エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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14話

 主人公は世界の宝であり人々を幸福に導く存在である。それはどんな国でも変わらない共通認識だとされている。

 そんな世界で主人公として生まれた信長は幼い頃から大切にされていた。文字通り宝物のように大切に、周囲から当然のように愛される。それはまるでこの世のすべてが自分に魅了されているようでもあった。

 けれどなぜか兄弟たちは遠ざけられ、すぐ下の弟は城から追い出されてしまう。それを不思議に思った彼に周囲の大人たちはささやきあう。

 主人公に害をなす者だから遠ざけた。そしてあわよくばあの狼がいらなくなったもうひとりを片付けてくれればとも言う。しかし当時の幼い彼には大人たちの言葉も思惑も理解できなかった。

 ただ無害なはずのもうひとりの弟も邪魔だからと遠ざけられている。そうして彼はいつの間にか城の中でひとりになっていた。

 この国で唯一無二の主人公。この国を幸福に導く至宝の存在。熱烈な称賛の言葉を遠く離れた場所から向ける者はいくらでもいるが、その貴い存在に近づく者は誰もいない。

 生まれてから五年間、彼は常にひとりで勉強をしてひとりで食事を取り、夜はひとりで眠っている。

けれどそんな彼の静かな世界に敬遠することなく踏み込んできた人物がいた。

「好き嫌いするな、勉強中は足を組むな。脱いだ服は片付けろ」

 初対面から偉そうな言葉を並べ立てたのは新設された近衛連隊の隊長だった。まだ五歳だった彼はそれ以降、この隊長にうるさく付きまとわれる。

 父である国王はこの隊長の事を親戚だと教えてくれた。従兄だから臣民と違い臆することなく接することができる。これなら寂しくないだろうと父王は言うが、その言葉は事実だった。

 勉強中も一緒にいてわからない部分は教えてくれ、食事の際も好き嫌いを指摘する。そうしていつの間にか寂しいと言う感情は消え去っていた。

 けれどそれから2年ほどがたった頃に隊長は変わってしまう。

それまで持ち歩くだけで使わなかった帽子をかぶり、手袋もつける。もちろんまだ七歳の彼の身丈なら、帽子をかぶった隊長の顔は見える。けれど大人たちは隊長が顔を隠すようになったと語っていた。

 それに手袋をつけることで、彼は隊長の優しい手に撫でられる事がなくなってしまう。八歳年上の隊長は厳しいところもあるが、褒めてくれる時も多い。その際に彼の手で頭を撫でられるのがとても嬉しかった。しかしそれも失われ、彼と会う時間も激減する。

 王子の世話から遠ざかった隊長は近衛連隊の編成を始めたらしい。それを聞いてからの彼は決まった時間に近衛連隊の訓練を眺めるようになった。

 優しくも厳しかった隊長は厳しいだけの人になり、王国一番の剣の使い手となる。そして彼は新たに隊長と過ごす理由を思い付いた。その理由を思い付けたのは、城に戻ったすぐ下の弟のおかげだ。

 第二王子である政宗は長く隊長の屋敷に住んでいた。そしてそこで剣術を習い、城に戻っても隊長から剣を習い続けている。彼はそこに加わることで隊長と過ごす新たな理由を手にした。

 ただそうして成長していくと、徐々に隊長の難しい立場を理解するようになる。

 第一王子である彼が生まれるまで、隊長はこの国の跡取りと言われていた。しかし主人公である彼が生まれた事でその話はたち消える。それでも隊長は周囲の大人たちから死ぬことを望まれていた。

 隊長は国にとって害となる存在だから、事故か何かで死んでくれれば助かる。そんな理不尽な願いに彼は何度も義憤を膨らませた。けれどその願いはいつの間にか消えて、隊長との距離もますます遠くなる。

 近衛連隊の人数が多くなるとそちらの管理もしなければならない。そして彼はいつの間にか幼い子供を預かっていて、その子供にも時間を割いていた。

 幼い頃は昼間だけでも独占できていた隊長が今は様々な人間に取られている。しかしそれに怒ることは彼のプライドが許さなかった。

 ただそれでも、幼い頃に兄のように接してくれた隊長は彼にとって唯一無二だった。大勢の人間がいる城の中、すべてが敬意という壁を作る中で隊長はそれを持たない。

 もし隊長が優しい人でなければ、彼は立場を奪った者として恨まれていただろう。しかし隊長はそれを持つことなくそばにいて孤独を消してくれた。そんな隊長だからこそ、自分は一番の理解者であり味方でいようと心に決める。

 

 しかしそんな彼の幼い思惑など、八歳年上の隊長には無意味なものだった。

 

 泣きながら殺して欲しいと訴える隊長の願いをかなえてやれば良かったのか。その前に信長は今まで誰からも隊長が主人公であったなどと教えられなかった。

 しかし三成から隊長が死を望まれ続けた理由を聞いて酷く納得してしまう。主人公でありながら生まれつき呪われていて、国をそれに巻き込んでしまう。だからこそその呪いが発動する前に死ぬことを望まれていた。

 だがその呪いが発動する前に、隊長は大魔女に頼んで己を呪う。北の大魔女の呪いによって心を凍らせた隊長は、信長の知る隊長ではなくなった。

 何をしても叱ってくれない。近衛隊長という立場でしかものを言ってくれない。本の少しの距離を保ったまま、それ以上は近づこうとしない。

 おそらくそれは心を凍らせた事で親愛のようなものが失われたためだろう。幼い従弟を見守る優しい兄の一面は呪いとともに凍り付き封じられた。

 けれどそのおかげで隊長の持っていた呪いも失われ、死を望まれることもなくなった。少なくともここ数年は誰かが隊長の死を望むような発言は耳にしていない。

 それでもおそらく隊長はずっと孤独の中でひとり戦い続けていたのだろう。そして隣国の人間が隊長の孤独を癒し、凍り付いた心を溶かしてくれた。

 しかし心が溶けたことで大魔女の呪いも解けてしまったのだろう。そうして本来あった呪いが発動してしまい隊長は死ぬ以外の選択肢を失ってしまった。

 そんな隊長を己の死を望むほどの絶望から救ってやれなかった。そしてそんな隊長の望みをかなえてやることもできなかった。

 

 何もできずいばらから逃れるだけだった自分に何ができるのか。信長は答えが出せないまま、再び城門前に戻っていた。

 

 

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