エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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エピローグ

 幼い子供を連れて現れた魔女は兄に子供を育ててほしいと頼み込んできた。そしてその代償としてどんな願いもかなえるという。

 長く黒い髪を背中に流した魔女は優しげな瞳を細めて微笑む。この世界に来て初めて見る魔女はどこか三成の母に似ている気がした。

「あなたは何を願うの? いばら姫」

「……俺は」

 もうすぐ十五歳になる兄は魔女の問いかけに悩んだような姿を見せる。かつてこの国の跡取りだったらしい兄はいばら姫の主人公でもあった。この世界がどんなルールの下で主人公というものを決めるのかは三成にもわからない。しかし主人公には幸せになる権利と周囲を幸せにする義務があるのだと兄は言う。

「聞いてもらえるのは俺の願いだけなのか? 弟の願いも聞いてほしいんだけど」

 兄は三成が知る人間の中でもっとも優しい人だ。元の世界で両親と本当の兄を失った三成は親戚から迷惑がられ施設へ送られるはずだった。そんな三成を、家族を失ってからはじめて受け入れてくれたのが目の前の兄だった。

 血の繋がりもなにもない。しかも生まれた世界すら違うのに、弟にしてくれて家族になってくれた。そんな兄は多くの人に頼られ、けれど死ぬことを望まれている。

「俺の頼みはいばら姫の主人公を消すことだ。俺は次の誕生日で十五になる。そうしたら俺が持つ呪いのせいでこの国も街の人々も眠るかもしれない。そんな事になるならいばら姫なんていないほうがいい」

「あなたの中にある主人公の役を消すことはできるわ。けれどあなたはもう真実の愛を知ってしまっている。その心がある限り、私の魔法も消されてしまうの」

「なら俺の心ごと消してくれ。俺の中の愛が邪魔だってなら、真珠との思い出も消してくれて構わない」

 このまま願っても魔法がすぐに解けてしまうのなら、真実の愛も消せば良い。そう考えたらしい兄は決意の瞳で魔女を見つめている。

 そんな兄が許せず、三成はつい口出しをしてしまった。

「そんなの駄目だよ。忘れてしまうなんて」

「けどこの国が呪われたら真珠の逃げ場もなくなるだろ」

 三成の異論に振り向いた兄は優しい顔で告げた。兄は自分を犠牲にしてまで異国にいるらしい人魚姫の居場所を守ろうとしている。それが悲しくも腹立たしく思えた。

「兄さんは……」

 馬鹿だと言いたくても言えない三成の目の前で、兄は首にさげていた首飾りをはずす。青い真珠の首飾りは、幼い頃に人魚姫からもらったものだという。

「本当なら俺が死ぬのが一番だ。けど死んだら真珠を守ってやれない。それに政宗を城に戻してやらないといけない。だったらいばら姫を消すのが最善だろ。心が凍って真珠のことを忘れて俺が俺じゃなくなっても、全部守れればそれで良いんだよ」

 兄の強い言葉に気圧されていると首飾りを渡された。そのため「そんなものはどうでもいい」とは言えなくなってしまう。

 きっと自分はこの世界の人間ではないから、兄の気持ちがわからないのだろう。人魚姫の主人公なんてどうでもいい。政宗だってずっとこの屋敷で一緒に暮らせばいい。兄だけが呪いを受けるなんて納得がいかない。

 そう思っても、兄の優しさに救われた三成には兄の行動を止める権利はなかった。そうして三成が黙り込むと、その頭に兄の優しい手が乗せられる。

「ごめんな、三成」

 迷惑をかけると告げた兄は魔女へ向き直した。その背中を見上げた三成はもうどんな声もかけられなくなってしまう。

「いばら姫を消してくれれば、この国は赤ずきんが繁栄させてくれる。だから頼む」

「……それがあなたの望みなら、あなたに呪いをかけましょう」

 魔女は悲しげにまつげを伏せると流れるように小さな棒をふるった。

「あなたが生まれながら持っている最高の幸せと、それを甘受する者たちの記憶に永遠の眠りを。あなたの心は氷の棺に収められ静かな時を過ごすでしょう。あなたが抱いていた愛も優しさもすべてを道連れに」

