R博士の愛した異層次元戦闘機たち   作:ドプケラたん

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提督

 とある建物の、とある部屋。二人の男が椅子に腰掛け、報告資料に目を通していた。一人は額当てをし、もう一人は鼻がない。

 この資料にはある研究についての詳細が記されている。研究内容、そして研究者の素性まで。諜報部が総力を挙げて調べ上げた。以前から組織の上層部が気にかけていただけあり、厚さはそれなりにある。

 しかし、この資料だけでは技術を盗むことはできない。核心となる情報が上手く伏せられているからだ。今日という日まで尻尾を掴ませなかったことから、その研究者が一筋縄でいかない人物だとわかる。

 資料を読み進めるごとに鼻のない男の表情は曇り、逆に額当ての男は興味深そうに微笑みを浮かべる。

 

「ふむ、食指は動かなかったかね?」

 

 額当ての男は鼻のない男を軍曹と呼び、そう問いかける。

 額当ての男の言う通り、軍曹はこの研究が組織に有益か決めかねていた。シミュレーションにより弾き出された破壊力は見事なものだが、軍曹はこの研究を手放しで称賛するつもりはない。

 

「ええ、まあ。理論的には作成可能なんでしょうが、実地試験を経てないなら机上の空論でしかありません。それに、その後の開発にどれだけ資金が吹き飛ぶか見当もつきません」

「組織に属する人間なら、君の判断が正しいのだろう。しかし、私は生憎と馬鹿な男でね。こいつを戦争にどう運用するかばかり考えてしまう。ああ、この子はどれだけ戦場に美しい華を咲かせてくれるのだろう?」

「あなたの発言はしばしば理解しかねます」

「ふっ、手厳しいな」

 

 額当ての男が椅子から立ち上がる。

 軍曹は額当ての男と長い付き合いだ。彼が何をするつもりなのか、おおよその察しがついていた。

 

「行くのですか?」

「ああ、私は彼に賭けてみるよ。なに、資金については我々が一層任務に励めばいいだけだ」

「こちらの誘いに乗りますかね? 一筋縄ではいかない相手に思えますが」

「確信があるんだ。彼なら私と共に来てくれる。資料を通してだが、彼の人となりはある程度知った。おそらくだが、彼の心は傷ついている。研究の方針を変えてまで国に従うとは、手塩にかけて育てた子を売りに出すようなものだ。だが、そうしなければ研究の道は閉ざされる。その心情を思うと、私も胸が張り裂けそうだ」

「……研究のためなら、全てを捨ててここに来ると?」

「ああ」

「わかりました、ご武運を」

 

 額当ての男が部屋から出る。

 軍曹は額当ての男を黙って見送った。自分がどうこう言って止まる人ではない。それに、彼がここまで確信を持って言った言葉なのだ。それを信じないわけにはいかない。

 ふと、軍曹は机の上に置かれた資料の表紙に視線を落とす。

 表紙には『低出力力場解放型波動砲』と書かれていた。

 

 

 

§

 

 

 

 月明かりが降り注ぎ、薄暗い街を照らす。

 子供が出歩いていい時間ではないが、今はただ夜風に当たりたかった。

 近くの公園のブランコに座り、満月が我が物顔で夜空を闊歩するのを眺めた。それと比べて、僕はなんて惨めなことか。

 ショックだった。Rシリーズの素晴らしさを理解してくれなかったことと、数少ない好機を逃してしまったことが。

 何がいけなかったのだろう。母さんの言葉が頭の中でリフレインする。

 学会の人たちは諸手を挙げ、波動砲の有用性を認めてくれた。だからこそ今は波動砲の威力を上げる必要はなく、バイドの研究も必要ない。波動砲を量産する技術を確立すべきだ。研究をそちらに切り換えるなら支援してやる。それこそが、学会が僕の研究に下した評価だった。

 勘違いしていた。国が支援してくれるのは僕たち研究者ではなく、国のためになる研究なんだ。もし僕が学会の提案に乗ったとして、本当に究極のRシリーズを作れるのだろうか。国が支援してくれる保証なんてどこにもない。

 だけど、どうする?

