ボーカロイドソング二次小説集   作:PlusⅨ

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瞳を閉じたその隙に 心ごと奪ってあげましょう

 翌日。

 

 閉店後のカジノ。

 

 静まり返ったフロア内の一画には、一つだけ照明がつけられ、真下のテーブルに光を投げかけていた。

 

 レンはそのテーブルのそばに一人で立ち、闇に包まれたフロアの奥に目を投げかけている。

 

 その先、各種ゲームのテーブルが並ぶ静まり返ったフロアの中を、僅かな明かりだけを頼りに、カツ、コツ、と靴音が近づいてきた。

 

 靴音は、ゆっくりと、慎重に、しかし確実に近づいてくる。

 

 レンは、照明の下で、その靴音の主を待ち受けた。

 

 暗闇の中から、光の中へ、彼女が――リンが姿を現す。

 

「お待たせしました」

 

「別に、待ってなんかいやしない」

 

「私なんかを待ちたくなんかなかった、っていうことですか」

 

「ひねくれた物言いだな。そんな意味じゃない。時間通りに来たから、待たされていた訳じゃないということだ」

 

 我ながら意地の悪いものだな。

 

 レンはそう思いつつも、そんな態度を改めることができないでいた。

 

 それなのに、リンは、

 

「良かった」

 

 そう言って、ホッと安堵の息と笑みを見せた。

 

 それは彼女の人の良さか、優しさか。

 

 レンは、そんなリンの姿を眺めた。

 

 彼女は、黒く大きな襟のついた白いシャツに大きな黄色のリボンを結んだ、いわゆるセーラー服姿だった。

 

「学校の制服……なのか?」

 

「か、借りたドレス以外だと、もうこれしか…残ってなくて……あ、でもちゃんと卒業はしてるんですよ!」

 

 リンは顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに答えた。

 

 レンはため息をつき、

 

「あれだけの大金を稼いだんだから、新しいドレスの一着ぐらい買えただろう」

 

「あ、あんな大金、借金返済以外にどうやって使えばいいのか分からかったですし、そ、それに、ああいう格好って、本当はすごい苦手なんです」

 

「まぁ、確かにな。あのドレスはあまり似合っていなかった」

 

「うっ…」

 

 この言葉に、リンが傷ついたような顔をする。

 

 レンはそれを見て心に何故か痛みを感じ、そこから自分でも思いもしなかった言葉が飛び出した。

 

「あんたはさ、もっと、華やかで可愛い感じのするドレスが似合うと思う。王女か、お姫様みたいな――」

 

 レンは慌てて口をつぐんだ。

 

 とても自分のセリフとは思えなかった。

 

 レン自身も知らない、“過去の自分”が言わせた言葉だ。そう思った。

 

 一方、リンはといえば、

 

「え…えと……えと……」

 

 赤い顔がさらに赤くなって言葉さえうまく出ないでいる。

 

「げ、ゲームを始めよう」

 

 レンは足早に、リンとテーブルを囲む形になるよう、反対側へと回った。

 

「ゲームの種類は、クラップス。ダイスを二つ投げて出る目に賭ける簡単なゲームだ。ルールの詳しい説明は必要か?」

 

「お、お願いします」

 

「このゲームは、さっきも言ったとおりダイスを投げて目を当てるだけだ」

 

 レンはそう言って、ケースに入った五つのダイスをリンに差し出した。

 

「不正防止のために、この中から二つ選んで投げる。好きなのを取れ」

 

 リンは黄色の半透明のダイスを二つ選んだ。

 

「賭けのやり方だが、それはこのテーブル上のレイアウトに示されている数字の、好きなところにベットすればいい」

 

「それだけ……ですか」

 

「うん、まぁ今回はそれだけだ」

 

「今回?」

 

「本当を言うと、賭けのやり方にはもっと多くの種類と、複雑なオッズが存在するんだけど、今夜はそれを全部省略して行う」

 

 レンは、オッズは単純に数字の出る確率で計算し、そこに店に対する控除額は含まれないこと。

 

 互いに当てた数字に対する取り分は、二人とは別に店から支払われ、外した場合は店への没収となること。

 

