それぞれ中国とフランスを活動拠点に置き、基本他国にあまり出ないこの2人が、どちらとも接していない遠い海を挟んだアメリカの地にて連れ立っている。
本来なら接点も無く知り合いでも無いこの2人、どう考えても共通点など存在しない。
まあそれはあくまで
2人は、未来の10年後において共に戦った仲である。
イリス、ボンゴレ、ミルフィオーレの命運をかけた戦い『チョイス』において、敵側であるミルフィオーレファミリー『チームガロファーノ』として共にイリス、ボンゴレと戦ったチームメイト。
龍、死神、緑鬼。
白蘭がつけた適当なコードネームの3人の戦士であり、龍は捧日、死神はアラン。階級はミルフィオーレで言う所の元々γや入江正一の所属していた旧6弔花と同等のA級
最終的にはチョイスの中で、光努とリルのイリス戦士2人とぶつかり敗北した。
そしてその後、敗北した2人をチョイスの舞台である雷フィールドに置き去りにしたわけではなく、イリスファミリーに持ち帰られた。足止め役に残った黒道灯夜がハクリと共に超炎リング転送装置でイリスファミリーに帰還した際に回収されており、チョイス終了後にイリスファミリー本拠地にて灯夜が持っていた棺桶の中身が実はそうだったりする(未来編Ⅵ『最終決戦』第150話『二つ目の誤算』参照)。
そして実際にツナ達の様に、未来の人物と入れ替わりに本人がやって来た者達以外にも、関係者には未来の記憶は伝わっている。未来で共に戦ったボンゴレの独立暗殺部隊ヴァリアーの面々や、キャバッローネファミリーのディーノ。ミルフィオーレで言えば入江やスパナ、他にもイリスの『アヤメ』『シャガ』の者達や灯夜やルイなどなど、他にも関係者は多いが、実際に未来に来ていない者達にも未来での戦いの記憶は伝わっている。
そしてそれは、捧日とアランの2人にも言える事だった。
過去―――というより現在では接点の無い2人が、この場で一緒にいる原因がソレだ。
今現在接点が無いのに未来で先に接点を持ってから現在で約束をするというのは、中々に奇妙な話だ。しかし過去改変とは違い未来の可能性の変更の話なので、よくあるタイムパラドックスには抵触しないかもしれない。
この2人が一緒にいる原因はそれとして、今回シャマルの元へとやってきたのは当然理由がある。アランが提示した、ある女性の治療。
それは10年後の未来における2人の心残りであり、依頼でもあったから。
依頼人は、白神光努。
イリスファミリー2代目ボスによる依頼であり、ボンゴレも一枚噛んでいるこの話。最もその依頼自体は、未来にいる時に聞いた話だった。
***
「よし!任せとけ!」
意外にも、アランの言葉に即答して見せたシャマルを、あまりにもあっさりと快諾した事で逆に2人は訝しげる。シャマルという人物を知っているだけに、捧日辺りは眉を顰めるが、その表情にシャマルは肩を竦める。
「んだよ、せっかく人がオッケーしてるのにその顔は。なんか文句でもあんのか?」
「いや、大いに結構だが、お主そういう奴だったか?儂ら、というより男からの依頼をあっさり引き受けるなんて。面倒事は嫌いだろう?」
「何言っている。あまねく女性の治療は俺の仕事だぜ?相手が美人なら断る方が逆に失礼ってモンじゃねーか。当然の事だろ」
「ああ、お主はそういう奴だったな。納得したぞ」
背後に薔薇をばらまきながら、うっとりとアランの渡した写真の女性を眺めるシャマルを見ながら、捧日はやや半眼で溜息を吐く。隣のアランも、なんとなくやれやれと言いたげな雰囲気を発していたが、事が思いのほかあっさりと進んだので空気を読んで突っ込む事をやめた。
「で、誰なんだこの女性は?歳は?スリーサイズは?」
「依頼を受けてから最初の質問がそれってどうなんだ?言っておくがこの女性は既婚者で息子もおるのだぞ?」
「なるほど………アリか」
