R博士の愛した異層次元戦闘機たち   作:ドプケラたん

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電子の先の理想

 気づけば夏休みも後半戦。ISの開発を手伝ったり、偶にRシリーズの研究をしたりと、今までにないくらい有意義な夏を過ごしている。

 そして今日、研究の息抜きがてらに、織斑さんの家に遊びに行くことになった。束さんが「織斑さんの家にも行ってみたいナー」と言ったのが始まりだ。

 束さんと一緒に、篠ノ之神社から道なりに歩くこと数分。織斑さんに教えられた場所に着いた。そこにあるのは普通の民家だが、表札には『織斑』と書いてある。

 

「ここが織斑さんの家か」

「ちーちゃんの部屋ってどんな感じなんだろ。楽しみだね、ゆー君!」

「そうだね」

 

 僕としては織斑さんの部屋に興味はないが、それを告げる必要はないだろう。束さんの部屋…… というか研究所みたいに研究設備があるのなら別だが。

 ドアの横にあるインターフォンを押す。

 少し待つと、玄関のドアが開いた。その先にいるのは織斑さんだった。相変わらずのクールビューティだが、今日はどこか嬉しそうに見える。

 

「葉枷、束、よく来てくれた。上がってくれ」

「「おじゃましまーす」」

「部屋に案内しよう」

 

 織斑さんの背中を追い、二階に上る。

 二階には幾つかのドアがあるが、そのうちの一つには雪だるまのドアプレートが掛かっている。ローマ字で『CHIHUYU』と書かれているから、まず間違いなくそこが織斑さんの部屋だろう。

 僕の予想に違わず、織斑さんはそのドアを開いた。

 ぱっと見は普通の部屋だ。押入れの取手に閂のようなものがあるけど、触れないのが優しさだろう。

 

「あっ、円さん」

 

 部屋には円さんがいた。夏休みの間は織斑さんと一緒に住んでるらしいし、先にいるのは当然か。

 

「よく来てくれました束お姉様! あと葉枷も」

「ヤッホーまーちゃん!」

 

 そして、円さんの隣には小さな男の子がいた。

 

「一夏、挨拶できるか?」

「こんにちは、おりむらいちかです!」

 

 織斑さんが優しく語りかけると、その男の子── 一夏君は人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「この子が弟さんの一夏君か」

「う〜ん…… それならいっ君だね!」

 

 束さんが早速渾名を付けた。この子からも束さんや織斑さんのように特別な何かは感じない。ただ、織斑さんの弟だけあってかなりの美形だ。成長すれば、さぞ女の子にモテることだろう。

 もしかして、束さんが心を開くか否かの基準って顔なのでは。そう考えると、村人Bのようなモブ顔の僕が特例なのかもしれない。

 

「一夏君、何歳か言える?」

「うん、みっつだよ!」

「すごいねー、もう自分の歳を言えるなんて!」

「えへへ〜」

 

 円さんは一夏君の頭を撫でる。男が嫌いなはずなのに、これは如何に。

 

「円さん、一夏君も男だけど大丈夫なの?」

「一夏君は例外なの! こんなに可愛くて、本当に男にしておくのが勿体無いわ!!」

「そうだよねー! ちーちゃんの弟なだけあるよ!」

「そ、そっか」

 

 束さんと円さんの価値観は似てるのだろう。一緒になって一夏君と遊び始めた。一夏君も楽しそうだ。

 僕と織斑さんは、そんな3人を遠目で眺める。

 一つ、織斑さんに聞きたいことがあった。それは円さんに関わることだ。

 

「ねえ織斑さん、円さんの白い髪はアルビノなの?」

 

 織斑さんにしか聞こえないよう、声量を抑えて言葉を紡ぐ。

 アルビノ。先天的な遺伝疾患によりメラニンの合生成に異常をきたし、頭髪や皮膚が白くなった生物を指す。アルビノの症状は、円さんの特徴とよく似ている。

 

「……ああ、その通りだ」

 

 織斑さんは小さく頷いて肯定する。その表情には少し翳りが生まれていた。

 

「それと、生まれつき身体が弱くてな。この街の病院に通うために、夏休みの間はうちで面倒を見ることになったんだ」

 

 そう言われてみれば、心当たりがある。円さんの激しい運動を見たことがないし、少し歩いただけで僕より先に息を切らしていた。

 

「円が男嫌いなのも、アルビノが原因だ。白い髪のせいで同級生の男子たちに苛められたらしい。お前にはあんなだが、本当は良い子なんだ。無理に仲良くしてくれとは頼まん。だが、どうかあの子を嫌わないでくれ」

 

 『虐め』られる辛さなら、僕もよく理解できる。束さんや織斑さんがいなければ、僕の学校生活はどうなっていたかわからない。

 それに、円さんのことは別に嫌いではない。研究の邪魔をされるわけでもないし、なんやかんやで僕にも心を開いてる…… 気がする。

 