 Rシリーズの作成には、間違いなく国家規模の予算が必要になる。自分一人じゃどうしようもないし、そこまで束さんの世話になることはできない。

 袋小路だ。戻ることはできても、進むことはできない。

 

「いけない子だな。こんな夜遅くに、独りで出歩いて」

「!」

 

 男の人の声が聞こえた。

 声のした方に目を向ければ、男の人がこっちに歩いてくる姿が見えた。背丈の高い外国人だ。しかし、何より目を引くのは額当てだ。額当てに目がいって、目から上にかけての皮が吹っ飛んだような傷痕があるのに初めて気づいた。あの額当ては傷を保護するためなのだろうか。

 本当なら大声で助けを求め、一目散に逃げるべきなのだろう。

 だけど、僕はこの場から離れることができなかった。

 僕の動きを支配してるのは恐怖じゃない。彼の一挙一動に引き込まれる── まるでダイヤモンドのような魅力に、目が離せない。

 今まで色々な人に会ってきた。束さんや千冬さんのような天才は雰囲気でわかる。だけど、こんなの初めてだ。この人のためにも研究をしたいと思えるのは。

 

「初めましてだね、葉枷(ゆう)君」

「僕の名前…… どうして……」

「失礼ながら、少し調べさせてもらったよ。まさか波動砲を発明した研究者の正体が、君のような子供だとはね。イタズラの類でないことは、この事実を知ってるということで納得してもらえるかな?」

 

 そう言って笑いかける彼の笑顔は、とても輝いて見えた。

 

「私に名前はない。ただ、部下からは提督と呼ばれている。君もそう呼ぶといい」

「てい、とく……」

「私の所属している組織の者が君のプレゼンを聞いていた。ああ、諸事情で組織の名を明かすことはできない。そこは理解してくれ」

 

 組織の名前なんてどうでもいい。僕はただ、提督が言葉を紡ぐのを待つ。

 

「波動砲。小惑星すら消し飛ばす破壊力。なるほど、素晴らしい兵器になるだろう。こんなものを発明できる君は、間違いなく天才なのだろうね」

 

 彼も、彼でさえも、波動砲だけが目的。

 僕の心は、天国から地獄へ突き落とされたような絶望で一杯だった。

 

「……提督も、波動砲だけが目的なんですね。それなら、話すことはありません。帰ってください」

「葉枷君」

「……もう聞きたくない! どうせ波動砲を量産しろって言うんだろ!? そんな言葉、もうたくさんだ!!」

「葉枷君!」

 

 耳を手のひらで塞ぎ、その場に蹲る。

 もう嫌だ。誰の言葉も聞きたくない。どうしてもっと凄いものを作ろうと思わないんだ。

 

「葉枷くぅん!!!」ドピュ!

「!」

 

 塞いだ手の隙間から届いた彼の声は、不思議と胸の芯にまで響いた。

 自然と耳から手を離し、提督に目を向ける。

 

「おっと、失礼。興奮すると額の古傷から変な汁が出てしまうんだ」

 

 提督は額を白いハンカチで拭いていた。

 街灯のせいか、彼の瞳が琥珀色に輝いているように見えた。とても綺麗だと思った。

 

「私が波動砲に惹かれたのは間違いない。しかし、彼らのように波動砲を量産しろという、そんな下らないことを言いに来たのではない。私が一番に惹かれたのはね、波動砲── そして、バイドの無限の可能性なのだ! どんな波動砲に進化するのか、どれだけの破壊を齎せられるのか、年甲斐もなくワクワクして仕方がない! 私たちの組織なら、君の研究を援助できる。一緒に来ないか、(ゆう)君」

 

 無限の可能性。その言葉は、僕の心に巣食っていた闇を跡形もなく晴らしてくれた。進むべき道が拓けたような、そんな感覚だ。

 

「その代わり、君には覚悟を示してほしい」

「覚悟?」

「そう、覚悟だ。中途半端な志の者は組織に属する資格がない。君にはたった一人の家族が── 母親がいるね。もし君が組織に所属すると決めたなら、我々は彼女を消さなくてはいけない。葉枷(ゆう)という存在の抹消に必要な禊であり、巣立ちの儀式だ」

 

 あまりに衝撃的な言葉に、理解するのに間を置いた。

 母さんが、死ぬ。束さんとも、もう会えない。

 絶句する。提督の要求する覚悟は、僕の想像よりもずっと重いものだった。

 

「断るというなら、私は金輪際君の前に姿を現さないと誓おう。すぐに決めろとは言わないよ。そうだな…… 8月31日の午前零時── 夏の終わりの始まりに、この公園で待っている。君がいないとき、我々の申し出を断ったと見做す。今夜のことを誰かに話した場合も同様だ」

 