「はいはい、面倒なのでさっさと依頼について話ちゃいますね。とはいえ、この女性の治療をお願いしたいだけなので、多く話す事も無いのですけどね。問題なのは不治の病だという事。シャマルさんの担当ですよね?」
「そいつぁいいが、病名は?」
「確か『五十三万歩病』ですね」
「なんだか戦闘力が高そうな病名だな。シャマルよ、これはどういう病だ?」
「あー、確かに珍しい病だな」
シャマルは病が吸着しやすい体質であり、その身には相反する333対の病、合計666の病を常に発症している。それでもシャマルが平然としているのは、病と病が症状を打ち消しあっているからに他ならない。例えば〝体温を上げる病気〟と〝体温を下げる病気〟を同時に発症する事で、結果的に体温に変化が起きない、といった風に。
その病はバラエティに富んでおり、過去にツナが死ぬ気弾の使い過ぎで発症した、発症者の恥を語りながら最終的に死に至るドクロの痣を大量に浮かべる『ドクロ病』など最もたる例だろう。ちなみにその時は色々あってシャマルが特別に『エンジェル病』をツナに打ち込んで相殺させて治療したらしい。
シャマルの治療法は、己の内の病気を蚊を媒介にして相手に注入するという物。
それによって治療とは少々異なるが、病気を病気で相殺させる事ができる。その反面毒薬よりも凶悪な病を健康体の相手に発症させて殺害する殺し屋としての側面を持っている。
とはいえ、不治の病という分野において、シャマル以上の適任はおそらく存在しないだろう。それこそ、並行世界の知識を持って治療法を探す未来の白蘭なら対抗できるか、と言った所だろうから。
さて、シャマルの説明も済んだ事で、問題の『五十三万歩病』とは何か。
治療法が確立されていない不治の病の一種であり、この病気はずばり『歩く』という行為によって病状が進行する病。
名前の通り、発症してから五十三万歩歩く事で死亡するという、特異な不治の病だ。
女性の一日の平均歩数はおよそ6000歩。その歩数で毎日を過ごしたとしたら、約3ヵ月程で死に至る恐ろしい病だが、対処療法としては〝歩かない〟という手段がある。
極端な話、一生をベッドの上で過ごし歩かなければ、病によって死ぬ事は無いだろう。ただし、この病気は最終結果が死というだけで、その過程で問題が発生する事は一切ない。本当に発症してから五十三万歩目で、何の前触れも無く死ぬのだ。故に、死なない様にベッドで生活するという事は、健康体で一生をベッドで過ごす事になるので、おそらく精神的にやばい事になるからあまりお勧めはしない。
そもそも、発症者は自分が不治の病という自覚すら無いだろう。
「『五十三万歩秒』ねぇ。ちなみにこの子って今何歳?」
「名前はレイチェル・ミーガン。歳は27。専業主婦で趣味は散歩と御菓子作りだそうですよ」
「ドンピシャじゃねぇか………。27って事は、単純に80まで生きるにゃ一日27歩以上は歩けないって事か。やれやれだ」
「それで、お主はこの病は治せるのか?」
「はっ、愚問だな。俺もこの病は
「おお、流石だな」
伊達や酔狂で闇医者をやっていなく、殺し屋をやっていない。性格に難はあるが、その実力は嘗て2代前のヴァリアーにスカウトされた程に本物だ。だからこそ、2人もシャマルを頼ってきたのだ。
しかし、シャマルとしては、この為だけに2人が来たとも考えづらい。
「別に治療は構わないが、お前ら本当にその為だけに来たのか?だいたい、俺がここにいるって誰から聞いたんだ?知ってたから、わざわざお前らこんな所にいるんだろうが」
ジロリと、やや威圧的に睨みつけるシャマル。
偶々シャマルを探してアメリカに来たら見つけた、なんてのは都合が良すぎる。その為にアメリカなんて専門外の捧日とアランがいるのもおかしすぎる。
故に、誰かにシャマルの居場所を聞いた、というのが最もありそうな話だ。実際、それは正解なのだが。
「言っただろう、儂らはただの代理人だ。この依頼の大本はイリスとボンゴレだ。ほれ、これが9代目の勅命だ。それに、イリスはお前の方に元々連絡があったのでは?」
