R博士の愛した異層次元戦闘機たち   作:ドプケラたん

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いつのまにかTYPE:R

 春。それは始まりの季節であり、人々に新たな出会いをもたらす。しかし、その出会いが常にいい結果を呼びこむとは限らない。

 

「おい右、お前みたいな根暗野郎がいると気持ち悪いんだよ」

 

 とある小学校の、とある5年生の教室。

 体格の良い男子3人が、席に座るいかにも気弱そうな男子に絡んでいた。気弱そうな男子はおどおどした表情をし、ノートを胸に抱え込むだけだった。右と呼ばれる彼はいつも教室の隅にいるタイプで、この場を助けてくれるような友達は1人もいない。

 いじめ── 古来からどこでも起こる現象だ。強い者が鬱憤を晴らすため、目に見えて攻撃材料のある弱い者に理不尽を振りかざす。

 周囲の生徒たちは遠巻きに眺めるだけで関わろうとしない。当然だ。悪意の矛先がこちらに向いたらどうする。

 

「……」

 

 たった1人、そんないじめの現場に見向きもしない少女がいた。端整な容姿だが、頭の上に何故かウサギの耳を乗せている。机に頬杖をつきながら、何も書かれていない黒板を眺めている。いじめを見るのは不愉快だ。しかし、それは義憤から来る感情ではない。彼女にとって、いじめとは凡人同士の無意味な足の引っ張り合いなのだ。だから気弱そうな男子を助けるつもりは毛頭ない。さっさと終わらせるか、自分の目に届かない場所でやってほしい。

 

「なんだよ、そのノートがそんなに大事なのか?」

「あっ!?」

 

 3人のうちの茶髪の男子が気弱そうな男子が抱えていたノートを奪う。

 何が書いてあるのか気になり、適当なページでノートを開く。そして、首を横に傾ける。そこに書かれているのは奇怪な図形と小さな文字の羅列だった。

 

「なんだこれ、気持ちわりっ」

 

 少し目を通しただけで興味をなくし、ノートを放り投げる。

 偶然か、それとも運命の悪戯か。そのノートは書き込まれた内容が見える形で少女の前に落ちた。

 少女は目を見開く。凡人が見れば意味不明だろう。しかし、この少女は違う。天才という定義も霞んでしまうような悪魔的な頭脳を持つからこそ、内容を完全に理解できた。これはいわば、ヒトとよく似た「ナニカ」の二重螺旋塩基配列の生命書式だ。

 風景と同然に見えていた1人の男子小学生が、いるはずがないと決めつけていた同類に見える。

 そうなると、彼女の見ている光景の意味が変わってくる。凡人同士の足の引っ張り合いから、同類が有象無象に迫害されるという我慢ならない事態に変容した。

 少女は席を立ち、目の前に打ち捨てられたノートを拾った。これだから凡人は嫌いなのだ。これの価値がわからないなら死んでしまえとさえ思う。

 

「ぐえっ!?」

「があ!?」

 

 どこにそんな力があるのか、少女は同類に絡んでいる男子3人を瞬く間にのす。

 男子3人は痛みに悶えるばかりで、床から起き上がれない。

 少女は目もくれず気弱そうな男子の前に立ち、ノートを開いた状態で机の上に置いた。

 

「これ、君が1人で考えたの?」

「……えっ? う、うん」

「ふぅん。ねえ、君の名前は?」

「は、葉枷(ゆう)です」

 

 この出会いが、後に天災と呼ばれる篠ノ之束の運命を大きく捻じ曲げることになる。

 

 

 

 

 

R博士の愛した異層次元戦闘機たち

 

 

 

 

 僕は今、何故か学校を抜け出し、近所の自然公園に来ている。四月の中旬だからか、満開の桜が咲き誇っている。

 いつもむすっとしたうさ耳の女の子…… 名前は確か篠ノ之さんだったかな。その篠ノ之さんに連れてかれた。これから授業が始まろうとお構いなしだ。きっと今頃、クラスのみんなは先生に状況を説明するのに苦労してるだろう。

 僕の手を引っ張りながらズンズン足を進めていた篠ノ之さんが足を止めた。僕もつられて足を止める。

 篠ノ之さんは僕の手を離して振り返る。まるで敵だらけの地帯でようやく同類を見つけたような喜びが、彼女の瞳に表れていた。

 歩道の脇に植えられた木々のざわめきが耳に届く。僕はその場から動くことができず、しばしたたずむ。

 

「さっきのノート、もう一度見せてくれる?」

 

