エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編 作:とましの
いばらやつるを凍らせながら城の中を進むと広く長い回廊にたどり着く。普段なら窓から光の差し込む明るい回廊だが、今はすべての窓が植物に埋まっていた。暗く冷たい回廊はいばらだけでなく植物の根やつるによって何重も塞がれ道を阻む。
そんな回廊を植物の壁を壊しながら進む途中で、慶次は繋いでいた手を引かれた事で足を止めた。
「真琴?」
どうかしたのかと問いかけようとした慶次の目の前で大切な夫の身体がよろめく。慶次は慌ててそれを支えると皆を呼んで進みを止めさせた。
「真琴っ、真琴!」
急に倒れた真琴はそのまま意識を失ってしまう。その名を呼びながら肩を揺すっても真琴の目が開くことはなかった。そんな慶次のそばに駆け寄った信長は眉を寄せて後方を進んでいた三成を見やる。
「脇役から順に、というのはこういうことかい」
「主人公の運命の相手である王子も脇役ですからね」
冷淡なほどに落ち着いた言葉を発しながら三成は回廊の隅に目を向けた。今まで三成を引っ張ってきた幸村と政宗も今はつらそうな顔で座り込んでいる。
「長政はまだいけますか?」
三成の問いかけに目を見張った慶次は慌てて長政へと振り返る。すると先頭を進んでいた長政はまだ倒れることなく立っていた。
「いけます……だいじょうぶです、隊長をたすけます」
顔をうつむかせたまま三成の問いに答えた長政の周囲を冷たい風が流れる。すると前方を塞ぐつるだけでなく周囲の壁やそこに伸びたいばらまでもが凍り始めた。
「……俺がたすけないと……」
黒い瞳で前方のつるをにらむ長政の足元が白く凍りつく。その異変にいち早く気づいた彩兎は金色の瞳を細めて長政の肩をたたいた。その瞬間、我に返ったように目を丸めた長政は彩兎を見る。
「焦らなくても大丈夫だよ。だから前だけ集中しよう」
彩兎は穏やかな様子で忠告し、瞳の色を黒から金に戻した長政は素直にうなずいて返す。それを見た蒼馬は、彼が魅了の力を使い長政の理性を取り戻したのだと理解した。その上で前方に指先を向けると雷が走り道を塞いでいたつるを砕く。
「つらくなったら休んでも良いんですよ。残りは私ひとりで片付けますから」
「いえ僕もやります。頑張ります」
つるを砕いた蒼馬が親切めかして言えば長政は焦ったように返してくる。そんな長政に笑顔を向けた蒼馬はそれならとすぐ後ろに目を向けた。
「浅葱はここで王子たちを守っていてくれますか」
「えー、何から守るのかわかんないんだけど」
「寒さから守って差し上げるんですよ。この国にとって大切な方々ですからね」
面倒そうに頭をかく悪魔に蒼馬は笑顔のまま告げた。そしてその目を慶次へ向けると大丈夫ですよと声をかける。
「彼は我が姫に忠誠を誓った下僕ですから、あなたの大切な方も必ずお守りします」
「慶次、浅葱は悪魔だけど信頼できる人だよ」
冷たい床に座り込んだまま、慶次は眠り込んだ真琴を抱き締めて離さない。そんな慶次のそばにしゃがみこんだ凜は大丈夫だからと繰り返した。
「脇役から順番にってことはおれたちは最後まで行けるってことだよ。だから隊長さんのところまでいって起こしてあげよう。そしたら王子様も起きるから」
凜の説得に涙をこぼしかけていた慶次はなんとかうなずく。そして不安な顔ながらも、怜の手を借りて真琴を回廊の隅に移動させた。
そうして立ち上がる慶次に、この中で唯一の兵士である怜が真面目な顔を向ける。
「浅葱さんは親切な方ですが、この城の方々と面識がありません。ですからお目覚めになられた後の事を考えて、俺もここに残ろうと思います」
「でも彩兎と一緒に行かなくて良いのか?」
怜は東の魔女であるが魔法を使う力はない。それでも南の魔女である彩兎を慕い、ここ数日はそのそばから離れなかったと聞く。そんな怜の言葉に慶次は素直に心配を向けた。
すると怜は彩兎をちらりと一瞥した後に笑顔を見せる。
「今の俺は東の国の兵士としてここにいますから公私混同はしません。ああ、えっと魚住さん、構いませんか」
「おまえがそう決めたならそれで良いだろ。許可取る必要もねぇ」
「了解しました」
素っ気なく言い捨てる魚住に笑顔で頭を垂れた怜は改めて慶次を見やる。
「お任せください。貴国の近衛隊長ほどとまではいきませんが、殿下の御身は必ずお守りします」