「大丈夫、嫌ってなんかいないよ」

「ありがとう、葉枷」

 

 織斑さんはそうお礼を言うと、改まったように咳払いをした。

 

「それとだな。この場に織斑が3人もいるのに、いつまでも私のことを『織斑さん』と呼ぶにはややこしいだろ? 私のことは千冬と呼んでも構わない」

「そうさせてもらうよ、千冬さん」

 

 

 

§

 

 

 

 束さんと円さんの遊び相手をして疲れてしまったのか、一夏君は眠ってしまった。千冬さんのお母さんに連れられて、寝室へと消えてしまった。

 これから何する? という空気が見て取れる。僕はこの状況を予想し、ある物を研究所から持ってきた。

 

「ゆー君、そのリュックは何が入ってるの?」

「よくぞ聞いてくれました」

 

 リュックからノートパソコン、その他諸々の備品を取り出す。束さんの部屋から背負ってくるのは非常に辛かった。

 

「なんだ、ただのノートパソコンじゃない」

「重要なのはこいつの中のプログラムさ。千冬さん、テレビ貸してもらっていい?」

「ああ」

 

 テレビにパソコンのコードを繋ぎ、プログラムを立ち上げる。

 続いて、ゲームのコントローラのコードをパソコンに繋ぐ。

 

「起動!」

 

 テレビの画面に浮かび上がるのは、R-TYPEという文字。これがこのゲームのタイトルだ。なんとなく名付けたものだが、中々に良い名前ではないだろうか。

 

「これは…… テレビゲームだね」

「横シューだよ。束さん一人にしかできない作業のとき、暇だから作ってみたんだ。折角だし、みんなに遊んでもらおうかなって」

「よ、横シュー?」

「横シューティングゲームの略だよ」

 

 千冬さんだけがイマイチわかってない様子だけど、どんなゲームかは見てればわかるだろう。

 

「最初は誰からやる?」

「私がやるわ」

 

 意外にも、真っ先に挙手したのは円さんだった。

 

「ゲームの腕には自信があるの。病院の待ち時間とか、ゲームをして暇を潰してたもの」

「頑張ってまーちゃん!」

 

 円さんは自信に溢れた表情でコントローラを握る。

 

「操作方法なんだけど……」

「いらない。説明書は読まない主義なの」

「OK、それじゃあ適当なボタンを押して」

 

 いよいよゲームが始まった。

 無数の星々が煌めく星海を、一つの機体が彗星のように駆ける。この機体は僕が研究してるRシリーズの完成形だ。大まかなデザインは決まっているので、どうせならとプレイ機体に反映させた。目玉となる波動砲も搭載されている。この戦闘機の名前は決めてある。その名もアロー・ヘッド。

 横シューの経験があるのか、レールガンを打ちっ放しにしながら縦横無尽に移動する。次々と現れる敵キャラはレールガンの餌食となる。

 

「へえ、ドットだけど完成度高いわね。BGMも良質だわ。やるじゃない、葉枷」

 

 円さんが感心したように呟く。目線が完全にガチのゲーマーだ。

 作るからには細部までこだわったので、そういう点に目を向けてくれて嬉しい。

 

「葉枷、どれだけ時間をかけて作ったんだ?」

「6日かな。学校の自由研究に提出しようと思って…… あっ」

 

 操作を誤ったのか、アロー・ヘッドが敵の弾に直撃した。

 アロー・ヘッドが爆散し、ゲームオーバーの文字が浮かび上がる。その画面を、円さんは目を点にして眺めていた。

 

「一回当たっただけでダメなの!? HPとかは!?」

「そんなものはないよ」

 

 敵の攻撃に一度も当たらないからこそアドレナリンがドバドバ溢れ、爽快感が得られるのだ。HP制なんていうゆとり仕様は邪道だ。

 

「ゲームはよくわからないが…… 画面の左端まで後退すれば敵の攻撃も避けやすそうだ」

 

 今度は千冬さんがコントローラを握る。

 彼女の言う通り、画面の左端にいれば、前方から迫る敵なら避けやすいだろう。

 アロー・ヘッドが発進する。少しぎこちない動きだけど、持ち前の反射神経を活かして敵の攻撃を掻い潜っていく。

 敵キャラが出てくる度にレールガンを撃ち、チマチマと撃破していく。ゲーム初心者がよくやりがちだわ

 やがて、丸みがかった機体── POWアーマーを撃破し、青いクリスタルをゲットする。

 すると、橙色の球体が画面の左端から現れた。

 

「何か丸いのが出てきたんだが?」

「強化パーツだね。敵の攻撃を防いでくれるよ」

 

 そう、その名も『フォース 』だ。

 バイド素子に宿る純エネルギーだけを抽出した兵器。敵本体は勿論のこと、敵の攻撃さえもフォースは喰らい、エネルギーとして変換してしまう。そして、蓄積したエネルギーに指向性を付与し、ビームとして放つ…… という設定だ。

