エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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21話

 勢いよく閉ざされた扉を眺めながら魚住は何がまずかったのかと考える。そんな魚住の背後で慶次が眉を垂れながら三成に声をかけた。

「兄ちゃんは長政に何をさせようとしたんだ?」

「心を凍らせようとしたんですよ」

「へ? そんなことしたらまた冷たくなるんじゃないのか? なんかいきなり兄ちゃんが冷たくなったって真琴も信長も言ってたんだ。それって長政の母親さんに呪ってもらったからだろ?」

 慶次はなぜそんなことをしようとしているのかわからず問いかける。すると三成は書類を片付ける手を止めた。

「慶次、あの人は昨日からずっと混乱しているんですよ」

「ああ、えっと呪いを受けたりしていろいろあって」

「いばらの呪いが発動したのは、それを止めていた大魔女の呪いが消えたためです。あの人は主人公として持つすべてのものを心と共に封じていましたから」

 三成の説明を、慶次はなぜか指折り数えながら聞いている。そんな慶次の隣に立った凜はそういえばと声をあげた。

「なんで心まで封じちゃったんですかね? いばら姫のアレコレだけでよかったのに」

「心を凍らせなければ呪いがすぐに解けてしまう恐れがあったんですよ。十五歳のあの人には真実の愛を向ける相手がいましたから」

「へ?」

「え……」

 三成から発せられた衝撃の事実に慶次はきょとんとした顔を見せた。同時に凜は困惑の色を宿しながら魚住をちらりと見る。

「それって真実の愛がその時はあったから、凍らせないといけなかったってこと?」

「じゃあさ、心が戻ったら兄ちゃんその人のこと好きになっちゃうじゃん」

「だとしたら面白いですけどね」

「なんだよそれ! みっちゃん悪趣味だぞ!」

 兄が第三者に好意を抱いたら魚住の立場がなくなる。それを心配しているらしい慶次は三成の発言に怒りを爆発させた。しかし三成は弟の激昂に動じるでもなく机の引き出しを開かせた。

 引き出しから藍色の小さな包みを取り出した三成はそれを机に置く。すると怒っていない凜が首をかしげて包みを見た。三成が包みを開かせると中には青い真珠の首飾りがある。ただ鎖は短く、女性物というより子供の物のように見えた。

「子供用のおもちゃみたいだな」

「東の国の宝物です。『夜空の真珠が海に落ちて青く染まった』と言われているそうですよ。正確には境界性有機物が黒褐色である場合に光の散乱現象で黒が青く見えるだけなのですが」

「えっと、ゼンゼンわかんないです」

 三成の説明についていけない十歳の凜は困ったような表情で首を横に振った。同じく慶次もふてくされたように口をとがらせながら首を振る。

 そんな中でひとり魚住だけが眉をひそめて三成の元へ近づいてきた。

「なんでそれがここにある」

「あなたが王子に贈った物をなぜ俺が持っているのか、という事ですか?」

「まさか人魚姫な魚住さんの王子様ってみっちゃん……」

 話をそのまま受け取る慶次はまさかと目を丸めてつぶやいた。そしてそれを聞いた魚住は慶次を一瞥するや違うと返す。

 そんなふたりのそばで凜が首をかしげる。

「人魚姫の王子様をおれは見てないです。だからここにはいないはずです」

「そういう意味での王子様ではないですよ」

「じゃあ、物語の王子様じゃなくて、本物の王子様?」

「当時この国で唯一の王位継承者だった人が、彼の父の国に招かれたんです。そこで彼は小さな姫君と出会い将来の約束を交わしました。その際に彼はエメラルドを贈り、代わりにこの真珠を貰い受けたという話です」

「お姫様からもらったんですか? 魚住さんは?」

 三成の話のつじつまが合わない事に疑念を抱いた凜はそのまま魚住に目を向ける。すると魚住は額に手を当ててうなだれていた。

「え……もしかしてそのお姫様が魚住さん?」

「でもそれなら問題ないってことになるよな。つまり兄ちゃんの初恋の人は魚住さんなんだから。あ、だからみっちゃん面白いって言ったのか。俺早とちりして怒っちゃった」

 すばやく結論を出した慶次はごめんと素直な謝罪を向ける。そんな慶次に構いませんよと告げながら、三成は藍色の包みを魚住へ差し出した。

「あの後で赤ずきんが生まれ、あの人は自分が呪われた存在だと理解しました。周囲の大人から死ぬことを望まれたのですから、嫌でも理解するでしょうね。そしてこれを俺に預けて心を凍らせたんです。すべてはこの国と赤ずきんを守るために」

「けどあいつはまた心を凍らせようとしてるんだろ。ならこれを渡したって意味ないじゃねぇか」

「だから言ったでしょう。昨夜からずっと混乱しているんですよ。顔を隠すためにかぶっていた帽子をここに忘れてしまうほど」

「その説明でわかると思うか」

 端的で本筋に触れない物言いを前にして、魚住は怒るでもなく問いかけた。すると三成は嘆息を漏らしてちらりと慶次に目を向ける。

「理性は今の年齢でも、その心は慶次と同じ程度なんです。近衛隊長として、玉座を離れた今のあなたを叱りつけたい思いがある。その一方で、心はあなたがそばにいることを嬉しいと思えてならない。もし慶次なら素直にそれを嬉しいと言うでしょう。しかし自分の心を封じ込めて我慢してきた人ですからそんなことはできません。今のあの人は何が正しいのかわからないんですよ」

「そういうことか……」

 なるほど説明を聞けば先程の光秀の苛立った様子も理解できる。そう思案を巡らせた魚住のそばで慶次がわかったと声をあげた。

「ちょっと兄ちゃんと話してくる!」

 恋の先輩だからなと気合いの入った様子の慶次は勢いよく部屋を飛び出していく。それを眺めた三成は冷めた目を魚住に向けた。

「だからわかりやすい物言いは嫌なんです」

「あの行動力を第四王子は褒めてたけどな」

「恋は盲目とはよく言ったものですね」

「おまえも恋をすれば丸くなるんじゃないのか?」

「そんなことはしませんよ」

 魚住の親切なのかわからない言葉に三成は冷淡に返した。

「この世界の人間ではないんですから」

「おまえも凜もちょっと変わってるって程度だろ。同じ人間だ」

「そうですね、物語を破壊できるほど変わった人間です。ですからあなたはそろそろ敵に塩を送るのをやめたほうがいいですよ。あなたよりもあの人の事をよく知る俺ですから、本気になれば一瞬です」

「おまえの冗談はたまに攻撃的だな」

「そう思うのなら慶次を追いかけてください。良い場面を奪われてしまいますよ」

「わかった。ありがとな」

 包みを握りしめた魚住は慶次を追いかけるために部屋を出ていく。そうしてにぎやかな人間がいなくなると一気に部屋が静まり返った。

 

 

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