エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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11話

 日が沈み満月からいくぶんか欠けた月が空を支配する。採掘場の爆発から二日が経ち、被害報告がまとめられると王のもとへ届けられる。そうして事があきらかになると第四王子の真琴は夜を待って知らせに走った。

 愛する妻を城に残して夜道を走り公爵家の邸宅へ向かう。そうしてたどり着いた先で、雪の舞う敷地内に怜の姿があった。東の国から使者の警護のためにやってきた若い兵士は見知らぬ金髪の男と話している。

「どうかしたのか」

「いえ何でもありませ……」

 真琴の問いかけに素早く返そうとした怜はふと真琴の後方を見て眉をひそめる。

「またおひとりで街を出歩かれたんですか」

「あ、ああ。だが俺は街の人には顔を知られていないから大丈夫だ」

「そうだとしても警護はつけてもらわなければ、近衛の気が休まりません。皆様なぜご自身の身を大切になさらないのか」

 根が真面目で普段から近衛に近い仕事をしているという怜は常にこういう事ばかり言う。そして真琴はそんな怜にあやまることしかできないでいた。

 しかしそれでも話題を変えるため、真琴は金髪の男へ目を向ける。

「あなたは怜の知り合いなのか?」

「知らなくないよ。ちょっと前に森で会っただけだけど」

 そう告げた男は人懐っこい笑顔を見せた。そんな男の片耳で、エメラルドらしい緑の石が埋め込まれた飾りが揺れる。

「森で?」

 しかし森で会ったという言葉に引っ掛かった真琴は怜に目を戻した。東の国から来た彼がこの国に来てから森に行ったのは二日前のあの時だけだ。

「この人はランプの悪魔なんです」

「ヨロシクー」

「あ、ああ……よろしく。それでその悪魔が怜と何をしていたんだ?」

 怜の紹介を受けた悪魔は平然としている。そんな悪魔の態度にも姿にも驚いた真琴だがそれでもなんとか質問を向けた。すると怜は悪魔を見やる。

「実は俺、あの時たしかに炎を消してたんです」

「そーそー、オレの炎を消してた。でも確証はないから今から試してみようって事になってさ。オレの炎を消すってことは人間じゃないってことだから」

「……怜が人間じゃないって……」

 突然の事についていけない真琴は悪魔に腕をつかまれ歩かされる。すると怜は真琴たちと離れるべく敷地内を歩いていた。

「試すって、何をするんだ?」

「あいつに炎をぶつけるんだよ」

「そんな」

「ダイジョーブダイジョーブ、あいつなら消せるよ」

 気楽に行こうよと笑った悪魔はその手に炎の渦を作り出す。しかもその炎は渦を巻きながら大きく膨らんでいった。

 初めて目の前で見る悪魔の力に真琴は目を見開いたまま動けない。だが悪魔は楽しげな様子で行くよーと声をかけながら怜に向かって炎を飛ばした。

「怜!」

「大丈夫だって、見てなよ」

 思わず駆け出そうとした真琴の腕をつかんで引き留め悪魔が笑う。そんな悪魔を一瞥した真琴は焦燥感とともに怜を見た。

 すると真琴の目の前で炎は何かにぶつかるように広がりそのままかき消える。そうして周囲を照らすものが月明かりだけとなったそこで怜は驚きの顔で立っていた。

「ほーら、大丈夫だったでしょ」

「ああ……だがどうしたらあんなことができるんだ?」

「魔女の血が目覚めてきたってことだよ。今まで南の魔女に魅了されてたらしいし、そういうのが引き金で目覚めるとかあるからさ」

 二百年前にランプに封印されたという悪魔は明るい口調で簡単なことのように言う。しかも何事もなかったかのように屋敷の玄関へ向かい始めた。

「あー、疲れた。このオレを実験に付き合わせたんだからお茶の一杯くらいは出しても罰は当たらないよ」

 肩の関節をほぐしながら悪魔は怜に声をかけ、怜もそれに応え走りだす。そんなふたりを見ながら真琴は屋敷の玄関へ向かった。

 

 