 レイアウト上にベットできるのは数字上に同時に三ヵ所までとし、お互いに同じ場所にはベットしないこと。

 

 そして、今回はレンもプレイヤーであるため、本来ならば客しか行わない投げ手(シューター)は交互に実施することを説明した。

 

「以上だ。理解したか?」

 

「は、はい」

 

「じゃあ、チップを渡す」

 

「念の為に聞きたいんですけど、フロアマネージャーさんはアンティはいらないと言いました。では、このチップは何を担保に支払われるんですか」

 

「僕たち自身、だそうだ」

 

 レンは自分で答えながら、全くなんてものを賭けさせるのか、と呆れ返った。

 

 これを提案したのは、もちろんレンではなく、メイコだ。

 

 ノーリミットの勝負なのだ。金だけではなく、文字通り全てを賭けろ。と、いう事らしい。

 

 提案ではなく命令だよなぁ、とレンは思いつつ、あらかじめ用意しておいた三十六枚のチップの束を、リンの前に並べた。

 

 そして、同じ量のチップを自分の前にも並べる。

 

 リンもノーリミットの意味を分かってここにやってきていたのだろう。レンの答えを聞いたあとも特に何も言わず、チップを受け取った。

 

「さて」

 

 レンはテーブル上のチップを示して、言った。

 

「これが僕たちお互いの値段ってわけだ。このゲームに勝った者は相手を好きにできる。何しろ自分自身を賭けているんだからな。それでもし僕が勝った場合は、君をどうしようかな?」

 

 レンはわざと好色そうな物言いで、リンに不躾な視線を向けた……

 

 ……多分、好色そうで不躾な視線になっているはずだった。

 

 レンは、リンを前にしてどんどん余裕をなくしていくのを自覚した。

 

 リンが、レンをまっすぐに見つめ返して、言った。

 

「あなたが勝ったら、私を好きにしてもらって構いません」

 

「好きにするって意味が分かっているのか」

 

「煮るなり焼くなり、思う存分」

 

「僕の部屋に連れ込んで、好き放題おもちゃにした挙句に、飽きたら外に放り出してもいいんだな」

 

「はい」

 

 迷いなく答えられて、逆にレンの方がたじろいだ。

 

「じゃ、じゃあ、もし君が勝ったら、僕をどうするつもりだ?」

 

「何も、しません」

 

「何も?」

 

「はい」

 

「訳がわからない。だったら、このゲームには何の意味があるんだ?」

 

「意味なら、ありますよ。あなたと一緒にゲームができる。それだけで十分。それに、私はちゃんと勝ちますよ」

 

「……すごい自信だな」

 

 リンは「ふふ」と笑って、

 

「ひとつだけ、ルールを加えさせてもらってもいいですか?」

 

「どんな?」

 

「私はこれから、ある数字だけに賭け続けます。私のチップが無くなってしまえば、あなたの勝ち。でも、それまでにあなたが私のことを思い出してくれれば、私の勝ち。どうです?」

 

「バカな。そんなの、勝負にならない」

 

「そうでしょうか」

 

「だいたい、どうやって僕が君のことを思い出したか証明するんだ。僕が誤魔化せばそれで終わりだ」

 

「あなたは、そんなことをしないと思うけれど……」

 

「君は、僕の何を知っている?」

 

「そうね、ごめんなさい。私は今のあなたを何も知らない。じゃあ、こうしましょう。あなたが、私の名前と、あなた自身の本当の名前を思い出せたら、私の勝ち」

 

「君はバカだ。条件が全然変わっていないじゃないか。それに君の名前ならもう知っている。リンだ」

 

「それは愛称よ、本名じゃないわ。それにあなたも、レンじゃない」

 

「――っ!?」

 

 レンじゃない。そう言われたことに、レンの胸の内がざわりと泡立った。

 

 僕はレンだ。

 

 その強烈な自負が、リンの明らかに不利なルールを訂正する気を失せさせた。

 

「いいだろう、そのルールでやってやる。後悔したって遅いからな」

 

「ありがとう、レン」

 

「僕はレンじゃないんだろう?」

 

「愛称よ。私はずっと、そう呼んでいた」

 

