エメラルドの大魔法使いと失われた主人公と最後の物語 後編   作:とましの

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17話

 静寂に満ちた闇の中に聞き覚えのある声が飛び込む。どこまでも寒いそこは居心地こそ悪かったが、そこにいることが正しい事だと彼は思っていた。かつて大魔女が言っていた言葉は本当で、自分は呪いを解き放ってしまった。

 どれほど強い魔女でも、人の心を完全に閉じ込めることはできない。この世界ではどんな魔法も真実の愛に打ち勝つことはできないためだ。だとしたら自分はこのまま死体のように冷たく朽ちたほうが良いに決まっている。

 そう思っても闇の中に声は響き、心はそれを喜んでいた。理性では抑えられない部分が闇から抜け出して声に応えようとうごめきだす。

 けれどそうして闇から逃れようとする彼の耳にどこかで聞いた鐘の音が響き始めた。

 

 

 

 雪雲におおわれた灰色の空に、突如として巨大な鐘時計が浮かび上がる。庭園でそれを目にした秀吉は驚きに目を丸めた。

「あの時の鐘時計や。あれが出た後で俺と慶次は時間を戻ってやり直したんやわ」

 書き換えられるメカニズムを聞いた蒼馬はなるほどとつぶやいた。

「物語を書き換えるというのは、主人公が自分の人生をやり直すということなんですね。そしてそれは主人公にだけ与えられた特権だと。ところであなたはこの世界が作り上げた法則をどう壊すつもりなんですか?」

 あの鐘時計は世界の法則であり、魔女の扱う魔法とは別次元の代物だ。そう認識した蒼馬は好奇心と小さな絶望を手に問いかける。

 そんな蒼馬の目の前で、三成はゆっくりと手を振った。すると六角柱の形をした緑色の石が無数に現れる。

「白雪姫、あなたは自分の物語が壊れても構いませんか?」

「ハッピーエンドになれなくなるんやったらイヤやけど」

「白雪姫の幸せな結末とは定められた王子と迎えるものです。そしてあなたが好意を抱いている相手は定められた相手ではありません。そして西の魔女にも問います。物語では、あなたは主人公を殺そうとしなければいけません」

 三成は素早く淡々と質問を向ける。そのため問いかけを無視された形となった蒼馬は口許を緩めて冷笑を浮かべた。

「私の質問に答えないことは不問にしましょう。そして私は、我が姫へ危害をくわえる可能性に満ちた物語などには従いません。私の望みは姫の笑顔だけですから」

「そやな。俺も長政くん以外のヤツはいらんし、物語に相手を決められたくないわ」

 蒼馬がよどみなく告げれば秀吉もうなずきながら続く。すると三成は、それなら簡単な事だとふたりに言葉を向けた。

「ふたりが扱える最大の力で空にある鐘時計を破壊してください。もちろん周囲にあるエメラルドの原石を使って力を増幅しても構いません」

 三成の突拍子もない指示に魔女ふたりは顔を見合わせた。そして自分たちが呼ばれた理由を悟り、それぞれ杖を構える。

「思いっきりやったればええんやろ! なら話が早いわ!」

 蒼馬は雷を、秀吉は巨大な氷を上空に生み出して鐘時計にぶつける。さらにエメラルドの原石を手にした蒼馬はさらに強大な雷を空に走らせた。

 雪雲を切り裂き秀吉の生み出した氷を砕きながら、巨大な雷が鐘時計の装飾を破壊する。その光景を眺めながら三成はゆっくりとエメラルドをひとつ手にする。そしてふたりが疲れるまでじっと空を見上げていた。

 

 何度となく雷が鐘時計に直撃し、少しずつだが破損箇所を作り出している。しかし魔女の力は無限ではなく、時が経てば経つほど魔女も呪いにむしばまれていく。

「……ちょっ、たんま……」

 鐘時計の長い針が進むなかで北の魔女が息を切らせながらその場に座り込んだ。その脇で西の魔女の端正な顔立ちは疲労感に包まれている。

 そんな二人の様子を目にした三成は空を見上げながら眼鏡を押し上げた。

「ありがとうございます。そろそろ大丈夫でしょう」

 そう言いながら三成は手にしていたエメラルドの原石を空へ投げる。放り投げられた原石は重力を無視して鐘時計へとまっすぐに飛んでいった。

 空高く飛んでいった原石は鐘時計へ衝突した瞬間に巨大な爆発を引き起こす。その直後に爆風が庭園に届き周囲の樹木と雪をなぎ倒し吹き飛ばしていった。

 やがて風が流れ爆煙が流れると鐘時計は雪雲とともに消え去っている。

 

 

