R博士の愛した異層次元戦闘機たち   作:ドプケラたん

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天災の夢、そして人類の悪夢

 篠ノ之束にとって、ゆー君こと葉枷(ゆう)は己に比肩する頭脳を持つと認めた人間だ。しかし、彼には天才らしく変わった一面がある。

 (ゆう)は神という実像すらあやふやな存在を心の底から信じているのだ。科学に携わる人間ならオカルトなど最も陳腐に感じるはずだ。存在を立証する手段がないのに、どうやって信じればいいのか。

 当然ながら束も神など信じていない。だからこそ、(ゆう)が「神からバイドを作るよう告げられた」と言ったときは、困惑するしかなかった。どれだけ神に祈ったとしても、そんな明確な答えが返ってくるはずがない。

 最初こそ「からかっているんじゃね?」と疑ってしまったが、(ゆう)は嘘をつくような人間ではない。神の存在を語る(ゆう)の目は誰よりも純粋に輝いていた。それでも束は神の存在なんて認められない。夢の中で神に「バイドを作れ」と告げられたのも、蓄積した知識から(ゆう)自身が無意識のうちに答えを導き出したのだと推察してる。

 だからだろうか、(ゆう)の発想と理論には束でさえ底知れない何かを感じる。

 

「ふ〜ん、波動砲かぁ」

「そう、波動砲。前方に空間を超振動させる力場を形成して、エネルギーを収束させる。そしてベクトルを付与した後に開放、放出するんだ」

 

 束はプリントアウトした用紙を纏めたルーズリーフのノートを読み進める。学校の昼休み、(ゆう)が波動砲の設計理論を持って束の席にやって来たのだ。

 読み進めるにつれて束の表情は険しくなっていく。

 波動砲の理論はバイドの特性を応用させたものだ。このノート通りに設計を進めれば、理論上ではあるが実現は可能だろう。ただし、国家予算規模の莫大な費用と設備が必要になるが。良くも悪くも、相変わらずブッとんだ理論だ。科学で束を驚愕させる存在など、後にも先にも(ゆう)だけだろう。

 しかし、束の心に引っかかるのは波動砲の目的だ。既存の兵器から全力で逸脱した火力。明らかに破壊しか求めていない。そんな危険な代物を、(ゆう)は満面の笑みで説明している。波動砲が戦争に利用されたら、それこそ世界が跡形も残さず破壊される可能性もある。

 束は戦争というものを心の底から毛嫌いしてる。凡人どもの足の引っ張り合いの中でも最も浅ましく、愚かなものだ。この世から根絶したいとさえ思う。それなのに、(ゆう)の素晴らしい頭脳が戦争に利用されるなんて我慢ならない。

 (ゆう)は何のつもりで波動砲を発案したのだろうか。

 

「……ねえ、ゆー君はどういう目的で波動砲を作ったの?」

「そういえば言ってなかったっけ。僕はね、Rシリーズを作りたいんだ」

「Rシリーズ……?」

「宇宙空間を想定した作業艇だよ。波動砲は小惑星とかの障害物を破壊するために搭載したんだ。Rシリーズの開発のために、バイドの研究もしてるんだよ」

 

 (ゆう)の言葉を聞いて、心の内にあった疑問が解消する。小惑星を破壊するためなら、波動砲の火力の高さも納得だ。

 代わりに、偶然にも目指していた場所が同じだった喜びと驚愕で心が満たされる。

 

「ゆー君も宇宙を目指してるの!?」

「あれ、じゃあ篠ノ之さんも宇宙関連の研究を?」

「ふっふーん、よくぞ聞いてくれました! ゆー君と同じく、このつまらない世界()から飛び立たせてくれる子を作ってるんだよ!」

「宇宙船ってこと?」

「違う違う、宇宙船じゃなくてパワードスーツだよ。名前ももう決めてあるの。インフィニット・ストラトスっていうんだ」

「無限の成層圏…… 良い名前じゃないか」

「おっ、流石の察しの良さだね」

 

 そう、無限の成層圏。この子となら誰よりも自由に大空を舞い、たとえ世界(宇宙)の果てだろうと辿り着ける。ISは束の夢と愛情を目一杯注ぎ込まれている我が子のようなものだ。

 

「進捗はどうなるの?」

「まだまだゴールは遠いけど、ようやく見えてきたって感じかな。ねえ、ゆー君のRシリーズが完成したら一緒に宇宙旅行をしようよ! 誰も見たことがない世界まで、一緒に見に行こう!」

「素敵な宇宙旅行だね。何年かかるかわからないけど、僕も頑張るよ」

「大丈夫、私も手伝うからすぐだよ!」

 

 研究成果を自慢できる。競い合える誰かがいる。そして同じ夢を持てる。それは束にとって何物にも代え難い幸せだ。こんな幸せがいつまでも続けばいいと、束はそう望んだ。

 

