エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編 作:とましの
破壊された庭園の手前、長い階段のその合間に座り煙草の煙を吐き出す。そんな光秀の目の前には先程から第四王子の真琴が立っていた。
「……んなこと言ってもおまえ、これから政にも手を出す予定だろ。あいつらはその前のガキの段階で習ったんだぞ」
「大変なのは承知してる。もちろん近衛隊長が多忙なのもわかってる。だが俺だけ剣術も馬術も下手なのは嫌なんだ」
「おまえのその強情は信長そっくりだな」
面倒臭ぇとつぶやいた光秀は石段に残った雪で煙草の火を消した。吸い殻を紙に包んでポケットに入れるとため息を吐きながら立ち上がる。
「慶次と遊んでるヒマはやらねぇからな。覚悟しろよ」
光秀の発言に真琴は笑顔を輝かせる。そんな若い王子を見下ろしながら帽子をかぶり直した光秀の背後で声が響いた。
「兄ちゃん!!」
大きな声を発しながら駆け込んできた慶次は息を切らせながら真琴を見る。そして一瞬照れ笑いを見せたがすぐに光秀へ目を戻した。
「初恋は大事にすべきだ!」
慶次はいつも突拍子もない言動で周囲を驚かせる。ただそれは良い意味で王家の中を明るくさせてくれていた。それをよく知っているはずの真琴でも、今の慶次の言動は理解できない。
「俺ははじめて好きになった人と今も一緒にいられてすげー幸せだよ。だから兄ちゃんも難しいことは考えなくていいんだ」
「なんの話をしてんだよ」
「だーかーらー! 兄ちゃんは子供の頃に魚住さんと将来を誓いあったんだよ。エメラルドをあげる代わりに青い真珠をもらってさ! だからその時の気持ちのまま、今の魚住さんに好きだって言えばいいんだよ。子供の頃の気持ちみたいなのを思い出してさ」
兄ちゃんならできると、慶次はにこやかな顔で両腕を広げる。そんな慶次を呆然と眺めていた光秀は不意にその目をそらし考え込み始めた。
そんな兄を見つめていた慶次は次第に不安を抱き表情を曇らせていく。
「兄ちゃん、魚住さんはいい人だよ。兄ちゃんが呪いにかかった時も、俺たちと一緒にがんばってくれたし。兄ちゃんが寝込んでた時は何日も徹夜で看病してくれたし。いつだって兄ちゃんのこと気遣ってくれてるよ」
「……やっぱおまえすげぇわ」
「へ?」
不安のまま魚住の良さを説明した慶次だが、唐突な評価に目を丸める。
「最初に壊したのはおまえだもんな」
「え、え? 兄ちゃんわかんない」
何の話なのかまったくわからない慶次は戸惑い首を横に振る。あげく救いを求めるように真琴へ目を向けた。すると真琴は真琴できょとんとした顔を見せている。
そんな真琴も可愛くて良いと思ってしまったところで慶次の頭に手が乗せられた。ぐしゃぐしゃと乱雑に頭を撫でられた慶次は驚きとともに兄へ目を戻す。
「おまえのおかげでいろいろ思い出せたわ。ありがとな」
「へ?」
今の会話で何を思い出して何が喜ばれたのか。それすらわからない慶次は、立ち去る兄をぽかんと口を開けたまま見送ることしかできなかった。
階段をあがり城内に入ると回廊を歩き始めたところで魚住がやってきた。腕をつかまれ足を止めた光秀のそばで魚住は荒い息を吐き出している。
「何やってんだよ」
「……あの妃は、足が速いな」
汗だくな上に呼吸の乱れた魚住は上着を脱ぎながら愚痴めいたことを言う。そんな魚住に笑いながら光秀は当たり前だと返した。
「相手は今まで野っ原を駆け回ってた野生児だぞ。俺でも勝てる気がしねぇよ」
「そうか……」
それなら仕方ないとつぶやく魚住は疲れたようにため息を吐き出す。そんな魚住の姿を尻目に光秀は再び歩き出した。
「そんな汗だくになっちまったら、あとは暖かいとこにいねぇと風邪引くぞ」
「今日はそこまで寒くないだろ」
「この国の冬をなめんなよ」
昨夜から晴れているため風は冷たいが寒さはさほど厳しくない。そう考えている魚住へ光秀は楽しげに返した。