 雪の舞う外と違い暖かな屋敷へ入ると二階から凜が降りてきた。長い髪を揺らして歩く彼は素足に寝間着姿でじゅうたんを踏みしめる。

 玄関ホールで足を止めた真琴は凜がやってくるのを待って声をかけた。

「凜は寝るところだったか」

「そのつもりだったけど、三成さんがきたって聞いたから走ってきたんです」

「ああ、来たというか帰って来た、になるな」

 ここは書記官の家だからと真琴が告げれば凜はなぜか驚いた顔を見せる。

「おれ透さんから、ここの家主さんは三成さんの元恋人だって聞いたんです。でももしかしてまだ付き合いは続いていて一緒に暮らしてるってことですかね?」

「ん?」

「でもでもそうなると魚住さんはどうなるんですかね。昨日も一昨日も徹夜で家主さんの看病をしてるんですよ。それで透さんが愛だなって言ってて」

「えっと…」

「三成さん帰って来ちゃったから、これからシュラバってやつがはじまるんですか? でも三成さんはオズの大魔法使いだからすごい人で、すごい強いと思うんです。どうしよう」

 止まらない凜の話を聞いていた真琴は彼の話が途切れたところで首をかしげた。

「つまり近衛隊長はまだ意識が戻ってない状態で、使者が看病してるのか」

「そうですけど! けどおれが言いたいのはそこじゃなくてですねっ」

 手をぶんぶんと振りながら十歳児が地団駄を踏む。そんな子供を眺めていると彼を追ってきたのか西の魔女がやってきた。

「姫様、若い男にそのようなお姿をさらすのはどうかと思いますよ」

「この王子様はシンデレラの王子様だからだいじょうぶです。それより早く三成さんのところにいかないとシュラバになっちゃうんだった!」

 西の魔女を見て己の使命を思い出したらしい凜が応接室へ走り出す。左の廊下を駆けていく幼い子供の背中を眺めた真琴はふと西の魔女に目を向けた。

「あんな幼い子が広大な荒れ地を抜けてここまで来るのは大変だったろう」

「ええ、それはもう。最初は靴擦れを起こして泣くこともありました。しかし元の世界に帰りたい一心でここまで自分の足で歩いて来たんです。ですから私はあの子が笑顔のまま願いを成就できるよう助けたいと思っています」

「その願いがかなった時、あなたは笑顔でいられるんだろうか」

 西の魔女は初めて会った時と同じ笑顔を見せていた。しかし彼がどれほど凜を大切にしているのかは真琴もよく知っている。そのため漏れた言葉だが、西の魔女の視線を受けたとたんに首を振った。

「いや、ただあなたは凜を大切に思っているから、別れがつらいのではないかと思ったんだ。俺は……慶次と一瞬でも離れるのが嫌で我慢できなかったから」

 自分は子供じみた独占欲とわがままで慶次を城に連れ帰ってしまった。しかし近衛隊長ほどの年の大人だったら、また別のやり方があったかもしれない。少なくとも大臣たちに混乱を与え反対され慶次を困らせることはなかったはずだ。

 そう考える真琴の目の前で西の魔女は微苦笑を浮かべる。初めて人間らしい表情を見せた彼は確かにと同意してくれた。

「離れがたく思う気持ちはあります。しかし私にとって大切なのは、我が姫が幸福の中で微笑んでおられる事ですから」

 おそらく大人というのはこういうものなのだろう。そう真琴も思いはしたが、真似できる気がしなかった。

 相手に笑顔でいてもらうためには自分も笑顔でいるべきだ。自分ひとりが我慢をしていても、いつかそれが知られて相手を苦しめてしまう。結婚した当初に、真琴は年上の妻からそんな話を聞いた。だから互いに正直でありたいと慶次は言っていたが、真琴も同じことを思っていた。

 常に正直に気持ちを伝え、その上で相手の悩みを聞いてやりたい。兄より年の近い慶次とだから、それを素直に思い行動し続けてこられた。

 しかしこれも大人には『おままごと』に見えてしまうのだろう。大人はいつだって本音も本心も飲み込み隠してしまう。西の魔女も近衛隊長も、自分が飲み込めばそれで丸く収まると思っているのだ。

 腑に落ちないまま応接室へたどり着いた真琴は入り口で三成と出くわした。応接室を出ようとしていた三成は何を言うでもなく歩いていく。そして凜も制止の声を飛ばしながら三成の後を追いかけていった。

 真琴は自然とそんなふたりの後を追いかけて元来た道を行く。

「三成」

 玄関ホールへ入ったところで名前を呼ぶと長身の書記官は足を止めてくれる。それまで凜が何を言っても無視していた彼は真琴の制止には応えてくれた。そして凜は三成を止めた真琴に期待の眼差しを向けてくる。