 歌うように唱えるように言葉が並べられる。それを聞いていた三成の目の前で不意に兄の身体が傾いた。

 慌てて兄の身体を支えたため地面への激突は防いだ。しかし兄は目覚める様子がない。そんな兄に焦りを抱いた三成のそばで魔女が大丈夫だと告げた。

「すぐに目覚めるわ。その時にはもうあなたのお兄さんは別人のようになってしまっているでしょうけど。さあ……次はあなたが願う番よ」

「おれは……」

 兄が願いを増やせと告げた理由はわかる。優しい兄のことだから元の世界へ戻る機会をくれたのだろう。そうは思っても、三成はその願いを口にしようと思えなかった。

 意識を失い眠り込む兄を抱き締めた三成はまっすぐに魔女を見上げる。

「兄を病気やケガでは死なない人にしてください。いつかいばら姫の呪いが出たとしてもおれがそれを解きます。そのためにいばら姫の王子を選んだんです。でもこの国の大人たちは今までも兄さんを死なせようとしてきました。だから……」

 切々と語る三成が見つめるその先で、魔女は少しだけ驚いたような顔を見せた。しかしすぐに笑顔を取り戻すと少し離れながら棒を振るう。

 すると光の粒がふわりと飛んで兄の身体の中に吸い込まれていった。

「これでいばら姫は死ぬことのない身体になったわ。それと……この世界に降り立ってくれたエメラルドの大魔法使いに敬意を払わなければならないわね」

 魔女が再び棒を振るうと空中に光の粒が渦を巻いた。やがて光の渦から一冊二冊と本が落ちてくる。

「あなたはきっとまだこの世界の理を知らないのでしょう。この世界の者が背負う役目とその大切さを。だからあなたは世界の理を学びなさい」

 そう言い放った魔女は城の方向へ向けて光を飛ばした。

「ここに置けない分は広い場所へ置いておくから、あなたが困ることはないはずよ。大魔法使いさん」

「世界の理を知って役目を知って……兄の事を理解しろということですか」

 やはり魔女もこの世界の者だから、兄ひとりが苦しむことも当然だと思っているのだろう。そしておそらく魔女はそれをこちらにも理解しろと言っている。そう認識した三成は不機嫌な瞳で魔女を見つめた。

 すると魔女は優しげな笑顔のまま答えをはぐらかす。

「学んだ後にあなたがどう思うのか。それはあなた次第だもの、私が決めることではないわ。ただ……そうね。もしできたら、あなたの力を私の子にも与えてくれるかしら。あなたもいずれ水鏡の力で見るでしょうけど、私の子はあなたの力になるから」

 いばら姫の王子であり、世界の理を越えてどんなことも成すことのできる大魔法使い。それが異世界からきた三成が手にした後付けの役だった。そこまで把握している魔女の言葉に三成は顔をしかめたまま目を落とす。

「その子が兄さんの助けになるのなら」

 これだけのことができる魔女の子なら、きっと将来はすごい魔法使いになるのだろう。魔女の頼みを聞いてやるのはしゃくだが、それでも相手は兄の願いをかなえた人だ。

 そう自分に言い聞かせて、三成は魔女の頼みを引き受けることにした。

 

 

 

