エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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15話

 公爵家の屋敷にあった少しサイズの大きな黒いコートを借りた信長は城門前に立ち白い息を吐き出した。夕刻が近づき気温が下がると再び雪がちらつき始める。それでも城門を見張っていただろう兵士たちは凍死することなく眠り続けていた。静かだが一定の呼吸を保ったままの兵士を確認した政宗は死んでいないと報告する。

「三成の言う通り、このまま時が止まったように眠り続けるのだろうな」

 寒さの厳しい中でも背筋をピンと正したまま政宗が言う。そんな政宗を眺めていた信長はふとその目を三成へ移した。

 前方の城門は鉄の扉ではなくいばらと太いつるによって固く閉ざされている。これでは城門を抜けて中に入ることは難しいだろう。

「別の入り口はきっとないから、魔法で塀を越えるのかい?」

「こんなの焼いちゃえばいいよ」

 問いかけた信長の脇でそう言い放ったのは金髪の男だった。南の魔女の敵だったらしいランプの悪魔はその指先に炎の渦を生み出し放り投げる。しかし人より太い植物のつるに当たった炎はそのまま四散してしまった。

 するとその様子を眺めた西の魔女の蒼馬が冷笑を浮かべる。

「枯れてもいない植物を燃やすという考えがそもそも浅はかなんですよ」

「これだけの巨大さなら水分も多く含んでいるでしょうからね。それに城をおおう植物を燃やしてしまっては、そばで眠る人たちに害が及ばないとも限りませんし」

 西の魔女の指摘に南の魔女の彩兎もさらなる追い討ちをかける。そんなふたりを悪魔は眉間にしわ寄せてにらみつけた。

「蒼馬さんはともかく、南の魔女にまで言われたくないんだけど。それに人間が燃えようとオレには関係ない……ことはないデス」

 勢い余って暴論を放とうとした悪魔だが、凜の視線に気づいて訂正する。そしてやりにくそうに頭をかいた。

 手立てを失ったらしい悪魔に北の魔女の秀吉は隣に立つ長政を見上げる。けれど長政は視線に気づかず呆然と植物に支配され荒れ果てた城を見つめていた。

「長政くん、だいじょうぶか?」

「あんなにきれいなお城だったのに……」

 凍えるほどに冷たい風が急に吹き付け秀吉の白いフードを吹き払おうとする。そんな中で長政の瞳が闇をはらんで揺れる。

「僕の居場所だって…言ってくれたのに」

「長政くん」

 泣きそうな声を漏らす長政に秀吉はフードをつかんだままかけるべき言葉を探す。しかし不意にそんな長政の手を駆け寄った慶次がつかむ。

「その居場所をいまから取り戻しにいくんだろ。それにどんな障害だっていばらだって長政なら乗り越えられる」

「それは…僕が悪魔みたいな……」

「長政が兄ちゃんに認められた男だからだ!」

 いまだに残る不安のかけらを吹き飛ばす勢いで言い放ち、慶次は長政の胸ぐらをつかむ。外套の隙間から軍服の胸ぐらをつかまれた長政は驚き手元を見た。

「軍の中で黒い軍服を着てるのは兄ちゃんと長政だけだ。つまり長政は兄ちゃんくらいものっすごくかっこよくてすごいってことだろ。だからなんでもできるんだ!」

 強い口調で乱暴な持論を出した慶次の言葉に長政は照れたように顔を緩める。そうして長政が笑顔を取り戻した事で慶次は満足げに彼から手を放した。

「長政ならぱぱーってあのつる消してどどーんって進めるよな」

「えっと、ぱぱーっとは消せないですけど植物なのでたぶん……三成さんが教えてくれたとおりに内部細胞を満たす水分を凍らせてしまえば……」

 そう説明する長政の瞳が金色に変わる。とたんに慶次の背後でバキバキと割れるような音が聞こえ慌てて振り返った。すると城門をふさいでいた植物の一部が凍り付き、その重さを支えられず折れていく。けれど折れたのは凍り付いた中の一部だけで、ほとんどは凍り付いたまま壁のように固まっていた。

