エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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12話

 紅蓮の炎が視界を包み込むと同時に爆音がとどろく。生死を別ける瀬戸際に立ったとき、頭を支配したのは大切な者を守ることだった。

 誰よりも大切なその人物を襲いくる魔法から守り逃がしてやれたならそれで良い。その為なら何の役も価値もない自分がどうなろうと構わない。

 そうして落ちた漆黒の世界に誰かの声が響いた。どこかで聞いたような懐かしい声が何度も名前を呼ぶ。しかしその声に応えたくても身体は重く指先を動かすことすらできなかった。

 ただその声に名前を呼ばれるのはとても心地が良い。頬に触れる堅い手も耳朶に触れる低い声も何もかもが望んだもののように思える。

 けれどそれを求めようとした頭と心に凍えるような女性の声が忍び込んだ。

「……それがあなたの望みなら、あなたに呪いをかけましょう」

 心の奥底まで凍えるような、しかし悲しげな声がいばらのように食い込み縛る。

「あなたが生まれながら持っている最高の幸せと、それを甘受する者たちの記憶に永遠の眠りを。そしてあなたの心は氷の棺に収められ静かな時を過ごすでしょう。あなたが抱いていた愛も優しさもすべてを道連れに」

 けれど……と、女性の手が彼の頬に触れた。己の運命を知り幼い我が子を手放しに来た大魔女のその手は誰よりも冷たい。

「どんな呪いも魔法も真実の愛を前にしては無意味だと知りなさい。…………」

 

 

 

 弱い日差しの差し込む寝室で目を覚ました光秀はそばで本を読んでいた男に目を向ける。男はおはようと穏やかに微笑むと光秀の額に手を触れさせた。

「熱はさがったようだけど、どこか痛むところはあるかな」

「……ない」

 かすれた声で問いかけに返した光秀はゆっくりと起き上がる。悪魔の爆発に襲われ負傷したはずだが、身体に痛みなどは感じない。

「魔法の力ってのは……傷も癒せるのか」

 そばについていてくれたらしい南の魔女に問いかけると相手は笑顔のまま肯定した。

「そういうことができる人もいるね」

「そっか……ありがとな」

 礼を向けてベッドを降りようとした先で南の魔女が眉を浮かせる。

「その礼はどういう意味のもの?」

「ずっとそばにいてくれたんだろ。顔が疲れてる」

「……それは……そうではあるんだけど」

 なぜか言葉を濁した南の魔女との会話を切り上げ光秀は衣装棚へ向かう。そこで軍服を取り出すと汗などで汚れた身体を洗うため移動した。

 使用人に頼んで湯を用意してもらい身支度を整えた光秀は軍服をまとう。外の明るさからして既に日がのぼってかなりの時刻がたっているはずだ。どれだけ寝込んでいたのかは知らないが、城へ赴き状況の把握をしなければならない。

 全身を黒の軍服に包み同じ色の外套を羽織った光秀は玄関ホールに立ち手袋をつけた。南の魔女が無事であるのならあの悪魔はどうなったのか。そしてあの悪魔がこの国に入り込んだ場合に、どう対処すれば良いのか。

 そんな事を考えていると右側から見知らぬ若者がやってきた。

「なになに、三日も寝込んでたのに朝早くから出掛けんの? それより話が…」

 それが悪魔だと認識した瞬間、鞘から引き抜いた剣の切っ先が首元に届いていた。触れる寸前のところで刃を止めた光秀はまっすぐに悪魔をにらむ。

「なんでテメェがここにいやがる」

「あんたが寝込んでる間にいろいろあったんだって。それにこっちとしては、南の魔女がオレに仕掛けてこないなら殺す必要ないし。もっと言えばおとなしくしてないと姫様に叱られるんだよね」

「あいつに危害を加えねぇんだな」

「やるつもりなら3日も生かしておかないよ。それよりオレは姫様からあんたにあやまれって言われてんの。だからあやまらしてくれない?」

 刃を向けられたままであるにも関わらず、悪魔は軽い口調で言う。そんな悪魔に嘆息を漏らした光秀は剣を戻して鞘へ収めた。

「謝罪なんていらねぇよ」

「でもさ」

「どうでもいいんだよ」

 解決したのならその後はどうでもいい。そう告げた光秀は帽子を目深にかぶった。そして会話を終わらせるためにも玄関を開かせて外に出る。

 屋敷の外へ出ると門の近くに少女が立っていた。花売りなのか、花を手にした少女は光秀に気づくなり嬉しそうな顔を見せる。

 赤いケープのフードをかぶる少女を眺め歩いていた光秀は我知らず足を止めた。その脳裏にはるか昔の光景がよぎる。

 昔、同じように赤いフードをかぶった子供がいた。子供は赤ずきんの主人公でこの国の宝である。しかしこの国の宝である以前に、その子供は光秀にとって何よりも大切な存在だった。