 リンはチップを三枚、手に取り、その全てをレイアウト上のある数字に置いた。

 

 それは、12。確率は1/36。オッズは12倍だ。

 

 単純に確率のみでオッズを決める今回のルールでは最高倍率の目であり、同時に最も低い確率でもある。

 

 レンは最も確率の高い数字から順に、5、6、10にそれぞれ一枚ずつベットする。

 

 ダイス二つを投げた場合、もっとも出る確率が高い数字は7であるが、クラップスというゲームは本来、この一番でやすい数字をゲーム終了の目としているため、レイアウト上には存在しないのだ。

 

 もっとも、レイアウト上に存在しないだけで、本来のベットの種類には7に対する賭けも含まれているのだが、今回のゲームではそれも省略されている。

 

 ベットが終了し、レンは、リンにダイスを投げるように促した。

 

「テーブルの端の壁に当てるように投げるんだ」

 

「はい」

 

 リンは素直に頷き、ダイスを振った。

 

 彼女の手から放たれた二つのダイスは緩やかな放物線を描き、テーブルに貼られた緑の絨毯(ダルベール)を跳ね回った。

 

 そのままテーブル端の壁にぶつかり、中央まで跳ね返って現れた数字は、3―3で、合計は6だった。

 

 レンの勝ちだ。

 

 もっとも、確率5/36であり、このゲームでのオッズは2倍。

 

 収支的にはマイナスだった。

 

 レンは一枚失い、チップは残り三十五枚。

 

 リンは三枚を失い、残りは三十三枚となった。

 

「先ずは、僕の勝ちだ」

 

「そうね」

 

 リンは全く臆することもなく、再び12に三枚のベットを行う。

 

 レンも、先程と同じく、5、6、10にベット。

 

 シューターは、レン。

 

 ダルベールに放たれたダイスが示したのは、5-1の6。

 

 先程と同じ量のチップが、店への没収として、テーブルの隅に移動した。

 

(こんなの、勝負とはいえない。ゲームですらない)

 

 レンは、リンがまた12にベットするのを見てそう思いながら、自分もまた前回と同じ場所にベットした。

 

 何しろレンが勝つ確率4/36と5/36と3/36、つまり1/3に対し、リンは1/36の勝負だ。

 

 5、6、10のオッズがそれぞれ3倍、2倍、4倍なので、レンにとって収支がプラスになることはなくとも、まず確実にリンの方が先にチップが尽きる。

 

 リスク回避に努めてさえいれば、まず負けるはずのないゲームだった――

 

――リンがダイスを振る。

 

 出た目は、6-6の12だった。

 

 オッズ12倍で一気に三十六枚に膨れ上がったチップが、リンの元に収まった。

 

 リンは言った。

 

「王女に感謝しなくちゃね」

 

「イカサマ師の言葉だ。あんなのを間に受けるなんて、どうかしている」

 

「違うわよ。これは私に“王女と召使”を教えてくれた人の言葉」

 

「僕のことか?」

 

「思い出したの?」

 

「全然」

 

「そう」

 

 リンはさほど落胆した素振りも見せずに、12にベットする。

 

 レンも同じ位置にベット。

 

「偶然は二度も続かないぞ」

 

「可能性はゼロじゃないわ。さぁ、投げて」

 

 レンは投てき。

 

 出た目は6-6の12。

 

「そ…そんな……」

 

「これじゃ、ゲームが終わらないわね」

 

「バカなっ、二回連続で12が出る確率は1/1296なんだぞ!?」

 

「でもゼロじゃない。ロイヤルストレートフラッシュに比べれば格段に高い確率だと思うけれど」

 

「そんなもの、比べる基準がおかしい。イカサマだ!」

 

「ダイスを用意したのはあなたよ。投げたのも、あなた」

 

「っ!?」

 

 リンに指摘され、レンは押し黙る他になかった。確かに、イカサマの証拠はない。

 

「いいよ、分かった。認めるさ」

 

 レンは深呼吸を一つ、頭を冷やす。

 

「リン、君は確かに幸運の持ち主だ。だけど、それが長く続くはずがない。君が提案したルールじゃ、君は絶対に勝てないんだ」

 