「みっちゃん!!」

 勢いよく扉が開かれていつものように慶次が部屋へ飛び込んでくる。その騒がしい声に目を覚ました三成は眠気が取れないまま目を開かせた。

 すると眼前に第三王子の瞳がある。

「……何をしているんですか」

「呼んでも起きないから死んでるのかと思ったヨ」

「あれみっちゃん寝て……」

 わずかに垂れた緑色の瞳を細めた第三王子は慶次の声を聞きながら離れていく。そのため三成はやっと起き上がることができた。

 そんなふたりを前にして慶次は困惑した様子で視線をさ迷わせる。

「ももももももしかして俺は邪魔をして」

「してないヨ。襲うなら起きてる時にやるからサ」

「そっか。それなら良かっ……いや良くない。みっちゃんを襲うとかだめだから。俺のみっちゃんを襲わないでください」

「俺の、ナ。独占欲?」

「みっちゃんも大事な兄ちゃんだから!」

 第三王子にからかわれた慶次の顔がさらに赤く染まる。そんなやり取りを尻目に三成は眼鏡を探し始めた。書類や封書が散乱したテーブルの上を手探りで眼鏡を探していると横から手が伸びる。黒い袖の主は眼鏡をつかむと共に三成の手をつかみそこに眼鏡を乗せてくれた。

 三成はその眼鏡をかけながら相手を見上げる。

「ドア開けっ放したまんま騒ぐヤツがあるか。ここをどこだと思ってんだ。あと幸村、テメェも今は座学の時間だろ。地政学やってんじゃねぇのか」

「アメがなくなったからもらいにきたんだヨ」

 眼鏡のレンズごしに見る世界の中で兄は弟と王子に厳しい言葉を向けていた。叱られた慶次はしゅんと縮こまり、王子は兄から飴をもらう事で納得して出ていく。

 甘いものを嫌う兄だが、昔はそれを人に配ることをよくしていた。呪いを受けてそれもほとんどしなくなったがまた最近になって配り始めている。

「それで? 慶次は何の用でここに来てんだ」

「えっと……今度、真琴が兄ちゃんに剣術習うだろ? だから真琴の疲れがとれるものとか、何かできないかなって思ったんだ。それでみっちゃんに相談にきたんだよ。ドア開けっ放しにしてごめんなさい」

