R博士の愛した異層次元戦闘機たち 作:ドプケラたん
今年も「R博士の愛した異層次元戦闘機たち」をよろしくお願いします!
研究所に帰った後、一旦家に帰る旨を束さんに話した。
束さんは「家族との時間を楽しんできなよ」と言って、快く送り出してくれた。一昔前の束さんからは考えられない発言だけど、果たしてこれは成長してると言えるのだろうか。僕にはわからない。
家に帰り、まず絶望した。ずっと束さんの研究所に篭っていたせいか、僕の部屋にある設備が幼稚に見える。
その日、僕はいつもより早く布団に入った。薄っすらと埃を被っているせいか、少しむせた。
翌日、起床してすぐバイドの研究をしてみたが、絶望的に効率が悪い。どれだけ恵まれた環境にいたか、今になって思い知る。束さんと出会えた幸運さを神様に感謝した。
「ただいま」
懐かしい声と共に、玄関のドアが閉まる音がした。
部屋から出て、下の階に降りる。
玄関先には、スーツの上によれよれの白衣を着た女の人が立っていた。世間一般の感性で言えば美人なのだろうけど、髪は無造作に伸び、目の下には大きな隈がある。
この人が、僕の母さんだ。
「久しぶり、母さん」
「……ただいま、
母さんは小さな声でそう言った。
「ご飯、テーブルに置いてあるよ」
「……ああ」
リビングの食卓に着く。
向かい側には母さんが座っている。一緒にご飯を食べるのはいつぶりだろうか。
昔の記憶を思い起こしながら、食卓に置いてあるゼリー飲料を手に取った。
容器を強く握り、中のゼリーを胃の中に流し込む。胃が満たされる感覚がした。
容器が空になったのを確認し、ゴミ箱に投げ入れる。母さんも同じタイミングで食事を終えていた。
「どうしたの、突然帰ってくるなんて」
「もう4ヶ月も家に帰っていないと呟いたら、部下が家に帰れと煩くてな」
「そっか。別に大丈夫なのにね」
「まったくだ」
「いつ帰るの?」
「2日後には」
2日…… つまり、明日は束さんの研究所で泊まることはできないか。
「
「かなり進んだよ。友達が研究設備を貸してくれたからね」
母さんの目が大きく見開いた。僕自身友達ができると思ってもみなかったから、こうも驚かれるのは仕方がない。
「友達!? お前にか!?」
「篠ノ之束さんっていう女の子だよ。学校で知り合ったんだ」
「篠ノ之…… あそこの神社と関係あるのか?」
「うん、篠ノ之神社の神主さんの子だよ。とっても凄い子で、僕と同じくらい頭が良いんだ」
「……
「僕も同じ感想だよ。向こうも同じことを考えてるかもね」
束さんと出会った経緯をほどほどに説明し、僕の部屋へと移動する。
「この端末に研究成果が詰まってるよ」
バイド、そしてRX-6の設計理論がディスプレイに浮かび上がる。
RX-6とは、高出力波動砲を装備した無人テスト機体だ。波動砲の威力を引き上げるため、力場解放ブーストを搭載した。
しかし、シミュレーションにより問題点も見つかった。力場解放ブーストによるエネルギーの過剰供給で、力場に高負荷が発生し、エネルギーのベクトルが不安定になってしまうのだ。それを解決するために、新たなレギュレーターの開発を進めている。
「見てもいいか?」
「うん」
「……莫大な量だな。全部読み終えるまで、少し待っててくれ」
ベッドに座り、母さんが設計理論を読み終えるのを待つ。
暇つぶしに、頭の中でレギュレーターの設計理論を構築する。作業効率こそ悪いが、時間はすぐに流れていく。
どれだけ時間が過ぎただろうか。母さんはまだディスプレイと向き合っている。読み終える気配はない。いっそのこと眠ってしまおうか。
「
ディスプレイに向き合ったまま、母さんはそう告げた。
「学会に?」
「資金や設備、人材といった国のバックアップがあれば研究は更に進む。やってみる価値はあるんじゃないか?」
確信があるのか、母さんの語調がいつもより強く感じる。
僕の研究を国に認めてもらおうなんて、そんなこと思ってもみなかった。
だけど、いざとなったら認めてもらう自信はある。バイド、そしてRシリーズは素晴らしい発明なのだから。
それに、いつまでも束さんの世話になる訳にもいかない。研究設備や資金くらい、自分で用意できるようにしないと。