「………そいつぁ、死炎印か。なるほどな、お前らグルだったのか」
「否定はしませんけど、グルとは人聞きが悪いですね。別に悪巧みをしているわけでは無いのですから」
シャマルからしたら、今回のアメリカ行きも唐突な話だった。いつも通り並中の保健室で適当に過ごしていたら、イリスファミリーの1人から依頼を受けてこの地にやって来た。省略すれば詳しい話は向こうで、という事でまあ色々と揉めたが結局来た。そして捧日達に会ってうすうす分かってはいたが、捧日の取り出した死炎印の手紙を見て納得した。
死炎印は、ボンゴレファミリーの使用する証明であり、個々で異なる死ぬ気の炎を手紙に宿し、本人の証明を行う。そして今目の前に出された死炎印は、間違いなくボンゴレ
2つのファミリーによる依頼。
それだけ、重要な事なのだろう。
シャマルとしては治療相手が既婚だが美人(ここ重要)だったので別に問題は無いが、なんだか嵌められた気がしてやや釈然としない面持ちだったりする。
「はぁ、まあいいか。それで、お前らはこの後どうするんだ?」
「我々も少しやる事があるんですよ。シャマルさんは、未来での顛末は幾分か聞いてますね?」
「ああ。眉唾っぽいが、ざっくりと聞いてはいるよ。ボンゴレもイリスも冗談言わねー様な奴らが言ってたからな」
「なら話が早い。実はこの女性レイチェルの旦那であるライリー・ミーガンが、およそ数ヶ月後に亡くなります。その原因は、この近辺を根城にするアメリカンマフィアの抗争による巻き添えです」
「あー、確かにこの辺りはトラッド
トラッド6とは半年で北米の3分の1を手中に収めた新進気鋭のマフィアであり、ボンゴレファミリーとも友好を結んでいる。そんな新進気鋭のマフィアがまだ手を伸ばしていない範囲で、アメリカにもいくつかマフィア団体が存在するが、その中でも過激派とも呼べそうなマフィアがいくつかおり、その抗争に巻き込まれる形で件の女性の旦那が死亡するらしい。
今から数か月後の話なのに確定する様なその話方に、シャマルは違和感を覚えない。それは先の未来の話を、聞いていたから。
しかしわからないのは、なぜこの家族をここまで助けようとしているのか。
「ではシャマルよ、後は頼むぞ。儂らはこれからこの辺りのアメリカンマフィアを潰してくるからな」
「タイミングは任せますが、早めの治療を希望します。治療が完了したらご報告してください。その間私も過激派のボスを暗殺してきますので」
「笑顔でさらっととんでもない事言いやがるなお前ら。しかしわかんねーな。なんでそうまでしてこの家族を救おうとする。資料を見ても、なんの変哲も無い一般人だぞ?」
イリスからもボンゴレからも、その調査結果は総じて一般人。
ツナの様に実はマフィアのボス候補だった、という様な奇想天外な人生など用意されているわけでも無く、強いて言えばこの後死ぬ予定が入っているくらいか。それでも十分だが、別段同様の事例で死ぬ者は、言ってしまえば珍しくない。
その為、なぜこの2人をわざわざ助ける必要があるのか、という事だ。その為にシャマルをわざわざ呼び、わざわざ他のマフィアを潰しに行くなど。
「はは、なぁに。ただの約束だそうだ。それに若人の心配は当然だし、それに、儂らはイリスと白神光努に借りがあるからだ。なぁ死神」
「ええ、借りた物は返さなくては。それに、これは私達の心残り、虚ろなチームメイトに何も出来なかった、もっと言えば我儘でもありますから。ねぇ龍」
「へいへい、仲良い事で。ま、詳しい話はまた今度でいいわ。それじゃ、おれはちょっと美人のねーちゃんに声かけて来るわ。多少旦那と子供がいたって、少し世間話するくらい問題ないだろうからな。ついでに、治療でもしてくるさ」
そう言って、ひらひらと手を振ったシャマルの姿を見送って、捧日とアランは楽し気に笑う。
その後、いくつかのマフィアが壊滅され、都市伝説の様に一時的に〝龍〟と〝死神〟の名が響き渡ったのだった。
