R博士の愛した異層次元戦闘機たち   作:ドプケラたん

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円核

 篠ノ之神社は県内でも有名な神社だ。立派な造りであり、観光客も多く訪れる。屋敷もそれに見合うだけの大きさであり、数多くの部屋がある。

 その内の一室。日本刀と掛軸が飾られているだけで、他には何も置かれていない和室だ。

 篠ノ之家の当主、篠ノ之柳韻は畳の上に姿勢を正して座っている。この部屋に訪れるであろう人を待ってる。

 畳を踏みしめる音が聞こえた。とうとう待ち人がやって来たのだ。目を開き、襖の方を見る。

 

「束……」

 

 襖が開いた先にいるのは束だった。

 束は部屋に入ると、襖を閉めないまま立ち尽くす。

 それからというもの、沈黙の時間が続く。

 言葉を探しているのか、束はずっと俯いたままだ。

 何も言わず、束から先に言葉を紡ぐのを待つ。この場において自分が先に口出しすべきではないと、強く感じていた。

 

「……………今日は、ごめん」

 

 長い時間をかけて絞り出した、たった一言。それも呟くように小さな声だったが、確かに柳韻の耳に届いた。

 

「……謝ってくれれば、それでいい」

 

 思えば、束がこうやって謝るのは初めてではないだろうか。仲直りしたいという想いが、彼女の心にもあるということだ。

 そんな娘の想いに応えるために、もっと気の利いた言葉をかけたかった。己の口下手を遺憾に思う。

 親の贔屓目を抜きにしても、束は天才だと断言できる。だからこそ気難しい面もあったり、何を考えているかわからないときもあるが、親としての愛情は一度たりとも捨てたことはない。しかし、11年という長い月日を経て、やっと一歩だけ歩み寄れたように感じた。

 

「……いるんだろう、葉枷君」

 

 (ゆう)が開いた襖からひょっこりと姿を現す。

 気配がダダ漏れで、近くに隠れているのは最初からわかっていた。

 どうして(ゆう)がここにいるのか。その答えはきっと、束が心配だったから。(ゆう)の表情には心配事が解決したような晴れやかさがある、その推論を裏付けている。

 

「すみません、盗み聞きするような真似をして」

「ゆー君は悪くない! 私が付いてきてほしいって頼んで──」

「……心配するな、わかってる。家内から話を聞いた。葉枷君、俺からも礼を言う。今日はゆっくりと休んでいくといい」

「はい」

 

 彼は第一印象こそ普通の少年だが、話によると束に勝るとも劣らない天才らしい。だが、そんなことは些細な問題だ。天才だろうが凡人だろうが、感謝の気持ちは変わらない。彼が束の友人でいてくれたから、今日という日はやって来たのだ。

 

「……さて、葉枷君の寝る部屋を用意しないとな」

「あっ、束さんの部屋で寝るので大丈夫です」

「!?」

 

 (ゆう)の何気なく放った一言により、心が盛大に乱れる。普段こそ凪のように静かなだが、今は嵐にあった大海原のように荒れている。先ほどまで抱いていた感謝の気持ちは跡形もなく吹っ飛んだ。それなりに長く生きてきた人生で、こんなにも動揺したことが今まであっただろうか。

 深呼吸して、気分を鎮めようと努める。もしかしたら聞き間違いかもしれない。いや、きっと聞き間違いだ。自分にそう言い聞かせる時点で冷静さを失っているが、それを教えてくれる者はいない。

 

「……すまない、葉枷君。もう一度言ってくれるか?」

「束さんの部屋で寝るので大丈夫です」

 

 しかし、現実は無情である。一字一句違うことなく、この耳は(ゆう)の言葉を拾っていた。

 

「何故!?」

「た、束さんと研究を手伝いたくて。駄目、でしょうか……?」

 

 (ゆう)の顔が曇る。純粋に残念そうであり、それだけ真剣に束の研究を手伝いたかったのが伝わってくる。

 相手は11歳の少年。思春期が始まるくらいの年齢ではあるが、(ゆう)には大人が考えるような邪な想いは一切ないのだろう。大仰な反応をした自分が恥ずかしいとすら感じる。

 しかし、愛娘が男と寝泊まりすると聞いて、平静でいられる父親がどこにいるというのか。

 

「何かまずいことでもあんの?」

「……!!!??」

 

 目に見えて娘が不機嫌になっている。理由はただ一つ、(ゆう)が束の部屋に泊まれないかもしれないから。

 娘は男と一つ屋根の下で寝る意味をわかっているのか、いないのか。どちらにせよ、馬鹿正直に胸の内を明かすわけにはいかない。ここで返答を誤れば、11年という長い月日をかけて縮まった一歩分の距離が不意になってしまう。

 

「……」

「黙ってたらわかんないんだけど」

「…………よ、夜更かしないように」

 

 だからこそ、こうして柳韻が折れるのは仕方のないことだった。

 