 心なしか教室で話したときより言葉が柔らかい。

 篠ノ之さんは僕のノートに興味を示していた。僕の考えた超束積高エネルギー生命体『バイド』について記されている大切なノートだけど、彼女ならあの怖い人たちみたいに粗末に扱ったりしない。僕は不思議とそう確信できた。

 

「うん、いいよ」

 

 僕は篠ノ之さんにノートを差し出した。

 篠ノ之さんはノートを受け取ると、次々とページを読み進めていく。一見適当に読んでいるように見えるけど、その両目は忙しなく動いている。もしもだ。もし内容を理解しているなら、彼女は──。

 静寂の中、ページを捲る音だけが響く。やがてその音さえも聞こえなくなった。

 

「超束積高エネルギー生命体『バイド』ね。物質存在でありながら波動の特性を併せ持つ…… うん、頭おかしいね。どんだけ未来に生きてんの。ねえ、バイドってどういう意味なの? 聞き覚えがない単語なんだけど」

「名前みたいなものだよ。神様が夢の中でバイドを作れって告げたんだ」

「……はっ?」

 

 篠ノ之さんが「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしている。

 僕は神様を信じている。ただそれは、両親や身近な人が宗教に傾倒していたからではない。

 ずっとずっと昔。それこそ僕が覚えている一番古い記憶。夢の中に神様が現れた。本当に夢だったのか、今になってもわからないが。

 肉体のない状態、つまり意識だけの状態で真っ白な空間にいた。そんな空間に現れたのは、形のない光の塊だった。誰に何を教わるでもなく、この光こそが超常の存在── 神様なのだと直感した。

 そして、僕に告げたのだ。超束積高エネルギー生命体『バイド』を作れと。その日を境に物理工学、遺伝子工学、生命工学、あと一応魔道力学など様々な分野の知識を蓄えてきた。

 

「……私が言うのも何だけど、ゆー君ってかなりの変人だね」

 

 篠ノ之さんが呆れた目で僕を見る。どうやら彼女は神様を信じていないみたいだ。だけど、僕はその考え方を否定するつもりはない。夢以外に神様がいるのを証明できないし、逆にいないのも証明できない。論じても不毛なだけだ。

 それよりも気になるのが、篠ノ之さんの僕の呼び名だ。僕の耳がおかしくなっていないなら、確かにゆー君と聞こえた。

 

「あの、ゆー君ってまさか僕のこと?」

「そう、(ゆう)だからゆー君」

「ゆー君……」

 

 初めて会話してから一時間も経っていない人にあだ名で呼ばれるのは新鮮な感覚だ。

 

「それより、そろそろ学校に帰らない? 無断退席はまずいよ……」

「えー、そんなの凡人の決めたルールでしょ? 束さんたちが従う必要なんてどこにもナッシングじゃん」

「篠ノ之さん、学校から親に連絡が入ったらきっと怒られるよ。その、僕を引っ張って教室から出ちゃったし」

「……まあ、親が出張るのは確かに面倒だね。仕方ない、ここはゆー君に免じて戻ってあげよう」

 

 渋々といった感じで篠ノ之さんは頷いた。

 呼び名どころか性格も変わっている。いや、生き生きした表情をしてるし、こっちが篠ノ之さんの素なのだろうか。

 

 

§

 

 

 結論から言えば、篠ノ之さんのお咎めは無しで済んだ。先生は周りの証言で篠ノ之さんが僕をいじめから救ったと知り、彼女の良い意味での変化に驚愕したらしい。だから僕を連れて学校から飛び出したことも多目に見てくれた。親に連絡済みだと思っていたのか、篠ノ之さんも少し驚いた様子だった。

 僕たちが教室に戻ると、言いようのない空気に変容した。篠ノ之さんは物静かというか、僕たちに対して無関心だった。多分、今日の朝の時点で初めて声を聞いた人が大勢いるだろう。それでも篠ノ之さんはクラスでは目立つ存在だった。むすっとしてるけど端正な顔立ちだし、普通の人とは何か違うオーラを放っている。そんか彼女の朝の行動には、教室にいるほぼ全員が戸惑っているはずだ。

 当然だけど例外もいる。怖い人たち3人だけは篠ノ之さんではなく僕を睨んでいた。その目には明確な悪意がある。篠ノ之さんには敵わないと本能で悟ったのか、彼女への怒りの矛先を僕に向けたようだ。

 ただ、篠ノ之さんはそんな悪意に敏感に察知して、怖い人たち3人に容赦ない殺意を浴びせた。そう、殺意だ。あのとき、教室の温度が間違いなく下がった。そんな殺意を向けられた3人は、顔を青くして僕から目を逸らした。篠ノ之さんに守ってもらう形になっている。迷惑をかけて本当に申し訳ない。