 宇宙空間での運用を想定している。デブリ程度の障害なんて、フォースに喰わせれば気にせず直進できるだろう。いつか現実で完成させたいものだ。

 

「便利だが、これでは簡単過ぎないか?」

 

 次々と迫る敵キャラはアロー・ヘッドの前方に装備されたフォースに突撃し、その餌食となっていく。

 しかし、ヌルゲーになる心配はない。何故なら──

 

「はっ?」

「後ろから敵が来るから問題ないよ」

 

 真後ろから現れた敵の突撃により、アロー・ヘッドが爆散した。まさか背後からやられるとは思ってなかったのか、千冬さんは呆然としてる。

 このゲームは上下左右から敵が現れる。画面端にいれば、そこから現れる敵に撃破されるのは当然だ。

 

「さて、次は……」

「フフフ、私の番だね」

 

 束さんがコントローラを手に取る。この3人の中で、最もR-TYPEの攻略に近い人だろう。果たして、天才にどこまで通用するか。

 アロー・ヘッドが出撃する。その動きはまさに鬼神のようで、順調に進んでいく。波動砲のコマンドだけでなく、フォースシュートのコマンドもいち早く気づき、それらを完全に使いこなしている。流石は束さんだ。

 

「なんて無駄のない動き! 流石です束お姉様!」

「無駄がなさすぎて気持ち悪いな」

「へっへっへ、初見でクリアしちゃうもんねー!!」

「う〜ん…… 束さんを相手にするには少し厳しかったか。おっ、そろそろボスだね」

 

 この狭い通路の先に、この面のボスがいる。束さんなら余裕で倒せるだろう。

 アロー・ヘッドが狭い通路を抜ける。

 その先にいるのは、巨大なエイリアンのような敵だ。茶色の鱗。爬虫類のような顔。そして、異様に伸びた後頭部。四肢はなく、下半身からは長い尾が生えている。実は腹部にもう一匹の敵が寄生しており、そいつが弱点になっている。

 

「ぎょあああああ!!??」

 

 フォースシュートで瞬殺すると思いきや、束さんは今まで聞いたことのないような悲鳴を上げた。

 

「キモい、キモいいいぃぃぃ!!!??」

 

 これまでの合理的な動きが嘘のように、アロー・ヘッドは無茶苦茶な軌道を見せる。

 敵の尾に直撃し、アロー・ヘッドは爆散した。

 予想外の反応に、僕は目を丸くする。円さんと千冬さんもドン引きしている。

 

「こ、これは……」

「あんた、辛いことでもあった……?」

「えっ? いや、特には」

 

 何故か千冬さんと円さんに心配された。

 その後、束さんの悲鳴をBGMにしながらR-TYPEを攻略していく。その道中、幾度となくアロー・ヘッドは爆散してきた。

 そして、ついにその時が来た。ラスボスを倒し、アロー・ヘッドが仲間と共に宇宙空間へ脱出した。

 

「みんな、お菓子を持って…… どうしたの?」

 

 千冬さんのお母さん…… 確か十秋(とあ)さんだったかな。お菓子の乗った盆を片手に、不思議そうや表情をしていた。

 グロッキー状態で床に臥す束さん。ゲームクリアの達成感で夢見心地な表情の円さんと千冬さん。こんなカオスな状態なら誰だって首をかしげるだろう。

 

 

 

§

 

 

 

 束さんと一緒に夕日に照らされた道を歩く。

 今日も楽しい1日で、良い気分転換になった。

 それにしても、思ったよりもR-TYPEで盛り上がれた。暇があったら新作を作ってみるのも良いかもしれない。

 隣を歩く束さんは、明らかに疲れ切った表情をしている。事あるごとに叫んでたから、それも当然か。

 

「まさか束さんにこんな弱点があったなんてね」

「あのデザインはマジで生理的に無理! ゆー君、よくあんなの思いついたね!」

 

 敵キャラだし、多少は気持ち悪さを意識してデザインした。しかし、ここまで言われるほどだろうか?

 ふと、スマホのメールの着信音が聞こえた。

 スマホを開く。束さん以外にメールを送ってくる人なんていただろうか。

 

「!」

 

 送り主の名を見て、驚愕する。

 

「どうしたの?」

 

 束さんが心配そうな表情で尋ねる。

 

「……いや、何でもないよ」

 

 確かに驚きはしたが、心配されるようなことではない。

 メールの送り主は僕の母さんだった。

 明日、数ヶ月ぶりに家に帰ってくる。それは別に構わない。ただ、ほぼ毎日束さんの研究所に寝泊まりしてるのがバレたら、いくら母さんでも何か言われるだろうか。

 一応、明日は家にいた方がいいかもしれない。

 

 

 

 




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