 部屋に来た理由を説明した後に謝罪をする。そんな末弟の姿に兄は頭をかきながらため息を漏らした。

「……筋肉疲労を取るっつーと、暖めてからマッサージだな。王子の訓練は近衛連隊と一緒に午前と午後やるつもりだから、寝る前に軽く揉んでやれよ」

「寝る前に揉めばいいのか。それなら俺でもできる!」

「だろ? ついでにおまえはすげぇって、褒めまくってやれよ。あいつは上三人ができるせいで自己評価低いからな」

「おおっ、なるほど。さすが兄ちゃん真琴のことよくわかってるな」

 兄の言葉に感心した慶次は強くうなずく。その上で試してみると言い放ち部屋を飛び出していった。それを見送った兄はやれやれと笑いながら三成に目を落とす。

「大丈夫か? さっき来た時は爆睡してたけど、あいつらに起こされたんだろ」

「何も問題ありませんよ。それよりあなたは何の用でここに来たんですか」

「顔を見に来たんだよ」

 そう笑った兄はソファに座る三成のすぐ隣に腰をおろした。

「魚住さんと一緒ではないんですか」

「あいつは陛下と信長と一緒だ。政宗がついてるから近衛はいらねぇんだよ」

「近衛隊長を遠ざける理由があるんですね」

 王が異国の者と会うのに近衛隊長を遠ざけるのは珍しい。そう考える三成の隣で背もたれに腕を乗せた兄が笑いをこぼした。

「王位と関係無い人間を遠ざけるほど重要な話題なんだろ。陛下と第一王子と東の国の王が集まって話すんだからな」

「それであなたは玉座から遠ざかって俺なんかのところに来たんですか」

「おまえには助けてもらったからな」

 背もたれに腕を乗せたまま兄は三成へ身体を向けてくる。密着するような姿勢で顔を間近に近づけられた三成は無言で兄を見つめた。

「ねぎらうつもりじゃねぇけど、俺にして欲しいことはないかってさ」

「あなたにして欲しいことなんてありませんよ」

「そう言うと思ったわ」

 呪いが解けた事で元の優しさを取り戻してしまった兄は簡単に甘やかそうとする。そんな兄へはっきりと返せば、兄は笑いながら三成から顔を離した。

「だいたいの事は魔法で片付くもんなぁ」

「兄がいて家族がいて……」

 出る幕が無いとつぶやく兄へ、三成は言葉を向けた。

「住む家と国と、生き甲斐と呼べる仕事もある。これ以上のものをあなたから貰おうとは思いません。あなたの呪いを解きたいという目的も果たせましたからね」

「考え方が堅いよな」

「きっと兄に似たんですよ。ああ、そうだ。つい先程、南東諸島から届いたのですがあの近辺の……」

 そう告げながら腰を浮かせた三成はテーブルの上の封書を取ろうとした。しかし服の飾り紐が兄の何かと引っ掛かりそのままバランスを崩してしまう。

「あ…ちょっと待て」

 兄を押し倒した姿勢で動きを止めた三成の眼下で兄が首飾りを引っ張り出す。どうやら新調した首飾りの留め具が飾り紐と絡んだらしい。

「魔法で紐を切りましょうか」

「簡単に魔法を使うなよ。いつ誰が部屋に来るかわかんねぇのに」

 面倒臭いと思う三成とは違い、兄は苦心しながら絡んだ紐をほどこうとしている。正確には編み込まれた紐の中の糸数本が絡んでしまっていた。そのためほどくのにも手間がかかりそうだ。

「首飾りの留め具をもう少し小さな物にすれば引っ掛からないかもしれませんね」

「だよな。急いでたからって適当なモンにして損したわ」

 言葉を交わす間も兄は絡んだ糸をほどくように解いている。しかしそこに扉の開く音と会話とが聞こえて兄の手が止まった。

 ソファに横たわったまま、兄は見上げるように部屋の入り口を見やる。三成もそちらに目を向けて、驚く慶次と顔を背けた魚住を見た。

「慶次、はさみを取ってくれますか」

「へっ!? あ、出て行かなくていい?」

「早急に紐の絡んだ部分を切ってください」

 こればかりは仕方ないと思いつつ、顔を赤くして戸惑う弟に切断を依頼する。魔法を使うなと兄が言う限りこの空気から逃れる手段は他にないだろう。

 完全に混乱しているらしい慶次は様々な物音をたてながらはさみを探す。その合間にふたりの元へやってきた魚住はすぐそばにしゃがみこんだ。

「本気で光秀を奪いに来たと思ったけど、違ったな」

 青真珠の首飾りと三成の服の紐が引っ掛かっているのを確認した魚住が笑う。しかしその発言の意味がわからない兄は眉をひそめた。

「俺を奪うってなんだよ」

「少し前に三成がそういう冗談を言ったんだ」

「なに言ってんだよ。三成は冗談なんて言うヤツじゃねぇだろ」

 兄の一言で、魚住の顔から笑みが消える。その瞬間に三成は自分の失態を認識した。今すぐにここから逃げ出したいが無理に引っ張れば首飾りが壊れてしまう。

「俺は冗談なんて聞いたことねぇけどな」

「だとしたら、油断してると光秀を奪われるってことだな」

「俺を奪うって意味わかんねぇんだけど、何を取るんだ? 何かの暗号か?」

「つまり貞操を奪わ……」

「少し黙ってもらえますか!」

 言葉を交わすふたりを黙らせた三成は乱れかけた息を吐き出した。そんな三成の眼下で兄は驚きに目を丸めたまま固まっている。

 その間も慶次はまだはさみが見つけられないらしく物音をたてていた。捜索を続ける慶次を横目にしながら三成は身体を支えていた手をひとつ持ち上げる。するとその手のひらに銀色のはさみが現れた。