 それでも慶次はさすがと目を輝かせながら声をあげる。

 そんな慶次の反応を横目に微笑をこぼした蒼馬はそっと白い指を差し伸ばした。すると指先から雷が走り凍り付いていた植物を砕くと道を開かせた。

「外は冷えますから、城の中へ進みましょうか。浅葱、城内に入ったらランプに火をお願いしますね」

「ハーイ。お姫様は凍えないようにオレにくっついてなよ」

 蒼馬の指示を受けた悪魔は凜と手を繋いで歩きだす。また十歳とこの中で唯一の子供である凜はそんな悪魔の言葉に素直にうなずいていた。

 

 

 城の入り口をふさぐいばらやつるを凍らせ破壊して内部に入り込む。ひんやりとした城内はすべての人間が死に絶えたように静まり返っていた。

 生まれてから十九年この城で生きてきた信長は初めて感じる冷たい沈黙に吐息を漏らす。

「こんなに静かな城ははじめてだよ」

 三成が用意してくれた厚手のコートに身を包んでいても冷えと静けさに震えがくる。そうして両腕を抱えて身を縮ませていると黒い外套を差し出された。驚きに眉を浮かせて見上げると近衛副隊長の長政が何かに気づいたような声を漏らす。

「あ、違った」

 そうつぶやいた長政は信長の身体を包むように外套を肩にかけてくれた。

「こうでした」

 差し出すのではなくかけてやるべきだと、そう考えたのだろう。長政は照れたように笑うとそのまま歩き出そうとする。そんな長政の腕をつかんで足を止めさせると信長は疑念のまま顔をしかめた。

「意味がわからないよ。君がこうすべき相手はあっちの白いお荷物だろう」

「誰がお荷物やねん」

 不機嫌な瞳で長政をにらみ告げた脇で北の魔女が文句をつける。しかし信長はそれを無視して長政を凝視した。

 すると長政は不思議そうに首をかしげる。

「隊長から、殿下は一番寒さに弱いから気を付けるようにって言われてるんです」

 それと北の魔女さんは寒さに強いのでと付け加えた長政はにこりと微笑む。

「そういうことなので先に進みます。えっと、これは急いだほうが良いですよね?」

 語尾とともに長政は壁づたいにうごめく太いつたを確認して三成を見た。すると周囲に目を向けていた三成がひとつうなずく。

「時とともに呪いが広がりますからね。時間が経過すればするほど、脇役から順に呪いを受けてしまいます」

 三成の冷静な忠告が静かな廊下に響く。底冷えする寒さの中でそれを聞いた凜は自然と蒼馬の袖をつかんだ。

「脇役から順番につてことは、魔女たちも……?」

「そうですね。そして長政と西の魔女が動けなくなった時点で、我々は前へ進む手段を失います」

「それは……こまるよ」

 蒼馬の袖口を両手でにぎりしめた凜は泣きそうな顔を見せる。そんな凜へ、蒼馬は微笑をこぼしながら膝を屈した。

「それでは私は、我が姫の憂えを打ち消す努力をいたしましょう。眠りの呪いが我々に及ぶ前に、眠れる主人公の元へ運命の相手を送り届けます」

「呪いが広がる云々よりも、可愛い子にそんな顔をさせてしまうほうが心苦しいよね」

 笑顔の蒼馬へ続くように彩兎が凜の頭に手を乗せる。その優しい言葉に凜は目を丸めて彩兎を見上げた。

「可愛い子の笑顔は世界の宝だからみんなで守るべきだって、偉い人が言ってたよ」

 金色の瞳を細めて微笑む彩兎を前にして凜は照れたように笑う。

「そんなはずかしいことを言うえらい人もいるんですね。ってうちのお父さんもそういうこと言うから、この世界のあるあるなのかな」

「愛らしい人というのはそれだけで貴重だからね。そういうわけだから、君たちは安心して僕以外の魔女の働きを眺めていれば良いんだよ」

 彩兎の穏やかな雰囲気にほだされるように、いつの間にか凜の緊張がほぐれていく。しかしされとは対照的に、蒼馬の瞳の温度が一気に下降したのを慶次が目撃した。おなじく静かな雰囲気の悪化を察した秀吉が手にしている杖を軽く振る。