 一際大きくとどろいた爆発音を最後に、城をおおっていたつるやいばらが消えていった。そして死んだように眠り続けていた人々も目を覚まし周囲に音が生まれ始める。

 そんな中で魚住は先程口づけた相手のまつげがわずかに揺れたことに気づいた。じっと見つめるその先で鋼色の瞳がうっすらと開かれる。

「目が覚めたか、いばら姫」

「……んだよ、それ」

 いまだに覚醒には至っていないのか、柔らかく笑う光秀は魚住の腕に頭を寄せた。久しぶりに見た光秀の笑顔に魚住もつられるように微笑み返す。

「せっかく来てやったんだ。人助けばっかしてねぇで……」

 茶化すように言おうとした魚住の言葉の合間に光秀の視線が動いた。そして何かに気づいたように目を見開くと同時に魚住を突き飛ばす。

 突き飛ばした勢いで魚住から離れた光秀は慌てて立ち上がった。その上で玉座のそばに立つ自分の王を見るがうまい説明は出てこない。

 そんな光秀を眺めていた信長は嘆息を漏らしながら玉座へ向かう。

「父上、おかげんはいかがですか。眠りの森の呪いはこの通り解いてみせました」

「どれほどの年月が流れたのか知らんが、王子に変わりがないようでなによりだ」

「どれほどというほどもありません。城をおおう植物に手間取り、ここへ戻るのに半日を要しただけです」

 信長は疲労感を隠して王へ告げる。すると王の視線は信長から移動して、立ち上がろうとしていた魚住へ向けられた。

「そなたの事は第四王子から聞いておる。政務官の補佐であるらしいが、そなたが近衛隊長の呪いを解いてくれたのか」

「結果としてそうなるな。だが俺ひとりの力でできたわけじゃない。ここの近衛副隊長や他の魔女たちの力がなければ城に入ることもできなかったからな」

 それだけ城をおおったいばらは厄介だったと魚住が告げれば国王は深くうなずいた。その上で老齢の国王は白い眉を垂れながら笑顔を見せる。

「我が国と近衛隊長を救ってくれた事、礼を言おう。だが、見ればおぬしも王子も傷だらけではないか。手当てをさせるゆえ今夜は休むが良い」

 言葉の途中から真面目な表情となった王がそう告げれば謁見の間に兵士がやってきた。光秀と同じ紋章を左胸につけた兵士たちは恭しい態度で魚住をうながす。

 遠回しに王との謁見が終えられたのだと認識した魚住は玉座に背を向けた。さらに信長も凜とともに下がるよう言われ謁見の間から外へ出される。

 そうしてひとり残された光秀は去り際に凜から渡された帽子をかぶった。

「あの男は政務官の補佐ではないな」

 帽子を深くかぶり目元を隠そうとした光秀に王の威厳に満ちた声が流れ込む。その発言に驚き目を見張った光秀は返す言葉が見つからず絶句した。

「近衛隊長、おまえは東の国より帰国した後に報告してくれた。だがあの男について何も告げておらぬな」

「陛下へ報告申し上げるほどの者ではないと認識しておりましたので」

 東の国の玉座はまだ新しく、即位して間もない王は王としてなにもできない。だからこそあ国は、魚住を王として民にお披露目する事すらしていなかった。

 だからこそ光秀は魚住に関する情報を隠すことにした。だが王は、何も語らない光秀を前にして嘆息を漏らす。

「光秀、我が甥よ。あの国に主人公はひとりしかおらんのだ。だがかの者は脆弱ゆえ一度は城を離れたと聞く。しかしあの国はそんな主人公に玉座を託したのだろう」

 すべてを知っているらしい王の言葉に光秀はゆっくりと視線を持ち上げた。そうして玉座を見れば老齢の王は優しげな顔を見せている。

「人魚姫の主人公は齢五つで既にその特性を手にしておったからな。夜の海で王子と出会い将来を誓いあったと聞いておる」

 王の話に光秀は思わず目を細めた。

 東の国の第二王子だった父なら親族である魚住と面識を得る事もあるだろう。そのためその父から王の耳にその手の情報が伝えられてもおかしくない。しかしそれらに関して何も知らない光秀は王に返す言葉を見つけられなかった。

 黙り込んでしまった光秀へ王は下がって休むようにと優しい言葉を向けてくれる。そのため光秀は恭しく頭を垂れて謁見の間から下がった。

 

 ひとりとなった王は玉座に腰掛けたまま眉を垂れて表情を緩める。

「あれからおぬしは弟を作り王子たちを守り……様々な事があった。はじめての恋を覚えておらぬのも致し方ないか」

 それでもと老齢の王ははるか昔にこの謁見の間で起きた事を思い出すことができた。

 父と赴いた海の王国で儚げな人魚姫を見つけた事。心の弱い人魚姫は大人から向けられる期待や重圧に押し潰され声を失ってしまった。だから大人になったら人魚姫をこの国に迎え入れて守ってやりたい。

 幼く素直だった甥が語ったのは、はじめての異国への旅とそこで遭遇した初恋だった。そしてその内容は、まさしく物語のはじまりにふさわしいものだ。けれど今の甥は、あの頃のような素直な態度を取ることはできないだろう。

 主人公として抱えた不遇を封じるため、心と思い出を凍らせ性格を歪ませた甥である。しかし呪いから解き放たれたいばら姫の物語は幸せな結末に向かうはずだ。むしろ甥に呪いをかけた北の大魔女はそう告げた上で見守るようにと言っている。

 そのため王はこれからも大魔女の言葉に従い見守ることを決めていた。

 

 

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