そう考えると、学会の話も悪くないように思える。
「うん、やってみるよ」
「そうか」
母さんの顔はどこか嬉しそうな、ホッとしたようにも見えた。
「すまんが、名前は伏せておくぞ。小学生の研究となれば、要らない軋轢が生まれるのは目に見えてるからな。匿名だとしても、このレベルの研究なら上も認めざるを得まい。一応聞いておくが、それでいいか?」
「いいけど、学会の発表ってそんな感じでいいの?」
「このレベルの研究なら、やりようはいくらでもある。今すぐは無理だが、今年の冬には場を設けておく。プレゼンの資料を準備しておけ」
そのプレゼンの日が僕の人生を大きく変える日になるなんて、今の僕は思いもしなかった。
§
学会で発表の場を設けることを約束し、母さんは職場に戻った。そういえば母さんの職場は何だったか…… 科学分野に関わっていたのは間違いない。
その後は束さんの部屋に泊まり、ISとバイドを研究する普段通りの、だけど充実した日々を過ごせた。
夏休みもいよいよ終盤に差し掛かった。振り返ってみると、実に充実した夏を過ごせた。特に、たった二ヶ月足らずでR-6の設計に着手できたのは素晴らしい。
そして、今日も束さんから研究所の設備を借りて、バイドの研究をしている。束さんは今、千冬さんの剣術稽古の見学に行っている。研究所にいるのは僕と、同じく剣術に微塵も興味がない円さんだ。
円さんはソファーに寝転びながらマンガを読んでいる。前にどんなストーリーか教えてもらったけど、そこはかとない百合っぽさを感じた。怖い。
「夏休みもそろそろ終わりね。私も自分の家に帰らないと」
円さんの呟きが耳に届いた。独り言なのか、それとも僕に向けて言ったのか。円さんがいるのが当たり前になってるけど、夏休みが終わったら帰ってしまうんだ。
「……寂しくなるね」
思わず口から出たその言葉は、偽らざる本心だった。
「何言ってんの。冬休みになったらまた会えるわよ」
円さんは呆れたように笑う。
最初の頃と比べると、随分と心を開いてくれたように感じる。
「そうだ。帰る前に、一つだけ聞いておきたいんだけど」
「うん?」
「あんた、束お姉様をどう思ってるの?」
妙にイキイキした表情で聞いてきた。
僕は束さんをどう思っているのか。そんなの考えるまでもない。
「決まってるじゃないか。大切な友達だと思ってるよ」
「まあ、そうなんでしょうけど…… そういう意味じゃなくて、女の子として好きかどうかって聞いてるのよ!」
「女の子として?」
「ああもう! 束お姉様と付き合いたいとか思ったことないの!?」
「確かに束さんは大切な人だし、これからもずっと一緒に研究をしていたいとは思うよ。でも、異性としては考えたことなかったなあ」
「やっぱりね。さっきの会話で予想できたわ」
円さんは失望したというか、期待外れといった感じに息を吐いた。
束さんと付き合いたいとか思ったことはないし、失礼だけどそんな暇もない。僕にとって最も優先すべきは、Rシリーズの限界に挑戦すること。束さんもきっと同じで、ISの開発が何よりも最優先のはずだ。
「束お姉様はね、悔しいけどあんたに惚れてるわよ」
しかし、円さんはあっさりと僕の考えを否定した。
「いやいや、何を根拠にそんな……」
「葉枷に対する束お姉様の態度を見て、一発でわかったわ。あんなに露骨なら誰だってわかるわよ。まあ、千冬お姉様は怪しいけど……」
円さんの謎の自信に満ち溢れた言葉を聞いても、信じられないという気持ちの方が強い。
束さんは頭が良いし、運動もできる。しかも美人だ。
それに対して僕は、顔はパッとしないし、運動なんて最低辺。唯一競い合えるとしたらこの頭脳くらいだ。そんな僕が束さんに釣り合うとは、到底思えなかった。
「あんたが真剣に悩んだ末に出した答えなら、私は口出ししないわ。だけどね、中途半端なことをするなら千冬お姉様に頼んでボコボコにするから。それだけは覚えておきなさい」
円さんのその言葉が、何故か僕の胸に突き刺さった。言いたいことを言えたのか、円さんは再びマンガに視線を落とした。
§
秋。夏の日差しから解放され、来るべき冬に備える季節。