 

 

§

 

 

 

 篠ノ之神社の境内に雑木林がある。僕は今、その雑木林の中を気分転換がてらに散策している。

 青々とした葉が心に爽やかな風を吹き込ませる。照りつける太陽を遮り、外でも存外涼しい。

 月日は流れ、季節は夏になった。僕たち小学生が待ちに待った夏休みを満喫している。

 束さんは今、妹さんと一緒に剣術稽古を見学している。僕も見学するよう誘われたけど、興味がなかったので断った。

 束さんと彼女の両親の関係は、着実に良い方向に変わっている。以前よりも家族と会話する姿を見るようになった。

 そして、僕自身の生活にも大きな変化があった。

 自宅に帰るのが一週間に一度くらいになり、残りの六日は束さんの研究所で暮らすようになった。主にISの開発、そしてRシリーズの研究をしている。

 最初の頃は家に帰るようにしてたけど、家にいる時間が段々と無意味に思えて仕方がなかった。束さんの両親を除けば、僕が家に帰らないことを咎める人は誰もいない。束さんの研究所に入り浸るようになるのも必然だった。

 さて、僕がISの開発を手伝っているのは理由がある。楽しいという理由もあるが、それだけではない。

 束さんの研究所には最新鋭の設備が揃っている。その設備を借りて、Rシリーズの研究をしているからだ。借りっぱなしというのもきまりが悪い。それに、彼女の研究には参考にしたい点が数多くある。特にPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)は素晴らしい。僕の考える慣性制御システムの理想そのものだ。今後のために、それらの研究成果には是非とも触れておきたい。

 最新鋭の設備のおかげで、Rシリーズの研究は順調に進んでいる。一方の束さんはというと、コアという文字通りISの核となるパーツの作成に苦戦している。膨大なデータを蓄積し、機体に自発的な進化を促すシステムらしいのだが、複雑かつ高度な思考をするAIが必要になる。僕もプログラミングを手伝っているが、束さんが苦戦するのも納得がいく。Rシリーズと同じく、ISも完成の道のりは遠そうだ。

 

「……ん?」

 

 若々しい緑色の中に、まるでキャンバスに色を塗り忘れたかのような白色を見つけた。

 それは1人の少女だった。白い帽子、白いワンピース、そして髪も雪のように白い。妖精のようだと、少女を見てそう思った。

 

「誰?」

 

 白い少女も僕の存在に気づいた。

 帽子のツバに隠れていた少女の顔立ちを見て、驚愕する。織斑さんと顔がそっくりだ。ただ、織斑さんと比べると表情が柔らかく、歳相応の幼さを感じる。

 織斑さんの妹かと思ったが、弟がいるとしか聞いていない。彼女は何者なのだろうか。

 少女に向かって足を進める。

 

「それ以上近寄らないで!」

「!」

 

 少女の剣呑な表情と声色に、僕は思わず足を止めた。

 誰も動かず何も言わない、奇妙な沈黙が続く。

 立ち去るという選択肢はない。彼女が何者なのか気になりすぎる。

 

「……男にしては話がわかるみたいね」

 

 やがて観念したように、白い少女は口を開いた。ただ、その目には敵意が宿っている。

 

「どうして近寄ったらいけないの?」

「決まってるじゃない。男なんて、みんなロクでもないやつばかりだからよ。あんたとは特別に話してあげてるけど、これ以上近づいたら大声出すから」

 

 つまりこの少女は男が嫌いで、だから男の僕が近寄ってほしくないと。

 何かしら事情があるみたいだが、随分と拗らせてる。ただ、会話には応じてくれそうだ。

 

「わかった、これ以上近づかない。だけど名前くらいは聞いていいよね。僕の名前は葉枷(ゆう)。君は?」

 

 少女は何も答えない。無視してるわけではなく、名乗るか否か悩んでいるみたいだ。

 

「……織斑(まどか)よ」

「織斑!?」

 

 とうとう少女が語ったその名前は、驚愕すべきものだった。織斑さんと同じ苗字だ。

 

「何よ、私の苗字がおかしいの?」

「もしかして君、織斑さん…… えっと、千冬さんの妹さん?」

「千冬お姉様を知ってるの!?」

 

 今度は円さんが驚愕した声をあげる。

 お姉様とか言い出したし、やはり織斑さんの妹だろうか。

 

「先ずは私の質問に答えなさい。あんたは千冬お姉様の何なの?」

「ただの友人だよ」

 

 円さんは訝しむように目を細める。僕の言葉を疑っているのがまざまざと伝わってくる。

 

「あんたみたいにナヨナヨした男に、千冬お姉様の友達が務まるとは思えないんだけど。実は千冬お姉様のストーカーなんて……」

「織斑さんに会えば本当だってわかるよ。今は稽古中だし、道場にいるんじゃないかな?」

「……わかったわ、友達ってことにしておきましょう」

 