 

 

§

 

 

 さようならの挨拶が教室に響く。その声には隠しきれない喜びが滲み出ている。HRが終わり、やっと学校から解放される。生徒なら誰しもが待ち望んでいる瞬間であり、僕も例外ではない。

 篠ノ之さんはというと、口パクすらせず完全無視を決め込んでいた。先生も彼女の態度に気づいているが、矯正するのはとっくに諦めている。

 ふと窓の外を見る。外はすっかり夕焼けに染まっていた。

 最近毎日が充実している。考えるまでもなく篠ノ之さんのおかげだ。

 自惚れとかではなく、自分が異常なのは自覚している。小学校の授業を受けていれば嫌でも理解できる。勉強が嫌いなわけではないけど、授業はあまりにも簡単すぎて楽しくない。

 学校でR戦闘機について語れる日は来ないと、勝手にそう思っていた。だけど灯台下暗しというか、語り合える人はすぐ側にいた。

 休み時間に他愛のない話や研究成果について話し合う。世間一般の認識だと、彼女は僕にとっての何なのだろうか。僕は彼女のことを友人だと思っている。彼女もそう思っていてくれたら嬉しい。

 

「ゆー君、一緒に帰ろ!」

「うん」

 

 篠ノ之さんが一直線に僕の席にやって来た。こうして一緒に帰るのも、日常の一部となっている。

 取り留めのない会話をしながら帰路に着く。この道は少し遠回りになるが、途中で束さんの家に寄っていける。何度も通ってるのですっかりお馴染みの景色だ。

 

「あっ」

「どしたー?」

「いや、学校にノートを忘れちゃったかも」

 

 足を止め、学校での机から離れる間際の行動を思い返す。

 篠ノ之さんのことを考えていて、波動砲の設計理論についてまとめたノートをランドセルに入れそびれていた。多分、僕の机の中で今も眠っている。

 ノートの中身は頭の中に入っているとはいえ、やはり机の中に放置することはできない。

 

「私も学校に戻ろうか?」

「篠ノ之さんはもうすぐ家に着くじゃないか。別に僕1人でも大丈夫だよ。それに、妹さんだって家で待ってるんでしょ?」

「む〜〜」

 

 篠ノ之さんは徹底的に他人と関わろうとしないけど、妹さんには普通に愛情を注いでいる。家族なんだから当たり前と言えば当たり前ではあるのだが。

 学校以外の時間くらいは妹さんとの触れ合いを優先してもいいはずだ。

 最後までどうするかを悩んだ後、ついに篠ノ之さんは僕の言葉に頷いた。

 

「それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」

 

 篠ノ之さんに軽く手を振りながら来た道を引き返した。

 

 

 

§

 

 

 

 学校に着いた時点で、時計の針はかなり進んでいた。

 グラウンドにはちらほらと人が残っていたが、校舎の廊下では誰ともすれ違わなかった。

 教室の引き戸を開ける。中には誰もいない。いたら気まずい空気になるので助かった。

 自分の机の中を調べてみると、やはり波動砲に関するノートが置いてあった。

 ノートを手に取り、家に帰ろうとしたそのとき──

 

「っ!」

「おっ?」

 

 教室の引き戸の窓越しに、僕をいじめるあの3人と目が合った。

 

「よお、右。ちょっと俺たちと遊ぼうぜ」

 

 3人が教室に入ってきた。

 篠ノ之さんがいない今、誰も僕を守ってくれない。走って逃げようにも、どうせ追いつかれるに決まっている。篠ノ之さんと違い、僕の身体能力は貧弱の一言に尽きる。

 体育館裏へと連れてかれる。まだ夕陽が差し込む時間帯だが、体育館裏一帯は体育館で夕陽が遮られて仄暗い。少し肌寒いようにも感じる。言葉通り、これから僕はこの3人に遊ばれるのだろう。

 

「っ!」

 

 3人のうちの1人に突き飛ばされる。

 地面に倒れた衝撃で膝を擦りむく。土埃が舞い上がり僕の服も汚れる。

 自然と僕は3人組を見上げ、3人は僕を見下ろす形となった。僕はさぞ弱々しい目をしていることだろう。

 3人の口元が愉しそうに吊り上がる。僕はノートを両腕に抱え込んで守ることしかできなかった。

 

「お前さ、最近調子に乗ってね? 篠ノ之と少し仲良くしてるからって浮かれてんじゃねーよ!」

 

 3人に囲まれて、背中や腕にひたすら蹴りを入れられる。僕はただ痛みに耐えて蹲ることしかできない。

 浮かれていたのは否定しない。だって、篠ノ之さんは初めてできた友達だから。だけど、どうしてこの3人組が怒るのだろう。

 性格はともかく、篠ノ之さんは学校で一二を争う美少女だ。この3人組が嫉妬してるのだと、このときの僕は思い当たらなかった。

 