これまでになく充実した長い夏は終わり、円さんは故郷へ帰った。全員で見送ったけど、女子たちは目に涙を浮かべながら別れを惜しんでいた。今もこまめにSNSでやり取りしてるらしいが、僕にはそういって連絡が一度も来ていない。ある意味円さんらしい。
夏休みが終わっても僕らの生活に大きな変化はなく、相変わらず束さんの部屋に入り浸っている。日中は学校なので、研究する時間は真夜中にシフトしている。束さんだけでなく、僕も学校の授業中には眠るようになった。
多くの人が眠りに就いているであろう真夜中。僕と束さんは、今日も真夜中に研究を続けていた。
率直に言って、ISのコアの作成に難航している。
コア。文字通りISの核となるシステムであり、これがなければ起動できない。そして、コアには自己進化機能が搭載されている。蓄積した莫大なデータから最適な進化を導き出し、形状・性能すらも変化させるシステムらしい。高度な思考を可能とするAIが必要だが、中々のオーパーツ具合だ。だからだろうか、束さんにしかできない作業が多くなってきた。
ISの研究は手伝えなくなったが、僕にもやることはある。
これまでの研究成果をプリントした用紙の束と睨めっこする。自分の研究ながら莫大な量で、今の僕は紙の山で囲まれている状態だ。どうすればより簡潔に文章が纏まるか、掘り下げて説明するべきか否か、頭の中で整理しながら読み返す。紙の量をできるだけ削ってこいと言われたが、骨の折れる作業になりそうだ。
「ゆー君、何やってるの?」
束さんは作業の手を休め、束さんが尋ねてきた。
「プレゼン用の資料を作らないといけなくて、どう纏めるか考えているんだ。母さんの話だと、そのままの設計理論だとわかりにくいらしくて」
「プレゼン?」
「そういえば言ってなかったっけ。母さんが融通をきかせてくれて、学会で僕の研究を発表することになったんだ。低出力力場解放型波動砲の設計理論は完璧だから、それの強化を目的にバイドの研究も提案しようかなって」
僕の言葉を聞いた途端、束さんは目に見えて動揺し始めた。
「ど、どうしてそんな凡人に媚を売るようなこと!?」
「学会で認められれば、国が研究のバックアップしてくれる。いつまでも束さんに頼りっぱなしじゃダメだと思ったんだ」
「ゆー君がISの研究を手伝ってくれて、とっても助かってるんだよ! 頼りっぱなしなんかじゃないから、そんなこと言わないで! 私は…… 私はもっと、ゆー君と一緒にいたいよ……」
その声は今にも泣き出しそうなほど震えていた。どうして束さんがこんなに不安がっているのか。それは、僕と束さんの関係がこれで終わってしまうと勘違いしてるから。
「心配しなくても、束さんとの研究をやめるつもりはないよ。国のバックアップが欲しい一番の理由はさ、今までずっと研究設備を貸してくれた束さんに恩返しがしたいからなんだよ」
「……じゃあ、約束してくれる?」
「うん、約束だ」
束さんはやっと笑ってくれた。
§
季節は流れ、冬。とは言っても、12月に入ったばかりで雪は降っていない。
今日、いよいよ僕の研究が学会で発表される。
プレゼンは母さんが代役してくれるらしく、僕は家にいながら母さんの連絡が来るのを待つ。
テーブルの上にケータイを置き、椅子に座りながらジッと待つ。今の僕にできるのは信じて待つだけだ。
心配な気持ちがある反面、それ以上に自信がある。僕のこれまでの研究を最大限わかりやすく纏めたつもりだ。どんな人でもRシリーズの無限の可能性と、その素晴らしさに気づいてくれるはずだ。
遅いようで早く、早いようで遅い、奇妙な時間が流れていく。
「!」
ケータイが鳴った。
画面を見ると、母さんの名前が表示されている。
急かすようにケータイが鳴り続ける。一つ息を吐き、心を落ち着かせてから電話に出た。
「もしもし」
学会の発表がどうなったのか、母さんの言葉の一字一句が心の深い場所に届く。
僕は自然と、母さんの言葉を繰り返した。
「だめ、だった……?」
自分の言葉なのに、まるで見知らぬ誰かが言っているように感じた。
Q.R-9C「WAR-HEAD」ってどんな戦闘機?
A.Ohー 手足のもげたエンジェールー あーいつもー 手足のもげたエンジェール みんな跳べない(意味深)エーンジェール