「慶次、はさみは見つかりましたから探さなくても大丈夫です」

 ありがとうございますと礼を言いながら、三成は服の飾り紐をばさりと切り落とす。そうして絡んでいた部分から解き放たれるとすぐさま光秀から離れた。

「ふたりが親しいのは結構ですが、そこに俺を巻き込まないでください」

 厳しい言葉とともに驚いているふたりを部屋から追い出す。その上で部屋中の引き出しを開けた慶次には謝罪と礼を向けながら廊下に押し出した。

 そうして扉を閉めひとりになると静けさを取り戻した室内でため息を漏らす。その上で散らかってしまった室内に目を向けるとひとつずつ引き出しを閉めていった。そして最後に窓を開けると小さな風を起こして空気を入れ換える。

 この国の冬は三成が元いた世界と比べてかなり厳しい。しかもこの国の文明は元の世界ほど発達しておらず、暖房機器の類いもなかった。

 むしろこの世界に存在する魔法そのものが文明の発達を阻害していると言える。とはいえその魔法を扱える三成は、暖房機器を開発しようとも思わなかった。

 冬の寒さは気持ちを引き締めてくれるし、水の冷たさも慣れればたいしたことはない。むしろこの世界は文明が遅れているためか元の世界ほどの欲深さはなかった。少なくとも孤児となった子供を見捨てるような人間は周囲にいない。

 それになにより、元の世界には面倒な兄も早とちりな弟もいないのだ。ただそれだけでこの世界の不便さなどどうでもいいと思えた。

「三成さん三成さん三成さん!」

 すっかり冷えた室内で片付けをしていると再び扉が勢いよく開かれる。そうして現れたのは短いスカートをはいた十歳の少年だった。

「うわっ、寒っ! なんで窓なんて開けてるんですか」

 寒いなぁとぼやいた十歳児は現れるなり窓へ駆け寄り閉めてしまう。そんな十歳児を冷めた目で眺めていると、長い髪を揺らした子供が笑顔を見せる。

「おれすっごいこと考えたんですけど、蒼馬さんの電気を使ったら家電使えませんかね」

「はい?」

「エアコンとまでは言いませんけど、こたつは欲しいじゃないですか。寒いし。なので三成さんこたつ出せませんか」

「出せませんよ」

「ええっ! 飴はあんなに簡単に出せるのに!」

「俺は六歳の時にここに来たと言ったでしょう。飴程度ならまだ覚えていますが、こたつがどんな構造の物かなんて覚えてません。頭の中で思い描けないものは出すことができないんですよ」

「そ…そうか……」

 一年前にこの世界へ来たという凜はまだ元の世界の便利さを覚えているのだろう。しかしこちらに来て二十年近くも経っている三成にはもう当時の記憶はない。両親たちの顔を思い浮かべられないように、周囲にあった物も忘れてしまっていた。