「いいえ、あなたは絶対に思い出すわ」

 

「思い出したとしても、言うものか」

 

 レンがそう言い返すと、リンは少しキョトンとして、それからクスクスと可笑しそうに笑い出した。

 

「そうね、そうなったら、私は絶対にレンに勝てないね」

 

「わ、笑い事じゃないだろう。真面目にやれよ」

 

「うん、そうだね。ごめんね、レン……でもさ――」

 

 リンは最後に何かつぶやきながら、12にベットする。

 

「――思い出してくれたなら、負けてもいいよ」

 

(なんだよ、それ……)

 

 レンは口に出して反論しなかった。

 

 反論よりも、当惑していた。

 

 リンは、必ず勝つと言っておきながら、本当は勝つつもりなど無いんじゃないだろうか。

 

 もしかすると、レンのものになることを、望んでいるとでも言うのだろうか。

 

 だったら、このゲームは、勝負はいったい何の意味があるんだ。

 

 二人がひとつのテーブルを囲むためか。

 

 それで、何が得られるというんだ。

 

(彼女が望んでいるのは、僕の記憶だ)

 

 だが、それを思い出した上で、まだレンが“レン”のままで居られたなら、レンはこのゲームで勝利し、記憶とリンの両方を手に入れることができる。

 

 それはまさに、レンにとって最高の勝利――

 

(――最高?)

 

 レンは、リンの思惑よりも、自分の気持ちに当惑した。

 

(僕は、彼女を、リンを欲しがっているのか?)

 

 そもそも、なぜ自分はこの勝負を受けたのか。

 

(師匠の言うとおり、やっぱり僕は、リンに惚れたのか?)

 

「レン」

 

「あ、え?」

 

 自分で自分の気持ちを図りかねている時に、当の相手から名前を呼ばれ、レンの心臓は跳ね上がった。

 

「な、なに?」

 

「ベット、しないの?」

 

「あ、あぁ」

 

 レンはチップをつかみ、レイアウト上に並べる。

 

 リンがダイスを握り、

 

「ねぇレン、三回連続で12が出る確率は?」

 

「……1/46656」

 

「レン、すごいね。すぐに計算できちゃうんだ」

 

 たかが掛け算の問題でしかないのに、リンが幼い頃と全く変わらない調子で、レンを褒めた。

 

 昔、彼女にポーカーのルールを教えた時も、リンはやっぱり同じようにレンを褒めていた。

 

 リンは、どんな些細なことでも無邪気にレンを褒めるので、レンは嬉しさよりも恥ずかしさの方が先に立ってしまい、それで……

 

「早く投げろよ」

 

 ……こんなふうに、ついついぶっきらぼうな態度をとってしまうのだった。

 

 リンはダイスを投げる。

 

 出た目は、4-6の10。

 

「やっぱり、三回連続は無理だったね」

 

 リンはあははと笑って、軽く肩をすくめた。

 

 リンはチップをテーブルの隅に押しやり、新たなチップを12においた。

 

 そしてダイスを拾い、レンに差し出す。

 

「はい、レンの番だよ」

 

「君は……負けてしまってもいいのか?」

 

「う~ん。負けるつもりはないけれど、レンが自分のことを思い出してくれたなら、このゲームには負けてもいいかなって思ってる」

 

「僕のものになってもいいっていうのか?」

 

「もらってくれるの?」

 

「僕は……僕は、君のことを何も知らない」

 

「思い出したら分かるわ。でも、思い出せなかったり、思い出しても私のことは分からないままだったりしたら、しょせん私はその程度の存在だったということだから、捨ててくれたって構わない」

 

「そんな…そんなこと……だいたい、君だって僕のことを何も知らないじゃないか」

 

「これから知っていくわ。例え今のあなたがどんな人でも、私はあなたに拒絶されるまで側に居て、あなたを知り続ける。でもね……」

 

「でも?」

 

「……レンは、全然、変わってなかったよ」

 

「…え?」

 

「ほら、ダイス」

 

 リンがテーブルに身を乗り出し、向かい側に立つレンの手を取った。

 

 レンの手に、リンの手の平の柔らかな感触と、硬いダイスが握られた感触。

 

 リンが離れる。

 