 不意に取り戻した思い出が冷めきっていた胸の中に小さな火を灯す。そんな光秀の元へ何も知らないマッチ売りの少女が近づいてきた。

「こんにちは」

「よう、こんなとこで何やってんだ?」

「隊長さんがケガでおやすみと聞いておみまいです」

 優しい言葉を口にしたマッチ売りの少女は嬉しそうな顔を見せている。そんな少女を眺めながら光秀は自然と表情を緩めていた。

「ああ、そうだ。昨日も一昨日もマッチ買ってやれてないよな」

 赤いずきんの似合う少女は光秀の問いかけに首を横に振った。そんな少女の前で膝を屈した光秀は少女と目の高さを近づける。

「昨日もその前も、ここの人が買ってくれました。お花もその人が受け取ってくれて、隊長さんのところにおいてくれました」

「屋敷の人間が?」

 屋敷にいる人間というと、先程の金髪の悪魔だろうか。そう考える光秀の目の前で少女は嬉しそうに微笑む。

「隊長さんより大きな方で、海のお話をしてくれました。およげないけど、船に乗ってたって聞けてたのしかったです」

「へぇ…そっか。誰かわかんねぇけど楽しかったんなら何よりだわ」

 良かったなと少女の赤いずきんを撫でた光秀はゆっくりと立ち上がった。しかし不意に左胸が痛んで手を当てる。

「隊長さん?」

 そのまま動きを止めた光秀に少女が心配そうな顔を見せた。そんな少女に何もないと返した光秀は屋敷へ入るよう告げる。

「そいつが屋敷にいるなら、その花を渡してマッチもやってくれ」

 その男が煙草を吸うかどうかは知らない。しかし少女が屋敷の中で少しの暖を取る理由になるならそれでいい。そう考えた上で光秀は金貨を少女に握らせた。

「そいつは良いヤツらしいらな」

 屋敷に悪魔がいるのは想定外だが、元々東の国の使者はこの屋敷に滞在させる予定だった。それを思えばどこの人間なのかくらいはわかる。だからと少女に告げた光秀は屋敷を離れ城へ向かうべく歩き出した。

 

 

街を歩きながら光秀はふと東の国の王を思い出す。隣国の新しい王は元船乗りで前王の遠縁にあたる男だった。もちろん国王が使者としてこの国に来ることなどありえないし考えてもいない。だがもしあの男がいたとしたら、マッチ売りの少女にも気遣ってやっていただろうと思う。

 しかしあの男はこの国にはいない。だから今朝目覚めた時も、そばにいたのは南の魔女だった。そう思うのだが、それでもと脳裏の片隅にあの男の存在がこびりつく。

 夢の中だったのかどこだったのか。自分を呼び死ぬなと言ったのは南の魔女とは違う低い声だった気がする。

「……いや、夢だろ」

 何をガキみたいなことを考えているんだと、光秀は自嘲の笑みをこぼした。

 城に到着すると除雪のされた道を進み城内へ入る。とりあえずは書記官の元へ行って話を聞くべきか。そう考えながら歩いていると近衛連隊の兵士と遭遇した。そして兵士から陛下より隊長が戻り次第呼ぶよう命じられていると告げられる。そのため光秀は弟から話を聞くことを断念して城の上層へ向かった。

 広間ではなく謁見の間へ向かうと白髪の王とその傍らに第一王子がいる。謁見の間は特別な理由がない限り貴族が集まることもない。王はここで大臣たちと政をするが、それだけの事で貴族が集まる必要はないためだ。