「そもそもお前さ、俺たちの名前知ってるか?」

「えっ……」

 

 当の本人たちに指摘されて、初めて気づく。そういえば僕はこの人たちの名前を知らない。

 3人はさっきまで僕を嘲笑っていたはずが、怒りで表情を歪ませた。

 

「そういうところがムカつくんだよ! 俺たちなんて眼中にないってか!」

 

 名前がわからないだけで、どうしてこんなに怒っているのか理解できなかった。

 さっきよりも蹴りの勢いが強くなる。鈍い痛みが全身に蓄積していく。

 とうとう腕の力が抜けて、腕に抱えていたノートが地面に落ちた。

 僕がもう一度拾い直そうとするよりも速く、地面に落ちたノートを3人に取られてしまった。

 

「おい」

「ああ」

 

 3人はノートを地面に叩きつけると、何度も何度も靴底で踏み躙った。僕は何もできず、呆然とその光景を眺めるしかなかった。

 ノートは土埃で汚れ、どのページもクシャクシャになってしまっている。怒りよりも先に悲しみが湧き上がる。

 

「はー、スッキリしたぜ。篠ノ之がいたら色々とめんどくせえからな」

「……おい、こいつを人質にすれば篠ノ之もボコボコにできるんじゃね?」

「確かに! あいつも生意気だし、教室で殴ってきた借りを返さないとな!」

 

 打ちのめされた心境の中、3人の言葉だけが嫌にはっきりと聞こえた。

 

「や、やめてよ! 篠ノ之さんは関係ないだろ!!」

 

 自分でも初めて出すくらい大きな声だった。だけど、そんなことで3人が怯んでくれるはずもなく。寧ろ、初めて大きな反応を見せた僕に向かって愉しそうに口元を歪めた。

 立ち上がろうとするけど、手足は僅かに震えるくらいしか動かない。そもそも、僕が立ち上がっても何ができるわけでもないのに。

 

「ははは、イモムシみてーだ! みっともねー!」

「立ち上がってみろよ、そしたら篠ノ之は見逃してやる」

「うう、ううぅぅう……!」

 

 地面に手を着けるけど、体を持ち上げるまでには至らない。無理だ、立ち上がれない。僕に篠ノ之さんくらいの── いや、普通の体力があれば、ここで立ち上がれたのだろうか。

 

「おい、何をしてる」

 

 凛とした声が校舎裏に響く。

 声のした方に目を向けると、そこには同い年くらいの黒髪の女子がいた。その容姿は可愛いというよりも美しい。小学生には思えないほど大人びている。

 尋常でない圧に呑まれて何も答えられない3人組に対し、彼女は刃物のように鋭い眼光を浴びせる。声を押し殺した悲鳴が確かに聞こえた。

 

「何をしてると聞いているんだ」

「う、うるせえ! 女が口出しするんじゃねえよ!」

 

 彼女は早足で3人との距離を詰めると、右腕を大きく後ろに引いた。

 皮と皮がぶつかり合う小気味良い音が響く。不運にも手近にいた3人のうちの1人が頬に紅葉を浮かべて吹き飛んだ。

 残った2人は凍りついたように動かなくなる。

 

「弱い者を虐めて楽しいか? 見下げた根性だ、恥を知れ!」

 

 彼女の一喝に3人は悲鳴をあげながら逃げた。ビンタをくらった1人は酒に酔ったみたいにフラフラの足取りだ。

 まるでヒーローみたいだ。彼女から篠ノ之さんと同じ特別な雰囲気を感じる。

 

「大丈夫か?」

 

 ふと、彼女の足が僕のノートを踏んでいるのに気づく。

 

「………あの、踏んでます……」

「!」

 

 ノートを踏んでいると気づいた彼女は、慌てた様子でその場から跳び退く。

 

「す、すまない。気づかなかった……」

 

 注視しなければ気づかないほど、ノートはボロボロだった。気づかず踏んでいたのも仕方ない。

 心の底から申し訳なさそうな彼女を見て、少しだけ口元が緩む。隙なんてない完璧超人に見えるけど、案外抜けてるところもあるのかもしれない。

 彼女がノートを拾おうとしたそのとき、力強く地面を蹴る音が聞こえた。地面に寝そべっているので、振動を肌で感じる。

 同じく異変を感じ取った彼女は瞬時に振り返り、無駄のない迅速な動きで体を一歩分ほど横にずらした。

 次に僕が見たのは、彼女のいた空間に跳び蹴りをかます人影だった。

 その人影は難なく地面に着地すると、背を向けて僕の前に立った。

 見覚えのある後ろ姿だった。世界広しといえど、ウサミミを付ける小学生なんて彼女くらいだろう。僕が思う最悪なタイミングで篠ノ之さんが現れた。

 

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