若い隊長の生真面目な言葉に甘えることにした慶次は素直に頼むと告げて走り出した。ただ今まで当たり前のように真琴と繋いでいた左手が酷く冷たく感じてしまう。
「みっちゃん! 兄ちゃんが起きたら真琴たちも起きるんだよな!?」
寂しさに泣いてしまわないよう力を込めて声をあげても返事はない。そのため立ち止まり振り返ると三成ははるか後方で息を切らしていた。
「みっちゃん!! 早く!」
せかすように声をあげるが前方は植物に埋まり道が塞がっている。そして慶次のそばで立ち止まった長政がふらつきながらも植物を凍らせた。
そんな長政の元へ信長が駆けつける。
「近衛隊長は謁見の間にいる。この先の螺旋階段をあがったほうが近い」
「……わかりました」
信長の指示に長政は額の汗をぬぐいながら承諾する。それを見た秀吉がハンカチを取り出そうとするが、先に彩兎がハンカチを渡した。
「大丈夫かい? 僕に君のような力があれば良いんだけど」
「いえ、あの、大丈夫です。隊長を助けるのは俺の役目ですから」
詫びようとする彩兎に、長政は瞳の色を金に染めながら返す。そしてふらつく足取りのまま壁に手を当てるようにつるをつかんだ。
するとつるを通して前方の植物がバキバキと音をたてながら凍っていく。
「螺旋階段は普段は誰も使わないので、一気に壊しても大丈夫です」
「手加減はいらないということですね」
長政の言葉を聞いた蒼馬は微笑みながらその瞳を金色に染めた。どこからともなく杖を現すとその先端から今までよりも強い雷が走る。雷は凍り付いた植物を伝い壁を走るように進み城の上層まで破壊の音を響かせた。
「では行きましょうか」
「すみませんが、ここから先は二手に別れても良いですか」
先へ進もうとした蒼馬へ、遅れてやってきた三成が告げる。そうして三成はその目を凜へ向けた。
「西の魔女の力をお借りしたいのですが、良いですか?」
「おれはいいですけど……もしかして魔女はここから先にいかないほうが良いとか?」
「いえ、ただここから先は長政と主人公にお任せします。西の魔女と北の魔女は庭園で少し手を貸してください」
ついでのように呼ばれた秀吉はきょとんと目を丸めながら自分を指差す。
「西の魔女さんはともかく、俺にもできることってなんやろね?」
「それは後で説明します。今ここで話す暇はありませんから」
そう言いながら、三成の視線は長政へと移される。壁に手をついたままの長政はつらそうに顔をしかめていた。
「長政」
青白い顔の長政を呼ぶと彼は金色の瞳を三成に向ける。視線を受けた三成は冷淡な瞳のまま眼鏡を押し上げた。
「あなたは南の魔女の声が聞こえてますね」
「……はい」
意図のわからない質問に首をかしげながら長政は彩兎を見る。ここまで来る間、長政は何度も彼の言葉に助けられていた。
「南の魔女の魅了は絶対です。ですからあなたは悪魔になどなりません」
彩兎を見つめていた長政へ暗示のような言葉が届く。そしてその言葉を聞いた長政は自然と三成を見やりながらうなずいていた。
そんな長政から横へ視線をずらした三成は彩兎に会釈をしてその場を離れる。それはまるで長政の事を任せると言っているように見えた。
螺旋階段を駆け上がると城の上層へとたどり着く。ただ螺旋階段から謁見の間へ向かう回廊へ出るには、螺旋階段の出口を守る鉄格子を抜ける必要があった。しかしそれも長政が消してくれたおかげで難なく抜けることができる。
鉄の扉を開けると赤いじゅうたんの敷かれた回廊に出た。昼間に信長はこの回廊を駆け抜けていばらから逃げている。けれどその道筋は既につるやいばらによって塞がれ通り抜けることはできなくなっていた。
「半日でここまで荒れるなんて」
窓のカーテンはいばらに引っ掛かったのか裂かれてしまっている。さらに装飾として飾られていた絵画や花瓶は破壊され床に散乱していた。
そんな中に立った信長は悲惨な光景となった回廊から目を背ける。
「こっちだよ」
魚住へ向けて告げながら歩きだすが、その背後から慶次に呼ばれて立ち止まった。そうして振り返ったその先で長政がふらつき壁にもたれかかる。それを見た信長は自然と長政の限界を認識した。
そして同じことを考えているらしい慶次は珍しく真剣な顔を見せる。
「俺は長政に付き添ってるから、信長は先に行っててくれ」