 一先ず友人だと信じてくれたみたいだ。

 

「千冬お姉様は私の従姉妹よ。千冬お姉様の父親の弟、それが私の父親なの。残念だけど姉妹じゃないわ」

「いや、別に残念では」

 

 親族なら織斑さんと顔が似るのも納得だけど、ここまで似てるのは珍しい。織斑の遺伝子の強さに感心する。

 

「さてと、道場に行くわよ。あんたが本当に友達か、千冬お姉様に確認しないと。あっ、それと私の前を歩きなさい」

 

 こうして、円さんに背中をガン見されながら道場に向かうことになった。

 

 

 

§

 

 

 

 道場に着いた。振り返れば、一定の距離を置いて離れた円さんがいる。

 道場の裏側へ回る。

 障子の開いた縁側から、外にいても道場の中の様子が伺える。

 織斑さんの他にも何人かの門下生がいて、全員が束さんのお父さんに習って木刀を振っている。素人目だが、織斑さんが束さんのお父さんの剣を一番巧く模倣できている。

 ずっと昔に「剣の巫女」が舞ったという神楽舞が、篠ノ之流の元になったらしい。こういう人体の動きは、今後開発する予定のRシリーズの参考になる。剣術の稽古を見たって仕方ないと思ってたけど、中々どうして得る物が多い。いつか人型決戦兵器を作って、ビルみたいに巨大な剣をブンブン振り回させたいものだ。

 

「あっ、ゆー君!」

 

 僕に気づいたのか、畳の上に座っていた束さんがやって来た。

 

「ゆー君が道場に来るなんて珍しいね。束さんの誘いを断ったのにさー」

 

 束さんは冗談っぽく怒り、頬を膨らませる。

 

「気晴らしに散歩してたら、織斑さんの親戚とかいう子と会っちゃって。それで織斑さんに会いに、道場まで来たんだ」

「ちーちゃんの親戚?」

「ほら、あそこにいる子だよ」

 

 円さんは帽子を取り、束さんに向かって頭を下げた。とても丁寧な所作だ。僕のときの対応と全然違う。

 

「初めまして、織斑円といいます」

「し、白いちーちゃん……!?」

 

 束さんも織斑さんとのそっくり具合に驚愕してるみたいだ。

 

「篠ノ之束だよ、よろしくねまーちゃん!」

「はい!」

 

 束さんは朗らかな笑みを浮かべる。

 早速渾名で呼んでるし、円さんに心を開いたみたいだ。ただ、束さんや織斑さんみたいに特別な何かは感じられない。束さんの基準がよくわからないが、もしかして織斑さんと顔が似てるからだろうか。

 道場の中で織斑さんの稽古が終わるのを待つことにした。畳の上に座り、束さんのお父さんの剣筋をじっくりと観察する。

 隣では束さんと円さんが楽しくお喋りしてる。織斑さんや箒ちゃんの可愛らしさを語っているみたいだが、よくもまあこんなに盛り上がれるものだ。

 ある程度時間がたち、とうとう剣術の稽古が終わった。

 織斑さんが一直線にやって来る。稽古中もチラチラとこっちを見てたし、円さんがいることに早い段階から気づいていたのだろう。

 

「お疲れ様です千冬お姉様!!」

 

 円さんは立ち上がり、勢いそのまま織斑さんに抱きついた。

 

「円、どうしてここに? 来るのは明日だと聞いていたが」

「最近体調が良いので、1日早く来ちゃいました! 少しでも早く千冬お姉様に会いたかったんです!」

「というか抱きつくな、まだシャワーを浴びてないんだぞ!」

「全然汗臭くなんかありません、寧ろ芳ばしいです!」

「はあぁぁぁ、眼福眼福……」

 

 織斑さんが円さんを引き剥がそうと四苦八苦する傍ら、束さんが幸せそうに顔を綻ばせている。

 

「千冬お姉様、そこの男のことなんですけど」

 

 円さんは織斑さんから離れると、僕のことを指差した。

 

「そこの男? ああ、葉枷のことか。それより人を指差すな、失礼だぞ」

「な、名前を……!? 葉枷という男は千冬お姉様のお友達なのですか?」

「そうだ」

 

 円さんはショックを受けた表情で固まる。ここまで来てまだ半信半疑だったのか。

 

「すまない葉枷。男嫌いな円のことだ、散々失礼な態度をとっただろう。円、お前も謝れ」

「束さんもねー、ゆー君に嫌な思いをさせたのなら、さすがにまーちゃんでも見逃せないかなー?」

 

 織斑さんだけでなく、束さんからも重苦しいプレッシャーを感じる。

 円さんの顔が真っ青になっていた。今の彼女からしてみれば前門に虎、後門に狼といった気分だろう。これは気の毒だ。

 

「……ごめんなさい」

「あっはい」

 

 円さんは僕に向かって頭を下げた。

 この2人は極力怒らせないようにしようと、僕はそう思った。

 




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