 悲しい。苦しい。理不尽だ。淡々と言葉を紡ぐ提督に、そんな言葉を投げかけたくなる気持ちはある。

 それでも、それらの言葉を喉に出す前に呑み込んだ。何を選ぶのか、何を捨てるのか、僕の心はとっくに決まっていたからだ。

 だって、進む道が一つしかないのなら、そこを往くしかないじゃないか。

 

「また会えるのを願っているよ。それでは、御機嫌よう」

 

 それだけ言うと、提督は背を向けて離れた。その背中が闇の中に消えるまで、僕はずっと眺めていた。

 今の人生を捨てる覚悟はできている。だけど、得難いほど幸せなのには変わりない。

 叶うのならもう少しだけ、この幸せな時間の中にいたかった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 束は夜の街を走り回り、(ゆう)を懸命に探していた。

 今日は(ゆう)の研究が学会で発表される日だ。他でもない(ゆう)からそう聞いたし、学会の結果が出たらすぐに連絡すると言っていた。

 (ゆう)の声色は強張ってこそいたが、それ以上に自信で溢れていた。Rシリーズが人類の科学技術に革新を齎すことに、疑いを挟む余地はない。(ゆう)の研究は学会でも当然認められると、束は考えていた。

 しかし、どれだけ待っても(ゆう)からの連絡は来ない。こちらから電話をかけても、一向に応答がない。

 まさかとは思うが、(ゆう)の研究が認められなかったのだろうか。(ゆう)がどれだけRシリーズに情熱を傾けているのか、その努力を誰よりも間近で見てきた束は知っている。ならばその研究が認められなかったとき、心にどれだけの傷を負うのか。

 居ても立っても居られず、(ゆう)の家へと向かった。

 どの部屋にも電気が付いていない。人が居る気配がないが、玄関の鍵は開きっぱなしだった。一応家の中を確認したが、やはりそこに(ゆう)の姿はなかった。

 こうして、束は夜の街を走り回ることになったのだ。

 ゆー君の心の傷を少しでも癒してあげたい。その一心が、限界を迎えつつある足を動かす原動力だった。

 走って、走って、走り続ける。

 そして、とうとう公園のベンチに座っている(ゆう)を見つけた。

 

「ゆー君!」

 

 自分が思っているよりもずっと大きな声だったのか、(ゆう)は少し驚いた様子でこっちを見た。

 (ゆう)の座っているベンチまで駆けつける。(ゆう)を見つけ、心の緊張が途切れたのだろう。意識の外に追いやっていた疲れが鎌首をもたげてやって来た。呼吸が乱れ、膝に手をつく。

 

「束さん、どうしてこんな場所に?」

「こっちのセリフだよ! 電話にも全然出ないから心配したんだよ!?」

「ごめん、そういえば家にケータイ置きっ放しだったかも」

 

 (ゆう)は思っていたよりずっと冷静だった。いっそ、普段と何も変わらないくらいに。

 

「……ねえ、大丈夫? 無理してない?」

「ショックだったけど、もう大丈夫。夜風に当たって頭を冷やせたよ。心配かけてごめん」

 

 自分が何かするよりも早く、(ゆう)は自力で立ち直っていた。

 少し拍子抜けだが、嬉しい気持ちであるには変わりない。

 

「……ゆー君は強いね。今度は束さんがうんと励ましちゃおうと思ったのに」

「いいや、強くなんかないよ。僕なんて自分一人じゃ何もできない、ちっぽけな存在さ。そういう意味では束さんの方がずっと強いよ。たった一人でISをあそこまで形にできるんだから」

「謙遜し過ぎだよ。あんなにヤバい発明ができるゆー君がちっぽけな存在なはずないじゃん」

 

 そう、(ゆう)の研究は間違いなく人類史に名を残す。それを有象無象に否定されたショックで、(ゆう)が研究を辞めてしまうのが何よりも怖かった。そのまま自分との関係まで途切れてしまいそうな気がして。

 だが、今の(ゆう)の様子からして、その不安は杞憂で終わるだろう。

 

「ゆー君、あのさ…… 研究は続けるよね?」

「もちろんさ。学会に僕の研究が否定されようと、諦めるつもりは最初からないよ。それに、この世界のどこかには絶対に僕の研究を理解してくれる人がいるんだ。そんな人が偶然学会にいなかっただけで、世界に否定されたわけじゃない」

「どこかに、なんかじゃないよ。ゆー君の理解者は目の前にいるじゃない!」

「……うん、そうだったね。僕は本当に、人に恵まれている」

 

 束は(ゆう)の内心を知らず、知る由もなく。夏の終わりの始まりまで、無情にも時の流れは進んでいく。

 




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