「僕は……変わってないのか?」

 

「私が、七年ぶりに見かけたあなたをどうしてここまで信じられるか、分かる? あなたは記憶を失ってしまったかもしれないけれど、でも、やっぱり私の知っているあなたのままだった」

 

「………」

 

「勝負に挑む時の真剣な表情。人を見ていないようで、本当はちゃんと見ているその眼差し。厳しい言い方をするけれど、本音は誰よりも相手のことを考えている、その優しさ。……昔から、何ひとつ変わっていなかった。レンは、レンのままだったよ」

 

「………」

 

 レンは何も言えなかった。

 

 何も答えられなかった。

 

 ただ、自らの内側に向けた問いを、心の中で繰り返し発し続けていた。

 

(僕は、僕のままでいていいのか?)

 

 

 

 

 

 

――いいんだよ。

 

 

 

 

 

 

心の内側から、誰かがそう答えた。

 

(僕は、“レン”のままでいられるのか?)

 

 

 

 

 

 

――ああ、大丈夫だよ。

 

 

 

 

 

 

(僕は、“過去の僕”の代わりに彼女に愛されてもいいのか?)

 

 

 

 

 

 

――彼女が、そう望むなら。

 

 

 

 

 

 

(僕は……リンを愛してもいいのか?)

 

 心の声は答えなかった。

 

 その代わり、レンは誰かに、背中を押された気がした。

 

 レンはテーブルに身を乗り出し、ダイスを握っていない方の手で、向かいに立つリンの頬に触れた。

 

 リンが、驚きに目を見張る。

 

「…レン?」

 

 手のひらに伝わる、彼女の感触。

 

 その柔らかさに、

 

 温もりに、

 

 レンは感覚を集中した。

 

 タブローを回す時よりも静かに、

 

 カッティングマシーンを読み取る時よりも深く、

 

 優しく、リンの頬を撫でる。

 

 その指に伝わるかすかな刺激が、レンの身体の奥底に刻まれた、大切な記憶を蘇らせていく。

 

 レンは、そのなかでもいちばん大切な記憶に、

 

 思い出に、

 

 想いに、

 

 つけられた名前を口にした。

 

「リリアンヌ……」

 

 彼女が、息を飲んだ。

 

 レンはもう一度、その名を告げた。

 

「君の名は、リリアンヌ。……僕の大切な王女様だ」

 

「レン……っ!?」

 

 リンが、リリアンヌが、喜びとともに、その瞳に涙を溢れさせた。

 

 その涙がこぼれ落ち、頬を伝い、レンの指先に触れる。

 

 その涙を拭おうとしたレンの手を、リリアンヌが両手で包み込んだ。

 

「ねぇ、レン。言って。……あなたの、本当の名前を」

 

 レンは、自分を見つめる彼女の潤んだ瞳の中に、一人の少年の姿を見つけた。

 

 

 

 その少年が、レンに向かって頷いた。

 

 

 

 大丈夫だよ、と安心させるように。

 

 

 

 そして、勇気づけるように。

 

 

 

 レンは、自分の名を口にした。

 

「……アレン」

 

 瞳の中の少年が、嬉しそうに笑い、そして閉じられたまぶたの向こうへと消えていった。

 

 目を閉じたリンが身体をテーブル上に乗り出し、その唇がレンの唇を塞いだ。

 

 レンは片手に握りしめていたダイスを投げ出し、リンの身体をしっかりと受け止め、そして力いっぱい抱きしめた。

 

「あぁ、レン!」

 

「リン……っ!」

 

 ダルベールの上で抱擁と口づけを交わす二人。

 

 その足元で、投げ出されたダイスが、二人にとっての運命の数字を出して、止まった。

 

 

 

 

――了――




あとがき

 作者はルーレットもポーカーもクラップスもやったことありません。

 なので描写とかルールとかツッコミどころしかないような気がしますが、生温い目で笑って読んでいただければ幸いです(^。^;)

 最後がちょっと駆け足になってしもうた気が。

 あ、そういやレンの記憶喪失の原因を書くの忘れてた。

 まぁいいや、バナナの皮で滑って転んだということにしておこう(゜∀。)
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