 ただこの広い謁見の間に王と王子以外誰もいないというのは珍しいことだった。いつもなら近衛連隊の誰かしらが控えているはずだ。

「傷と風邪による発熱で寝込んでいると書記官から聞いたが、身体はもう良いのか」

 光秀の挨拶も待たずに王が問いかけを向けてきた。そのため光秀は帽子を取りながら視線を落とす。

「おかげさまをもちまして…」

「子供の頃は何日も寝込んでいたが、久しぶりの病だったな。しかし今回の早い回復は想い人の看病があったためか?」

「は……?」

 突然すぎる話題に目を丸めた光秀は自然とその目を第一王子に向ける。すると第一王子は不機嫌な顔を横へ向けた。

「東の国の使者だよ」

「王子の言う通り、使者のひとりに懸想しておるのだろう。城内でも噂になっておる」

「……使者と面識を得た記憶はないのですが……」

 具体的な話を向けられた光秀はどう答えるべきか悩みつつ口を開いた。もしそれが南の魔女の事であればすぐに否定できただろう。あの魔女の事は守るべき対象だと思っているが恋愛対象になることはありえない。そう思いながら、光秀は沸き起こる違和感に視線を落とした。

 なぜ自分は南の魔女を守るべき相手だと思っているのか。自分の考えに疑念を抱いた光秀は頭を巡らせてその理由を探る。

 そんな光秀へ、王はさらに話を進めた。

「第二王子から聞いたのだが、採掘場での騒ぎではその使者が隊長を救ったそうだな。名は知らぬが王子の話では信頼に足る人物らしい。北の国との騒動では、隊長から命を救われたと話していたらしいが、覚えはあるか」

「民を守り救うのが兵の務めですので、誰を救ったかなどは覚えておりません」

 王にそう返しながらも光秀は目元に力を込めた。国境で起きた北の国との衝突で光秀が助けた人間などひとりしかいない。しかしその人物が、使者としてこの国にいるなどあり得ないと思っていた。

 ただ思えばあの男は護衛も連れずにこの国へ来ようとしていた変わり者だ。使者に扮してこちらに来るくらいはできるのかもしれない。

 だとしたら悪魔に襲われたあの時に、あの男はまたしても守ってくれたのか。

「まあ良い。おまえが再び……近衛隊長?」

 王の話を聞きながら、光秀は熱を持ち激しく脈打つ胸に手を当てる。それでも脳裏に浮かぶのは夕陽の沈む浜辺で大切だと言ってくれた男のことだった。

 あの時あの瞬間だけは、自分の立場も何もかもを忘れられた気がする。あの男が望むのならすべて捨てても良いと思えた。ただそれは、あの男があの国の王だと知った瞬間に閉じ込めたものだったはずだ。