「話がまとまったところでさっさと進んだほうがええな。ここにおっても寒さに弱い貧弱赤ずきんが凍えてしまうだけやから」

 杖を揺らしながら力説した秀吉は長政の腕をつかみ走り出す。けれど同じように空気の悪化を認識していた信長は反論することなく歩き出した。

 その後に続く形で慶次が真琴と手を繋ぎ進みだし皆が進む中で三成は進むでもなく天井を見上げる。それに気づいた政宗と魚住は顔を見合わせ足を止めると三成に声をかけた。

「三成、天井に何かあるのか?」

 石造りの天井はいばらが絡み付いているだけでたいした変化はない。それを見上げながら政宗が問いかければ三成は白い息を吐き出した。

「城に入っただけでは物語の修復はなされないようですね」

「ん?」

 三成のつぶやきに、政宗は大きな尾を揺らしながら首を傾ける。そして魚住もわからないまま三成に問いかけた。

「それは主人公が物語を書き換えるのとは別の話か」

「同じようなものです。ただ今回その力を使うのは意識が喪失し物語の中に取り込まれたいばら姫ですが」

「眠った状態でも力を使うことができるのか」

「物語に操られ力を行使する、と考えたほうがわかりやすいかもしれませんね。それに十二年遅れて発動したこの呪いがどんな作用を起こすかもわかりません。呪いを遅らせた時点で物語は多少ならず歪んでいるんですから」

「最初から歪んでるんなら、歪んだまま強制的に終わらせちまえば良いわけだろ」

 なら問題はないと少し口調を砕いた魚住は笑みをこぼしながら歩きだす。そんな魚住の無知ながら頼もしい背中を眺めた三成は大きく息を吐き出した。

「……短絡的でガラの悪い部分まで似ていては、気が合うのも仕方ないですね」

 現状ではなく魚住の性格にため息を漏らしたらしい三成は呆れた顔を見せる。そんな三成に、政宗は嬉しそうに微笑んだ。

「呪われる前の光秀に似ておるせいか、おれも落ち着くよ」

 濃紺の大きな尾を悠然と揺らす政宗の言葉に三成は小さくうなずいた。

「身体が弱いのに無鉄砲で、人を甘やかすのが好きな人でしたね」

「城から追い出された俺を、実の弟のように守り慈しんでくれたからな。森の木々と同じ匂いだと抱き締めてくれた時に思ったものだ。こんなおれでも生きていて良いのだとな」

「この世界に転がり落ちた俺を弟にしてくれた人ですからね。狼程度は怖くもなんともないのでしょう」

 異世界の人間という異物と比べれば物語の中の悪役など可愛いものだ。三成がそう漏らしながら歩き出せば、それまで黙っていた幸村に手を繋がられた。

「俺からすれば政宗も三成も変なだけのヤツだヨ。それより飴がなくなって死にそう」

「そんなことでは死にませんよ」

「あー、死ぬ死ぬ死んじゃうヨ。三成タスケテー」

 やる気のない態度と声色で救いを求める幸村に政宗が笑う。今ここで幸村が飴を欲しがる理由を政宗はきちんと理解していた。けれど基本的に書物と自分の兄以外に興味のない三成はその意図に気づかない。

 それでも年下の幸村が駄々をこねれば放置しないあたりはあの兄にして弟なのだろう。

 

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