「王子はなぜこちらに?」

「ああ、えっと……採掘場の被害状況を伝えに来たんだ。南の魔女が気にしていたから」

「そうですか。それは御足労をおかけしました。しかしそれなら俺に関わる必要はなさそうですね」

「そうなんだが、近衛隊長のところに行くのか?」

「はい、熱が下がっていないと聞いたので薬を調合してきました」

 真琴への回答を聞いた凜が目を輝かせて三成を見上げた。

「もしかしてそれも魔法で作れたり……?」

「そうかもしれませんね」

 凜の質問に曖昧な同意を返しながら三成は階段をあがっていく。そのため真琴は凜に腕をつかまれ後を追いかけることになった。

 素足のまま階段を進む凜は二階にあがったところで廊下を指差した。

「あのですね。あっ、あのそうだそうだ。昼からずっとあそこに人がいるんです。ろうかのすみに座ってておれが声をかけても返事はくれるけどうごいてくれなくて」

 三成が三階へ行くことを阻むという目的があったとしても、それは無視できない話だった。真琴は三成と顔を見合わせると凜に連れられ二階の廊下を進む。

 すると見覚えのある白い塊が廊下の隅に座り込んでいた。冷える廊下に座りフードをすっぽりとかぶっているのは、真琴の妻の友人だ。

「北の魔女さんだって教えてもらったんですけど、ここまで案内してくれた人とは関係あるんですか? あの人は北の魔女の子供なんですよね?」

「長政の母親は、ここにいる秀吉に血を与えて魔女にしたんだ。そうしなければ、北の国の王子である秀吉は大臣に殺されていた。だから秀吉は北の魔女なんだが……」

「その魔女さんが、なんでか知らないけどずっとここにいるんです。昼はドアをたたいて部屋の中に声をかけたりしてたんですけど、開けてもらえなくて」

 凜の説明を聞いた真琴は秀吉のそばで片膝をついた。

「大丈夫か?」

 そっと肩をたたくと少しの間をあけてフードに包まれた頭が動く。

「うー…寝とったわ……」

 肩が痛むのか秀吉は首と肩を動かしながら顔をあげた。そして真琴を見るなり露骨にがっかりした顔を見せる。

「なんや王子サマか」

「長政は何をしてるんだ?」

 素直すぎる南の魔女に笑いをこぼしながら真琴は問いかける。すると秀吉は鍵がしまったままだと言い出した。

「赤ずきんが長政君が城にこないて言うから様子見にきたんやけどな。扉開けてくれへんから、ここで待っとったんやけど」

「ここは寒くないか?」

「これくらいは慣れとるから平気やけど、長政君のことは心配やわ」

 秀吉は心配そうに目の前の扉に目を向ける。それにつられる形で目を向けた真琴の目の前で、唐突に三成が扉を開かせた。

「カギあいたんか!」

 扉が開かれた事で勢いよく立ち上がった秀吉は転がり込むような勢いで部屋に飛び込む。そのため真琴も長政を心配しつつ後を追おうとした。

 だがふと気になって廊下に立ったままの三成を見上げる。

「どうやって開けたんだ?」

「秘密です」

「なんだそれは」

 三成は質問に答えてくれなかったが、開けてくれたということはわかった。秀吉を心配したのか長政を心配したのか。どちらにしてもこの書記官が誰かに手を差し伸べるのは珍しいように思える。

「前の書記官ならここで助けてはくれなかった気がする」

「自宅で起きた問題であれば、片付けようとしますよ」

「ああ、そうか。隊長が寝込んでるなら三成が家主のようなものなのか」

「そこまではいいませんけどね」

 家主を名乗るほどではないと告げた三成は階段へ向かうべく歩き出した。そんな三成の背中を眺めていた真琴のそばで凜が慌てて走り出す。

「しまったー!」

 油断したと叫びながら走る凜の背を目にした真琴は暗い室内に視線を移す。長政も心配だが、今は三成を追いかけるべきだろう。

 少なくとも王子として異国から来ている者たちの状況は把握したい。そう考えた真琴は幼馴染みへの私的な感情を封じて階段へ向かった。

 三階へ進んだ三成は凜が話しかけても聞き流しながら奥へ進む。そうして突き当たりの部屋へたどり着くとその足で扉を開かせてしまった。

 薄暗い部屋には魚住だけでなく彩兎もいて、それぞれ現れた三成に目を向ける。そしてベッド脇に座っていた魚住がおもむろに立ち上がった。

「ここまで長引けばさすがに元恋人が心配になるか」

 魚住が疲労感の隠せない顔ながら笑みを浮かべて言えば三成はため息を漏らす。そんなふたりの間に凜が立ってひとり慌てた様子を見せた。

「あの! シュラバはよくないっていうか!」

「うるさいので出て行ってもらえますか」

「でもでも魚住さんはこの隊長さんのこと」

「それは今ここで話すべき事ですか?」

 全員を部屋から追い出そうとする三成に凜は精一杯の説得を試みたつもりだった。しかし三成に冷たくあしらわれたあげく彩兎にうながされ部屋を出ていく。魚住はそんなふたりを見ながらも三成のそばで足を止めた。