冷え冷えとした回廊を進み階段をひとつあがると、光秀はその足でとある部屋に進む。暖炉の火がついているその部屋は廊下と比べて格段の暖かさを保っていた。
ただ廊下と比べてあきらかに装飾の少ないその部屋には見覚えがある。部屋の造りやカーテンの色などは違うか、そこは確実に光秀の屋敷と似ていたのだ。
「ここはおまえの部屋なのか」
「仕事部屋だな。つってもあんま使ってないけどさ。たまに陛下が潜んでるから暖炉だけは火をつけてんだよ」
部屋について語りながら光秀はソファを指差す。座れと言われた気がした魚住はコートを脇に置いてソファの隅に腰を下ろした。
「ここに国王が来るのか」
「ヒマな時にな。今日は忙しいだろうから安心しろ」
「暇つぶしに来るほど親しいんだな」
壁際に置かれた棚を開けていた光秀は魚住の言葉に振り向いた。
「便利だからじゃねぇの? 近衛隊長の部屋なら安全性も確保されるし」
「そうだとしても、親しくない相手の部屋には行かないだろ」
「そっか、そんなもんか」
隣の国とはいえ、王が言うのだからそうなのだろう。そう納得した光秀はタオルを取り出して魚住に渡した。
そうして魚住の隣に座った光秀は手にしていた帽子をテーブルに投げる。
「さっき慶次からいろいろ言われてさ。おまえの下の名前が出ない理由がわかったわ」
「名前?」
「東の国の秘宝は夜空の真珠が落ちて海に染まったとか何とかって言うだろ。けどあんなの後付けだよな。あの時のあの国で宝物だったのはおまえなんだよ」
なぜ陛下からその話をされた時に思い出せなかったのか。そんな自分の愚かさに自嘲の笑みをこぼしながら光秀は魚住の足を枕に寝転がった。
そんな光秀の突然の行動に魚住は驚き硬直する。しかしかなりの間をあけた後に口を開いた。
「覚えてたのか」
「忘れてたっつーの。覚えてたらおまえが王だって知った時点で気づいてるだろ」
ばーかと笑う光秀は先程と違い機嫌の良い様子を見せている。ではあの妃が話をしたおかげで機嫌が改善されたのか。魚住がそんなことを考えていると不意に鋼色の瞳が魚住を見上げてきた。
「おまえ、国王がどんなもんか知らないから来たんだってな。王が統治するってのがどういう事なのか学びたいっつって」
「怜から聞いたのか?」
「おまえのとこの主席政務官。俺が朝からイラついてんの見抜いてわざわざ説明に来たんだよ。前から思ってたけど、あいつ変な気の回しかたするよな」
「透の説明を聞いて納得したから怒りが収まったのか」
「なんでおまえがここにいるのかわかんなかったからな。王が軽率に城を離れるなよって思ったし」
「おまえは真面目だからな」
「近衛隊長はそれが仕事なんだよ」
真面目であるのは仕事のためだと言い放った光秀は目を細めて笑う。その上で手を持ち上げると魚住の頬に触れた。
「けど今はサボって良いよな。小さい女だと思ってた人魚姫が男で俺よりでかくなってた事に文句を言わねぇとだし」
「ここまで大きくなったおかげで、負傷したおまえを運んでやれたんだけどな」
茶化すような光秀の物言いに魚住は微笑をこぼしながら返す。すると光秀は笑いながら忘れてたとつぶやいた。
そんな光秀を見下ろしながら、魚住は真珠の首飾りを取り出す。
「おまえの弟ほどの事はできないが、これからもおまえは俺が守ってやる。だからなんでも抱え込もうとするなよ」
「別に抱え込んでるつもりはねぇけど、自分でやったほうが早いって時はあるよな」
真珠の首飾りを差し出された光秀はそれを受け取りながら言葉を返す。すると魚住はそれが駄目なんだろと眉をひそめた。
「ひとりでやろうとすると失敗した時に困るだろ」
「その時は助けてくれよ。人魚姫」
あくまで自分のやり方を変えない光秀の言葉に魚住は大きなため息を吐き出す。ただ初めて向けられた光秀の甘えるような言動に文句は出せなかった。