エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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20話

 夜が明けると前日眠り込んでいた街は再び活気を取り戻す。それでも街の人々は昨日の出来事は何だったのかと口々に語り合った。そこで年配の者たちが「いばらの森の呪いだろう」と思い出したように口にする。

 そうして人々の記憶から失われていた主人公の存在は噂話として広まっていった。

 

 

 その日の光秀は早朝から破損した場所を見てまわっていた。空は晴れわたり強い風が光秀の軍服の裾を揺らす。その風は昨夜の爆発で折れかけた枝を地面に落とすほどの力を持っていた。

 近衛連隊ではなく城の警備に当たる部隊の手を借りて周辺の破損箇所を探し出す。その中でわかったのは爆発が庭園上空で起きたということだった。そのため庭園を中心として波状を描くように木々が折れている。

 ただ城そのものはおおっていた植物のおかげで影響を受けずに済んだらしい。あるいは植物が破壊した内装が呪いの解除とともに復元したという証言がある。そのため城そのものも、その影響で破損箇所が復元した可能性が考えられてた。

 昼過ぎまでかかった調査を終えた光秀は冷たい風の中でため息を吐き出す。中庭を離れて敷地内を歩きながら城門側へ向かえば見知った少女が立っていた。

 赤いケープを羽織ったマッチ売りの少女は光秀を見つけるなり笑顔を見せる。ただそんな少女のそばに魚住がいることは理解できない。

「なんで一緒にいるんだよ」

「すみません」

 開口一番に問いかけた光秀へ少女が謝罪をする。とたんに光秀と魚住は同時に怒っていない旨を口にした。とたんに少女は目を丸めてふたりを見上げる。

「お二方とも、とても似てますね」

「そんなことはないだろ」

「それはねぇよ」

 またしても少女の言葉に魚住と光秀が意見をそろえる。あげくふたりは互いに顔を見合わせた。そして魚住がまず口を開く。

「この国の近衛隊長は文武に秀でた逸材なんだろ。俺なんてその足元にも及ばない」

「なんだその気持ち悪い持ち上げ」

 魚住の発言が気に入らない光秀は顔をしかめた。すると魚住は平然とした様子で街で聞いたと返す。

「今朝この子が屋敷に来たからそのまま街の案内を頼んだ。けどパン屋でもどこでも、近衛隊長の噂でもちきりだ」

「なんだそれ。意味わかんねぇし、おまえもそんなもん真に受けんなよ」

「そうか? 俺は誇らしいけどな」

 理解できないことではないし誇らしい。そう告げた魚住はコートのポケットから手袋を取り出した。

「俺に貸したまま忘れていただろ」

 魚住が差し出した手袋を受け取るため、光秀は軍服のポケットに入れていた手を出す。そうして手袋を受けとるとすぐにそれを手にはめようとした。しかし不意にその手を魚住がつかんで自分の頬に当てる。

「早朝から仕事をすると知ってたら、昨夜のうちに返してたのにな」

 冷えた手を頬に当てたのは暖めるためだろう。それは理解できるが、なぜそれをここでするのか。それがわからない光秀は顔を真っ赤にさせながら眉をひそめた。

「なにやってんだよ」

「この国ではこうやって手を暖めてやるんだろう。凜が教えてくれた」

「マジかよ……初耳だわ」

 十歳児の言葉を真に受けた魚住に怒ることもできず光秀は嘆息を漏らす。そこでふとマッチ売りの少女を見やれば、少女はにこやかな顔を見せていた。そのためもしかしたらこれは本当に街ではよくある光景なのかと思い始める。ただそのままでもいられないため、光秀は魚住から手を離し半歩下がった。

「そういえばマッチ買ってやんねぇとだな」

「すみません、今日のマッチは売り切れてしまって」

 思い出したように少女を見下ろせば、意外な言葉が返ってきた。

「昨日の出来事で、かまどの火が消えた家がたくさんあるんです。なのでその火をつけるのにみんなマッチを買ってくれてて。それで今日はお仕事がなかったんですけど、案内のお仕事をもらえて、それで」