「じゃあ、他にあたためられるものとか、ない、ですよね……」

「寒さがつらいから暖まりたい、という事ですか?」

「そうですそうです。むしろみんな平気なのがすごいです。この世界に来てはじめての冬だからかもですけど……」

 一年前に来たと凜は言っていたが、正確には春に来たらしい。そのため暖房機器のないこの世界の冬がつらい。そう訴える凜は赤らんだ手をこすっている。

「いままでは、たぶんちょっときんちょうしてたみたいで気にならなかったっていうか。それどころじゃなかったっていうか……でも何もなくなると寒いのがつらいっていうか」

「それは晴れたせいですよ。風が出てきましたし、風に当たると熱を奪われますからね。今までは雪は降っていましたが風はありませんでした」

 寒さを厳しいと感じる原因を口にしたが、そんな事を子供に告げても意味はないだろう。何の解決にもならないし、そもそも子供に天候などを語ったところで理解しないだろう。

 現に三成の目の前で、凜は少し困ったように眉を垂れながら笑顔を作っていた。そんな子供から視線を背けた三成は頭を巡らせながら手を差し出す。

「そうですね。例えば携帯できるほど小さな銅の入れ物なら負担にならないでしょう。その中にお湯を入れれば数時間はもつかもしれません」

 そう告げる三成の手のひらに銅製の薄い容器が現れた。大きめのふたがついた容器は暖かく三成の手を暖めてくれる。

 暖かなそれを差し出すと凜はきょとんとした顔で受け取った。

「あったかい。え、これなんですか?」

「湯たんぽです。元の世界にありましたよね」

「あ! ありました! こんな小さいのはみたことないけど、これならあったかいしお湯をいれれば何回でもつかえますね」

「中のお湯が冷めてもあの悪魔に頼めばすぐに暖めてくれるでしょう。しかし低温やけどの恐れがあるので布で包んで持ち歩いてください」

「わかりました。ありがとうございます」

 寒さに赤らんでいた手を暖めるように銅製の容器を持っていた凜は嬉しそうに微笑む。ただそれだけで三成は他人に親切を向けるのも良いものだと思えた。

 そうして嬉しそうに何度も礼を告げた凜が立ち去ると、再び慶次がやってくる。凜と入れ替わるように現れた慶次は開けたままの扉の隙間から廊下を見た。

 誰もいない事を確認しながら扉を閉めた慶次はなぜか扉のそばから動かない。

「何度も来てごめん。でもさっきは王子とか兄ちゃんとか誰かいたからさ」

「第三者がいては話せない相談があるという事ですか」

「相談じゃなくて、みっちゃんにありがとうって言いにきたんだよ」

 今度はどんな厄介事を持ち込むのかと考えた三成の予想に反して慶次が言う。

「俺、兄ちゃんがケガで寝込んでた時もいばらの呪いの時も何もできなかったからさ。むしろいつも何もできてなくて、何かあるたびにみっちゃんに相談してるんだけど。でもみっちゃんは昔からひとりで兄ちゃんの呪いのことも全部抱えてたんだよな」

「いばら姫自身が、自分が主人公であるという記憶を欠落させていましたからね。しかし俺ひとりで抱えていたわけではありませんよ」

 感謝の気持ちを向けたいらしい慶次に、三成は落ち着いた言葉を向けた。そんな三成の視界の中で慶次の目が驚いたように丸められる。

「みっちゃん以外に兄ちゃんのこと知ってた人がいた?」

「大魔女が現れたあの時、第二王子も屋敷にいましたからね。兄が人魚姫を大切に思っている事もそれを忘れてしまった事も知っています。しかしだからこそ彼は誰よりも強いのでしょう」

 狼である事を除いても、第二王子は心根の強い人物である。そう告げた三成は我知らず表情を緩めていた。

「それにあなたも何もしていないわけではないでしょう。あの大魔女が凍らせた心を溶かしたんですから」

「俺が?」

「あなたがいたから、あの人はゆっくりとですが心を取り戻していくことができました。そして再び人魚姫と出会い、大魔女の呪いを解くことができたんです。あの人の心が凍ったままなら、人魚姫と再会しても何も起きなかったと思いますよ。むしろ人魚姫を北の王から守ったかどうかすら危ういです」

「でも俺は何もしてないよ。兄ちゃんほとんど家に帰って来なかったし。子供の頃は一緒に魚とったりしてくれたけどさ。でもそれだけだったし……結婚してからは毎日会えるから話したりしてるけど」

 特に何かした記憶はないと、慶次は真剣に考え込む姿を見せている。もちろん慶次は考えてから行動するタイプではないため、何か企てることもしない。しかしだからこそ素直な気持ちのまま誰かを救うことのできる人間だった。そして三成には慶次のような行動力はなく、その真似をすることもできない。

 しかしそんなことを説明したところで、慶次には理解できないだろう。そう考えた三成はとりあえず納得するようにとだけ告げた。すると慶次はすっきりしない様子ながらもうなずいて返す。