 それからというもの、授業の合間や昼休みになると、篠ノ之さんは必ずと言っていいほど僕の席に寄ってきた。僕は口数が少ないし友達もいないが、篠ノ之さんも同じだったはずだ。それが今となっては、篠ノ之さんは口から先に産まれたように饒舌に話す。他愛のない世間話から科学の話まで、色々な話題を振ってきた。その様子に周囲の人たちはやっぱり目を丸くしていた。

 篠ノ之さんが構築したという慣性制御システム『PIC』の設計理論を持ってきたとき、彼女は天才なのだと改めて認識した。こんなに頭が良い上にケンカまで強いなんて、篠ノ之さんは本当に凄い。ちなみに、僕の場合は下級生とケンカしても負ける自信がある。

 こうして、劇的な変化を迎えた学校生活の1日は終わりを告げた。陽もすっかり沈み、辺りは夕焼けで橙色に染まっている。

 一本道である住宅街の歩道を歩いていると、僕の家が見えてきた。何の変哲もない、住宅街の風景に馴染んだ一軒家だ。ズボンのポケットから家の鍵を取り出す。

 

「……」

 

 無言のままドアを開け、家に上がる。言葉を返す人は誰もいないなら、挨拶をする必要はない。

 リビングを経由することなく、足早に二階にある自室に向かう。

 自室のドアを開けると、チカチカと光を点滅させる自作コンピュータが出迎えてくれた。カラフルな配線があちこちに節操なく伸び、複数のディスプレイやサーバーに繋がっている。お世辞にも片付いている部屋とは言えない。少なくとも生活の拠点としては破綻している。自室というよりも研究室という言葉が当てはまるかもしれない。

 部屋の隅に置かれているベッドにランドセルを放り投げ、腰を下ろす。少し長い距離を歩いただけで、僕の足には疲労が溜まっていた。

 葉枷家は僕と母さんの2人だけだ。父さんは物心ついたときからいない。どうやら事故で死んだらしい。ただ、僕という存在が証拠とはいえあの母さんが結婚したなんて信じられないし、父さんがどんな人なのかも想像がつかない。

 母子家庭だから生活が厳しいかと問われたら、答えはノーだ。父さんが死んだときの保険金が下りているし、何より母さんが仕事でお金を稼いでくれている。どんな仕事をしてるのかは知らないが、世間一般の認識ではかなり稼いでいる方らしい。このコンピュータ一式を買えたのもそうだ。僕が望むなら、常識の範囲内であればどんなものでも買ってくれる。

 だからこそ、普通の家と違って昼間に母さんがいることはない。寂しくないかと聞かれるだろうが、僕としては別に何か思うことはない。こうして研究できる環境を整えてくれれば文句はない。

 

「……さて」

 

 ベッドから立ち上がり、コンピュータと向かい合う。この電子機器には僕の研究成果というか、趣味が詰まっている。

 あるファイルにカーソルを合わせ、クリックする。ディスプレイに僕の考えた空間汎用作業艇の設計図が広がった。機体の前方は青色のラウンドキャノピーであり、コックピットに位置する。独特なデザインであるラウンドキャノピーから、僕はこの空間汎用作業艇をR-5と名付けた。

 様々な局面での運用も可能だが、主に艦艇を牽引するタグボートとしての役割を構想している。テスト用機体の色合いが強いRX-T1からシミュレーションと改良を重ねた結果、R-4までの実験機のデータを経て今のR-5が完成した。

 R-5には今までにない装備、障害破砕用装備『アステロイドバスター』が搭載されている。またの名を低出力力場解放型波動砲といい、低出力という文言から分かる通り、出力が大幅に上がる可能性を秘めている。

 安定性と拡張性に優れた、まさに僕の考える万能の作業艇だ。だけど、僕はR-5の性能で満足していない。この機体のポテンシャルはこんなものじゃない。まだ改良できる余地が有り余っている。より疾く、より頑丈に、より強くできるはずだ。Rを更なる次元に飛翔させるため、超束積高エネルギー生命体『バイド』の研究は必須だ。バイドは物体でありながら波動の性質も併せ持っている。バイドの波動エネルギーが開発の鍵を握るはずだ。

 想像の域を出ないが、R-5の汎用性と拡張性の高さから、様々な用途の機体に派生すると考えている。今はまだ一個の機体の完成度を高めている段階だが、いずれ開発できると信じている。

 いずれ開発するたくさんの機体を研究施設に並べるのが僕の夢だ。強さとは美しさであり、その逆もまた然りだ。そこに広がる景色はどれだけ壮観なのか、考えただけでも鳥肌が立つ。

 


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