になったのはやはり貴公子と、老紳士だった。

 

 貴公子の無謀とも思えるレイズに、老紳士が顔色ひとつ変えることなくレイズで応酬する。

 

 最初にメガネの優男がフォールドした。

 

 手札はハートA、クローバー9、ハート7、ハート5、スペード5。

 

 ハンドは5のワンペア。

 

「だめだ。僕にブラフを貼り続ける度胸はないよ」

 

 さらにコールとレイズが一巡し、美女がフォールド。

 

 スペードK、クラブK、クラブ10、ハート9、スペード9。

 

 Kと9のツーペアだった。

 

 メガネの優男が、もったいないと声を漏らした。

 

「そうなのでしょうか。いやだわ、私ったらまた愚かな選択をしてしまったのかしら?」

 

 美女の反応に、若い女がクスクスと笑う。

 

 その笑いも、貴公子のレイズを聞くとしかめっ面になった。

 

「う~ん、どうしよっかなぁ」

 

 若い女は、迷った末にコール。

 

 老紳士はレイズ。

 

 これに貴公子もレイズ。

 

 結局、老紳士と貴公子がまたレイズを使いきり、これに若い女がコールで食い下がって、ショウダウンとなった。

 

 場には前回のゲーム以上の金額が出ていた。

 

 老紳士が落ち着き払って手札を公開する。

 

 スペードA、スペードJ、ハート8、ダイヤ8、スペード8。

 

 ハンドは8のスリーカード。

 

 決して強いハンドではないが、弱くもない。プレーヤーの覚悟しだいでは充分勝ちを狙いに行けるだろう。事実、老紳士はそうした。

 

 貴公子が、また「やれやれ」と苦笑して手札を開く。

 

 クラブA、ダイヤK、ダイヤ10、クラブ7、ダイヤ6。

 

 ノーペアだ。

 

 これにはレンもほとほと呆れた。演技だとしてもやりすぎだ。

 

 老紳士がまた微笑を浮かべていた。敗者を眺める勝者の絶対的な余裕の笑みだった。

 

 と、そこへ、若い女が歓声を上げて手札を公開した。

 

 ハートQ、ダイヤQ、スペードQ、クラブQ、ハート6。

 

 なんとQのフォーアカインドだ。

 

「ぃやったぁ♪、もーらいっ!」

 

 大量のチップをかき集める若い女を見て、老紳士の顔から笑みが消えた。

 

 元のポーカーフェイスに戻った、というよりショックで表情を失ったという方が近い。

 

 老紳士のショックと同様、彼の損失額も多かった。

 

 貴公子とのレイズ合戦のせいで、手元の半額近くが今のゲームで消えていたのだ。

 

 前のゲームで勝っていたので損失はプラスマイナス0であったが、貴公子が加わる前からのトータルで見るならば、損失額の方が上回る。

 

 この事実は、彼の気持ちをポーカーから離れさせるには充分だったようだ。

 

 老紳士はレンにチップの精算を申し出ると、貴公子に向かって言った。

 

「君に上から物を言える立場ではなかったな。私もまだまだ未熟者のようだ」

 

 老紳士は換金されたコインを受け取ると、席に残る者たちに丁寧にお辞儀して、テーブルを去っていった。

 

「勝ち逃げ、されてしまったようですね」

 

 貴公子が、老紳士の全体的な損失額も知らない素振りで、肩をすくめた。

 

 メガネの優男が自分の残りチップを数えながら、

 

「いやぁ、引き際ってやつですかね。僕も見習うべきかな」

 

「えー、いっちゃうのぉ? 私、やっとノってきたのになぁ」

 

 となりの若い女がこれみよがしに胸を強調する。メガネの優男は顔を赤くしてチップを数え間違えた。

 

 当分、彼はこのテーブルから離れられそうになかった。

 

 その様子を、美女が微笑ましそうに見ていた。

 

 その一方で、

 

(この女、注意すべきだな)

 

 レンは微かな予感をもって、若い女に警戒の視線を向けた。

 

 さきほどのゲーム展開に、レンはうまく説明できないが、違和感を抱いていた。

 

 貴公子がなにか仕掛けたのかもしれない。この若い女がそれに利用されたのか、それとも……仲間か。

 

 レンの思惑をよそに、貴公子が口を開いた。

 

「さて、このメンバーで親睦を深めるのも魅力的ですが、せっかく席が空いたのです。新たに友人を迎えるというのはいかがでしょう?」

 

「あら、お友達がいらっしゃるの?」

 

 と、美女。

 

 貴公子は微笑みでそれに応えると、そのまま後ろを振り返った。

 

 貴公子に釣られ、テーブルの全員がそちらを見る。

 

 レンは、あっと驚きの声を上げそうになるのを必死に堪えた。

 

 ショートカットの輝くような金髪に子供っぽい白いリボンのついたカチューシャ、その身にまとうのは肩と背が大きく露出した黒いドレス。

 

 昨日と全く同じ装いの彼女が、やはり昨日と同じく十数歩離れた場所から、レンのテーブルを見守っていた。

 

 

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