「看病をするのか」

「薬を与えるだけです」

「そうか。任せる」

 どれだけ徹夜を繰り返したのか、魚住は以前は見せていたはずの覇気を失っている。そんな魚住が立ち去ると、三成は最後に出ていく真琴が扉を閉めるのを横目にした。

 そうしてひとり薄暗い部屋に残ると三成はゆっくりと自分の手を前へ伸ばす。すると手のひらに小さな光の結晶が現れた。

「そういえば……あなたの身体を強くしてくれたのも北の大魔女でしたね。それが解けかけているのだとしたら、あの呪いも解けるということでしょうか」

 独りごちるようにつぶやいた三成の手のひらからふわりと光の結晶が飛んでいく。光の結晶はゆっくりと光秀の身体に近づくと、そのまま吸い込まれて消えていった。

「もしまた選択の機会が与えられるとしたら、俺はこの世界を壊すつもりです」

 以前の選択では自分の願いを捨てて別の願いを大魔女に頼んだ。しかし次にまた似た状況が訪れた時は、自分の願いを変えたりしない。そう思うままにつぶやいた三成はベッドで眠る兄に手を伸ばした。額に手を当てその暖かさを確認すると懐かしい思いとともに弱い笑みをこぼす。

「やはりそれが最善ですから」

 

 

部屋の外に追い出された凜はハラハラと落ち着きない様子で扉のそばを歩き回る。そんな凜を眺めていた真琴はややあってその目を彩兎と魚住へ向けた。

「ふたりは近衛隊長の看病をしていたのか」

「僕は魚住さんに交代を勧めに来たんだよ。三日も徹夜を続けて魚住さんが倒れたら困るだろうからね。僕と違って、魚住さんは東の国の使者としてこちらに来てるわけだから」

「確かに、使者に倒れられたらこちらの不手際となるな。その場合に東の国の王へどう申し開けばいいか俺にはわからない」

 第四王子ながらまだ外交に明るくない真琴は素直に困った様子を見せた。そんな真琴を前にした魚住はため息とともにわかったと漏らす。

「今夜は彩兎に任せるが、明日になったら……」

「わかってますと言いたいところだけど、体調の不良を感じた時は言ってください。明日になったら看病に戻るのではなく、明日になって余裕があったら、という事で」

「わかった」

 聡明さは彩兎のほうが上らしく、魚住は彼の言い分を渋い顔ながら聞き入れていた。そうして魚住が立ち去ると彩兎はやれやれと嘆息を漏らす。

「ここまでの長旅で疲れてるだろうに、あの人は本当に隊長さんの事が心配なんだね」

「そうらしいな」

「でもシュラバにならなかったね」

 近衛隊長を心配しているはずなのにね、三成が来てもあっさり引き下がった。そこが気になるらしい凜に真琴は真面目な顔を向ける。

「大人だからじゃないか?」

「そっか……みんな大人だもんね。心配してソンしちゃった」

「解決したところで子供は寝る時間だろう」

「うん、でも三成さんがきたからもう少し起きてるつもり。ちがう世界からきた仲間は三成さんだけだかから、いろいろ聞きたいんだ」

 いつの間にか態度の崩れた凜は真琴へ敬語を向けることをしなくなっていた。そんな凜に真琴は笑顔を浮かべてそれならと腕にかけていた外套を広げた。

「廊下は冷えるからこれを使ってくれ」

 広げた外套で凜の小さな肩を包み込むと前を閉めてやる。そんな真琴を驚いた顔で見つめていた凜はややあって顔を赤らめた。

「あとで返します、です」

「ああ、俺は長政のところにいるからいらなくなったら持ってきてくれると助かる」

 当然な事をしたつもりの真琴は平然と告げた後にその場を立ち去る。それを見送った凜は赤い顔のまま彩兎を見上げた。

「ああいうの、普通にできるのってすごいと思う」

「王子様だからね」

「さすがだよね。おれのお父さんになってくれた人もああいう感じだけど、王子様とかみんなあんな感じなのかな。だとしたらおれはどうしよう」

 とても真似できないとつぶやいた凜は苦笑いを浮かべた。

 

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