マッチが品切れになった少女は、朝から魚住に雇われて街の案内をしていたらしい。そう聞いた光秀はポケットから棒つき飴を取り出した。

「ならこいつは魚住をここまで連れてきた礼な」

 駄賃は魚住からもらっているだろう少女に飴を渡して帰宅をうながす。そうして少女が立ち去るのを見送った光秀はゆっくりと白い息を吐き出した。

 そんな光秀に魚住が疑念を向ける。

「何をやったんだ?」

「さっきのか? 飴だよ。砂糖の塊」

「砂糖なんて貴重品を簡単にやっていいのか」

「三成がくれたんだよ。あいつあれだけはポンポン出せるんだ」

 他の物はあまり出せないらしいが、飴は簡単に出せるらしい。そんな情報を魚住に与えながら光秀は城へ向かうべく歩き出した。そんな光秀の隣を魚住も進む。

「陛下がおまえの事知ってたぞ」

 城内へ入ると人の行き交う通路を歩きながら光秀は言葉を向ける。すると魚住の視線が光秀へ向けられた。

「俺はおまえが報告してないことに驚いた」

「なんでだよ」

「重要な情報を隠し立てるのは造反を疑われかねない行為だと透が言っていた。もしそれを承知で俺のために隠してるつもりなら」

「おまえのためじゃねぇよ」

 そう告げた光秀はなぜか不機嫌そうに顔をしかめた。

「俺がそう決めただけだ」

「決めるだけの理由があったんだろう。なんでおまえはそうやってひとりで抱え込もうとするんだよ」

「ひとりじゃねぇよ。三成は知ってる」

 ひとりで抱え込む事を責めるつもりが、ひとりではないと返される。しかも共犯者として弟の名前を出す光秀に魚住は小さな疎外感を手にした。

「そうだったな。おまえが一番に頼る相手はあいつだった」

 どう考えてもこの国では三成以上に頼れる存在はいない。それは魚住も昨夜の一件で十分過ぎるほど理解していた。いばらの呪いが発動した時、三成がいなければ誰も動くことができなかったのだ。

 そうして会話が途切れると、光秀は無言で城内を進んでいく。上へ上がることなく廊下をいくつか曲がり進んでいくとやがて人気の少ない一角に入り込んだ。

 見覚えのある区画には確か書庫があったはずだ。魚住は数日前の記憶をたどりながらも光秀が扉を開けるのを眺める。

 部屋に入ると見覚えのある部屋に慶次と凜がいた。そして三成が使っているはずの机には大量の書類が山積みにされている。

「あ、魚住さんと隊長さん」

 ふたりがやってきた事で一度は笑顔を輝かせた凜だが、すぐに険悪な雰囲気を察した。少し困ったような顔で魚住を見つめたが、そのまま無言で座り直す。

 だが弟である慶次は険悪な雰囲気に気づかないままそばに置いていた帽子を手にした。

「兄ちゃん帽子忘れてったろ。ここに置きっぱなしにしてたから上に座っちゃうとこだったんだからな」

 立ち上がった慶次は光秀のそばに立ち帽子を手渡す。光秀は慶次を見る事なく帽子を受けとるとそれを目深にかぶった。

「三成、長政は大魔女みたいな真似できると思うか」

 書類の山と格闘していた三成は兄から向けられた問いかけに視線をあげる。

「たった一晩で根をあげるとは思いませんでした」

「答えろよ」

「優しいあの子にできるはずがないでしょう」

 答えを求める光秀に三成はあっさりと言い放つ。すると光秀は苦々しい顔で歯を噛み締めると踵を返した。

「俺はまだ仕事がある。ヒマならここで本でも読んでろ」

 完全に不機嫌となった光秀は魚住にまでそう言い捨て部屋を出る。そうして苛立ちに支配されたまま歩いていた光秀だが透に遭遇して足を止めた。

「魚住なら三成の仕事場だぞ」

「俺は近衛隊長さんと話がしたいのだが、ちょっと良いかい」

 いつも笑顔を絶やさない透は今も穏やかな雰囲気を持っている。そして相手はそんな雰囲気に違わない親切な人でもあった。

 もちろん相手は王国の主席政務官なのだから、親切なだけの人間ではないだろう。だがだからこそ話を聞く価値はあるように思えた。

「話は聞いてやる。けど政の話は職務外だぞ。ここでの俺はただの近衛連隊の隊長だ」

「ただの、が付くかどうかは怪しいところだな。近衛隊長さんは俺の国でも名の知れた実力者だ。だが今回はそういう話ではないから安心しておくれ」

「政治以外で俺から情報を聞き出すっつーと、軍部の話か」

「他愛ない世間話だよ」

 小さな緊張感を抱いていた光秀へ透は温厚な笑顔を見せて告げた。

 

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