「近衛隊長、どうした」

 異変に気づいた第一王子が玉座のそばを離れて光秀に近づく。その足音を聞きながら光秀はゆっくりと自分の中に封じ込めていたものを取り戻していた。

 脳裏に浮かぶ男の存在をかき消そうにも、想いは止まらず心を引き出そうとする。そしてそれこそがかつて凍らせたものだと気づいた光秀の耳に何かのきしむ音がした。

「近衛隊長!」

 両腕をつかまれ強い声に呼ばれて我に返った光秀は目の前の人物を見る。そしてその目を横へ向ければ謁見の間の床からゆっくりといばらがわき出ていた。

 光秀の視線を追うように目を向けた第一王子は床からあふれる植物に眉をひそめる。

「どうしてこんなところに植物が……」

「……わるい」

 床や壁からわき出る植物に戸惑う第一王子の耳に光秀の声が入り込んだ。そのため視線を戻せば光秀の顔色は真っ青になっていた。

「俺のせいだ」

「何を言ってるんだい。父上、急ぎここを……」

 離れましょうと進言するため振り向いた第一王子の視界の中で王はぐったりとしている。それに驚いた第一王子は慌てて父の元へ駆け寄った。

 玉座に座ったまま意識を喪失したらしい王は深く眠り込んでいるように見える。老いているが持病のない父の突然の変化に驚きながらも第一王子は冷静さを失わない。

「近衛隊長、父を連れてここを離れる。手を貸してくれ」

「駄目だ違う。俺を殺してくれ」

 第一王子の指示に違うと返しながら光秀は剣を鞘から引き抜いた。

「今すぐ俺を殺してくれ。この呪いが広がる前に」

「何を言ってるんだ。そんなことできるわけがないだろう。だいたい呪いというのは何なんだ。近衛隊長は何を知っている? これは南の魔女や悪魔の話と繋がっているのか」

 怪しげな魔法で近衛隊長を操った南の魔女が、今度はこの国を呪ったのか。そう結論づけた第一王子の目の前で近衛隊長が涙をこぼした。

「これは俺のせいなんだ。俺があいつを好きになっちまったから、心を凍らせて誰も好きにならないって決めたはずだったのに。俺が悪いんだ。だから頼むから俺を殺し……」

 涙ながらに訴えていた光秀の言葉が不意に途切れる。そうして膝を屈した光秀は床に剣を落とした。

 第一王子はそんな光秀の元へ駆け寄り光秀を支える。

「どういうことなんだ。君を殺す以外でこれを止める方法はないのか」

「……信長…」

 意識が失われようとしているのか、光秀は力を失った瞳で第一王子を見る。

「俺の赤ずきん……おまえがいれば、それで……よかった」

「君は何を言ってるんだ。僕たちは君のおかげで孤独から救われた。政宗を城に戻させてくれたのも、僕に進むべき道を示してくれたのも君だろう。そんな君を僕が殺すなんてできるはずがない。だから他の方法を教えなよ! 君も一緒に救う方法を!」

「無い…俺が呪い、で…おれが……死…」

 自分が死ねば良い。そんなことしか言わない光秀は涙をこぼしたままその目を閉ざしてしまった。ただ意識が途切れる直前、途切れかけた声が名前を呼ぶ。その最後の言葉に顔をしかめた第一王子は意識を失った光秀を床に寝かせた。

 しかしそこで足元から大量のいばらがわき出てしまい、第一王子は反射的に引き下がる。床に倒れた光秀を囲むようにおおうように、生い茂ったいばらはなおも増殖を続けた。

 

 いばらから逃れるように走る第一王子の足音が静かな通路に響き渡った。城の上層から大階段を駆け降りて二階の回廊を走る。その間も意識のある人間と遭遇することはなかった。城で働く者は兵士も文官も皆が倒れ眠り込んでいる。そして城を支える柱や壁には無数のいばらが絡み成長を続けていた。

「誰もいないのか!」

 いったい何が起きているのか。どうしてこんなことになったのか。何もわからない第一王子は息を切らせながら声をあげる。するとその耳にどこからか足音と物音が届いた。

「信長!」

 生存者の存在に足を止めた第一王子へ向けて濃紺の影が走る。絡み合い束となってうねるいばらの枝から避けるように柱を蹴ったそれは速やかに王子を抱えた。

 走る速度を緩める事なく回廊を駆け抜けるその手足には白い包帯が目立つ。それでも彼は抱えた第一王子を放すことなく、時に進行を阻むいばらを避けて進んだ。

 やがて城の外へ出た第一王子は、そこに弟やその妃の姿を見つける。自分を抱えてくれた弟は白い息を吐きながら第一王子を降ろしてくれた。

「これで全員だな」

「政宗……動けるのは僕たちだけなのか。何が起きている?」

「部屋で手当てを受けている間に担当の者が倒れてな。俺はユキちゃんたちを避難させた後で信長を探しに戻ったのだ」

「そう……」

 弟の話では何もわからず、第一王子は吐息を漏らした。しかし外の寒さに震えると自分の腕を抱くように背を丸める。

「このまま外にいても仕方ない。移動しよう」

「ちょっと待ってくれヨ」

 城の前を離れようとした第一王子のそばで弟の幸村が口を開いた。彼はまっすぐに城の入り口を見上げたまま動かない。

「何かあるのかい?」

 弟の行動に疑念を抱きながら振り向いた第一王子は人よりも太いつるを見た。巨大なつるは雪の中でも成長を続け城に絡まっていく。しかもそれは互いに絡みつきながら城の入り口をふさいでしまった。

 けれど不意にそのつるが動き出して人が通れるほどの隙間を作る。そしてその隙間を抜けて書記官が外へ出てきた。

 異様な状況に慌てた様子もなく、書記官は本を手に王子たちの元へやってくる。

「みっちゃん!」

 やってきた書記官に慶次が駆け寄った。

「みっちゃん大丈夫? なんか植物がすっごいぶわーざわざわーって避けたけど」

「大丈夫ですよ。それよりこんなところにいて寒くないですか?」

「寒い!」

 三成の問いかけに慶次は大きな声で答えた。

 

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