真琴を誰よりも大切に思う慶次なのだから、本心では先へ進みたくて仕方ないはずだ。しかし優しい彼は長政の事も放置できないのだろう。そう考えた信長は静かに慶次の思いを受け止め飲み込んだ。
「わかった。……君は?」
同じく慶次のそばにいる小柄な子供に、信長は問いかけを向ける。すると少女にしか見えない彼は強くこぶしを握りしめた。
「行きます。慶次の分もがんばります。足手まといにはなりません」
「そうだね。彼の邪魔になるなんて許されないよ」
自分ではなく彼と、そう告げた信長は誰を見るでもなく歩きだす。黒い外套に包まれた背中を眺めていた凜は目を大きくさせて魚住に目を移した。
「手つないでいきます?」
「行かねぇよ」
機嫌の良い顔で告げた凜へ魚住は笑って返す。その上で魚住は長政に目を向けた。
「ここまでありがとな」
壁にもたれ青白い顔をしている近衛副隊長へ、魚住は素直な感謝を告げる。すると相手は緑色の瞳をゆるゆると持ち上げて魚住を見やった。
「……隊長のこと、お願いします」
「必ず助ける。その後でおまえが頑張った事を伝えてやるから、今は休んでおけよ」
承諾と指示を、少し砕いた口調で向ける。するとなぜか近衛副隊長は驚いたような顔を見せた。しかし魚住はそんな相手の態度を気にすることなくその場を離れる。
そうして残った長政は、笑みをこぼしながらズルズルとその場に座り込んだ。するとそれまで様子を見ていた彩兎が長政の頭をポンポンと軽くたたく。
「お疲れさま」
「南の魔女さんはここに残るのか?」
笑顔でねぎらった彩兎へ慶次が問いかける。すると彩兎は金色の瞳を細めてさらに笑みを強めた。
「三人を追いかけるよ。僕にもできることがありそうだからね」
そう告げた彩兎は穏やかな働きでふたりから離れる。
呪いの発生地点へ近づけば近づくほどにその呪いは強くなるのだという。この国の書記官である三成の話は事実で、謁見の間へ向かう途中に何人も倒れた。
そうして謁見の間の前までたどり着いた彩兎は金色の瞳で入り口を眺める。入り口は太いつるが絡まり塞ぎ、さらに鋭い棘におおわれたいばらがそれを守っていた。そのため素手でそれを駆除することはできそうもない。
「どうしよう」
入り口まできた凜が不安げな顔で信長と魚住を見上げる。その脇で彩兎は肩にかけていた荷物からひとつエメラルドの原石を取り出した。エメラルドの原石を絡んだ植物の隙間に差し込むと三人へ離れるよう告げる。
原石を差し込んだ際にいばらの棘が彩兎の手の甲を深く傷つけた。その拍子に血液がわずかながら植物にかかり赤く染める。冷淡な瞳で赤く染まったいばらを眺めた彩兎は、何を言うでもなく植物から離れた。
少し前の自分なら人を救おうとはしなかっただろう。他人を信じてはいけない。だまして利用しながら独りで生きていく。そうして南の魔女は代々生きていた。だが自分はそんな一族の生きざまから離れようとしている。
「書記官さんの話の通りなら、呪いを封じてもすぐに再生してしまうだろう。でもその一瞬の間に、君たちを隊長さんの元へ行かせることはできるよ」
君たちがもたつかなければと言いながら、彩兎は細い指を原石へ向けた。その上で金色の瞳を細めて凜を見やる。
「この魔法は生涯で一度きりしか使えない、南の魔女にとって最大最高の魔法でね。ここで使ってしまえば僕は悪魔を封じることができなくなる。その意味、わかるよね」
悪魔を封じた二百年前から、南の魔女は代々その魔法を受け継ぎ死ぬまで守り続けていた。悪魔が目覚めるその時に備えるのは南の魔女の義務だった。
そして守り続けたその魔法はあらゆるモノを封じることができると教えられている。だとしたら目の前の壁を封じる事もできるはずだ。そう計算した彩兎の問いかけに凜は大きな瞳をますます大きくさせる。
「浅葱のことならだいじょうぶです。ゼッタイだいじょうぶ」
彩兎の問いかけに凜は強くうなずく。それを見た彩兎は笑みをこぼしながら前方へ目を向けた。するとエメラルドの原石が強い光を放って周囲のつるやいばらを消滅させていく。それだけでなく城の回廊を包む植物たちまでもが消え始めていた。
「時間がないよ。呪いはすぐに再生を始めるからね」
その光景に驚き目を奪われていた凜は彩兎の忠告とともに腕をつかまれた。魚住に腕を引かれ謁見の間へ飛び込むと室内でも植物が床へ染み込んでいく。
その中で凜は玉座の前で倒れている近衛隊長を発見した。