「みっちゃんがそう言うならそうしとく。あ、それと思ったんだけどさ。みっちゃんって凜になんでも願いかなえるって言ったろ? あれってホントにになんでもできるの?」

「どんなことでも、というわけではありませんが凜さんの願う程度なら」

「じゃあもし凜が元の世界に戻りたいって願ったら戻せてた? えっと、凜を戻せってことじゃなくてさ。もしその力があるなら、みっちゃんは元の世界に戻ることを諦めなくて良かったんじゃないかって思ってさ」

「あなたは俺を帰らせたいんですか?」

「そうじゃないけど、兄ちゃんのことを抱えてたから帰るの諦めたとかさ。それなら解決したらみっちやん帰っちゃうのかな、とかさ。なんかいろいろ考えたんだよ」

 どうやら慶次はこちらが元の世界に帰ることを不安に思っているらしい。そしてそれはまさしくいばらの呪いが解けた直後の兄と同じ反応だった。血の繋がりなどないのにどこまでも似た思考回路を見せる慶次に、三成は笑みをこぼした。

「俺が帰る事を諦めたのは、この世界に大切な人ができたからですよ。だから同じように大切な人を見つけていたあの子にもそう言ったんです。俺には兄とあなたという大切な家族がいますからね」

 大切で守るべき相手がいるこの世界を捨ててまで戻る場所はない。そう告げたかった三成だが、頭の良くない弟はやはりどこか誤解したらしく顔を赤らめた。

「俺だってみっちゃんのこと大事で自慢の兄ちゃんだと思ってるから!」

 けっして広くない部屋の中に慶次の大きな声が響く。

「それはありがとうございます?」

 慶次の言いたい事がわからない三成は首をかしげながらも礼を向ける。すると慶次は歯がゆそうに床を踏みしめた。

「だから! 俺はみっちゃんのこと大事で自慢に思ってるってことだから! きっと兄ちゃんだってみっちゃんのこと大事で自慢に思ってるから!」

「そうかもしれませんね」

 自慢に思うことはないだろうが、兄もこちらを魔法で何でもできると思っている。その点では重要に思っていることだろう。そう考えている三成だが、やはり慶次は「そうじゃなくて」と声をあげた。

「俺も兄ちゃんもみっちゃんのこと大好きだからな!」

「それはないと思いますが……ああ、気遣いありがとうございます」

 もしかしたら慶次は元の世界に戻れないこちらを不憫に思ったのかもしれない。そう認識した三成は素直に礼を口にした。

 するとなぜか慶次は絶望したような顔を手でおおう。

「みっちゃん、頭は良いのにななんでそこはわかんないんだよ」

 どう考えても慶次の説明不足に思えるが、努力しているようなのでそこには触れない。そうして三成が黙り込むと慶次は意を決したように「よし」と声をあげた。

「なんか作戦ないか秀吉と考えてくる! みっちゃんまたな!」

 気合いを入れ直したらしい慶次は恐ろしい言葉を残して部屋を飛び出していく。そうしてひとり残った三成は新たな騒動の予感にため息を漏らした。

 

 物語が破壊され世界の理が変化すれば、物語りに沿った問題は起きないだろう。人魚姫が悲恋のまま死ぬことはなく、白雪姫が決められた王子と結ばれることもない。ドロシーは魔女を殺す運命からはずれ、いばら姫は呪いから完全に解き放たれる。

 しかし無駄に行動力のあるシンデレラの起こす問題は、どんな手段を講じても防ぐことはできない。面倒で手間のかかることだが、そのつど対処していかなければならないのだ。

 ただ彼らのその行動力こそが、兄の呪いを解く力になっている。だとしたら手間だ面倒だと見て見ぬふりはできないのだろう。

 そう考えた三成は窓の外に広がる空を目にしながら何度目かのため息を漏らした。

 

 

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