***
アメリカ在住のしがない技術者であるライリー・ミーガンは、軽く残業を終えて帰宅した。何の変哲も無い日常だが、彼にとってはそれがこの上無く幸せだった。
「あら、お帰りなさいあなた。今日は早いのね」
迎えてくれたのは、彼の妻であるレイチェル・ミーガン。柔らかな金髪のウェーブと、美しい
「ただいまレイチェル。思ったよりも早く仕事が片付いてね。それに、今日は近所で警察が騒いでたから、早く帰る事にしたんだ」
「事件かしら?」
「もう収束していたみたいだし、大丈夫だよ。なんだか、どこかのギャングが壊滅したとか」
「物騒ねぇ」
彼は知らない。
その壊滅したギャングが、自らの生を脅かす存在だった事を。平凡な生活はわずかな時を経て崩れ落ちる可能性があった事。しかしその可能性はとある龍と死神によって潰えた為、彼は真実を知る事は無いだろう。
「ん?レイチェル腕が少し赤くなってるな。どうしたんだ?」
「ああ、これ?買い物してる時にちょっと蚊に刺されたみたいで。でも、大した事は無さそうよ」
「それならいいが」
「ええ、あとその時知らない男の人にお茶に誘われたくらいね」
「その男の特徴は?ちょっと
「別に変質者じゃないからそこまでしなくていいわよ。きちんとお断りしたし、あとそれマスケット銃だから忍ばせられないわ」
ていうか
「しかし秋も半ばなのに蚊がいるとはね。あまり袖の短い服は気をつけなさい。
「流石にそこまでしなくても大丈夫よ、ありがとうね」
淡々と意見を出しているが内心おろおろしている夫に、やんわり嗜めるレイチェル。柔らかな彼女の言葉に、ライリーは安堵しつつ、うろたえた自分が少しだけ恥ずかしくなってくる。
彼女は知らない。
自分が普通に生活していたとしたら、1年もたたずに不治の病によって死亡していたであろう事を。ただ歩くだけで死ぬ病が、実在したという事を。そして蚊に刺された事が、彼女の不治の病を相殺して彼女を生かした事を、彼女は知る事は無いだろう。
「そういえばあの子はもう寝てるのかい?」
「あら、すぐに来ると思うわよ。―――ほら、噂をすれば」
どたどたと、軽い子供の足音が響き扉が開く。
弾丸の如く飛び出してきた小さな影を、ライリーは全身で受け止めた。
「
眩しいばかりの笑顔を振りまき、ライリーに抱き着いた小さな影は、10にも満たない齢の彼の一人息子。
父に似た銀髪は子供特有の柔らかな髪質を、そしてその瞳は、母親レイチェルと同じ暖かな
「ああ、ただいま。いい子にしていたかい、ロルフ」
「うん!」
息子の柔らかな髪を撫でながら、ライリーは表情を綻ばせる。
妻と息子に囲まれた、温かい家庭。確かに、幸せはここにあった。
少年は知らない。
遠く無い未来、己の両親が亡くなっていた可能性があった事を。
天涯孤独でこの広大な地を一人数年彷徨う結果になっていただろう事を。
ただ何も考えず絶望にその身を沈めた事を。
世界に希望を見いだせなかった事を。
いっそ消えてしまいたい、そう思い続けた事を。
少年は知らない。
遠い10年後の未来、世界の命運をかけた戦いに、己が参戦する事を。
たった1人を道連れにする鬼として、緑色の面をかぶる事になる事を。
その1人によって自分が救われる事を。
しかし、その未来は訪れる事は無い。
適応の炎をその身に宿した白い少年は、すぐにこの世界に帰れない己の代わりに龍と死神を遣わした。借りを返すべく2人が全霊を当たった事により、確実に未来は変わった。
遠い未来に己の存在を否定し続ける少年は、もういない。
少年も父親も母親も、彼らを不幸にする可能性は、もう摘み取られた。
今後10年20年を超えて、己の生きる人生の幸せを、噛み締める事だろう。
嘗て自分達の人生が絶望に潰される未来が存在した事を、彼らは知らない。
知る事も無い。知らなくても良い。
そうあれと、白い少年は決めたから。
何も知らずとも生きる何気ない無い日常とは、ただ幸せな物だから。